「んで、お前はなんでここにいんの?」
席に着き、茜は溜息をついてルココを見る。
大方、エクレール社の諜報員に調査させたのだろうがルココは否定する。
「時間が出来たから南の国でも行こうと思ってね」
ルココは抜け抜けとそう言い放ち、ストローに口をつける。色鮮やかなトロピカルジュースだ。
「ふーん……フォンさん」
と、茜が不意に言うとルココの隣にフォンがどこからともなく現れた。
「はっ、いかがいたしましたか。我が愛しの茜様」
「……質問です。エクレール社の誰かが私の動向を調査しましたか?」
誰が「我が愛しの茜様」だ、という突っ込みを飲み込み、茜はフォンに質問する。
「はい、エクレールグループの総力を挙げ、茜様の動向を探り、日取りを日航に確認。今しがたバンカー王国へ到着したしだいです」
フォンは堂々とそんな事を言い放つ。
茜の動向を探るのは簡単だろう。ただでさえ茜は目立ちやすい。更にツクモ教授とちょっとした騒ぎを起こしていた。
だから後は日取りを日和航空に確認し、茜の到着に合わせてルココもバンカー王国に着けばいい。
だがそれは個人情報の流出ではないのか。
「そう……ですか。で、どうしてルココはそんな表情で居られるんだ?」
茜がそう言うのも無理はない。
犯罪に近い、というよりも個人情報を本人の許可なしに部外者に漏らすのは犯罪である。茜が訴えれば日航は何らかの処分を受けるだろう。
だがルココは先程と変わらずすまし顔。エクレールグループは大きい。日航に伝手でも合って教えてもらったのだろうが罪悪感が無いのはいただけない。
「フォン。何のこと?」
「さあ、良く分かりません」
二人はそう言って笑う。
そんな朗らかな光景を、茜は少し目を細めて見る。別にルココが茜を追ってやって来たからと言って怒る程の事でもない。
だが切り通せていないしらを切る二人を茜は気に食わなかった。
「フォンさん」
「はっ、何でしょう茜様」
「ストーカーの定義を三つ程、教えて下さい」
茜がそう言うとルココは目を瞬かせてきょとん顔。
「畏まりました」
そしてフォンは恭しく頭を下げる。
「一つ、好意を持った相手の後を追いかけます」
茜は頷き、ルココが目を細める。
「一つ、好意を持った相手の情報を調べ上げます」
茜は頷き、ルココは目を逸らしてストローに口をつけ、トロピカルジュースを飲む。
「一つ、好意を持った相手を待ち伏せトロピカルジュースを飲んでいます」
茜は頷き、ルココはトロピカルジュースから口を放した。
「では最後に、ルココはストーカーですか?」
「は――」
「いいえ! 違うわよ! たまたまよ! たまたま!」
焦るルココを見て茜は満足そうに頼んだトロピカルジュースに口をつける。
そこでルココがふと、何かに視線を向けた。
茜もそちらに視線を向けると少し離れたところで先程、十ウルドを恵んでもらったギカ族の姉弟がいた。
「さっきの子達、アイスを買えたみたいよ」
見れば二人の手にはそれぞれアイスクリームが。
そこで茜は驚いた。
姉の手にあるのは真っ白なバニラアイス。そして弟の手に持たれているアイスは先程茜が美味しいと言っていた青いラムネ味のアイスだった。
「あはは」
気に入ってくれるといいなと、茜は笑う。
だが次の瞬間にはその笑顔が怒りの形相に変わる。
「おっと、ごめんよ」
と、一人の男が二人にぶつかってラムネのアイスが地面に落ちたのだ。
しかもそれは偶然ではない。わざとぶつかったのが茜達には分かった。
「ちょっと! 何するんですか!」
「ああ? そっちが何すんだよ。ちょっと服が汚れたぞ?」
「それに、見てたぞさっき、観光客から金恵んでもらってたよな? 物乞いは景観を損ねるからやっちゃいけないって言われなかったか?」
もう一人、男の後ろから口を出して来る。
二人共赤毛で色白。ディアン族だった。二人とも髭を生やした大人。
「物乞いなんてしてません! アイスクリームが好きだって書いていただけです!」
ギカ族の姉が持っていた「I Love Ice Cream」と書かれたダンボールの板。確かに趣味趣向を書いているだけで物乞いではない。
茜は成程なと感心していると一人の男が声を荒げる。
「屁理屈言うんじゃねぇよ! 警察に突き出してやろうか!?」
と、当然の反応を見せるディアン族の男達。
更に体格も性別も違うギカ族の姉の胸倉を掴んで引き寄せて怒鳴る。
「あいつら……」
茜が席を立とうとするとルココが茜の肩を掴んでとめた。
「止めておきなさい。これはこの国の問題よ」
ルココの言うこの国の問題、とはギカ族とディアン族の対立だ。
ラブア王国から返って来た元王族達はまずバンカー王国を治めていた王族を殺した。
