光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第129話 ~ゆでだこになる茜~

公開日時: 2023年10月31日(火) 19:30
文字数:3,392

◇現在


 剣は茜をちらちらと横目に見てくる。

 茜はそれに気が付き目を細めた。

 だが茜も元は男。剣の気持ちも分からないでもない。今はお年頃の男が同じ歳くらいの少女と同じ風呂に入っている異常な状態。しかも茜は美少女なのだ。気にならないわけがなかった。

 だが茜も恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 剣には先に体を洗って出てもらおう。と茜は行動に移す。


「えー、あー剣」

「お? おう、何だ」

「先体洗っていいぞ」

「あ、ああ……」


 そこで剣は湯船を出ようとする。だが何かがお湯の抵抗を受けた。

 そして剣は半端に上げた腰を止め、次の瞬間には降ろしていた。

 それを訝しがる茜。


「どうした剣?」

「……もう少し、後でいい」


 剣は一抹の不安が頭をよぎったのだ。というよりも一物の不安が縦によぎっていた。

 そう、お年頃の男であれば女性の裸を見れば必ず起こす反応が今、確実に剣の下半身で起きていたのだ。

 だから剣は出れないでいた。

 神話に出てくる天を劈くバベルの塔というものがある。それが今剣の股間に顕現しているのだ。

 そんな動揺する剣を茜が目ざとく見抜く。


「はっはーん……剣」

「な、何だよ」

「まさかお前……」

「くっ」


 ここまでか。

 こうなることは仕方がない事なのだ。目の前にいるのは女性で、更に超がつくほどの美少女の茜。反応しないほうが可笑しいというもの。

 と自分を慰める剣。

 だが茜はそれを見抜いていたわけではなかった。

 茜の元男、という抜けない感覚が剣に助け舟を出したのだ。


「裸を見られるのが恥ずかしいんだろ?」


 茜は自分を女だと認識はしている。だから剣が女性にどう見られ、どう思われるか。その深層心理を見抜く事は容易だ。

 だが気持ちではどうにもならない生理現象にまで考えが及ばないのだ。


「……なわけないだろ。俺の鍛え抜かれた裸をむしろ見てもらいたいくらいだ」


 だから剣は冷静にそう答える事が出来た。

 剣は自分の筋肉を隙あらば見せつけてくる。それは光にはもちろん、風呂場であれば他の入浴者、病院の地下にあったようなロビーでは平気で脱衣する。

 それに茜は男の時もイラっとさせられていた。


「脳筋野郎め……」


 と茜は剣を横目に睨みつける

 だがそれでも剣のバベルは留まる事を知らず、収まる気配がない。

 だから剣は茜にある提案をしてみる。

 

「お、お前こそ、先に洗っていいぞ」


 と、剣はそんな言葉。

 茜は気づいた。元男でも女でもそんな言葉を掛けられれば剣がどんな気持ちかは分かる。


「……スケベ」


 だから茜は流し目と共にそんな一言を吐き捨てた。

 剣は茜の裸が見たい、そんな欲望が透けて見えるぞと。


「なっ、ち、違う! 俺は別に……」


 茜に嫌われたくない。その一心で、剣は立ち上がろうとする。

 だが剣は既に立ち上がっている物が羞恥心という天井につっかえて立ち上がる事が出来ない。


「別に? なんだよ?」

「……風呂を楽しみたいダケだ」

「こいつ……まさか」


 ここで茜は剣の意図に気が付いた。

 どうして立ち上がることが出来ないかを。


「どっちが長く風呂に入っていられるか競争しようとしてるな……いいだろう」


 だが茜は気づいていなかった。


◇三十分後


「三十分程度でのぼせてくるとは……はぁはぁ……温度の調節を……」

 

 茜はお湯の蛇口を探す。だがここは垂れ流しの湯。蛇口など、ないのだ。

 茜はもう正常な判断が出来ずにいた。


「くっ……」

「どうした茜? 先に体洗って来いよ。向こう向いてるし」


 剣は爽やかに笑ってそう言った。


「はぁはぁ……その……手には乗らないからなっ」

「その手ってなんだよ……」


 茜は剣と張り合っている。

 そして剣はバベルの塔が傾くのを待っている。だがそれはまだ天のはるか彼方を指している。


「はぁはぁ……クソッ……化物め……」

「なっ」


 剣は少しドキリとする。まさか自分のバベルが見えているのではと。

 だがお湯は乳白色で剣からも見えていない。


「な、何の事だか……」


 それに剣は一安心だ。そして剣はまだまだ余裕の表情。

 それに対し、茜は顔が真っ赤になってしまっている。


「おいおい、茜顔が赤いぞ? 大丈夫か?」


 茜の顔が赤い、そして息も荒い。剣は少し心配になって茜に問いかける。


「う、うるさいっ……」

 

