茜は落ち着いて、しかし力強く返事をする。
既に右手には青桜刀が出現している。
青く艶やかな刀身は、全てを赤く焼き付ける太陽に照らされて茜色に輝いている。
風は凪ぎ、海面も穏やかだ。海の匂いが鼻腔を刺激し、太陽の光が肌を焼こうと最後の足掻きを見せる。
「では私が明鏡共鳴でバックアップしましょう」
セレナは胸ポケットからサングラスを取り出して茜に渡す。
茜はそれを受け取り、一つ空を見る。
そこには報道のヘリが上空に三機飛んでいた。
もちろん今フェリーの屋上にいるセレナと茜の姿は映し出されている事だろう。
「成程、ありがとうございます」
茜は礼を言ってサングラスを掛ける。
セレナの言う、明鏡共鳴とは共鳴力の一つ。しかし共鳴力の強化や同化、放出とは一線を画すもの。様々な研究が行われているが未だ不明な点が多い共鳴力だ。
人には生まれながらに一つの特性を持っていると言われている。それを認知し開花させる事で共鳴力に上乗せして様々な現象を起こすことができる、というものだ。
しかし希少で、明鏡共鳴を使える者は世界で数える程度しかいない。何故なら認知するには自分自身の特性を知らなければならない。知ることが出来たとしても使い方が分からなければどうする事も出来ないのだ。
だがセレナはそれを扱う事が出来る。
「では」
セレナがそう言いながら刀を天に掲げた。その刀は白く輝く刀身でセレナの愛刀、光芒刀だ。
それを合図に茜は青桜刀を肩の位置まで上げ剣先をバドルに向けて照準を定める。
「いきます」
セレナがそう言い終わった刹那、周囲が一瞬真っ暗になる。ただ一つ、セレナの持つ刀を除いて。
天に掲げた刀だけが白く輝きだす。全ての光をその刀で吸い取ってしまったように。
更に次の瞬間、セレナが掲げた刀が強烈な光を発し、フェリーや上空のへりまでも包み込む。
その強烈な光で周囲を取り囲む報道ヘリのカメラは全てホワイトアウトしてしまっている事だろう。
これは茜が今から放つ奇跡が見られては騒ぎになってしまう為。セレナが手渡したサングラスもこの光を見越しての事。茜の視界は良好だ。
「この光は!?」
飛んでいるバドルもその強烈な光に気づいて振り返るがもう遅い。強烈な光で全身を包み込まれてしまう。
更にその光が視界を遮り、方向感覚を狂わせる。
「桃色の悪魔かっ……」
バドルの顔が青ざめる。桃色とはセレナの髪色を言っているのだろう。
セレナの武勇はバドルも知っているようだ。珍妙な二つ名をつけて。
強烈な目眩ましを受け、怯んだ敵をファウンドラ社最高戦力が蹂躙する。それはまさに悪魔の所業だろう。と、そんな所だろう。
ただ今回の悪夢は茜が見せる事になる。今回セレナは辺りをまばゆい光で覆い隠すだけ。
バドルは動揺したのか、一瞬高度が下がり動きが止まった。
「ではどうぞ」
セレナの言葉と同時、茜が両手で青桜刀を構える。その刀に共鳴力を充実させていく。
すると次第に周囲の空気が小刻みに揺れ始め、凪いでいた風がざわつき始める。
先程まで静かだった海もフェリーを中心に次々に波紋が広がって大きな波となる。
フェリー自体も揺れ始め、上下に激しく暴れ始めた。
続いて鈍く、一際巨大な衝撃が周辺一帯を襲う。
茜が構える刀を見れば茜色のオーラが纏わりついている。
視界が歪むほどの高い密度を誇る共鳴力のオーラ。
高密度の共鳴力を宿した刀。
しかし少し様子がおかしい。それを握る茜の手がガタガタと揺れ動いているのだ。更に意外なのは茜の表情には焦りの色が見えるという事。
「なんだっ……これは……やばっ」
茜もこの現象に酷く動揺している様子。
「茜さん?」
セレナが見れば青桜刀がガタガタと小刻みに揺れ、茜の細い腕がその揺れに持っていかれそうになっている。このままではバドルに照準を絞るどころではない。
茜色の奇跡は建物を一つ、軽々と吹き飛ばす威力を持つ。
これが照準を絞れないとなると、まずいことになる。周囲を見渡しても水平線だけで陸地はない。だが近くには警備艇で取り囲まれている。下手をすれば被害が出てしまう。
「少し力を入れてみただけなのにっ」
茜は力を抑えようと刀を強く握る。だが強く握れば握る程、刀は暴れ今にもどこかへ飛んでいきそうな様相。
その時、セレナが片手で茜の刀を持つ手を優しく包み込む。
「落ち着いて下さい」
セレナは雪花がやったように茜の手に自分の共鳴力を流し込んでいく。
自身が使用できるのは自分の共鳴力だけだ。共鳴同化で他人の共鳴力を上書きすると他人の力を弱める事が出来る。
セレナの手が添えられて数秒、次第に茜の手の揺れが治まっていき、セレナも手を離す。
「少々、散らしました」
「あ、ありがとうございますっ」
一度揺れが治まったものの、刀の揺れを抑えるには相当の力がいるようで少しまだ揺れている。
少女の姿のままでは強大な共鳴力をうまく使いこなせないようだ。
この状態も長く維持するのは無理だろう。
だが長く続かせる理由もない。
茜はそのまま刀を振り上げる。その視線の先には強烈な光に怯むバドルの姿がはっきりと映し出されている。
「行きますっ」
「どうぞ」
茜は高密度の共鳴力を纏った青桜刀をバドルめがけて思い切り振り降ろす。
茜の握る青桜刀から茜色の閃光が放たれる。
バドルの姿を覆い隠すくらいの閃光。セレナが散らしたせいで程よい規模の閃光となった。
「くっ……これはっ」
その閃光にバドルの灰色の瞳は茜色に染め上げられ、その表情も絶望に染め上げられ事だろう。いや、絶望に浸る余裕もなかったかもしれない。強烈な光で視界を遮られていたのだから。
閃光が走る音は静かなものでほぼ無音だった。
無に近い視界と音のない奇跡でそこで何が起こったか、誰も分からないだろう。
ただ茜とバドルの延長線上。その空にあった大質量を誇る積乱雲が真っ二つに割れてしまっている。茜色の奇跡の威力が伺い知れるというものだ。
そして茜色の閃光が消えるとバドルの姿も跡形もなく消え去っていた。
セレナの刀の輝きも仕事を終える。
すると奇跡を放った茜は力が抜けたようにバランスを崩した。
「茜さんっ?」
セレナは倒れ込む茜を優しく抱きとめる。
「どうしました?」
セレナが茜の頭を支えて表情を確認する。
茜は意識が朦朧としているのか、薄目を開けて焦点が合っていない。
「少し……疲れました」
よほどの力を使ったのか、茜は自分で体を支える事も出来ないようだった。セレナの腕に全体重がのしかかってくる。
セレナは閉じると風でも吹きそうな長いまつ毛を伏せ、そしてってゆっくり開く。
その目は優しさで溢れており、母のように茜に微笑んでいる。
「お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さいね」
「じゃあ、ちょっと……お先に失礼しま……」
これ程安心できる人物もいないだろうと、茜はセレナの腕をベッド代わりに、心地よい眠りにつくのであった。
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