光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第9話 ~男に戻る方法~

公開日時: 2023年7月3日(月) 08:36
文字数:6,086

 ルイスが目を開けるとともに放たれた言葉は残酷なもの。

 光は呆然自失。そして大き目のシャツが左肩からずり落ちた。

 そんな絶望の淵に立たされている光にルイスは何と声を掛けていいか分からず考え込む。

 そしてひねり出した結果がこれだった。


「まあまあ、今のままでもいいじゃないか。女の子の人生、新たな道が開かれるかもしれないよ?」


 どちらかと言えば光を挑発しているようにも聞こえるそんな言葉が光に投げかけられる。

 ニコリと笑って光の反応を伺うルイスだが、既に光の姿はなかった。

 

「おや? 光君?」

「ふ……」

「え?」


 それはルイスの背後から。

 光は落とした刀を拾いながらそのまま天に掲げてルイスに切りかかった。

 

「ふざけるな!」


 当然の選択だろう。罠にはめて性転換させられた挙句、異性の人生を歩めばいいと明るく言われたのだ。光の感情に殺意も沸くだろう。


「ちょっと、待てくれ!」

「うおおおおっ……」


 さすがにルイスも焦ったのか、愚鈍な科学者よろしく尻もちをついて手を前に出して顔を覆った。

 だが光は振りかぶったはいいものの、刀の重さに耐え切れず後ろに倒れてしまった。


「おお、重いいいい! 何でだああ!」


 ブリッジのような態勢。そして光は今なにも履いていない。


「ひ、光君……まるみえだよ」

「くっ……」


 光はいったん刀を諦め手を放す。

 そして風にめくれたスカートを抑えるよう乙女のようにシャツで股間を隠す光。

 だがそんな事で諦める光ではない。急いで落としてしまった刀に床を這いつくばりながら手を伸ばす。


「ま、待つんだ!


 ルイスが光の肩を鷲掴みにし動きを止める。更に仰向けにひっくり返し、光の上にルイスが馬乗りになって両手を押さえ込んむ。


「は、はなせ!」

「まあまあっ、はぁはぁ……お、落ち着きたまえ!」

「うるさい! もとにもどせええ!」


 光の腕は抑えているものの手には既に刀が握られていた。


「わかった、わかったよ。わかったから刀を放してくれないかね」

「え、もとに戻す方法があるのか?」

「あ、ああ……ない事もない」


 あいまいな返事を光に返す。当然光は疑惑の目で見る。


「じゃあ何でさっき元に戻す方法がないなんて嘘を……」


 その疑問にはルイスは肩をすくめる姿勢をとった。


「だって、ほら、せっかく成功したんだからそのままがいいなと思うだろう?」


 成功というのは男から女への薬の事だろう。研究の末に薬が成功したのだ、当事者であればその経過をじっくりと見たい所だろう。


「……本当に元に戻れるんだろうな?」

「ほ、本当さ、ほら。あの黒い箱の中に元に戻す薬が入っている」

「本当か!?」


 ルイスは黒い箱を指差した。それは金庫のように厳重な冷蔵庫だった。

 ルイスは光を開放しそしてその冷蔵庫からひとつの試験管をとりだした。


「ほらこれさ」


 少し高く掲げられた試験管には黄色い液体がはいっている。

 

「よかっった……はやくそれをこっちによこせ!」

「わかったよ、いまもってくからぐぁっ」


 歩き出し、すぐさまルイスは机の角に足をぶつけた。そしてあまりの痛さからその試験管を放り投げてしまう。

 悪い事に黄色い液体が入った試験管が宙を舞った。


「ばっかやろおおおお!」


 その試験管に真っ先に反応したのは光だった。

 少女の姿になったとはいえ裏組織のエージェント。その鍛え抜かれた反射神経は生きている。

 光は猫のようにすばやい動きで反応し、試験官に飛び掛かる。

 ルイスのやや後方、試験官の落下場所に最短で潜り込めば落下する前に間に合うだろう。

 間のルイスが邪魔ではあるが、この距離ならばギリギリ届く。


「うぉりゃああああ」


 光は雄たけびを上げ、間にいるルイスなどお構いなくその上を飛び越えて試験管に手を伸ばす。さながらプロ野球選手顔負けのダイビングキャッチのように。

 

