秋子と冬子はジュリナ達がたむろしているとある校舎の屋上に続く階段にやってきていた。
談笑している女子生徒、スマコンを触っている女子生徒、化粧をしている女子生徒まで様々だ。
屋上への扉から日の光は入ってくるものの薄暗い。更に人通りがなく、たむろするにはもって来いなのだろう。
「お、帰って来たよジュリナさん」
「あ? ああ、どうだった? 秋子、冬子」
登って来た秋子と冬子を見つけて最上段にいるジュリナが尋ねる。
「あいつビビってたよ」
「半泣きでさ、あいつもう学校来ないかもよ」
それにジュリナは腹から声を出して笑い、取り巻きもそれに合わせて声を上げて笑う。
「いいよあんた達! 上出来じゃん! 春子と夏子とは違うわ」
「あの二人、あいつと仲良く話してやがったからね」
「退学とか超ウケる。どうやったのよジュリナ」
「パパに話せばすぐよ。ここの土地は獄道組が貸してやってんだから。理事も言いなりに決まってんじゃん」
と、ジュリナとその取り巻き達は春子と夏子の心配など一切なく楽しそうに話す。
それに秋子と冬子も合わせて笑うふりをして凌ぐ。
「それでジュリナさん。あいつ来なくなったらどうするの?」
そこで冬子がジュリナに尋ねる。
茜は秋子と冬子に被害が及ばないよう、大人しく下校した。それから先はどうするのか。
「あ? そんなのあーしの勝手じゃん」
「あ、そうですよね~……でも聞きたいなぁって」
「ふーん、聞かせてやろうか?」
ジュリナはここで一つニヤついて、長い金髪を撫で上げて話しだす。
「最初はさ、単に登校拒否にさせてやろうと思ってただけなんだけどさ。あいつ孤児院で獄道組の奴に手ぇ出したらしいんだよね。市長もいたから獄道組のメンツが丸つぶれっだって、パパがもうかんかんでさあ」
「それってあの子が組の人を追い返したって事?」
秋子と冬子は意外そうに目を合わせる。
茜が獄道組を潰すと言った謎の説得力に二人は納得した。
「ああ、何かあいつ刀持って振り回したらしいんだよね~。でもこれって明らか営業妨害じゃん? 獄道組が放っておくわけないよね~」
「え? それじゃああの子はどうなるの?」
「がっこ来なくなっても一切寮から出てこない訳じゃないっしょ?」
「そ、そうですね」
「だからあいつが寮から出て来たとこを掻っ攫って組の事務所連れて行く」
と、ジュリナがさらりと犯罪宣言をする。
これには秋子と冬子も背筋がぞっとした。
その原因はもちろんその犯罪宣言もそうなのだが、それを楽しそうに話すジュリナの表情だった。犯罪行為を一切悪びれる事無く、楽しそうに話すジュリナは二人には醜悪な鬼に見えたことだろう。
「それでそれで!? あいつどうすんのさ!」
取り巻きの一人が先を促し、ジュリナが答える。
「まず殴る。一発殴らねぇと私の気がおさまんないかんね」
「それで? それだけじゃないんだろ?」
「まあまあ、慌てんなって。そんであいつ、自分が可愛いって思ってそうじゃん? ムカつくからさぁ、服全部剥いで裸の動画撮ってネットにアップしてやる。そっから薬漬けにして……でも美人だからなぁ、やりてぇ男一杯いるだろうしそっちに渡してもいいなぁ」
「流石ジュリナさん! 鬼畜だねぇ」
「だろ!? ああいう社会を舐め腐ってる奴にはお灸据えてやんないとさぁっ」
そう言ってまたジュリナも取り巻きも声を上げて笑う。
誰一人としてその犯罪行為を咎める者はいない。「きゃはは」と楽しそうに笑うこの場所は異常な空間だった。
「でもそれって警察に見つかったら何か言われるんじゃ」
そこで冬子がそんな心配を吐露する。
これは別にジュリナを心配してではなく、茜を心配して。
その言葉に、ジュリナと取り巻きが一瞬沈黙し、クスクス笑いだす。
「言われるわけねぇじゃん。警察なんてあーしらの言いなりなんだし」
そう言ってジュリナは笑い、取り巻きも笑いだす。
「あはは、冬子ビビってんの?」
「安心しなって、ジュリナがついてんだから」
「あはは……そうだね」
そこで秋子が何やら思いついたように口を開く。
「そうだ、ジュリナさん。唯って子はもういいの?」
唯も同じく、ジュリナにいじめられていた。
だがそれを止めた茜に対象が変わり唯に関してはジュリナから何も指示が出ていなかったのだ。
「ああ、あいつはもういいんだよ。後一ヵ月もすればあのぼろい孤児院も潰れるとか言ってたからもういいってよ」
「もういいって? もしかして獄道組にやらされてたの?」
「やらされてただと?」
「あ、いっ……その」
プライドの高いジュリナだ。誰かに使われていたといったような表現にイラっと来たのだろう。
ジュリナに睨まれ秋子は息の仕方を忘れたのか、思わず飲んだ息が喉に詰まり、それを吐き出すように小さな咳をしてしまう。
