クリスは茜達が襲われたら直ぐに中に入って助け出そうと思っていたのだが一転攻勢となったため様子を見ていたようだ。
「さて、こいつらを縛っておかなきゃね」
クリスは腰に手を当ててどうしたものか、と伸びている二人のハイジャック犯を見下ろしている。
「ねぇ、クリス」
「ん? 何だい?」
「この人達寒いって言ってたからさ、一つ提案が」
ここの気温は冷蔵庫並みに低い。だから縛ったまま放置すれば死んでしまうかもしれない。
だから茜の提案により、茶髪の男の上に重ねるようにスキンヘッドの男の体を載せ、船室にあった毛布で包んだ。そして細く破ったシーツを紐代わりにして縛り上げる。
「これで良し。しかし驚いたよ。君達、友達同士だったんだね」
縛り終えたクリスは手に着いた誇りを軽く払いながら言う。
驚いたというのはフェリー内のバーにて、立て続けに行われたクリスへの接触の事だろう。
「その節は……申し訳ありませんでした!」
「ごめん、クリス」
雪花は深々と頭を下げ、茜は特に悪びれる様子もなくクリスを見上げて謝罪するだけ。
雪花はそんな茜の頭を掴んで無理矢理下げさせた。
「そもそもあんたがやれって言ったからでしょ!」
「痛い痛い、首が折れる」
「いや、別に気にしてないから」
クリスが苦笑いで対応していると下から男の声が聞こえてきた。
「ああ? くそっ……何だこれは、ふざけやがって!」
どうやら茶髪の男が目を覚ましたらしい。クリスが殴りつけた頬が赤く腫れあがって痛そうだ。
茜はその茶髪の前に屈みこんで意地悪そうな顔。
「良かったじゃん、体を重ねて互いの体温で暖め合う事が出来て」
「野郎と暖め合って何が楽しいんだ! あと、そのセリフはお前が言った事だろ!」
茜が頬を赤らめ、花も恥じらう乙女を演じながら言ったセリフだ。
それが今、むさくるしくも男二人で実現されている。
「私が偉大な予言者だとでも言いたいのか?」
「誰もそんな事言ってねぇだろ! 偉大でもねぇし!」
茜はそんな突っ込みを鼻で笑って吹き飛ばし、手に青桜刀を出現させる。
「何も反省してないみたいだなぁ」
「な、何をするきだ!?」
これには茶髪の男だけでなくクリスや雪花も驚いた。
「茜? どうするつもりだい?」
「まさか首を斬るの!?」
「何ぃ!? お、おい、悪かった! 反省してる!」
「なわけないだろ……ちょっとしたお仕置きをするんだよ」
雪花の発言をまともに受けて怯える茶髪の男。
お前の想像が一番怖いと言わんばかりに茜は雪花を一度睨みつけ、再び茶髪の男に視線を戻す。
だが青桜刀は鞘から抜かれることはなかった。
「ほれほれ、野郎同士で重なって暖かくて楽しいです~って言ってみろ」
茜は青桜刀の鞘で茶髪の男の頬をぐりぐりといじって遊んでいる。笑顔で。
「いて、いてててて! やめっ、おまっ、せめて殴られてない方をやってくれ!」
クリスに殴られ、赤く腫れあがった頬を茜はぐりぐりしていたのだった。
「殴られたところ? 痛むの? ここ?」
「いてて! そこだよ! 見ればわかるだろクソガキが! ぶっ殺すぞ!」
「おーおー、粋がいいねぇ。じゃあ」
茜は立ち上がって、茶髪の男の頭を足で踏んずけた。
「ほらほら、どうだ? 殴られた頬が冷やされて気持ちいいだろ?」
「ぐっ」
赤く腫れた頬が冷たい金属の床に押し付けられる。
茜なりの優しさだろう。頬の腫れが多少引くはずだ。だがそんなSMプレイのような状況に雪花もクリスも若干引き気味だ。
「そういや誰かさんは屈強な男であるにもかかわらず、年端もいかない少女に対して暴力を匂わすような発言をしていたなぁ」