「よっし」

 

 届く。

 そう思った瞬間、胸になにやら違和感を覚えた。

 

「ひぃ!」


 光は今まで感じた事のないような不快な感触に、生涯で出したことの無いような声をだし体をすくませた。

 それはルイスが落ちてくる光の胸を、プロ野球選手顔負けの平凡なフライキャッチで仕留めたからだった。

 飛び込んでくる光を支えようとしたルイスの手がちょうど光の胸に添えられたのだ。そして光を支えようと手に力がこめられた事による事故だった。

 光の腕は反射によって引っ込められ、そのままゴロゴロと床を転がって壁にぶつかり止まった。


「ぐはぁ」


 然るべく、光の目の前で試験管は無常にも砕け散った。

 

「光君! 大丈夫かい? 怪我は?」


 ルイスは打った足を押さえながら千鳥足で光のほうに駆け寄る。

 

「くそ……ルイス! おまえ何してんだよ! こんな時に! セクハラかよ!」


 光は胸を両手で押さえてルイスを睨みつける。


「い、いや、あれは、ほら君を支えようとして……不可抗力さ。そ、それに君は男だろ? そんなことされたくらいで」

「男なんかに胸揉まれたら男だって気持ち悪いに決まってるだろ!」

「そうか、それはすまない事をした……いやしかし」

「しかし?」

「丁度手に収まる、良い大きさと弾力だった」


 光はルイスの胸倉を掴んで思いっきり睨みつける。


「いや、すまない……本当に、おや」


 ルイスが見れば光の頬に赤い一筋の線が入っている。飛び散った試験管の破片によって切れてしまったようだ。

 

「じっとして」

「いっつ……」


 ルイスは光の頬を親指の腹で押さえる。光はそこで初めて切り傷があることを知った。

 ルイスが傷口を親指の腹でなぞると見る見るうちに傷がふさがっていく。

 

「あんた、レゾナンスだったのか」

「まあね」


 先ほどのバドルとの戦いで見せた共鳴力の使い方には色々ある。

 人に元から備わっている自然治癒力を活性化させ、傷を治すというものだ。

 対象の人物の共鳴力を使用して行われる治療法だ。その為、体内の共鳴力が多いレゾナンスは傷の直りが早い特徴がある。

 医療面ではもっと複雑な技術があり、体を切り開くことなく手術を行うこともできる技術もある。


「そうか……足大丈夫か?」


 傷を治してもらった事で多少の溜飲が下がった光。

 感謝の言葉はないが心配してやるくらいの余裕は復活したようだ。

 本当に悪気がなかったのだろう、と。光は胸を揉んだことは許してやる。


「ああ、たいしたことないよ」


 しかし薬は床のシミとなった。光はもう男に戻れない。

 床のシミを見つめて終わりだといわんばかりに俯く光。

 

「そんなにがっかりしないでくれたまへ。まだあるから」


 そういって冷蔵庫のほうに再び千鳥足で歩み寄る。

 

「なんだ、まだあるのか。よかった……」

「この中に何本かつくっておいたんだっうわああああ」


 ルイスは足が痛いためかバランスを崩してしまった。

 そして無我夢中でつかもうとした手には不幸にも開け放たれた冷蔵庫のドアが。

 冷蔵庫の中身は全て外へ流れていく。

 人はその場での出来事が理解の限界を超えると無言になってしまうものなのだろう。

 光は一歩も動けなかった。声も上げなかった。さもそれが当然の事のように、自然の摂理であるように。全ての試験官が流れ出し、全ての薬が床のシミになっていく様をただただ見守っていた。

 いくつものガラスの割れる音、液体がこぼれる音。それぞれが混ざり合うように部屋中に響き渡る。

 その音が消えると共に、光が元に戻るための希望は死滅した。

 

