「てめぇ何様だよ!」
ジュリナの取り巻きの一人がルココに向かって怒鳴り散らす。
恐らくその女子生徒はルココがどういった人物でどんな権力を持っているか知らないのだろう。
その女子生徒にルココは見もせず口を開く。
「あなた如きに名乗る程、私の名前は安くないわ。失せなさい」
「あ!? やんのかてめ――」
いつまでも女王様気分のルココにその女子生徒は勇猛果敢に歩み寄っていく。
「ちょっとお嬢さん」
だが、どこからともなく、スーツ姿の青年が現れその女子生徒の前に立ちはだかった。
黒髪に黒いスーツ。灰色のベストとワイシャツを黒と青のストライプのネクタイで締めた青年。
「て、てめぇ誰だよ!」
青年は柔和な表情でニコリと笑い、腕を腹あたりで折って女子生徒に恭しく会釈する。
「私はフォンと申します」
「だ、だからなんだよ! そこどけよ!」
「私はルココ様のボディガード兼、執事でございます」
「な……ボディガード?」
どうやらフォンと名乗る青年はルココ側の人間のようだ。
流石エクレールグループのお嬢様。茜がルココに会った時に姿が見えなかったのでどこかに隠れていたのだろう。そして今、ルココに危害を加えようと女子生徒が迫ってきたため姿を現したようだ。ボディガードと称する者に一般の女子高生が勝てるわけがない。
「はい、そしてそんなはしたない言葉はいただけませんね。折角の美人が台無しですよ?」
「は、はぁ? そんな……美人だなんて」
そしてそんなキザっぽい台詞に、ルココに迫った女子生徒はまんざらでもないように頬を赤め周囲を見る。
ルココに迫ったものの勢いは削がれ、更に訳も分からず褒められ、どうすればいいか分からないのだろう。周囲を見て助けを求めているようだ。
だがフォンは先手を打ってその周囲の女子生徒にも声を掛けていく。
「そう! あなたもっ、あなたもっ、一つも飛ばさずあなたも! 皆美しいのですから! 私は美しい女性の味方です! もう、こんな事は止めましょう」
ルココの執事と名乗るフォンという青年は演劇でもやっているかのように、黒い髪を振り乱し両手を広げ女子生徒達に停戦を呼び掛ける。
半数ほどの女子生徒が気まずそうに顔を合わせると、戦意喪失したように下を向く。そしてもういいのではという雰囲気が作り出されていく。
だがこのままでは終わらないぞと他の取り巻きが数人、フォンの元へ詰め寄ってくる。
「うざいしさむい」
「何だこのふざけた野郎は!」
「調子乗んなよ!?」
数人でかかればどうにかなると思っているのだろう。それにフォンは少し困り顔だ。
エクレールグループの執事ともなれば女子生徒を制圧するのは簡単だろう。だが相手は女子。
フォンにも茜と同じく女子に暴力を振るうのは抵抗があるのだろう。
ルココに危害が加えられるのであれば止めるだろうがそれは最後の手段だ。
「やめな!」
その数人の女子生徒を止めたのは意外にもジュリナだった。
「え? ジュリナさん?」
「やんないんすか!?」
「やめな、あいつはやべぇ奴なんだよ」
と言うジュリナの睨む視線の先はフォンではなくルココ。ルココは冷めた視線をジュリナに送るだけ。
ジュリナは「行くよ」と取り巻きに声を掛け、踵を返して歩き出す。
女子生徒達は屋上の出入り口に向かって退散していくジュリナを呆然と見送った後、顔を見合わせて仕方ないというように帰っていく。
茜を拘束していた女子生徒達は互いに見合うと茜を突き飛ばす。
「おっと」
その茜をフォンが受け止め「大丈夫ですか」と尋ねてきた為、茜はうなずいて礼を言うのだった。
するとその女子生徒から呪いの言葉を受け取った。
「おい、覚えときなよ!」
と、よくある捨て台詞。
「記憶力は良いほうなので多分覚えてまーす」
「ちっ」
そんなふざけた茜の返しに舌打ちをして女子生徒達は去っていったのだった。
「いやぁ、助かったよ。フォンさんだっけ?」
「いえいえ、私は地球上全ての美少女の味方ですので」
フォンは軽く礼をして茜に微笑みかける。