そして同族であるディアン族も反抗する者は全て殺した。
更にギカ族とも小競り合いを起こし、ここ観光地での商売を禁止したのだ。
その王族もディアン族。
だからディアン族とギカ族の仲はあまり良くない。
ギカ族はディアン族を嫌った。その事が原因で元居たディアン族もまたギカ族を嫌い、迫害し始めたのだ。
だが正義の名の下に暗躍するファウンドラ社に再び所属した茜が、そんな光景を見て黙っていられる筈がない。
「そんな事、しら――」
ルココの腕を振りほどこうとした所、何かがぶつかる音がした。
それは鈍い音。
「え?」
茜が見れば二人のディアン族の男は頭を互いにぶつけている。
そして互いの頭をぶつけあった理由は仮面の男だった。
「おい、お前ら。こんな小さい子供相手に何やってんだ?」
仮面の男が二人の頭を鷲掴みにしてぶつけ合ったのだ。
「てめぇらみたいなもんは子供相手にしかでかい態度できねぇんだろ? その根性俺が叩き直してやるぜ!」
喧嘩でも始まるのか、と周囲の観光客が何事かと集まって来る。
だがもう勝負は着いていた。頭同士をごつんとさせた男二人はもう気を失っていたのだ。
「ありゃ」
倒れる二人の男。
それを見て傍にいた女性が悲鳴を上げる。
「うぉ!? ちょっと落ち着きなよお嬢さん」
喧嘩が始まると思ったのは仮面の男も一緒だった。だが二人は気絶、そして悲鳴。
予想外の展開に仮面の男は倒れた二人の男の頭を掴んで持ち上げる。
「大丈夫、僕達は元気だよ」
「安心してお嬢ちゃん。僕達は生きている」
と、まるで人形を操るかのように仮面の男はディアン族の男二人をその女性の前に持ち上げる。
茜はそんなアホみたいな光景に笑いのツボを刺激されたらしい。吹き出し、腹を抱え、机に突っ伏している。
だが怖がる女性の前に気絶した男を目の前に突き出せばどうなるか、分かり過ぎる程に分かる。
その女性は更に甲高い悲鳴を上げて逃走。
「う、うるっせぇなぁ……」
「どうした! 何があった!」
そして騒ぎを聞きつけたのか、巡回していたであろう警官が遠目から走って来る。
「やべぇ、逃げるぞ! ガキど……も?」
絡まれたギカ族の姉弟は既に姿を消していた。
こういうことに慣れているのだろう。逃げ足が速い。
「おいそこの! 仮面の男!」
「やべ」
そして仮面の男は逃げ茜達の横を通り過ぎる。その時、一瞬だが茜と目が合った。そして仮面の男は親指を立てて突き出して来る。そして茜も親指を立てて突き出してやったのだった。
「あんた達知り合いだったの?」
「いや、初めて会った」
「ふーん。美人は得ね~」
「そうでもない」
今まであった出来事を鑑みて茜はそう言った。いくら美人でも元男の茜にはほとんどが負の要素になる。男には追いかけられ、女には親の仇のように追いかけられるのだ。茜にはたまったものではない。
良かったことと言えば商店街で色々と物を貰った事くらいだろう。八百屋の店主には野菜や果物を通り過ぎる度にもらっていた。
「しかし、つまらない所ね」
「遊ぶところなら一杯あるだろ?」
ルココはいきなりそんなことを言い出した。
頬杖をついて海を遠目に見て。
土産屋や食事、カフェ等の店は多くある。スキューバダイビングやジェットスキー、遊覧船等、海を中心としたアクティビティは多くある。にもかかわらずつまらないとはこれいかに。
「何だかこう、死と隣り合わせ……みたいな?」
「ふーん……」
ルココの思いがけない言葉。それに茜も覚えが無い訳ではない。
茜が身を置くこの業界には危険がついて回る。だからいちいち恐れていられない。むしろ危険と上手く付き合えなければ生きていけない世界だ。
だが危険なものは危険なものとして認識しておかなければ本当に死ぬことになる。好き好んで付き合うものではない。
「死と、ねぇ」
恵まれている環境のお嬢様が何故そんな事を考えるのかは茜には分らない。今まで出会った資産家の子供達は恵まれた環境を利用して悪さをすることはあった。だがそれは安全な立場が保証され死の危険がなかったから。
「なにか嫌な事でもあったのか?」
であればルココがそう考えてしまいたい程の何かがあるはずだ。
「別に……そうじゃないけど」
ルココは顔を背けて目を伏せる。どうやらあったようだ。
どんな恵まれた立場でも周りからは見えない悩みがあるというもの。だが死んでしまえば何も出来なくなる。
そんな悩みを払拭する方法を茜は一つ知っていた。
「死と隣り合わせの遊びが一つあるけど」
「え?」
「やる?」
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