雪花に装備の遣い方を一通り説明した所で、三人はツクモに指定された場所で待機していた。
そこは海辺にせり出すように作られたバーで、ご飯をつまみながらツクモを待つ。
茜と剣は設置されているソファに座り、雪花と言えば飲み物片手にカウンター周りをうろうろしている。
その理由は逆ナンだった。
「あ、また男に声かけられた。あいつめっちゃ嬉しそうだなぁ」
雰囲気の良いバーで女が一人うろうろしていればナンパの恰好の的だ。
だが雪花はそれを狙っている。以前雪花は声を掛けられたいと言っていた。自分がイケていると証明するために。
だからそこは需要と供給がマッチした場所だったのだ。
「ああ。そうだな」
茜と剣はソファにもたれ掛かり、ストローでトロピカルジュースを飲んでいる。
そんな場所にも関わらず茜がリラックスできているのは隣に剣という抑止力がいるからに他ならない。
三人がいるバーは南国の雰囲気を壊さぬよう陽気な曲がずっと生演奏されている。
そして最低限の灯り。それでも足元はちゃんと見えるし遠くにいる雪花の照れる顔もよくわかるくらいには明るい。
料理は島というだけあって海の幸が多い。イカやエビ、魚と言った具材をトマトと絡みのあるスパイスで煮込み、香草を加えた料理が主だ。
日和の国にはない独特の味だがどれも酸味と絡みが絶妙でとても美味しく、茜と剣はペロリと平らげてしまった。
あとは雪花の逆ナンを肴に小腹がすけば海老の揚げ物やポテト等を摘まみ、ジュースを飲み、海の風に吹かれながら時間をつぶしていたのだった。
「ギャァ!」
とは逆ナンされた雪花の尻を羊が突撃してきた所だった。
ここバンカー王国では羊が神の使いとされており、そこら中に生息している。
王族が交代して邪魔であれば殺して良い事になったと言うが今まで神と崇められていたのだ。中々減る事はないだろう。
「な、なに!? なんなの!?」
雪花が尻を抑えて当たりを見渡している。
それを見て茜が笑い転げていると今回のナインコード案件依頼者、ツクモが以前と同じスーツ姿でやって来た。更に一人の赤毛の女性を連れて。ワイシャツに黒いスラックスとリゾート地に似合わぬ恰好をしている。
「お、いたいた。彼等が今回の協力者だ」
ツクモが手を振ると茜達も手を振って挨拶する。
ツクモ達が合流した所で食事をしながらの作戦会議が始まった。
作戦は簡単だ。
キックスという犯罪集団を潰す。そしてツクモと共に財宝を見つけ出すのだ。
その方針を話したうえでキックスがどこにいるのかを割り出さなければならない。
キックスは財宝が眠る場所の情報を得ている。だからキックスがいるはつまるろころ財宝が眠る場所なのだ。
それを割り出す資料をツクモが鞄から取り出した。
「これはチェントロ遺跡の壁に描かれていた、恐らく宝の在処を示すものではないかと思われる壁画だ」
ツクモは一枚の写真を机に置いた。
茜達が覗くと、そこには向かい合う二人。
一人の背中には「F」に線をいくつか足したような羽が描かれている。更に台座の玉に手を添えて。
「天空人?」
「恐らく」
天空人は背に翼が生えている。四年前、茜は天空都市に忍び込んだ時に見たことがあるのだ。
そしてもう一人は羽は生えていない。跪いて手を上げて口を開けている。
二人の間に主従関係でも結ばれているのかのような絵だ。
これが描かれたのは紀元前のもの。だからまだ地上と天空人の中が良かった頃だろう。
その二人の間にはFのようなものが多く飛び交っている。天空人の羽が飛び散っているようだ。
そこでツクモは自分の所見を述べる。
「地上の人が降りてきた天空人を迎える所だろう。そして近くの壁には意味ありげな言葉が描かれていた」
「意味ありげ?」
「鍵は鍵穴から見定めろ。そうすればおのずと見つかる」
とは遺跡に描かれていた宝の在処を示す文言のようだった。
鍵は鍵穴に入れるものではないのだろうか。そして鍵穴とは宝箱のそれだろうか。その宝箱の鍵穴を覗き込めという事か。
茜は分からなかった。だから茜はツクモに尋ねる。
「意味は?」
「分からない」
だがツクモはそんな一言。
そんな返答に茜はガクリと肩を落とし、ツクモはそれをカラカラと笑う。
「まあまあ落ち着くんだ。宝は恐らくズレバー島にあると思われる」
料理を押しのけて机の上に広げた地図のある島を指すツクモ。
それはこのバンカー島から東に少し行った所。距離にして約十キロ程離れている。
「根拠は?」
「古代の遺跡の地図の縮尺から割り出すと六、七キロ東の島だった」
「ならこの島じゃないの?」
茜が指さす島はその一つ西にあるギリー島という小さな島。バンカー島からは六、七キロの島だ。