「はは……あはははは、いやぁ、まさかこんなことになるなんてー」


 冷蔵庫の下から這いずり出てきたルイスが自分に呆れたのか、申し訳ない笑みを浮かべながら笑っている。


「くっ」


 光は歯を食いしばり、鬼の形相でへたり込むルイスに詰め寄った。

 光は襟元を掴んで持ち上げようとする。しかし力が弱くなってしまったのだろう、ルイスの体は持ち上げることができず自分が顔を寄せることになる。


「どうしてくれるんだルイス!!!」

「ま、待つんだ光君……いや、これからは光ちゃんといったほうがいいのかな」

「はっはー……面白い」


 光は無言でルイスの後ろに回りこみ首を絞める。

 

「ぐっ、く、くるしい……だ、大丈夫、大丈夫だから」

「何が……何が大丈夫なんだよ! 他に方法があるって言うのか!」

「このまま君が女として暮らす方法があるじゃないかっ」

「なら、お前を殺して俺も死ぬ……」


 ルイスの首を更に強く絞める光。


「じょ、冗談だよ冗談。そこのパソコンに全てデータが詰まってる。だから安心してくれ」

「本当に?」


 ルイスの首を絞めていた手が緩められ解放される。

 

「ふぅ、ああ本当だ。だから安心したまえ。一週間もあればできるだろうから」


 光の肩をぽんとたたく。

 

「じゃあ早速薬を作りにかかるかな」

「一週間……まあいい、頼んだぞ!」


 満足そうに光は希望の笑みを浮かべる。

 

「……そういえば」

「ごちゃごちゃ言わずさっさと作れよ! もしかして薬の効き目とか見たいとか言い出すんじゃないだろうな!?」

「さっきの感触は良かったなぁ」

「もうっ、さっさと作れよ!」


 光の目は据わっている。

 

「つ、つくるよ、つくるけど、そんなにいやかなぁ女の子」

「嫌だね。ただでさえ女みたいな名前なのに」

「ああ、なるほど」

「俺の知り合いに会っても絶対に俺が女になったなんていうなよ!?」

「しょうがないなぁ」

「ていうか、いいからさっさと作れ!」

「作るけどさ」

「作るけど?」

「君は何しにここに来たんだい?」

「あ」

「あ?」

「ルイス、今何時?」


 ルイスは腕時計を確認する。


「今の経度では十二時二十九分だけど。あ、三十分になった」

「まじか」


 次の瞬間、けたたましい爆音が飛行船内に轟く。

 一度大きな衝撃が走ると、飛行船は大きく傾いた。それはルイスの研究室の机の上に並んだ実験器具を全て床にまき散らす。

 光達が仕掛けた爆弾が爆発したのだ。


「やばい! 爆弾が作動し始めた」

「ば、爆弾だって!?」

「俺達はこの飛空艇撃墜が目標なんだ!」

「そんな!? 私がいるのにかね!?」


 ルイスが驚くのも無理はない。世界遺産のルイスがここで死んだとなればファウンドラ社は全世界を敵にまわすことになる。

 それだけは避けなければならないことだった。これはファウンドラ社の明らかなミスなのだから。


「ルイスがいるなんて聞いていなかったんだ! とりあえず逃げるしか」


 そう言って出口に向かおうとする。

 

「ま、待ってくれ、データのバックアップを取るから一分くれないか? それさえあればすぐ薬が作れる」

「わかった。はやくっ」


 光は少し迷ったが一分ならまだ持つだろうし何より自分の体が元に戻れないことが何よりも嫌なのだ。背に腹は変えられない。

 

「光君! そこの棚ににデータ保存用のメモリースティックがある! それを取ってきてくれ」

「わかった!」


 ルイスは研究室の奥を指差した。そこには天上に届きそうな棚が。

 しかし床にはガラスが散らばっていて素足の光ではとてもいけるようなところではない。

 しかし逆側の机にはガラス製の実験器具は置かれていなかったようでガラスの破片は散らばっておらず通ることができる。光はそこを走り、奥へ向かう。

 光は焦る。ずっとこんな体なんて真っ平ごめんだと。絶対元に戻るという意志が強ければ強いほど焦ってしまう。

 と、ここでまた爆発音。


「へ?」


 更に光の目の前に何かが迫る。銀色で細長い円柱の物体。それは実験に使うのだろう、ガスボンベだった。


「うっ」


 ボンベが爆発に巻き込まれたのだろう、それが光に襲い掛かった。

 左右に良ければ助かるかもしれない。だが両脇は机に囲まれ、逃げる場所がない。手で盾を作ろうにも少女の体では力もない。自分の刀さえ持ち上げる事が出来なかったのだ。爆発で吹き飛んでくるガスボンベに耐える盾など作れる筈がない。

