血の繋がった子供の舌打ちに父は口をぽかんと開けて呆れ顔だ。
「ちってお前……父親が死ぬところだったんだぞ!?」
そして立ち上がり、不満顔の茜にそう言い放つ。
それもそうだろう、死ぬかもしれなかった実の父親が目の前で生き返ったのだからそこは涙を流して喜ぶ場面だと。
茜は悲しみで涙が流れる事は無い。それを抜きにしてももう少しどうにかならなかったのかと。
だが茜の口から返ってきた言葉は大吾が期待したそれとは真逆。
「あーあー、なら素直に死ねばよかったのに」
「無事だったんだから喜ぶところだろそこは! ほれ! 抱き着いて来い!」
「……ちっ」
「またか!? また舌打ちしたな!? 実の親に対して!?」
素直じゃない茜。
茜は大吾の死に際して本気で心配していた。それが恥ずかしかったのだろう。白い茜の顔色が少し色付いている。
それを踏まえたツンデレ発言だとしても辛辣すぎる言葉だがそれにいち早く雪花が気づいた。
「まあまあ、お父さん。無事だったんだから良いじゃないですか」
少し唇を尖らせ、顔を背ける茜を睨む大吾。それをなだめる雪花。
大吾は腕組みをして不満げに鼻で息を吐く。だが不思議な事にここで表情が変わった。それは意外にも小さな笑顔だ。理由は先程の茜の言葉が大吾の胸を打つものだったからに他ならない。
「しかし茜。お前……さっき親父が居たらどんな感じか、とか言ってたよなぁ……」
茜にはずっと父親がいなかった。だから子供ながらに他の子供の父親を目で追ってしまったのだろう。父親が居たとしたら、と妄想にふけっていたに違いない。その心境を茜は恥ずかしげもなく吐露してしまった。
そんな大吾の発言に茜は思わず背筋を伸ばす。
「うなっ!? それはっ――」
「分かってる。そうだよなぁ……やっぱ父親がいないってのは寂しいよなぁ」
そう大吾が発言するたびに茜の虹彩は瞳孔を凝縮させていく。更に茜の少し色付いた顔色が林檎のように赤く熟れていった。
舌打ちや辛辣な言葉を吐く茜も所詮は人の子。大吾の子供なのだ。その気持ちを透かして見られた茜の恥ずかしさは想像を絶するだろう。
「まさかお前がそんなに俺の事をなぁ」
「お、お、おまっ、なにを言って――」
茜は急いで自分の失言をここぞとばかりに話す大吾の胸倉を掴んで振り回して黙らせようとする。だが大吾の体格は剣かそれ以上だ。逆に茜が振り回されてしまう。
「しっかし、ツンデレにも程があるだろ。もっと素直になって俺の胸に飛び込んできたらどうだ?」
だからか、そんなほっこり顔の大吾の胸に青い閃光が飛び込んでくる。
「うぉ!?」
あまりの恥ずかしさに茜が青桜刀を出現させて大吾に襲い掛かったのだ。
流石の大吾もその閃光を抱擁するだけの強度はない。目を剥いて仰け反り避ける大吾。
「おい茜! なにしやが――」
「――ね……」
「あ? なんだって?」
「死ね! 今死ね! すぐ死ね! 死ねないなら私が殺してやる! 今すぐに!」
顔を真っ赤にして、髪を振り乱し、一心不乱にぶんぶんぶんと青桜刀を大振りする茜。
「おい!? バカ野郎! やめっ、やめろ! 駄々っ子みたいに真剣振り回してんじゃねぇ!」
「うるさい! うるさい! うるさい! 恥ずかしい事思い出すな! こんな時にドッキリ仕掛けた罰だ!」
「ドッキリじゃねぇよ! 俺も本当に死ぬかと思ったんだっつってんだろ!」
「せっかく死んだ後のかっこいい台詞とか考えてたのに!」
「大馬鹿野郎! そんな作り物の言葉で俺をあの世へ送り出すつもりだったのか!? 死の間際! 極限の状況! そこでポロリと出る言葉にこそ意味があるんだろうが!」
「あっそう! ごめんな! でも思い出も何もないクソ親父にポロリも何もないんだよ! 唾吐きかけるくらいだ!」
「寂しい事を言う奴だな! 俺の教育不足かぁ!?」
「お前なんかに育てられた覚えはないっつってんだろ!」
「お前とはなんだ! 親父に向かって! ほれ! 俺の胸に飛び込んで来いよ! 親父がいたらどんな感じなのか? 他の子達と同じように、今すぐ味合わせてやる! そんな刀なんか捨てて飛び込んで来い! その真っ赤な顔で飛び込んでこいよ!」
「だ、黙れ! 黙れ黙れ黙れぇ!」
そんな親子喧嘩のような状況を雪花とルココ、そして足を折られた剣が目を細めて眺めている。
「仲が悪いのかしら?」
「ただ茜が父親にじゃれているだけだろ」
「……真剣で?」
「……そういう愛情表現も――」
「無いでしょ。でも顔真っ赤の茜……可愛いわね」
「ああ……いいな」
剣やルココから見ればただ仮面が割れただけ。そして親子の感動の再会であるにもかかわらず何故か親子喧嘩をしている光景だ。
「でも意外ね。茜があんなに取り乱すなんて」