茜は拳を作って茶髪の男の目に映してやる。
「あ、あれは俺じゃないだろ!」
言ったのは茶髪の男ではなく、その上で伸びているスキンヘッドの男の方だ。
だが茜にそんな理屈は通用しない。
「お前らハイジャック犯はグループで行動してんだろ? グループの誰かが犯した罪はそのグループの罪なんだよ。オールフォーワン、ワンフォーオールだ」
若干意味は違うが連帯責任という事が言いたいのだろう。
茜は更に両足で男の側頭部に乗り上げる。そして全体重を茶髪の男の頭かけ、床に押し付けた。
「いたたたたた!」
男は何とか逃れようと頭を動かそうとするが茜のバランスは完ぺきで微動だにしない。
「全く……どっちが悪者なのやら」
「あいつ、ちょっとS気がありまして」
バーで出会った可愛らしい茜とは似ても似つかない言動や行動。
誰しも表の顔と裏の顔があるというが、これでは二重人格と言われても仕方ないだろう。
クリスもさぞやがっかりしているに違いない。
「Sか、それもまた妖艶でミステリアス……」
意外とそうでもないようだった。
「え? 何か言いました?」
「あ、いや、何も」
茜は両足でジャンプしたり、片足立ちでバランスを取りながら男の頭をプレスして遊んでいる。
だが茜の体重は軽く、男は屈強な傭兵だ。致命的な痛みはないだろう。
ひとしきり遊んだ後、茜は満足げに降りてきた。
「あー楽しかった。これが人間風バランスボール」
「バランスボール風人間だっての」
「どっちでも同じ同じ、あははは」
「このガキ……ん?」
悔しそうな男の表情に茜がケラケラと笑っていると、男は何かに気づいたように視線を上げる。
その視線に気づいた雪花が茜に耳打ちした。
「……ちょっと茜」
「ん?」
「あいつ、あんたのスカートの中覗いているわよ」
「え?」
茜の足元には茶髪の男の頭。
茶髪の男は頭をもたげると見えるのは下から茜の靴、ニーハイソックスときて大腿部。
そして茜は丈の短いスカートを履いている。屈んでいた時も、もしかしたら見えてしまっていたのかもしれない。
だが男の目には映らない。
「何故だ!? 見えないだと……」
「当たり前だろ」
だがそれはファウンドラ社の総力を挙げて開発したミニスカート。覗きガード仕様により真下でない限り絶対に見えないようになっているのだ。
「あ、そういえば見えない仕様になってるんだったわね」
雪花は思い出したように無駄な技術が詰め込まれたスカートだという事を思いだした。
「馬鹿にしやがって……パンツぐらい見せやがれ!」
茶髪の男は意味不明な文言を吐き散らす。
「まあ、私的には減るもんじゃないし、見せる事もやぶさかではない」
「なら見せてみろ」
茶髪の男が顔を上げた直後だった。茜は右足を振り上げる。
「嘘に決まってんだろっ」
そんな言葉と共に思いっきり右足を振り抜いた。そのつま先は茶髪の男の眉間を見事に捉え、茶色の髪が弾けるように揺れて頭が面白いくらいに吹き飛んだ。
茶髪の男は頭をあらぬ方向に蹴り飛ばされ、スキンヘッドの男の頭とぶつかった。
更に反動で床に顔面を打ち付けて気を失ったのだった。
「よっし」
「顔に似合わず酷いことをするな、君は……」
クリスは苦笑いを浮かべながらも、その茜の残虐な行為に、どこか目を奪われていた。
可憐でか弱いそうな少女が屈強な男の頭を、何の躊躇もなく薄笑いを浮かべて蹴り上げる様子。どこか歪で白昼夢を見ているような、しかし美しく現実離れしたその光景はどこか神秘的でさえあった。まるで悪魔を屠る天使のような悪魔がごとく。
そんな茜は不敵な天使の笑みでクリスに向き直る。