「だがこの縮尺は一万年前のもの。そしてこの島、バンカー島とズレバー島の周辺には複数の大陸プレートの境目があるんだ」
プレートとは地球の表面を覆う岩板で厚さは百キロ程と言われている。そのプレートは少しずつ動いており、境目では日常的に地震が起こり大きな被害をもたらす事も多い。
ツクモが言うにはズレバー島を載せたプレートは一年に三十センチ程度東へ移動しているらしい。これが数年程度であればたいした事は無い。だが一万年という長いスパンで見ればそれは大きなズレとなる。
単純計算で実に三キロ。そしてツクモが示すズレバー島こそ、その位置にピタリと当てはまる島だったのだ。
「成程ね」
「だが残念な事に数日前、私の助手であるカーターがこの情報を持ち逃げしてしまった」
ツクモは酒を煽り、無念そうに頭を垂れる。
そして出資者であるファウンドラ社に頼んで調査するとあろうことかキックスという犯罪集団と手を組んでいた、という事だった。
「まあまあ教授! キックスはズレバー島にいるという事ですよね? 今から行けばまだ間に合いますよ! 元気を出してください!」
と、ツクモの連れてきた女性は言う。
彼女はツクモの補佐としてバンカー王国から派遣されてきた女性で名をマリーという。まだ二十代半ばだと言うがレゾナンスでもあり、多少の戦闘なら問題ないとの事。そして立ち入り禁止となっている場所への許可、船のチャーター等を融通してくれるようだ。
「それに彼等もいるじゃないですか? ものすごく腕がたつ子達なのでしょう?」
そしてマリーは剣達を見て言う。
だが見た目はまだ子供。だからマリーは少し不安そうだ。
「ああ、君達には期待しているよ」
ツクモも剣達の戦力を詳細に聞いているわけではない。だがセレナの推薦という事でツクモに不安はあまりないようだ。
バンカー王国が犯罪組織を潰すように動けないか茜は問う。だがキックスはこの国で犯罪を犯したわけじゃないから無理だと。引き渡し条約も結んでおらず動けないとの事だった。
そして犯罪組織のキックスが動き出している為、悠長に調査している暇も解読している時間もない。だからファウンドラ社に助けを要請したのだった。
「あの、お宝って国が買えるほどって聞いたんですけど、どれくらいですか?」
そこでお金に目がない雪花がズバっと切り込んでいく。
ストレート過ぎる雪花の物言いに、ツクモは怯むことなくニッと唇を釣り上げて答える。
「それはもう置き場に困るくらい」
「おお!」
これには雪花だけでなくマリーも目を輝かせる。
どうやら女性陣はお金に目がないようだ。
そこで茜が「根拠は?」と冷静に質問する。
すると女性陣は一度茜を見て直ぐにツクモに視線を戻し興味津々と言った視線を向けた。
「うむ。というのも天空都市は昔、物資を購入する際にいちいち財宝を降ろさなくていいよう、各地に金庫を作り、財宝を保管しておいたんだ。でもこのバンカー島は少し違う」
ここでツクモは集まる皆の視線をはじき返すような強い眼光で見つめ返す。
この話を誰か言い聞かせる時にいつもそうしているのだろう。女性陣は身を乗り出し、頷いて話の先を促す。
聞き手がここまでしてくれるのであればツクモも楽しいだろう。そんな雰囲気であれば溜めを作るのもお手の物だ。
「それは航海術が発達していない時代に、海に囲まれた島に財宝を置いておいてもメリットがない事だ。それは何故かな?」
まるで先日、桜之上学園で質問形式の講義をしているようなツクモ。
その言葉に皆一様に首を傾げて黙ってしまう。
確かにおかしい。財宝を降ろす手間を省きお金の出し入れを容易にした。だが航海術が発達していない時代に、その入出金をする場所が海に囲まれていては取り出しに行くのに一苦労だ。
そこで茜は少し考え、口を開いた。
「つまり、出し入れする為の場所ではなく各地の金庫に補充する為の……銀行のような役割だと?」
ツクモは茜の答えに満足そうに頷いて「これを見てくれ」と、今度は世界地図を出してきた。
そこにはバンカー島に罰の印。それを取り巻くように、大陸のあちこちに丸の印が。
「丸の印が現在見つかっていた入出金をする金庫の場所と考えられている。どれも大陸内部。だがここ、バンカー王国だけは周りを海で囲まれている。それは海という天然の要塞によって守られているから、と私は考えた」
航海術が発達していない時代に海に囲まれている島に財宝を隠す。であれば茜の言った通りそれは銀行のような役割を果たすのだろう。
だがここで茜が疑問を投げる。
