光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第三章 トレジャーハント

第123話 ~茜、スカウトされる~

公開日時: 2023年10月25日(水) 19:53
文字数:3,927


「宝探しか~、楽しみだなぁ~」


 カフェから帰る道すがら、雪花は呑気にそんな事を口にする。


「キックスって言う犯罪組織もいるぞ」

「まあね。でも今回はブラッドオーシャンは出てこないんでしょ? それだけで気が楽だわ。犯罪組織も剣に任せておけば大丈夫そうだし」


 雪花の言う通り、今回は剣が居る。一人で犯罪組織の一つや二つ壊滅できそうな戦力だ。そこに加えて大金が報酬として入って来るのだからこれ程嬉しい事は無いだろう。


「そうかなぁ~」


 呑気な雪花に茜は何やら含みのある言い方でそんな事を言う。


「……は? 何よその言い方! 何かあるのなら先に教えなさいよ!」


 雪花は日和の国に帰るという理由でフェリーに乗せられる。その結果大変な事に巻き込まれてしまった。だから今回こそは何かあるのであれば先に教えてもらいたいのだ。


「そもそもブラッドオーシャンが何故そう呼ばれたのか。その理由は知ってるか?」

「ふふん、私もちょっとは調べてるのよ? それくらい知ってるわ。重力制御装置の開発者を皆殺しにしたんでしょ?」


 世間ではブラッドオーシャンは都市伝説扱いされあまり認知されていない。だがネットを探せばいくらでもその情報は出てくるものだ。

 ブラッドオーシャンの由来は三十年ほど前、ミリタニアで重力制御装置を開発しようとした科学者達を一人残らず殺し、血の海に染め上げた事から。

 

「じゃあ何故ブラッドオーシャンはそんな事をしたと思う?」

「え……何故って……」


 茜に聞かれ雪花は返答に困ってしまう。

 重力制御装置はとても便利なもの。その開発を阻止する理由が思いつかない。そこを襲撃するとなればそれ相応の理由が存在する筈なのだ。

 

「ヒント1」

 

