後日、茜達はツクモ教授の特別授業が行われている教室へ足を運んでいた。
と言っても三百人は収容できるだろう教室内は満席で座れず、教室の外で三人揃って立ち聞きしていた。
「天地戦争はその名の通り、天空と地上の戦いだ。それは皆知っているね。地上の覇者・シュバリエ帝国が天上の覇者・天空都市アマデウスに勝利し、独立した年が地歴元年となったわけだが――」
教室内からは男性の声。
カーキ色のスーツで決めた黒髪の中年男性が教室前方の大画面に映し出された年表を指して講義している。
満員であるにもかかわらず、生徒達のざわめきが聞こえない。皆真剣に聞き入っているようだ。
「では何故この天地戦争が起こったか知っている人はいるかな?」
ツクモ教授は銀縁の眼鏡をくいっとあげて目の前の生徒達を確認する。
その質問に、生徒達は我先にと手を上げていた。
「じゃあそこの君」
「はい! 天空都市アマデウスが落とした大切なものを地上の人々が奪ったからです」
「よろしい。ではその大切なものとは何かな? じゃあ次は君」
「はい! 天空都市が落とした精霊、一般的にはニンフだと言われています」
「素晴らしい。ここの生徒は皆優秀だな」
ツクモ教授に当てられた生徒は満面の笑み。
そしてツクモ教授も積極的な生徒の多さに満面の笑みだ。
「だが最近出土した遺跡を読み解いた結果、新たな発見があったんだ。それはニンフという精霊ではなかった。何か分かる人はいるかな?」
と、ツクモ教授が質問を投げかけると生徒達は顔を見合わせる。だが誰も手を上げる事が出来ない。
そんな生徒達を一通り見まわしてツクモ教授は二っと笑う。
「無理もない。これは最近発見された事実なのだから」
ここでツクモ教授は咳ばらいをして溜めを作った。
「遺跡にはこう書かれていたんだ。言い得て妙だが地に落ちたのは天空都市の王女様だと」
言い得て妙とツクモ教授が言ったのは天空都市と言われているのに王女様が居る事だろう。生徒達も首を傾げ「天空都市に王女?」、と隣の生徒と顔を見合わせている。
天空都市は下手な島国よりも大きな面積を誇っている。そこに住む者同士で天空都市を誰が統治するかの戦争でもあったのだろう。
「そしてその王女様は落ちた先のとある国の王と恋に落ちたんだ。なんともロマンチックな話さ。ん? 何だい? そこの君」
「はい! つまり天地戦争はその天空都市の王女様の色恋沙汰のせいで起こったという事ですか?」
生徒の言う通りであれば地歴の誕生が痴情のもつれで出来てしまった産物となってしまう。
この生徒の問いに、ツクモ教授は少し唸る。
「その説も有力視されたが私の見解は少し違う。昔は天空と地上は仲が良かった事は知っているね? 六千年前の地上は飛行機もなく、航海術もまだあまり発達していなかった。だから空を自由に飛び回る事が出来る天空都市はこれ以上ない物流の手段だったんだ。だが最近発掘された遺跡でかなりの費用を要求され地上は徐々に疲弊していった事が判明した。だから地上の覇者・シュバリエ帝国は天空都市をあまり良く思っていなかったんだと推察する。この事からつまり、どういう事が起こるかというと? はい、そこの君!」
ここで手を上げた生徒がいた為、ツクモ教授はその生徒を指し、水の入ったペットボトルに口をつける。
「はい! 地上に落ちた王女様をわざと返さず、天空都市との戦争の火種を作ったんだと思います!」
「そう。王女様をいつまでも返さない国にしびれを切らした天空都市が砲弾を放った。この桜之上市に放たれたものと同じ、反重力砲をね」
この話は茜も初めて聞いた。
反重力砲とは桜之上市に直径一キロ程の半球状の穴を空けた天空都市の兵器だ。人も建物も全てを原子レベルで引きはがし、後には何も残さない無慈悲な兵器。
「この事を大義名分にシュバリエ帝国が――」
そこで鐘の音。
キーンコーンと授業の区切りを知らせてくる。
「ではこれまでだ。私はこれから天空都市と地上の貿易地点となったバンカー王国に向かう。そこでする新たな発見を期待してくれたまえ」
ツクモ教授は荷物をまとめて小脇に抱え、茜達が覗いていた出口へ向かう。
「ツクモ教授! それはチェントロ遺跡ですか!?」
「そうだ。良く知ってるね」
「ここへは何をしに!?」
「この学校の図書館に寄贈されている本をね。あと彼らに会いに」
と、ツクモ教授が手の平で示す方角には茜と剣、雪花がいる。
「何で分かったんだ?」
と、剣は不思議そうな顔。
ツクモ教授にはこの講義の後、話を聞く予定になっていた。
大方セレナが青髪の少女の三人組、とでも説明したのだろう。
その証拠にツクモ教授は生徒の質問に背を追われながら、中を覗く茜の手を取った。
「青髪の美少女、君が茜だな」
「びしょう……まあ、はい」
「そして金髪の君が屈強な肉体を持つという剣で」
「ああ」
「巨乳の君が雪花」
「何で私だけ胸……まあいいですけど……良くはないか」
ツクモ教授は海外を飛び回っていた為か敬称を省略して茜達の名前を確認していく。
「君達の事は聞いている。私は考古学者をやっている者でね。気軽にツクモと呼んでくれ」
青髪と金髪の組み合わせ、そして雪花は巨乳だと説明されていたようだ。