いつも冷静に多少の事では動じない茜の乱れた姿はルココの目には新鮮に映るようだ。
その時、大吾は駄々っ子の茜が振り回している青桜刀に目を止めた。
「ん? お前、その刀どこで――うぉっ!?」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
「おい! 待て! 落ち着けって!」
茜の持っている青桜刀の事を大吾は知っているようだ。だが茜の猛攻がその詳細をぶった切る。これではまともに話も出来やしない。
だから雪花が見かねて茜を後ろから拘束する。
「ちょっと茜! もうそこまでにしなさいよ!」
「放せ雪花! こんな時にドッキリとか! こいつは人じゃない! 私達を長年放置もした! お前の血は何色だよ!」
雪花はどの口がそんな事を言うのかと、茜を拘束する腕の力を強める。
飛空艇アシェットで悪魔を召喚する時に叫んで倒れたり、頭に銃弾を受けて倒れたバドルの生死を確認する際も驚かせようとしていた。更には変装して驚かされた事もあったのだ。
「きっとあんたと同じ血の色よ。血は争えないわね。そして血の色は緑色よ」
「昆虫じゃねぇええ!」
そして大吾もこの場でドッキリを駆けるような事も演技力もないだろうが、その演技力を持つ茜だからこそ、大吾がドッキリを掛けたと言って疑わないのだ。
「でも良かったじゃない、生きてて」
「私は死にたいくらい恥ずかしい!」
茜の顔は恥ずかしさでなのか怒りでなのか、区別がつかない程に真っ赤に染まっている。
「全く……」
茜の猛攻が治まり、やっと一息つけたと、大吾は地面に腰を下ろす。そして深呼吸して長く息を吐いた。まだ剣の拳のダメージが残っているのだろう。腹をさすって少し気分が悪そうだ。
「大丈夫ですか?
「ああ、ありがとう雪花ちゃん……しかし、おっかしいなぁ? 仮面外した途端に以前は傷が浮かび上がったんだが」
大吾は服をめくり上げて鍛え抜かれた腹筋を披露するが傷はどこにも見当たらない。
「おや、これは生命の仮面?」
それは剣に破壊された木製の仮面の破片を拾い上げている遅れてきたポルトだった。その破片には小さな枝と葉がついている。
その仮面の名称は少し前に大吾が話していたそれと一致する。
雪花に捕まった茜が冷静さを取り戻しポルトに問う。
「ポルトさん、この仮面知ってるんですか?」
「はい、木製の仮面で木の枝と葉がついているのが特徴です。どんな傷もたちどころに治る仮面だとか。しかし剥がすと傷がたちどころに戻ってしまうという」
「ほらな? 俺の言った通りだろ?」
ポルトの説明は大吾の説明通りの効能だ。それは大吾の先程の一連の行動がドッキリではないという何よりの証拠。
大吾はそれ見た事かと横目に茜を捉えて抗議の視線を送る。茜はその視線を鬱陶しそうに目を細め、そっぽを向いた。
しかしポルトの説明はまだ続く。
「ただ仮面をつけている間、裏では少しずつ傷が癒えていくという優れた仮面の筈ですが」
「なっ」
そしてこれは大吾の口からは出てこなかった情報。固まる茜と大吾、雪花の表情にポルトは首を傾げるばかりだ。
「……あの野郎! 俺を騙しやがったな! 十年近くもこき使いやがってっ……許さねぇ!」
あの野郎というのは大吾が付き従っていた男の事だろう。
ポルトは裏で傷が癒えていくと言っていた。どれくらいの速度で傷が癒えるかは不明だが、十年程の時間があればどんな傷も治ってしまうだろう。
怒り顔の大吾は地面に突きさした黒い刀身の剣を抜き取って壁の方へどすどすと歩いていく。
「あ! どこ行くんだよ! クソ親父!」
「あいつを、氷結の野郎をぶん殴って来るんだよ! クソ娘!」
「はぁ?」
拘束されたままの茜と雪花は大吾の行く先を見守っている。何故ならその先には青い石を積み上げた城壁があるだけだからだ。そこには何もない。一体何をするつもりなのだろうかと。
大吾は壁に触れると扉が開き中に入っていく。
「へ? 何だあれ」
「あれは昇降機ですね。天空の監獄へと繋がっています」
「監獄へ!?」
茜は体をねじって雪花の拘束から逃れる。そして大吾の元へ走っていくがその前に扉が閉まってしまった。
「おい親父!」
「ちと上に行って来る。あの野郎をぶっ飛ばす」
「ちょ、なに言ってんだよ!」
茜が壁を叩き扉を開こうとするが上に何かが浮かんで上昇していく。
そこには怒り顔の大吾が小さく丸い黒い板の上に立っていた。そしてものの数秒で米粒のような点になって青空の彼方へ。
「あーあ……行っちゃったよ」
「自分勝手でやんなっちゃうわ。誰かさんと同じ」
「確かに。兄貴にそっくりだ」
「あんたよ」
「へ?」
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