 そんな雪花を見かねて茜がヒントをくれる。


「昔、石油産出国一位で荒稼ぎしていた世界有数の豊かな国、ラブア王国がありました」


 今の時代、電気がなければ何もできない。

 その電気を起こす火力発電の燃料を担っていたのが石油だ。


「ラブア王国? 何か関係ある?」

「ヒント2、十年くらい前に、火力発電のシェアを重力制御発電に全て奪われて貧国となりました」


 そんな生活必需品である電気は重力制御装置の台頭により世界中で不足する事は無くなったのだ。


「現在、全世界の電気供給は百パーセント重力制御発電。戦闘機なんかの高出力を必要とするもの以外は」


 ここまで言えば雪花はブラッドオーシャンが何故重力制御装置の開発を阻害したのか理解できたようだ。

 雪花は目を丸くして茜を見る。


「って事はブラッドオーシャンはラブア王国の為に重力制御装置開発を邪魔していた?」

「当時はそんな噂がまことしやかに噂されていたみたいだな。で、貧国となったラブア王国を王族は見捨て元々治めていた国に戻っている」

「元々治めていた国に?」


 どこにその王族が戻ったのか分からず、雪花が首を傾げる。

 そこに茜がニヤつきながら言葉を紡ぐ。


「ヒント3、王族が元々治めていた国はバンカー王国です」


 雪花は事の重大さに気づき、歩みを止める。


「い、いやっ……」


 だが茜の言葉は止まらない。雪花の前に回り込んで意地の悪い笑みを浮かべている。


「ヒント4、バンカー王国に戻った王族は同族ともう一つの先住民族と紛争を起こし十年前勝利。今現在、国を治めています」

「やめてっ……もう聞きたくな――」


 耳を塞ごうとする雪花の両の手を茜が掴んで放さない。


「ヒント5、バンカー王国で古代の遺跡が発掘されましたが、ブラッドオーシャンも古代の遺物から発掘した遺物を狙っていました。なら今回も?」


 バンカー王国から出土した古代の遺跡。

 それを調査しているのがツクモ教授。

 古代の遺物で悪魔の名前を解読したのもツクモ教授。であればその古代の遺跡と古代の遺物は同年代の可能性が高い。


「ちょ、ちょっと体調が崩れる予定があるから私いけな――」


 茜は雪花を逃がさぬよう、両手を握って引き寄せる。

 そして更に口を開く。


「ヒント6、ナインコード案件を知ったあなたはもう逃げる事が出来ません」

「いやあああああ! 放して!」


 暴れる雪花に対して茜は手を放さない。

 だが体格差から、茜は雪花に振り回されているように見えてしまう。


「ふふん、乗りかかった船だ。覚悟を決めろよ」

「フェリーやら船やら、下船くらい自由にさせてよ……」


 そんな時、茜達は丁度八百屋の前だった。


「おや、茜ちゃんと雪花ちゃん。今日も仲がいいねぇ」


 と、茜が雪花に遊んでもらっていると勘違いしたのか。八百屋の店主が呑気にそんな言葉を投げかけてくる。


「こんにちわ~」


 と振り回されながら茜は挨拶し、雪花も振り回すのを止めて挨拶する。


「あれ、おじさん今日はもう閉店?」


 八百屋はもう店じまいのようで必要最低限の照明しか点いておらず、店頭に並べてある野菜や果物もしまう途中のようだ。

 今はまだ午後四時前。いつもであれば六時くらいまで営業している筈なのだが。


「ああ。バカ高い土地代が安くなるっていうんでね。急遽浮いたお金で旅行にでもと。かみさんが旅行に行きたいんだとさ」


 店主は旅行に行くための準備をする為か、早々に店じまいしているのだ。

 土地代が安くなる、というのは獄道組関連だろう。

 獄道組が買い漁っていた土地を法外な値段で貸し出し荒稼ぎしていた。その獄道組が無くなり、今後は市が管理する事になる。当然獄道組のような高値で貸し出す事は無い。


「それと茜ちゃん。君に会わせたい人がいるんだよ」

「会わせたい人?」


 八百屋の店主が店の奥に視線を向ける。

 灯りを落とした薄暗い店内。その奥から人が歩き、出てくる。


「店主、この子ですか?」


 そう言って出てきたのはグレーのスーツを着た銀髪の男。その髪は後ろで結われる程長く、目にはサングラス。

 その背後には黒いスーツの銀髪の女。同じく目にはサングラスをかけている。


「ああ、どうだい。ものすごく可愛らしいだろ?」

「店主の可愛いは少し特殊だからなぁ」


 そこで銀髪の男は初めて茜を見る。


「あ、茜……」

「ああ、分かってる」


 そして茜と雪花はその男を警戒するように身構えた。

 セレナに忠告されていたのだ。男女の二人組には気を付けろと。

 それは昨日セレナを退けた白銀の目の男女の存在から。

 更にセブンアイズが言っていた、獄道組がアルドマン孤児院を潰さなかった理由が茜を誘い出す為かもしれないとの予想から。

 

「君が……茜……さん?」


 男は目を見開いているのだろう。サングラスで目は見えないが眉が上がっている。

 茜の美少女具合を見て驚いているのかもしれない。

 かくしてその銀髪の男はとんでもない行動に出る。


「うぇっ」

「何という美しさ! 何という可愛さ!」


 急に男が茜に抱き着いて来たのだ。

 

「私が追い求めていた人材はまさに君だよ!」

「ちょ、何を!?」


 茜はおっかなびっくりといった具合に悶えるが男は放さない。


「こいつっ……放せ!」

「ちょっと! 茜を放しなさい!」


 雪花が銀髪の男を殴り倒そうとするがその拳を銀髪の女が片手で止めた。


「暴力はおやめ下さい。あと、社長……いきなり少女に抱き着くのはおやめ下さい……犯罪です」


 そう言って銀髪の女は社長と呼ばれる男を茜からゆっくり引きはがす。

 

「しゃ、社長!?」


 そんな変態行為をする男が社長という事に雪花はびっくりして思わず声を上げる。


「済まない、ついね」

「あ、茜ちゃんと雪花ちゃんもすまないね。普段はこんな事ないんだが」


 これには八百屋の店主も驚きを隠せず、そして茜に申し訳なさそうに謝っていた。


「彼はクラバスコーポレーションの社長だよ」


 店主が言うにはクラバスコーポレーションとは野菜の卸で提携しているようだ。安定して野菜を供給してくれているのだという。

 その会社は手広く経営を行っており、芸能事務所も運営している。

 社長は店主と知り合いで、とても可愛い子がいると話がありスカウトに来てみたとの事だった。


「クラバスって……あのクラバス芸能事務所の?」


 雪花も知っているくらいには有名な事務所のようだった。


「ああ、そうだよ。これが名刺ね」


 男が雪花と茜に名刺を差し出した。


「ジャスティン=クラバス? って雪花知ってるのか?」

「うん! 有名な芸能事務所! 日和の国だけじゃなくて全世界で知らない人はいないんじゃない?」


 若干興奮気味の雪花に茜は「ふーん」と興味なさそうに相槌を打つ。

 だが生憎、移り変わりが激しい芸能関係に茜は疎い。雪花の興奮とは打って変わって茜はピンときていない様子だ。


「あの~、私をスカウトしに来たのならむだ――」

「申し訳なかった」


 と、茜が途中で言葉を詰まらせてしまったのはジャスティンが取った行動が現代にそぐわないそれだったからだ。

 まるで騎士のように片膝を突いて茜の小さく細い手を取ってくる。

 汚れた地面に惜しげもなく片膝を突いてグレーのスーツを汚すジャスティン。


「茜様」

 

 そして茜に様等という大仰な敬称を付けて。


「あ、茜……様?」


 茜は驚いて助けを求めるように周囲を見る。

 雪花はただただ驚くばかり、八百屋の店主も同じ。そしてその秘書であろう銀髪の女までも驚いている。

 何故銀髪の女も驚いているのか、と茜は問いたくなるが普段こういうことをしない人物なのだろうと結論付けてジャスティンを見下ろした。

 そして演劇でもしているかのような場面に、茜は少し恥ずかしいのか顔が赤くなる。


「私はジャスティン。クラバスコーポレーションの社長をしております。どうか天下を取る為、我々と共に来てくれませんか?」


 とは芸能活動でだろう。

 確かに茜の可愛さは天下を取れる程の可愛さがある。

 だが茜はそんな事に一切興味はない。


「申し訳ないのですが」


 そう言って茜は自分の手を掴んでいるジャスティンの手に渡された名刺を握らせる。

 つまりこの交渉は決裂したという事だ。

 だがこれくらいで諦めるジャスティンではなかった。


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