近くで見れば黄緑がかった綺麗な瞳だった。若干あどけなさが残るその表情は柔和な雰囲気が漂っており、どこか癒される感じがある。年齢も茜とそう変わらないかもしれない。
「と、ルココさんだっけ? 君もありがとう」
茜がルココに歩み寄ろうとすると遮られた。
それはルココのボディガードではなく、ルココの言葉に。
「あなたもよ」
「へ?」
「見苦しいわ。消えて」
どうやら見苦しいのはジュリナ達だけではなかったようだ。茜もその対象だった様子。
だが茜は助けてもらったのだから何か恩返しがしたい所。ルココのおかげでこの場面での面倒事が解決されたのだから。
「まあまあ、助けてもらったし何でも言う事聞くよ?」
「何でも!?」
その言葉に反応したのはルココのボディガード兼、執事のフォンだった。
「お嬢様! 何でも言うこと聞くと仰ってますよ! 美少女であられるこの茜様が!」
フォンは自称全ての女性の味方らしい。
そして自他ともに認める美少女の茜。その美少女が「何でも言うこと聞くよ」と宣言しているのだから興奮しないわけがないだろう。
だがルココの反応は乏しい。
「だから何? 下賤な人間が私に奉仕出来る事なんて何一つないわ。消えて」
ルココの睨むような視線と手厳しく、刺さるような言葉。
茜はどうにかしてお礼が言いたかったのだが、取り付く島もないようだ。
「しかしルココ様! 美少女が――」
「黙りなさい、フォン。クビにするわよ」
その一言でフォンは怒られた犬のように押し黙り、遠い目。
ルココは屋上から見る綺麗な景色を独り占めしたいのだろう。茜から視線を外し、また景色を眺める作業に戻るのだった。
フォンを見ると済まなさそうに目で謝ってくる。
「じゃあ……助けてくれてありがとう」
「いえいえ、お気を付けください」
そう言ってフォンに手を振られ、屋上から茜も退散していった。
そして案の定、三階下でジュリナ達が待ち伏せをしていたので、茜は一つ上の階の窓を開けて空中に飛び出し、ショットナイフを壁に打ち付け、地上までワイヤーをリリースしながら降り立ったのだった。
ジュリナ達はなかなか降りてこない茜に業を煮やしている事だろう。
放課後、茜は呼び出されたふ頭に来ていた。雪花と剣を従えて。
「ここよね? ふ頭っていうのは」
雷地から送られてきた位置情報を頼りに、茜達がやって着た場所は今は使用されていない倉庫が立ち並んでいる場所。
目の前には海が広がり、心地よい風。その風が運ぶ海の匂いが鼻腔をくすぐってくる。
岸から等間隔に海に向かって突き出ているのは船を係留する為の、コンクリートで固められた係船岸だ。
昔は船で運んだ荷物を倉庫に格納したり運び出したりしていたのだろう。だが今は人気がなく、どこか廃れた印象のある場所。恐らくこの場所もじきに取り壊され、違う何かに変わるのだろう。
「ちょっとあんた、その頬どうしたの?」
心地よい海風が茜のふわふわな青い髪を掻き上げた時だった。ジュリナに叩かれ痛々しく腫れあがった頬が雪花に見えてしまったようだ。
「好奇心でキャットファイトに参加したらやられた」
「は? 好奇心? キャットファイトって……?」
それに気づいた剣も心配そうに茜の頬を覗いてくる。
「まさか、あの男が?」
「あの男って誰?」
とは幻術を使用し、茜を石畳に叩きつけた男。
雪花に要らぬ心配を掛けたくなかったので茜は黙っていた為、雪花はまだ知らない。
「いや、違う。ちょっとひっぱたかれただけだって」
「は?」
「ええ!?」
そして黙っておこうと思ったのだが、先日の事を追及されたくなかったのでつい口走ってしまう茜。
「誰にやられたんだ?」
剣は茜に詰め寄った。茜の護衛を頼まれている身としては詳細を知っておきたいのだろう。
「一般の生徒だよ。ちょっとした喧嘩だから、たいしたことじゃないって」
「一般の生徒って……もしかして私がトイレに行ってる間に!?」
茜から言わせればあの程度の事で剣の出る幕ではない。
剣と雪花も今日の一連の出来事で誰がやったか想像はつくだろう。槍や銃を持った犯罪者ではなく、普通の女子生徒。だから逆に二人が手を出せるような相手ではないのだ。