「でも天空都市に置いておけば取りに来る必要はないんじゃ?」
「鋭い指摘だ、茜。でも天空都市では口減らしをしなければいけない程人が増えていた、という記録があってね。保管する場所がなかったのではと」
「成程」
だから置き場に困るくらいの財宝、というツクモの言葉が出たのだろう。
そこで雪花が気持ちを抑えきれず口を開く。
「それで、いくらくらいなんですか!?」
「うん、各地の金庫で時価総額が大体平均で五千億ウルドと言われているからその数倍は難くないだろうね」
「教授! 財宝とは一体何ですか!? 金ですか!? 宝石ですか!?」
と、テンションの上がったマリー。
「純金の貨幣や、延べ棒、大きな宝石の数々と言われているね」
その言葉にマリーは目が輝きすぎて宝石のようになっている。
「はぁ~、楽しみですね!」
「あとは古代の技術で作られた遺物も描かれていた」
そこに茜は反応する。
セレナが言うには姿を映すと本当の自分に戻せる鏡が存在するらしいのだ。
「真実の鏡とか?」
それが古代の技術で作られた鏡だとしたら茜は元の姿に戻れるかもしれない。
剣を誘惑する作戦も強制終了できるかもしれないのだ。
「良く知っているね。そう、古代の英知である真実の鏡を格納と描かれていた。真偽は分からないし周りの文字は消えてしまって読めなかったがね」
「成程……」
「あとは終末の悪魔を格納とも書かれていた」
そこに茜達三人は反応する。ここでも悪魔が出てくるのかと。
「悪魔?」
と、茜が尋ね返す。これはセレナから貰った情報には入っていなかった。雪花に気を使ったのかもしれない。
古代の遺物に悪魔。そして裏で見え隠れするブラッドオーシャンの影。
これで一気にブラッドオーシャンが出てくる可能性が上がった。
茜が雪花を見ると先程までの明るい顔が青ざめている。
「そう、名称は『羊の悪魔』。ここでは神様と言われている動物、もしかしたらこの悪魔が昔崇められていたのかもしれないな」
「それってどういう悪魔だったかとか分かります?」
茜は詳細を聞く。
もし出てきたとしたら対峙しなければならない。だからどんな悪魔なのか事前に知っておけば対処できるというもの。
「書いていたよ。とにかく手に負えず、数万人を殺したとか」
「数万人? そんな凶悪な悪魔が?」
「ああ。終末の悪魔の詳細について聞きたいのかな?」
「是非」
「私も!」
ついに茜とマリーがツクモの話に飲み込まれ、雪花はここでリタイアするように背もたれの上に顎を預けてしまった。
「じゃあここからは紀元前六千年程になるんだが」
と、ここから考古学者無双が始まった。
紀元前六千年前、地上は終末の悪魔に滅ぼされた事。
そこで唯一生き残った人類が天空都市の住人だった事。
彼等は悪魔から逃げ、生き延び、めちゃくちゃとなった地上を復興しようとした事。
その終末の悪魔の残滓こそ茜たちが遭遇した古代の遺物に封印された悪魔達なのだと。
しかしこの話はかなり長く、夕方に合流したにもかかわらず、もう午後十時を回っていた。
起きているのは茜と今にも机に頭が落ちてしまいそうなマリーだけ。剣と雪花は天を仰いで眠ってしまっている。
「素晴らしいとは思わないかい? 当たり前だと思っていた事が、歴史が、全てが覆っていくその瞬間が!」
「確かに、ワクワクしますねっ」
まるで子供のように目を輝かせて力説するツクモは身を乗り出して茜に迫る。
普段であれば男に迫られると体を仰け反らせるだろう茜。だがツクモの話す新たな情報を知れたからか、茜の好奇心が刺激されたからか、茜も目を輝かせて前のめりだ。
「ここまで眠らずに聞いてくれたのは君が初めてだよ茜。どうかな? 君さえよければ裏切ったカーターの代わりに私の助手として迎え入れたい! これは別に酒の席だからというわけではないよ?」
酒の席での約束は翌日には全て霧散する。
だがそうではないとツクモは言葉に力を込める。これは真剣なのだと。
ツクモは世界を飛び回っている為か焼けて顔色が良く分からない。だが明らかに赤くなっている。しかも茜に説明している間、十杯は追加で頼んでいた。素面ではないだろう。
「じゃあ桜之上学園で申し入れしておきます」
「では私からも話を通しておくよ」
そう言ってツクモは茜の手を取り、握手する。
「おい……」
そこへ剣が起き上がりツクモを睨む。
「おっと、済まない興奮しすぎたようだ」
「もう遅い、明日朝ズレバー島に出発する」
「分かった。では」
と、翌日に備え、ここで解散となったのだった。
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