「それでクリス、あんたは味方って事でいいの?」
「ああ、僕は味方だよ」
「ど、どういうこと!?」
まだ警戒していた雪花は茜とクリスの言葉が理解できず、ただただ驚くだけ。
クリスはもちろん茜達を助けてくれはした。
だがそれは人道的な立場から。だが、クリスは曲がりなりにもフェリーを襲ったハイジャック犯だ。人質二人を逃がすわけにはいかないだろう。
何故なら二人の人質を逃がした場合、クリス達の立場が悪くなるからだ。人質の後ろ盾がなければノーガードで海上警備と戦わなくてはならなくなる。
「実は僕はハイジャック犯ではない。秘密裏にこの傭兵団に潜入していたんだ」
「せ、潜入? って、もしかしてあの潜入捜査の事ですか?」
裏の組織に多少の憧れは持っていた雪花。
そんな映画やドラマでよく聞くフレーズを生で聞けて嬉しいのだろう。目を輝かせてクリスに尋ねている。
クリスはその雪花の輝く眼差しに苦々しく頷いた。
「詳しい事は言えないんだけど、実はこの傭兵団、色々といわくつきでね。とある犯罪組織に接触しているという噂もある」
いわくつき、とはバドルの事だろう。バドルは元キルミアの軍人で、仲間を殺したことで有名だ。
そしてとある犯罪組織とは、先程セレナの通信にもあった通り、ブラッドオーシャンの事で間違いない。
伝説と言われる組織だけにその尻尾を追う者も多い。
マスコミからジャーナリスト、国の諜報機関まで様々だ。その片鱗が見えれば取材や調査に動き出す事は間違いない。
伝説であり幻の組織。だがそれをあえて口にする少女がいた。
「それってブラッドオーシャンの事ですか?」
「え?」
茜だった。突然口を開き、単刀直入にクリスに問う。
もう少し聞きようはなかったのかと雪花は茜を見るが茜はクリスの一挙手一投足を見逃すまいと凝視している。
クリスは困惑していた。茜が何故そんな事を知っているのだろうかと。
ここでは茜と雪花は一般人ということになっている。その一般人である茜が何故そんな事を知っているのかクリスにとって不可解で不自然に映っただろう。
「ええと……いやぁ、その」
クリスは分かりやすく目を背けて頭を掻く。
この様子だとクリスもそのブラッドオーシャンという伝説の組織を追っているだろうことが分かる。
そして実は一般人である茜がその組織名を知っていても別に不思議ではない。
その組織名はとある国が便宜上つけたもので、それをマスコミが流布し拡散した情報だ。だからテレビでも見聞きした組織名が口をついて出ただけだろう、とクリスは思い込むことにしたようだ。
「秘密だよ。僕は、とある国で働いていてね」
「キルミアですか?」
茜は矢継ぎ早に質問、という名の詰問を繰り返す。
これは茜のハニートラップにかかりクリスは自分の出身国を言ってしまっているだけ。
「秘密だ、けど……はぁ。正解だよ」
潜入捜査中であれば嘘でもつけばいいものを。
茜のハニートラップに引っかかり、本当の事を言ってしまっていたようだ。
そしてキルミアと言えばバドルも元キルミアの軍人だ。クリスはこれも調査しているのだろうと茜は推測する。
クリスはため息をついて降参の意を示す。
「とにかく、僕は君達に危害を加えるつもりはない。安心してくれ」
クリスはぐるぐる巻きにした男二人を担ぎ上げ、船室に放り込む。
「とにかく、ここを移動しよう」
それには茜も賛成だ。
他のハイジャック犯が様子でも見に来たら戦闘は避けられない。
雪花と茜は黙って頷いたのだった。
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