「大丈夫、気にするな」
茜はプイっと顔を背けるが雪花がそれを許さなかった。
茜の顎をグイっと自分の方へ向け直す。
「いっ!?」
「ちゃんと見せなさい」
レゾナンスであれば多少訓練すれば軽い擦り傷程度なら治癒する事が出来る。
「じっとして」
だがレゾナンスの中でもコネクターと呼ばれる人種は外傷ではなく内部の出血や傷も癒す事が出来るのだ。
「全く……好奇心は猫を殺すって言ったでしょ?」
雪花はそのコネクターと呼ばれる人種。バドル戦ではそれを破壊に転用していた。それが出来るコネクターは多くは無い。
雪花は手を茜の頬にあてると腫れが引いていった。
「これでよし」
「サンキュ、後で駅前のカフェで羊羹おごってやろう」
「……なんか可愛くないわね」
そんな事を言っていると背後からかけてくる足音が。
振り向けば雷地のファンで親衛隊隊長のエリナだった。
「ごめんなさい!」
と出合い頭にエリナが頭を下げてくる。
エリナの後ろには雷地の取り巻きであろう女子生徒が一人。
いったい何のことだと、茜は首を傾げる。
「えっと、エリナさんだっけ?」
「はい……雷地君からあなたと、これからここで会うって聞いて」
「何か謝られる事されましたっけ?」
「その……ジュリナがあなたの頬を叩いてやったって言ってたから……」
それに雪花と剣は目を見開いた。
「ちょっと! それってどういう事ですか!?」
何故ジュリナがやった事をエリナが知っているのか。雪花は詳しく聞かせろと茜とエリナの間に立つ。それはエリナがジュリナに指示したとも取れるからだ。
そして同じようにエリナの後ろからもう一人の取り巻きがずいっと前にでる。
「ここからは私、雷地君のファンクラブ会員ナンバー2でエリナの幼馴染のヒソカが話します!」
ヒソカと名なる茶髪の女子生徒がその詳細を説明してくれるらしい。
何故エリナ自らが言わないのか、雪花がエリナを睨むがヒソカが続けるので口を閉じる。
「実はあの後……雷地君が茜さんに抱き着いた後、ジュリナがエリナにあることを持ち掛けまして」
「ある事?」
◇少し前、食堂にて
「あのチビ、シメてやろうか?」
「え?」
「あいつ生意気っしょ? 雷地君にべたべたして」
「べたべた……」
先に抱き着いたのは雷地なのだが、茜もその後すがるように雷地に抱き着いていた。自分が光だとバレないよう釘を刺す為。
先に茜の行動を批判するジュリナに、エリナは一瞬迷ったが頷いて同意した。
「あんたが雷地君にどれだけ入れ込んでるかあーしは知ってるよ」
「……だけどシメるって何をするつもり?」
「いいからあーしに任せとけって」
ジュリナが片唇を釣り上げてそんな事を言う。
ジュリナがいじめっ子である事は周知の事実。これ程信用できない笑顔もないだろう。
「……ダメ、やっぱりダメよ。雷地君のファン第一号らしいし」
「あ? 第一号はあんたじゃん。取られたの?」
「いや、そういうわけではないんだけど……」
ファンクラブ会員ナンバー1はエリナだ。だが雷地が公言するには茜がファン第一号らしい。内心穏やかではないだろう。そしてジュリナはそこに漬け込んでいるのだ。
「じゃあさ、あいつ潰せばあんたが第一号じゃん」
「そ、そういう問題じゃないでしょ! 一番初めのファンって事は雷地君の、その……特別な人って事だと思うし」
雷地と茜が抱き合う光景を見ればだれがどう見ても勘違いするだろう。雷地と茜は特別な関係だと。更に茜は美少女。容姿では逆立ちしたって敵わない。
「だから?」
「だから……雷地君のた、大切な人だから――」
エリナは雷地のファンであり雷地にとってもただのファンだ。特別な人ではない。
そしてファンの仕事は雷地を応援する事。それが色恋沙汰だとしてもだ。邪魔をするなんてもっての他なのだ。
「だからさぁ」
だがファンとして雷地の事が好きであればある程、茜の事をどうにかしたいと思うのは人の性だろう。そんなエリナの、欲望と理性の間に、するりとジュリナの言葉が入り込んでくる。