そんな秋子の様子と先程までの楽しい雰囲気があったからか、ジュリナはすぐにニヤついて「まあいいや」と事なきを得る。
「別に言われてやったわけじゃないよ。ただ獄道組が孤児院とトラブってるっつってたから、ちょっかい出しただけ。あいつ孤児院に住んでんのよ」
それは間違いなく、昨日のアルドマン孤児院を潰したい市長との事だろう。
ジュリナは市長のバックにつく獄道組に所属している。だから敵対する唯を狙ったのだろう。
「でもあいつ頑固でさ、正義感が強くて中々潰れねーのよ。だからあーしは考えたね。あいつを潰す方法を」
「潰す方法?」
「そうだよ。いつかあーしがあいつをイジメてる所を取られた事あっただろ?」
そこでジュリナの取り巻きの一人が口を開く。
「ああ、そう言えば動画撮って警察に突き出したとか言ってたけど」
「ああいう頑固な正義馬鹿はさ、弱い所を攻めれば脆いのよ」
「まさか動画撮ったのって……」
と、秋子は口をついてそんな言葉を出してしまう。
それは秋子が想像したシナリオがあまりにも残酷なものだったから。
「お、秋子鋭いね。そうだよ。あーしが撮らせたんだよ。んで、動画撮った奴が退学したって噂バラまいたらさぁ、あいつ来なくなってやんの! もう爆笑だろ!?」
笑いを堪えながらジュリナがそう言った途端に、周囲からどっと笑いが起こる。
「やっば!」
「マジかよジュリナさん! マジ悪魔! マジ策士!」
「マジ天才じゃん!」
「ふふん、罪悪感を持たせれば正義ぶった馬鹿は簡単に潰れんのよ」
と、ジュリナはいじめをまるで武勇伝のように語る。
そして策士というのであればそれはそうなのだろう。なりふり構わぬ非人道的な行動力と警察を掌握しているからできる所業だ。
秋子と冬子はジュリナに合わせて笑い、その場を後にしたのだった。
その後、茜は寮に帰り、自室で冬子から連絡をスマコンで受けていた。
冬子は先程の会話を全て茜に伝えたのだ。これが茜が秋子と冬子に申し出た協力の内容だった。それはジュリナの出方を探る事。
『あいつら人じゃないわっ』
スマコン越しにも冬子の怒りが分かるくらいに声が震えている。
「ありがとう冬子。協力感謝するよ」
茜は冬子に感謝を伝え労った。
実の所、相手がどう動くか茜には分かっていた。
ジュリナの言う通り、恥をかかされた獄道組が茜をこのまま放置しておくわけがない。裏社会で暗躍する茜達にとってそれは当然の流れ。
ならば何故、危険を冒してまで冬子達に情報を探ってくれと頼んだかというと情報の確度を上げる事はもちろんある。だがそれ以上に危険なのは、冬子達だった。突っ走ってジュリナに変に干渉したら危険なのだ。
だからこれは冬子達の友達、春子と夏子に対する想いのガス抜きを兼ねている。
『あんた……かなりやばいわよ? どうするのよ』
茜にどんな災難が降りかかるか、直に聞いた冬子としては心配せずにはいられないだろう。
むしろ逃げて欲しいとさえ思う程、ジュリナの茜に対する憎悪は大きい。それは茜が人として、尊厳を保てなくなってしまう程の悪行なのだから。
「何とかするよ。あとこれ以上はもうジュリナを詮索しなくていい。連絡も接触も無しだ。履歴も消しておけよ?」
『……分かったわ』
そしてこれ以上、ジュリナ達に深入りしないよう釘を刺す茜。
これで茜の作戦が実行されるまで冬子達が下手に動くことはないだろう。
「んじゃ」
『あ、待って』
そこで茜を冬子が呼び止める。何やら思いつめたような声で。
「ん?」
『春子と夏子の事……どうか、お願いしま――』
茜に対しての口調を変えて畏まって懇願する冬子。
語尾が聞き取りにくかったのは実際に頭を下げた事で遠くなったのだろう。茜が見ていない所で頭を下げるとは、冬子はなんとも正直者のようだ。
「大船に乗ったつもりで待ってろよ」
『でももしあんたが掻っ攫われて行方不明になったら……私がジュリナを……』
冬子の想いは相当なものだった。
春子と夏子は幼馴染で親友と言っていたのだから相当なものだろう。だからガス抜きしていた良かったと茜はほくそ笑むのだった。
「残念ながらそれは無理だな」
『何よ……私だってやる時はやるのよ! 馬鹿にしないでよね!』
「私が解決するから考えるだけ無駄だって事」
自信満々の茜に、冬子は黙る。その直後にくすっと笑った声がやって来たのだった。
『そう、分かった』
「じゃあな冬子、果報は寝て待てだ」
そう言って茜は通信を切ったのだった。
「あ、冬子。茜ちゃん何か言ってた?」
「うん。果報は寝て待てだって」
「あはは、何それ」
「あと」
「ん?」
「冬子って呼ばれた」
「何それ……今度は私が電話する!」
「あ、もう連絡するなって、接触もするなって」
「えええ!?」
「はぁ……どうなるのかなぁ」
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