この場には茜達と同じ目的の、レナードとお近づきになりたいという人間が大勢いる。
それに引き換えレナードは一人。全員を相手にするのは不可能だ。であればその人間達は皆ライバルであり、蹴り落とす対象である。それは茜達も例外ではない。
そんな中で会場全員の注目を引くような登場は抜け駆けであり、裏切り行為であり、真っ先に蹴り落とす標的とされるのだ。
「なぁにあのドレス。脇腹とか背中に大きな穴が開いているわ。お金が無かったのかしら? 可哀そう~」
そんな憐れむような言葉が聞こえてくる。しかし憐れんでいるというにはあまりにも楽しそうな声色。更にその直後、複数人のせせら笑う声。
見れば少し離れた場所から目だけを茜達に向けてニヤついている一人の女性とその周囲を取り巻くように四、五人の女性達が。
「なんだか原始人みた~い」
その言葉で嘲笑すると更に周囲の女性達の笑いを誘う。
それ見た事かと、茜はため息交じりに小さく「面倒な事がもう来た」と一人呟くのだった。その証拠に、父親役であるディランはもう既に姿を消していた。娘同士のキャットファイトに加わりたくない、という事だろう。
そしてそれは雪花にも聞こえていて、嘲笑の対象であることは認識できている。だからか少し鼻息荒く口を開く。
「なんなのあの人! わざと聞こえるような声でっ、腹立つわね!」
「あいつはミシェル=パリス、二十歳。キルミア南部の生まれで有名な資産家の一人娘。なに不自由なく育てられたそうだ」
と、不快な言葉を意に介さず、なにか資料でも読み上げるようにスラスラと情報を並べ立てる茜。提供された資料を頭の中で読み上げているのだろう。
このパーティに参加しているだけあってやはり美人。周囲の取り巻きよりも頭一つ飛びぬけている。艶やかな長い金髪に灰色の瞳。程よく痩せておりスタイルもいい。その華奢な体に似合わないふくよかな胸。それを強調するような露出の高いドレス。
「ふーん、なんだか嫌な感じっ。自分だって露出の高いドレス着てるくせに!」
「どうやら少し目立ちすぎたらしいな」
「目立ったからって酷くないっ? ちょっと私が――」
と、一歩踏み出した雪花の腕を茜が掴み止める。そして雪花を見ず、ミシェルにバレぬよう口を小さく動かしながら語り掛けた。
「この世にはな、人を馬鹿にして貶める事を至上命題としているスペシャリストがいるんだよ。妬み嫉み、くだらないプライド、怨念のような恨みつらみでな。しかもその人種が多い事多い事。疲れるだけから触るなよ? 祟られるぞ」
その茜の言い方で少しスッキリしたのか、雪花は前のめりになる体を引っ込め溜飲を下げる。
「触らぬ神にってやつね」
「ああ、あと自称神を信仰しているっていう危ない狂信者にもな」
雪花はその信者という言葉に最近あった茜を斬りつけて来た女性を思い浮かべる。そして血の気が引いた顔で頷くのだった。
その雪花に茜も溜め言いをついて片唇を上げる。
そしてそう言えばと思い出す。桜之上学園で出会ったジュリナも取り巻きを連れていたなぁと。
何も言い返してこない茜にミシェルは体を向き変えて、首を傾げながら話しかけてくる。
「あらら、だんまり? 顔の割に他愛のない娘ですこと」
そう言い捨て、またせせら笑うミシェルと取り巻き達。
それに茜は八方美人宜しく愛想笑いで返す。だがそれが気に食わないのか、ミシェルは茜達に歩み寄って来た。更に顔を近づけてくる。それは互いの息が感じられる程の距離。
「ここはあなたみたいな貧乏人が来るところではないわ。さっさと帰りなさいな」
と、今度は威圧感たっぷりの直球で自分の要望を伝てくるミシェル。よほどこの会場から茜に消えて欲しいようだ。
だが言い換えれば、今この会場で最も目立っているのは茜だという証。ならば茜の美貌に引き寄せ荒れた男達が仲裁に入っても良さそうなものだがそんな人物は一人もいない。
これは桜之上学園でも見た構図だ。
今では追いかけられる程の茜の美貌だが、ジュリナがいた頃は誰も話しかけてはこなかった。ミシェルもきっとその類の人物なのだろう。
「ちょっとあなた! さっきから聞いてれば――」
と、雪花が口を開いて反撃しようとして止めたのはミシェルの睨みが茜から移ったから。
「私は今この娘と喋っているの。使用人風情がしゃしゃり出てこないで下さる?」
睨みと怒りのこもった言葉に雪花は委縮し赤子のように「あ、う」と口に出し茜の背後に隠れるのだった。
そんな情けない雪花の姿に茜は溜息すらも面倒な感じでげんなりとした様子。
「それに男ではなく女の使用人だなんて」
「へ?」
ミシェルは少し離れて雪花をまじまじと見てなにか気に入った玩具でも見つけたようにニヤついた。
「よほどお金に余裕がないと見えますわね」
言ってミシェルはくすくす笑い、取り巻きも近づいて来て笑い出す。