「潰せばよくね?」
その言葉はとても魅惑的で悪魔的な果実。自分に正直になるのなら、その果実に噛り付く、が正しいのだろう。
「それでエリナが一番になんだろ? あんたの為に言ってやってんだよ?」
それが既に誰かの物であれば潰せばいい。潰して開いた空席にエリナが座ればいいと。
「じゃあ、あんたの取り巻き少し借りるよ」
「あ、ちょっと!」
◇現在、ふ頭
とファンクラブナンバー2のヒソカがあったことを説明した。
このやり取りを本人が話すと恥ずかしく、更に嘘っぽく映って信用されないと思ったからヒソカが代役を買って出たのだろう。
「と、まあこんな事がありまして……ファンクラブの子達も何人かジュリナに連れていかれちゃって」
「そんな事言って! あなた達がけしかけたんじゃないでしょうね!」
雪花がエリナに向かって怒鳴って睨む。雪花は相手が弱い立場だととても強気だ。
そしてこれは当然の疑問だろう。
現に茜が頬を赤く腫らしていたのだ。
詰め寄る雪花にエリナは両の掌を見せて壁を作る。
「ほ、本当です! そんな事は決して――」
「あなた、この子に何かあったらどうなるかわかってんの!? 私達が危ないんだから!」
とはセレナの事だろう。
茜も坊主にされたら女子生徒達にセレナが報復するかもという危機感に襲われたものだ。
雪花は茜の事は心配しているだろうが自分の身の心配が勝っていた様子。茜はそんな雪花を流石クズクズしい人間だと、うんうんと頷いて称えたのだった。
だが雪花がエスカレートする前に手で制し下がらせる。
「ところで、エリナさんはジュリナと知り合いなんですか?」
「ええ、同級でね。雷地君の事で喧嘩したことがあって。でも和解したわ」
雷地を取り合って喧嘩したというところだろうか。
そして和解したとの事だから雨降って地固まる感じかと茜は予想する。この感じではあのジュリナに勝ちを譲られたようなので雷地に対するエリナの想いは相当のものだろう。
そこで茜はもう一歩踏み込んだ質問をしてみる。
「じゃあ、エリナさんと雷地……君とはどういう関係ですか?」
雷地の名前に茜は一応敬称をつける。
茜は兄である雷地の事もも基本呼び捨てか兄貴と呼んでいる。
「関係……」
そして雷地の大切な人と思しき女にどういう関係だ、と聞かれ。エリナは一瞬、むっとして茜を睨む。
だが茜の表情はさっぱりとしていて対抗意識を燃やしている風ではない。単なる質問、単なる興味だといった感じだ。
だからエリナも一度深呼吸して冷静に答える。
「ら、雷地君とは同級でね、曲を作りたいけど楽譜とか読めないから教えてくれって言われて教えてたの。そこからしばらくして、たまにライブとか無理やり連れてこられて、手伝いとかやらされたりしてるうちに、その……ファンになったというか」
「ほーん」
雷地の事を喋り出すと急にもじもじしだすエリナ。楽譜を読めるように教えていたという所からかなり初期からのファンであることは間違いない。
茜は顎髭でもあるかのように二本の指でつまんで撫でるを繰り返す。そして目を細めてエリナをまじまじと見る。
茜には微かに記憶に残っていたのだ。雷地の同級生でよく一緒にいる少女を。雷地がまだ無名の頃からついて回っていたその少女と似ているのだ。
「え? 何?」
まじまじと見つめる茜に目を瞬かせるエリナ。
「エリナさんの姓は?」
「え? 零膳だけど」
「れいぜん?」
「そうゼロの零に配膳の膳」
「はぁ~、成程」
そこで茜は合点がいった。
当時雷地はその少女の事をゼロと呼んでいたのだ。だが今はエリナと呼んでいる為、茜は分からなかった。更に最後に見たのは天空都市襲撃前だから四年以上前の事。一目で気づける筈がなかった。
ただ雷地の後ろをついて回っていただけの少女がファンクラブナンバー1と親衛隊隊長を兼務しているのだから驚きだろう。更に成長期の時分の四年はその容姿をすっかり変えてしまう。あのころに比べてとても大人びた感じになったなと、茜はしみじみ思っているとエリナから逆に質問が飛んでくる。
