港でのひと騒動の後、茜達はリュウの乗る全自動の車でホテルに送迎して貰った。
そしてチェックインを済まし現在、茜はベッドの上で正座している。
「で、どういう事?」
その正座している茜を雪花が見下ろし、睨みつけている。
お嬢様役の茜を使用人の雪花が睨み下ろす構図は単に叱られているようにも見える。だが正座している所は柔らかいベッドの上なので茜に反省の色は見られない。
「どうやら盗聴器や隠しカメラはなさそうだな」
そんな二人を尻目に、ディランはそんな事を言う。
スマコンを手にホテルの部屋内部を歩き回り、監視装置類の有無を探っていたようだ。
「ディランさんも知っていましたよね? あの時、ふって笑っていたのを私は覚えてますよ?」
「なんでそこは覚えてんだよ……てかあの時、笑ってはいたが元凶はそいつだろ」
「まあ、そうですね」
言って雪花は茜をまた睨みつける。
こうなった原因は茜に有り、きっかけを与えたのはリュウの発言から。
このホテルへ送迎する車の中での事。ルイズがまだ使用人である雪花の事を尋ねていなかった事を思い出したのだ。
◇ホテルへ向かう車内
「そう言えば使用人のあなた。まだお名前をお聞きしておりませんでしたね」
「あ、はい! シャロ=ドゥーデと申します!」
雪花はルイズの質問に背筋を伸ばし緊張の面持ちで答えた。茜が付けてくれた名前をそのまま。
だがその時、リュウとルイズは目を丸くし顔を見合わせた。そして他の側近であるケイトやリーファに目配せする。皆一様に目を逸らすがリーファに至っては小さく首を横に振った。
「あ、あのどうかされました?」
「あ、いえ。随分と若く……しかも女性だったもので」
今回のターゲットであるレナードは女好きで略奪愛に快楽を覚えているとの情報だった。だから招待客の使用人は男性が多いだろう。
だから女性の使用人である雪花が珍しかったに違いない。
すると不思議な事が起こる。リーファがナタリアの口を突然塞いだのだった。そのナタリアの表情は何故だかとても楽しそう。
更にその直後、ルイズの質問と雪花の応答が悪かった。
リュウの遊び心を刺激してしまう事になる。
「今回のパーティの主催者であるレナードは手が早いです。ご注意を」
「ああ、それは……承知しております。もしかしたら私も襲われちゃうかもですね!」
あはは、と雪花が冗談めかして言った直後、ナタリア意外の側近達の表情がこわばり、車内に緊張が走る。
それとリュウが口を開くのはほぼ同時だった。
「それはドーデッシャロー!」
言ってリュウは堪えきれないといった具合で笑いだす。
それはそれは満面の笑みで。
あまつさえ大きな口を開けて。
目には涙を浮かべて。
◇ホテルの部屋
「だってシャーロット=ドゥールゴールデンってなんだよ!」
「シャーロットってなんだか金持ちっぽいじゃん! ドールは人形みたいで可愛いじゃん! ゴールデンは金持ちっぽいじゃん!」
「こいつ……頭の中パラダイスワールドかよ」
茜は正座しながらため息をついて手の平を上に向ける。
ディランも腕を組んでうんうんと頷いた。
「安直だな」
「だ、だからってどーっでっしゃろにする必要ないでしょ! しかもあの時、あんた笑ってたわよね!?」
劣勢の雪花はたまらず茜をベッド上で押し倒す。更に茜の両手を掴んで馬乗りになり羽交い絞めにした。
茜は気づくかなと思ったらしいが雪花の鈍さに黙り、ディランも笑いを堪えていたようだ。
だがリュウは気づき、笑ってしまった。リーファのフォローによれば面白いと思ったことは口に出してしまう性格だったようで側近達もあまりの反応の速さに止めることが出来なかったのだった。
そして馬乗りされた茜はそっぽを向いて一言。
「優しくしてね……使用人」
と、謝罪の言葉が出てくるかと思いきや、ベッドの上で少し照れた茜の表情に雪花は顔を赤らめる。
「か、可愛えええ……」