資料によればレナードは略奪愛の好きな歪んだ性癖の持ち主。にもかかわらず、ディランは剣ではなく雪花を拉致して来てしまったのだ。
雪花が半端に喧嘩を売った事でそこも攻められ、玩具のように弄ばれてしまった。
「それとも、このパーティの趣旨を理解できる頭をもっていらっしゃらないのかしら?」
せせら笑うミシェルに玩具は怒りで震えながらも何も言い返せない。出来るのは前に立っている茜の肩に手を置いて握りしめる事くらいだ。
その手を茜がぺしぺしと軽く何度も叩いて痛いという意思表示。しかし表情は笑顔を貼り付けたまま、ミシェルを見据えている。
このままでは茜の肩が折れるか、雪花が暴走するかだ。そして現状は少し茜達に不利になってしまう。ミシェルに言い負かされたまま、というのは周囲の心象が良くないからだ。
こういった社交の場で優位に立つにはミシェルのように言葉で相手を圧倒するしかない。
だから茜は叩いていた雪花の手をぎゅっと握る。
「え?」
そして茜は背後に立つ雪花を振り返って軽くウィンクする。
何かするつもりなのだろう、と雪花は茜の肩から手をどけた。
すると茜は周囲に聞こえるような大きな声。
「十分理解しておりますわ。ミシェル様」
そして軽く会釈して不敵な笑みをミシェルに向ける。
「あらあら、私も有名になったものね」
ミシェルもついに口を開いた茜に向かって不敵な笑みで応酬する。
「はい、もちろんですわ。この界隈でミシェル様を知らぬ者はおりません」
こういった場に慣れているミシェル。茜が反撃すると思い身構えていたのだろう。だがそうではないと分かるや否や不敵な笑みがどんどんつまらなそうなそれに変わっていく。
「ふん、おべっかかいたって――」
そんな見え透いたよいしょで取り入ろうとしてもそうはいかないぞと、今度は不機嫌な表情に変貌していくミシェル。
だがそれを止めたのは茜の驚くべき言葉。
「たしか、御年二十歳を迎えたおばさまと見受けます」
「おばっ!?」
二十歳。それは伯母様と呼ばれるような年齢ではない。にもかかわらず、茜の口から出てきたそんな言葉。
それにミシェルは開いた口が塞がらず次の言葉が出てこない。雪花でさえ、そんな凶器のような言葉を放つ茜に目が点だ。
更に茜の言葉が続く。
「老婆心、誠に痛み入ります。心配に及ばずともこのパーティの趣旨、重々承知しておりますわ。しかしながらこの美貌と若さがあれば何の問題もない、そう判断いたしました」
茜は首を傾げて可愛らしく笑う。
先程のミシェルは憐れみに笑いの色を乗せて嘲笑った。しかし今の茜は鋭利な言葉に笑みの色を乗せている。それだけの違いなのだがどちらの言葉が胸に刺さるか。ミシェルの悲痛な表情がそれを物語っている。
ギリっと歯ぎしりが聞こえそうなほどにミシェルの表情が歪む。
茜が演じるモニカ=ウォーカーは十七歳という設定でまだミシェルより若い。この差はどうしても埋める事が出来ないのだ。更に茜はミシェルが排除しに来るほどの超絶美少女。ミシェルは何も言い返す事など出来ないだろう。
「失礼かもしれないですが」
と、茜は更に追撃を放つべく口を開く。
そう切り出すという事は先程の言葉は失礼のレベルではなかったという事。これからもっと失礼な発言をするのか、と取り巻きはごくりと唾を飲む。
雪花でさえ口をぽかんと開けて茜の言葉を聞きたいような、聞きたくないような複雑な表情で見守っている。
「ミシェル様の方こそ、このパーティの趣旨を理解されていらっしゃるのでしょうか?」
「は? も、もちろん承知していますわ! なにがいけないのか教えて下さらない!?」
「せんえつながら、そのレベルのお顔でのご出席、本当にこのパーティの趣旨を理解されているとは思えないので」
と、超絶美少女の茜は抜かした。
茜の美貌には誰も敵わない。茜はそんな高みにいるのだ。その高みから逃れようのない現実を言い降ろされれば何も言い返す事など出来やしない。
ミシェル優勢が一転、茜の一人勝ちになってしまった。
雪花が恐る恐るミシェルを見ると涙を浮かべて顔を引きつらせている。自業自得ではあるものの、やりすぎでは無いかと同情するくらいに辛辣な表情を浮かべている。
「な、ならもっとましなドレスを着なさいな! はしたない! これじゃあどこかの娼婦じゃない!」
と、泣きそうになりながら苦し紛れの言葉を吐くミシェル。
だがそんな言葉は得てしてうまく作用しない。泣きっ面には蜂が来るものなのだから。
「誰かしら私のドレスにケチをつけるのは」
そんな言葉が茜達が入って来た会場の入り口から聞こえてくる。
それは派手なドレスをそつなく着こなしたガタイの良い人物。
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