「茜さん……ですよね」
「あ、はい、そうですが」
「あなたと……そのぉ、雷地君って」
そこでエリナの言葉が止まる。
見ればエリナは俯いて、その先を言っていいのかどうなのか迷っているみたいだ。
ヒソカの回想を聞く限り、エリナは雷地の事が好きなのだろうという事は分かる。だからその先が怖くて聞けないのだろう。
茜も馬鹿ではない。雷地のファンであり親衛隊隊長であるエリナが茜に聞きたい事は一つだ。
「彼女ではないです」
「へ? ええ!? 本当!?」
エリナはパッと表情を明るくし、茜の目を見て真偽を確かめる。
これだけ分かりやすいと笑いを禁じ得ないが茜は努めて冷静に返事をする。
「はい。ぜーんぜん、全く、これっぽっちも。雷地君もそんな事思ってないはず」
茜の言葉にエリナは長いため息を吐いて安堵する。
その茜の後ろで剣も安堵の溜息をつき、雪花がそれを見てニヤリと笑っていた。
「そう。良かった……あ、良かったって言うのは雷地君がデビューしたてだから変な噂が立っちゃうと困るからでね……」
慌てて弁明するエリナに、茜もニヤつきながら頷いていた。
「じゃあ一体、あなたと雷地君はどういう関係なの?」
これは雷地にスマコンで話した通りの事を伝える。
放浪生活をしていて、たまたま日和の国に寄った時に雷地のライブを見かけて話をした。それだけの関係だと。
エリナも今まで全ての客を覚えているわけではないだろう。更に雷地は茜をファン第一号というのだから初期のライブに限定される。エリナは初期からずっとライブに参加していたわけでもないだろう。
「だから久々で、私は全然気づかなかったんだけど、雷地君が先に気づいてさ」
「そうなの?」
「そうそう、ひっさびさ~って感じで抱き着いて来ただけだよ。ほら、あいつ……もとい雷地君って強引な所があるから」
「あ~あるよね~、わかる~そこがまた……いえ、確かに強引な所はあるけど」
「けど?」
「あなたも抱き着いてたわよね?」
「あ、ああ~、その……私は海外生活が長かったのでハグが挨拶みたいなものというか」
「な、成程です」
そこでエリナは引き下がる。そんなものかと。
「あ、それとジュリナの事だけど、私が目をつけられているだけなので気にしないで下さい」
唯へのいじめを、茜が止めていなければエリナにシメると持ち掛ける事もなかっただろう。
ジュリナに平手打ちをされたのも完全に茜の自業自得なのだからエリナが気にすることではない。
「はあ……でも大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、この二人が……剣が居るから」
と、茜はわざと雪花を省いてエリナを安心させる。
そんな雪花は苦々しく茜を睨みつける。だが唯をイジメていた時に雪花は出てこなかったのだから仕方が無いだろう。
そこで剣は一言、余計な事を口走る。
「ああ、お前は俺がまも――」
またしても剣が公衆の面前で恥ずかしい言葉を吐こうとしたところ。そこへ茜の拳が剣の鳩尾にめり込んだ。
どれほど非力な拳でも力の入っていない鳩尾など剥き出しの急所に他ならない。
剣は少し呻いて膝を突き、茜はエリナに向き直って頭を下げる。
「だから私の事はいないと思って、雷地君の事をこれからもよろしくお願いします」
これは雷地の弟である茜の本音だろう。
エリナは実の兄である雷地の事をこれ以上ないくらい慕ってくれているのだから。茜としてもこれほどうれしい事は無いだろう。
だがその横で今まで黙っていたヒソカが余計な一言を言う。
「これが本妻の余裕というやつか……」
「ええ!? 本妻!? やっぱり茜さんが本妻!?」
「あはは……全く……」
ここには余計な事を言うやつが多いなと、茜はつくづく思うのだった。
「エリナ。何話してんの?」
「あ、雷地君」
そしてその渦中の人物が現れるのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!