「まあ、これで茜もお前もリュウに気に入られただろう。失敗してもここに残れるかもな」
ディランはこの出来事を前向きにとらえる。
結果だけ見れば茜は容姿で雪花は名前で覚えられているだろう。
「お手柄だぞ、雪花」
「え!? そうですか!?」
「雪花、騙されるなよ? あいつは面白い名前を黙っていた事をチャラにしたいだけだからな」
「ちっ、余計な事を」
「むぅ……いやいや、もとはと言えばあんたが一番悪いんだからねっ」
雪花がベッドの上の茜の顔を摘まんで仕返ししようとしたがこの後のパーティの事を考えるとそれは悪手だ。
ならばと、茜の脇に手を差し込む。脇をくすぐる作戦に変えたようだ。
くすぐったさに身をよじって笑う茜と楽しそうな雪花。ディランはそれを見て溜息だ。
「お前らなぁ……遊んでないでさっさと準備しろよ。もう時間がねぇぞ」
ゲラゲラ笑う茜を下に、雪花は時計を見るとパーティが始まるまであと十分程度しかない。
準備と言ってもディランはスーツを着ているのでそのまま出席したらいい。雪花も使用人の格好であるメイド服を着ているのでそのまま。問題は茜だ。
「お前は笑ってないでさっさとドレスを着てこい。借りれるらしい」
「あっはっはっは、はぁはぁ……はぁ、そうだな」
さっさとディランがホテルのドアから出ようとするとそこには大男が。
「私をお呼びかしら?」
そして大男はその体躯に似合わぬ口調で顔を突き出す。ディランを仰け反らせるくらいに。
「お、お前はっ」
「あ、エリザベスさん?」
それは光が少女の姿になった後、髪を切ってくれた人物だった。その背後には弟子であるカミラという少女も。
何故ヘイブン島にエリザベスがいるのか。ヘイブン島は誰でも上陸出来る場所ではないのではなかったのか、と茜達の頭にははてなマークが飛び交っている事だろう。
そんな少々の戸惑いの三人を押しのけながらエリザベスは部屋に入って来る。
「あなたは私がコーディネートするわ、茅穂月茜ちゃん。もとい、モニカお嬢様っ」
弟子であるカミラの手には既にドレスが抱えられている。
茜は姿見のある部屋で服を脱がされ、手早くドレスを着せられた。
そのドレスは茜の細い体にぴったりで肩や胸元が強調されている。更に背中は肩甲骨が見えるくらいにざっくりと咲かれていてそれが越し辺りまで続く。脇の下を通る布は最小限でそこからへその下辺りまで露出している。
「少し露出が……」
白く綺麗な肌が多く露出し、腰骨まで見えてしまいそうだ。苦々しい顔をの茜だが、これはレナードを落とす為だろう。
後は茜の青く綺麗な髪をセットするだけ。
その間に事情を聴けばエリザベス達はたまたまレナードに招待されたらしい。
どうやら投資家だけではなく、様々な業界の権威も招待されたようだ。エリザベスはファッション界で有名らしくカミラもそれを見込んで弟子入りしたのだとか。
「セレナにあなたの事を聞いてね。急いで仕立てたのよ」
依頼や任務の情報はセレナ達の部隊には共有されるがそれ以外の職員には共有される事はあまりない。だがエリザベスと仲のいいセレナがその事実を知って補助を頼んだようだった。
「あなたの活躍はセレナから聞いたわ。街を救ったり国を救ったり、まるでヒーローじゃない」
桜之上市とバンカー王国の事だろう。
エリザベスは言って笑い、茜は大した事じゃないと言って笑う。
「国を救う事が大したことないって、あなた大物ねぇ。セレナは元気だった?」
朗らかに笑いながらエリザベスは問うが茜は少し浮かない顔。
「あら、何かあった?」
エリザベスは鏡越しに茜を覗き込んでくる。
その際も鍛え抜かれた太い腕は動かしたまま、茜の髪を編み込んでいるのは流石はファッション界の権威だ。
茜は先日、バンカー王国であったセレナの事を話した。死にそうになった自分を心配してくれた事。優しく抱きしめてくれた事。そしてまた、倒れてしまった事を。
「あの子、そんな事一言も……」
