秋子と冬子に出会って四日間、茜は一切寮から出なかった。
生活に必要な衣食住は全て寮で完結する。無理に外に出る必要はないと言えば無いのだが、学校を休んで日がな一日ベッドの上でダラダラする茜を見かね、雪花が話しかけてくる。
「あんたさぁ……あれだけ大立ち回りしておいて登校拒否ってどういう事なのよ」
大立ち回りと言えば以前、茜はアルドマン孤児院にやって来ていた市長とヤクザを撃退した。
あれだけ派手に立ち回って登校拒否とは一体どう了見なのかと、雪花は不振に思っていたのだ。
「まさか春子と夏子って生徒が退学させらそうになって怖くなっちゃったの?」
と、雪花は冗談めかして茜に尋ねてみる。茜の性格からしてそれはないだろうと思いつつ。
だが茜からの返答はない。
茜はまたTシャツと黒のショーツという卑猥なコーディネートでベッドの上で寝そべっている。
足をバタバタさせ、手にはスマコンがセットされたコントローラらしきものが握られている。部屋の中だというのに目にはサングラス。恐らくはゲームをしているのだろう。サングラスの内側には茜が操作するゲーム映像が映し出されているに違いない。
「ねぇ……唯を助けるんじゃなかったの!?」
雪花が声を張り上げると、茜は面倒くさそうに一枚の板上の端末、タブレットを手に取り、雪花に差し出して来る。
「え? 何?」
雪花はそのタブレットを手に取り、映し出されている画像に目をやる。
そこには夏の日差しに焼かれた暑そうな道路が上方から映し出されていた。
「ここって寮の前の道路?」
「そう」
現在の時刻は正午頃。映像に映し出された道路もほぼ真上から光を受けているので生中継の映像だという事がわかる。
「これがどうかしたの?」
「道端に黒塗りのワンボックスカーが見えるだろ?」
「え? ああ、この角にいる? 確かに最近登校中によく見るような」
雪花が見れば角に隠れるようにして黒のワンボックスカーが駐車されている。
しかも窓も特殊な加工がされており、中身が見えないようになっている。
「アルドマン孤児院で私が暴れてからずっと寮の前にいる」
「ええ!? それってまさか……例のヤクザの?」
「ああ。ずっと見てたけど中には運転手含めて五人くらい。トイレと飯の時以外ずっと中にいる」
茜は寮にこもっている間、ずっと黒塗りのワンボックスカーを見張っていたのだ。
そして雪花の予想通り、それは十中八九獄道組の手によるもの。
ジュリナは茜への非人道的行為を企てていた。その為、手下達に茜を掻っ攫わせようとしているのだろう。
「え、じゃあずっと寮にこもってた理由ってヤクザが怖かったから?」
寮から出たら間違いなく茜を攫いに来るだろう。白昼堂々、人目をはばからず。
獄道組のやる事だ。もちろん誰かに通報されても痛くも痒くもないだろう。
しかし雪花は思い直す。アルドマン孤児院で獄道組四人相手に圧倒した茜がそんな事で寮に閉じ籠るだろうかと。
「怖いなら孤児院で叩きのめしたりしないだろ」
「そ、そうよね……じゃあ何してんの?」
「セレナさんからの連絡を待ってるんだよ。その間、暇だから出てこない私をやきもきしながらずーっと待ってるあいつらを見て楽しんでる」
と、茜らしい性格の悪い返答が返って来た。
茜が閉じこもって四日程、セレナからの連絡を待っているらしい。その間、寮の前で茜を攫おうと夏の日差しに焼かれながら黒塗りのワンボックスカーでずっと待機しているのだ。茜にとってこれ程面白い暇つぶしはないだろう。
「しかもあいつらかなり本気らしい」
「え?」
茜はそう言うと手元のコントローラを操作し始める。
すると雪花が持っているタブレットの映像が回転し、反対側の道路を映し出す。
「ほら、こっちにも黒塗りのワンボックスカーがある」