 頭を守るべきではあるが光は焦ってしまって前傾姿勢。


「光君!」


 肉が潰れ、骨が砕ける音。何とか頭を護って光の腕が砕けた音だ。

 更にボンベに弾かれた光は宙を舞う。そしてその一撃で意識を飛ばされたのか受け身を撮れずに床に叩きつけられ、高速でゴロゴロと転がっていく。そして壁に叩きつけられそうになった寸での所でルイスが体を壁にして光を抱きとめる。

 

「光君! 光君!? しっかりしろ!!」


 しかしあの強い衝撃を受けて光は無事では済まないだろう。


「るい……」

「これくらいならすぐに治せる! 光君! しっかりするんだ! ひか――」


 光は朦朧とする意識の中、ルイスの自分の名前を呼ぶ声だけが聞こえていたが、やがて聞こえなくなり闇の中へ落ちていった。

 

◇その頃、飛空艇アシェット内


「機長! 機内の機関部で次々と爆発が起きています!」

「クソ! 侵入者の仕業か! 被害は!?」

「入った情報によりますと一番被害が大きいのはメイン電源です!」

「電源を!? うわっ」


 機長達の視界が揺らぐ。それは飛空艇の重力制御のエンジン出力が下がったからに他ならない。


「機長! これは!?」


 エンジンメーターを見ると「E」の1~4と表示されている図の出力メータがそれぞれ三分の一を切っている。


「出力が下がっている!?」

「ど、どうしてですか!? 予備電源が働くはずでは!?」

「まさか……オペレータ室へ繋げ!」


 副機長は摘みを操作しオペレータ室との通信を試みる。


「反応ありません!」

「何!?」


 操舵室からオペレータ室はすぐ隣にある。

 

「隣だ! 急いで確認を――」


 ここで操舵室に一人の乗船員が駆け込んでくる。


「機長! オペレータ室、並びにサーバ室が爆破されたようです!」

「なっ」

「き、機長……これは……」

「侵入者がやったんだ……」


 絶望に似た機長の焦燥感が副機長と飛び込んできた乗船員にも伝わってくる。


「そんな……」

「まさかこんな……こんなっ」

「やはり、例の密輸が……」


 原因はそれしかないだろうと、機長は操作盤の台を拳で叩き悪態をつく。


「くそっ!」

「どうしましょう!? 退避ですかっ!?」


 機長は頭をフル回転させて考える。副機長が言うようにもう退避しかないのか。その場合全ての積み荷が海の藻屑となってしまう。


「いや……落ちる前にエンジンの予備電源を手動で起動すれば大丈夫な筈だ。近くの国に不時着の申請を――」

「それが、手動切替がオフにされていて手前のレバーを上げても予備電源起動できないようで……」


 飛び込んできた乗船員が苦虫を嚙み潰すように伝える。


「サーバーが爆発されればロックは自動で解除されるはずだが? 爆破されたんじゃないのか!?」

「入口が爆破されており中に入れない状態で……サーバー自体は生きているのかもしれません!」

「なら直接エンジンルームに入って電源を切り替えろ!」

「話によれば、少し前に点検があり、エンジンルームの防水シャッターが閉まったままだとか」


 機長は目を見開く。そして頬を脂汗がしたたり落ちる。


「なんて事だ……全ての出来事がこの飛空艇を落とすべく起きている……あんな物を持ち込んだばかりに」

「機長! このまま出力が低下すると墜落するまで後三十分程度かと」


 副機長がエンジン出力を確認し墜落までの猶予を知らせてくれる。


「退路は……与えてくれたということか……これは罪を犯した我々への試練……神よっ」

「機長?」

「……ひだ」

「え?」

「全員退避! 至急三階の脱出ポットで退避!」

「飛空艇は……いやあの古代の遺物は」

「乗船員の命が大事だ。あんな遺物など海にくれてやれ!」

「はっ、直ちに全乗船員に通告します!」


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