「セレナさんは言わないでしょうね」
「そうよね……確かに」
他人に心配をかけるような発言をセレナはしない。それは茜も分かっているし仲のいいエリザベスも分かっている。
「私もあの後、セレナに聞いてみたんだけどね。どこも悪くないって。健康診断結果も見せてくれたけど何もなくてねぇ」
「そうですか……」
「心配よね。あなたは何か気づいた事はある?」
「いえ……でも」
「でも?」
「母親みたいに優しかったです」
そこで茜は微笑し、それにエリザベスもニコリと笑みを返す。「それは良かったわね」と優しい言葉を添えて。
その後、セレナは茜の父、大吾を連れて行ってしまった。しかし仲睦まじい二人を見て、茜の脳裏には母の面影が浮かんだに違いない。
「さて、完成よっ」
茜のふわふわの髪は三つ編みに結われて更にぐるぐるにまかれてまとめられ、綺麗な頭の形が露わになる。
茜の可愛らしいおでこを半分程覗かせ、うなじは惜しみなくさらけ出した髪型。
更にいつもすっぴんの茜の顔には化粧が施されている。
「あなた元が良いから控えめに紅とチーク、後は少しのラメを入れておいたから」
茜がお礼をディランの催促が冴えぎり急かす。
時計を見れば既にパーティの始まる時間。
「あーら、ちょっと遅刻かしら」
「大丈夫、パーティなんて最初の挨拶が静かなくらいでざわついてます。そこで混ざれば問題ないですよ」
「それは良かったわ」
茜はディランに急かされて部屋を出る。ドレスと化粧で激変した茜の美しさに見とれる雪花押し出しながら。
「頑張ってね」
エリザベスのウィンクを最後に部屋のドアが閉ざされたのだった。
パーティ会場へエレベータで降り茜達は小走りに向かう。
そして辿り着いた先には重厚な閉ざされた扉。パーティが行われているとは思えないくらい静かなのは防音設計だからだろう。
その扉の前には案内人だろう男女が二人。
「おや、参加者の方ですね。どうぞ」
「ありがとうございます!」
茜達が急いで入るとそこには静まり返ったパーティ会場と、壇上に上がった司会だろうスーツの男がマイクを持ち、茜達の登場に口を開けたまま固まっていた所だった。
更に招待客達の視線を茜達は一心に浴びていた。
「やばっ、最悪のタイミングだったんじゃっ?」
雪花はおどおどして周囲視線から逃れるように茜の後ろに隠れる。逆に茜とディランはここぞとばかりに堂々とした振る舞いで胸を張った。
「いや、最高のタイミングさ」
「だな」
と、不敵な笑みまで浮かべる始末。
このパーティに参加する目的はレナードに気に入られる事。だがそのレナードの目に留まらなければなんの意味もない。
だからこそ、皆の視線を一心に浴びたこの登場は最高で最適な演出となる。
「おやおや? 遅刻ですかぁ?」
そんな茜達に問いかけてくる男の声。
その声は会場中に響くような声。それはマイクを通しているから。
「ヒーローは遅れてくる、と言いますが今回はとてつもない美少女が遅れてきたようですね。私としては大歓迎ですね!」
そこでどっと笑いと拍手が起き、流石の茜も少し困った顔で周囲に手を振った。
そのマイクで話しかけてくる男はどうやら司会を務めているようだ。男は壇上のはっはっはと空笑い。どうやらどうやら茜達は場を盛り上げる材料にされたようだ。
茜達としても目立つ、という目標が達成されたので文句はない。
「というわけで皆様! 良い時間をお過ごしください!」
司会の男は言ってその場を終え、壇上を降りたのだった。
どうやら司会の男の最後の言葉を切って茜達は会場に入って来てしまったらしい。怪我の功名か、茜達は目立つことが出来た。
「幸先が良いな」
「ああ、でも……」
ディランの楽観的な言葉に茜は同意するものの、周囲を細目で見渡した。
「面倒な事になりそうだ」
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