「ほ、本当だっ、あ、あっちの角にもいない!?」
「ああ、全部で三台いる」
獄道組は寮から伸びる全ての道路を網羅して張り込んでいるようだ。
ジュリナの父は獄道組に手を出した茜に激怒していると話していた。身内に手を出し、あまつさえ市長に恥をかかせた茜を獄道組は本気で潰しに来ているようだ。
「面白い事にあいつら、あんパンなんか買って張り込んでる。刑事ドラマの見過ぎだな」
暇人の観測によれば、張り込む際の差し入れの定番、あんパンを買っているようだ。
本来警察に追われる筈のヤクザが警察の真似をしている事実に、茜は笑いを見出してしまったようだ。くつくつと喉を鳴らして笑っている。
確かにヤクザが仲間内で刑事の真似をしてあんパンを頬張るシーンを想像してみたら、それはそれで面白いかもしれない。と、雪花の口も笑みの形になろうとするが一つの疑問がそれをかき消した。
「ていうかこのカメラ何処から撮ってんの? めちゃめちゃ上から撮ってない?」
「ああ、電柱のてっぺんから。これ使って」
と茜がまた、雪花に何か差し出して来る。
「いやああああ!」
と、茜の手に持っているある物に雪花は悲鳴を上げて腰を抜かし、尻もちをついてしまった。
「ファウンドラ社開発のオオスズメバチ型カモフラージュカメラだ。飛行距離は最大半径二キロ程までだけどな」
「なになに!? それ偽物!? 動かない!? 刺さない!?」
「残念ながら攻撃能力は無い。あったら面白いのにな」
攻撃能力があったとすれば茜は間違いなく出てきた獄道組の構成員を狙い撃ちするだろう。
それはそれで暇つぶしの幅が増えるというものだが攻撃は出来ないようだ。
「そう……ていうかそれしまいなさいよっ……キモっ」
雪花は虫が嫌いなようだ。
カモフラージュカメラは一目見ただけで気づかれたら意味がない。だから本物と見分けがつかないくらいに精巧に作られている。雪花の恐怖は製作者冥利に尽きるというものだろう。
「そ、それで、セレナさんからの連絡って?」
「ああ、それは――」
その時、コントローラにセットしているスマコンから着信音が流れてくる。誰かから通信が入ったようだ。
現在装着しているサングラスはイヤホンマイクを搭載している。
茜はスマコンをタップしそのまま話し始めた。
「こちら茜です。はい、ありがとうございます。明日ですね。じゃあ明後日で、え? それはいい材料になります」
茜が敬語で話す、という事は通信先は待ち焦がれていたセレナなのだろう。
時間にして一分くらいだろう。茜は通信を切って眼鏡を外す。
「今のセレナさんでしょ? 何だって?」
「準備が出来たからさっさと獄道組を潰そうぜって」
茜が意地悪く笑いながら雪花を見てそう言った。
実際にセレナが言った言葉では無いだろうが、それは茜の暇つぶしも今日までだという事を意味している。
「じゃ、じゃあ、今から乗り込むの? 剣も一緒なのよね?」
と、雪花が若干及び腰で尋ねる。
獄道組を潰すのであれば茜一人で、というわけにもいかない。戦力がいる。だから自分も引っ張り出されるのではと雪花は恐れているのだ。
だがそうではないらしい。
「いや、今回の依頼はデリケートな問題なんだ。だから明日、協力者に依頼する。そして準備が出来次第突撃だな。雪花は出番ないかも知れないけど後方支援に回ってもらおうと思う」
「分かった! 後方支援は任せて!」
雪花は胸を張ってそう宣言する。
雪花は安心したのだろう。バドルの時のように最前線で戦わなくて済むと。
「けど協力者って? 誰?」
「お前も知ってるあの人達だよ」
「へ?」
そして翌朝、茜は遅めに起き、いつものようにストレッチを行った後、寮を出たのだった。
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