 だが剣が勝負を仕掛けてきていると思い込んでいる茜にとって剣のそんな言葉は煽り文句の何物でもない。


「うるさいって……」


 剣は溜息をついて壁に背を預ける。

 そして頬が上気し、更に息も荒くなった艶っぽい茜を見てしまい、剣のバベルに更に力が入る。

 

◇更に三十分後。


「やべ……限界かも」


 茜が呟く。

 茜も元はトップエージェント。自分の限界は理解している。

 だが少女の姿になった時の限界はまだ知らなかった。


「くぅ」


 茜は苦し紛れに頭をヘリに置いて天井を見上げる。


「うぅ?」


 だが天を見上げた視線がそのまま留まらず、更に奥へ移動していく。視線の制御ができない。更に景色がぐるぐると周りだす。


「ふぅ、流石に熱くなってきたな……」


 剣も少しのぼせてきたようだ。そして剣のバベルも徐々にへこたれてきている。もう少しだ。

 そこでふと、隣から何やらぶくぶくと音が聞こえてくる。


「ん?」


 それは茜が先程までいた場所。泡が次々と立ち上がり、消えていく。だが茜の姿がない。


「茜?」


 乳白色で下に何があるのかは分からない。

 だが立ち上る泡と姿が消えた茜に、のぼせてきた剣の赤い顔が一気に青ざめる。


「茜えええええ!?」


 剣は急いで駆け寄って風呂の中に手を入れて探る。すると何やら柔らかいものが。


「これはっ」


 ここで更に剣のバベルが息を吹き返す。

 だがそんな事はもう気にしていられない。茜の腕を探り当て引き上げる。


「けほっ……」


 茜を引き上げるとまだ生きていた。


「よかった……おいあか……ねっ!?」


 だが茜は一糸纏わぬ姿。

 剣はそれを見ぬよう、そっぽを向いて茜を抱き起し、部屋に運ぶ。

 そしてタオルをかけてやり、茜に呼びかける剣。


「おい茜! しっかりしろ!」

「きゅー……」

「茜!」

「きゅー……」

「おい!?」

「きゅー……」


 剣はこれは大変だと部屋を出て、隣の雪花の扉のインターホンを鳴らす。


「おい雪花! 茜が大変だ! 起きろ!」


 インターホンを連打する剣。

 時間はもう八時を過ぎている。起きていてもいい時間帯。

 するとドアが開く。


「あぁによ剣……女子の朝は辛いのよ……」

「茜が大変なんだ! きゅーしか言わなくなった!」


 慌てて要点を省いた剣の言葉。

 訳が分からず雪花は「はぁ?」と目を細めて答えるだけ。

 よく見れば剣は裸。雪花の視線が徐々に下に下がっていく。


「てか剣……あんたの剣がバベってるわよ?」

「うっ」


 剣は慌てた勢いで飛び出し全裸でやって来てしまった。

 幸い客はまだ誰も出てきていなかった為騒ぎになる事は無かったのだが。剣は何か大切なものを無くしてしまったのだった。 


「湯あたりね……ちょっと水飲ませて冷やして置けば大丈夫でしょ」


 雪花は取り合えず茜に水を飲ませ、体を濡れタオルで冷やす。

 そして体を拭いて着替えの白いワンピースを着せ、茜をベッドに寝かしつけたのだった。


「たくっ、あんた達何してたのよ?」

「何って……その」


 剣は正直に雪花に話す。茜が誘ってきたことを。

 それで雪花は理解した。茜が墓穴を掘った事を。


「まあ、そんな事もあるわよね」


 そしてそんな適当な言葉でごまかし、時間を見る。既に九時を過ぎている。


「準備しないとツクモ教授とマリーさん来ちゃうんじゃ?」

「ああ、必要な物持って飯食っていくぞ」

「うん」

 

 必要な物とは装備コード007の武器や弾薬、プロテクター等が詰まったジュラルミンケース。

 そしてここから十キロ程度離れたズレバー島へ赴き、キックス犯罪集団を潰すのだ。


「茜は? どうする?」


 ここで問題になるのは茜だ。まだ意識が朦朧としていて歩ける状態ではない。


「……置いて行こう」


 剣の結論は茜を置いていく事だった。


「え? こいつ怒るわよ?」

「ああ。だが茜に出来る事は無い」

「え? 何で?」


 依頼内容はキックスを潰す事。その後は宝探し。

 役割と言えば戦闘員が剣、もしもの為の医療要員が雪花、宝探しがツクモ教授、手配がマリー。

 茜も戦闘は出来る。だが剣が居れば十分な状況でか弱い茜はただのリスクにしかならない、というのが剣の見解だった。


「まあ確かに……」


 茜を守る、という剣の仕事が一つ減るのは確かだ。

 だが雪花は思う。茜はそんなに手はかからないと。

 でも茜に出来る事はそんなにないなとも思う。


「よし、置いて行きましょう!」


 そして茜は置き去りにされるのであった。

 

 

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