するとツクモ教授は茜に何故か体当たり気味に抱き着いた。
「ちょ、何を!?」
「あ、いやっ、しつれ――」
と、それはツクモ教授が茜の可愛さのあまりに抱き着いたのではない。
ツクモ教授を追いかけてきた生徒達によって押し出されたのだ。
「ツクモ教授! ちょっと聞きたい事が!」
「私も聞きたい事が!」
「教授が書いた本を読みました! そこで質問が!」
「今度はいつここへ!?」
「サインください!」
どうやらかなりの有名人のようで次々と狭い出口から生徒が押し出され、茜達も押し出されて行く。
「これではゆっくり話が出来ないなっ」
ツクモ教授は茜達を押し出しながら駆け足となって廊下を駆けていく。
「あ、あれは茜ちゃんじゃないか!?」
「なんでツクモ教授と!?」
「可愛い!」
「俺と付き合ってくれ!」
などと、茜の姿を見つけた生徒達も追って来る。
「おやおや、君も有名人のようだな、茜っ」
「不本意ながらっ」
「ねえちょっと! めちゃめちゃ追いかけられてますけど!? 剣! 何とかして!」
「無茶言うな!」
ツクモ教授と茜を追う集団はどんどん大きくなっていく。
「はっは、最近の若者は血気盛んで実に言い! しかしこれは静かに話を出来る気がしないなっ」
ツクモ教授は笑いながらそんな事を言う。
ツクモ教授を近くで見れば髪は綺麗に撫でつけられ、無精髭もない。お腹も出ておらず体格もいい。
資料を読み漁るよりも自分で現地に赴き、行動する派の教授なのだろう。
「どうだい。バンカー王国で落ち合うというのは」
その提案に茜達は頷いた。
「じゃあ私達は一足先にバンカー王国に向かいますっ」
「ああっ、そうしてくれ! ではね!」
そう言って茜達はそこで別れたのだった。
◇バンカー王国
日和の国から飛行機で約九時間。
夜出た為、今は早朝。
環太平洋に点在する島国の一つ。バンカー王国バンカー島。
ディアン族とギカ族の民族からなる国で東西に長い島だ。分布としては西側にディアン族が多く、東側にギカ族が多い。
双方の民族の人口を合わせると約百万人程の島だ。
「やっと着いた……ケツがごわごわだ」
「狭かった……こういうのってファーストクラスじゃないの?」
長時間飛行機に揺られ、若干疲れ気味の茜と雪花。
セレナから送られたチケットが雪花が思ったようなファーストクラスではなかったのだ。
「経費削減だよ……たぶん。あと任務失敗の余波かな」
と、茜。
ファーストクラスにすると値段が一気に跳ね上がる。
それ程危惧するような経済状況とは思えないが、もしかしたらセレナの失態で経費を削られたのかもしれない。
「はぁ、でもここがバンカー王国……リゾートっ」
雪花はそう呟くとニヤリと笑う。
バンカー王国はリゾート地で有名だ。テレビでも多く取り上げられる場所。
そこに来れて雪花は嬉しいのだろう。
「気持ちい所ね~」
空港から出て直ぐ目の前にはヤシの木が等間隔に立ち並ぶ。その横には太陽に照らされて白く輝く砂浜と空を映したような真っ青な海が広がっていた。水平線に所々島が生え出しているが、それより奥には何もない。
「青い空! 白い雲!」
雪花が両手を開いて歩くと風が纏わりついて白い髪を揺らす。サングラスを頭に掛け、ヘソが見える程の丈の短いシャツ。そしてデニムの短パンにサンダルと言った出で立ちの雪花。
全身で風を感じて気持ち良く目を細めている。
「言っとくけど遊びに来たんじゃないからな?」
全力で楽しもうとする意気込みが垣間見える風貌の雪花に釘を刺す茜。
その茜は肩を惜しげもなくさらけ出した白いワンピースとサンダル。そんな単純な服装。
「分かってるわよ! でも何でだろ。南の島なのに涼しいね」
日和の国の夏は暑い。だが赤道に近いバンカー王国の方が涼しいのだ。
それは単純に海に面している為。更に海から涼しい風が吹く為だ。
茜も体を伸ばしがてら腕を伸ばして風を受ける。
ふわふわの青い髪が揺れ、白いワンピースがなびく。そこで普通であればボディラインが露わになってしまう所。だがそのワンピースはふっくらとした作り。フリルもついて見えにくくなっている。
「はぁ~、気持ちいいなぁ~」
茜と雪花は二人して両腕を伸ばし、風を浴び、目を細める。
茜も南国のリゾート地に来て少し興奮しているようだ。
これは事前にセレナと雪花と一緒に買いに行った服。もちろん茜が選んだ服ではない。ほとんどセレナと雪花がキャッキャしながら選んだ服だ。
その茜の服装に少し不満そうに溜息をつく剣。
「浮かれすぎだろお前ら」
それは南国だというのに茜の露出が減ってしまった為。ワンピースの丈が長く、茜のひざ下まで隠れてしまっている。
「しかし……」
そして剣は改めて茜を見る。
「それもまた……いいな」
と、呟く剣。
普段ミニスカを履いている茜が露出控えめのワンピースで南国の地を踏んでいる姿。
揺れるフワフワの青い髪とフワフワの純白のワンピースは南の島の青い空に溶け込んでおり、背中から羽でも生えていればそれこそ天使のようにも映るのだ。
それもまた別の美しさがあると、新たな境地を見つける剣であった。
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