光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第34話~重役出勤~

公開日時: 2023年7月28日(金) 09:38
文字数:5,731


 通路は防水シャッターで塞がれており、戻るしかない。

 クリスは茜達をその場に待機させ、先行して他のハイジャック犯がいないか調べに行った。


「それでこれからどうするの?」

「そうだな」


 現在ハイジャック犯は鉄の箱を解体し古代の遺物を取り出そうとしている筈だ。

 作業を始めて十五分程が経過した所だろうか。

 鉄の箱は大きく、厚さもある。解体して取り出すにはもう少しかかるだろう。

 そんな事を思案していると茜達のイヤーセットにディランとギャリカから連絡が入った。


『こちらディラン。人質から上手く抜け出したみたいだな。海上にいるがこっちは外から見た限り、変わった動きはない』


 茜達の会話は全てイヤーセットを通してセレナに聞こえている。それはセレナ側が通信を切っていたとしても。そのセレナから必要な情報のみ、各エージェントに伝達される。

 

『こちらギャリカ。逆側も異常無しね』


 ファウンドラ社は様々な国と関わりがある。だから警備などもお願いされることもままある事。今回は逆にその伝手を使ってディランとギャリカは警備艇に載せてもらっているのだろう。

 ギャリカの会話から察するにフェリーを挟み込むように陣取っているようだ。


『あとさあ、クリスって奴はでかいの?』

「え? 百八十センチくらいでしょうか」


 雪花が馬鹿正直に答えてやると茜に嫌な顔をする。雪花が首を傾げるとその答えがすぐギャリカから返ってくる。

 

『百八十センチって化物かっての!』

「へ?」

『私が言いたいのはクリスって奴の身長じゃなく、股間につい――』

『ギャリカさん、自重を』


 そこへセレナが割って入る。


『茜さんと雪花さん、お怪我はありませんか?』


 セレナの問いに二人共無事な旨を伝えると、ホッとしたかのように優しい「そうですか」が返って来た。


『先程、剣君から鉄の箱解体の進捗が入りました。それによると鉄の箱の上蓋がもうすぐ切り離されるとの事です』

「ということはもうすぐ大物が釣れるという事ですね。あのドスケベもたまには役に立つなぁ」


 茜は嬉しそうにセレナに話す。早く大物の正体が知りたいのだろう。

 そしてドスケベのハイジャック犯として残った剣も鉄の箱解体の進捗を逐一報告してくれているようだ。これはまさに怪我の功名。大物を釣るタイミングが測れるというものだ。


『おい光』


 ディランが茜の事を光と呼ぶとすかさずセレナによって「茜さんとお呼びください」と指導が入る。

 ディランはそれに舌打ちと「面倒くせぇ」を合わせて挟み、「茜」と呼び直す。


「何だよ。ちゃんと見張ってろよ」

『見張ってんだが来ねぇぞ? 本当に来るんだろうな?』

「ああ、副団長のダニアがあの方がここに来る、とか言ってたから来るだろ」

『それはいつだ』

「知らん」


 茜は不機嫌そうに吐き捨てるとディランはまた舌打ちをする。病室でもそうだったが、この二人はあまり仲が良くないようだ。


『せっかくの休暇を潰したんだ。来なかったら承知しねぇぞ』

「どうせ友達もいないんだから休暇なんかとっても意味ないだろ」

『あぁ? 誰に友達がいねぇって?』

「え、いるのか? 友達」

『いねぇよ』

「いねぇのかよ」

『セレ姉、こいつら仲が悪いからさ、二人で出来る依頼させてみようよ。年の離れた夫婦とか』

『考えておきます』


 ギャリカのそんな何気ない冗談にセレナはそう一言。

 その言葉は一般的に言えば何もしない事の暗喩となる。

 だが茜とディランには分かる。セレナに置いてそれは通用しないと。

 セレナはファウンドラ社の部隊隊長であり、任務の全てを統括している。

 そんなセレナの台詞をそのまま捉えると思わぬところでひどい目に合う事がある。それはその通信を一緒に聞いている雪花が既に経験済みだ。更に茜も一般人になった身でありながら巻き込まれている。


「……ディラン、私達仲いいよな?」

『当たり前だろ。全くお前は茶目っ気が強すぎるぜ、ははっ』


 二人はそう言って笑い、セレナの言葉を待つが何の反応もなかった。


「セレナさん聞こえました? 聞こえてますよね? 仲いいですよ~私達」

『セレナ、何か言ったらどうなんだ? 応答しろよ。セレナ? セレナ!?』


 幾度もディランと茜がセレナを呼ぶ。だがそれでも、セレナの返事はない。


『はいはい、仲がいいのは分かったけど大物はまだかからないの? こっちは墨も紙も用意して待ってるってのに』

「餌はもうすぐ出来上がるから、それまで大人しく待ってろよ。見える魚は釣れないって言うだろ?」


 餌箱となる鉄の箱はもうすぐ開かれる。後は大物が食らいつくのを待つだけだ。

 だがその大物が一向に姿を現さない。もうすぐ来るとしたら船で、もしくは上空から来る以外ないのだが、その兆候もない。

 海上でディランとギャリカが睨みを利かせているものの、波の音と穏やかな揺れが徐々にやる気を削いでいくのだろう。時間が経つにつれてそれがフラストレーションに変わっていくのだ。


『まさかフェリーに運び込まれたトラックの中に隠れてるんじゃないの?』

「それはないだろ」


 ギャリカの言う可能性を茜がすぐさま否定する。

 そのすぐさま否定した茜の思考が分からず、「何でよ」とギャリカは聞き返す。その可能性も無きにしも非ずだ。

 

「例えば、もしフェリーのハイジャックに失敗したらどうする?」

『ミスらないっしょ?』

「……なら、ハイジャックが成功したとして周りは警備艇に囲まれる。そこにバブルリングやドームにトラブルが起きたら深海に行けなくなるだろ? そうなったらどうなる?」

『囲まれて動けない』

「そんなの、ただの間抜けだろ?」


 茜の言う通り、ただの間抜けにならないよう、全ての道が開けて初めて大物は食らいつくものだ。


『つってもなぁ、空にヘリがいるにはいるがあれは報道用ヘリだし、海上には特に変わった船はいねぇしなぁ……ん?』


 ディランが空と海上を見ても変わったところはない。だがそこでディランが何かに気づく。


『どうしたの』

『ギャリカ、フェリー後方見てみろ』

『何もないけど?』

『ああ、海上にはな。その下だ』


 海上の下は海中しかない。そこへギャリカが目を向ける。


『あ、何あれ……鯨かしら?』

『いや、もっとでけぇ。大物だ』

「どうした?」


 ディランの言うようにフェリー後方の海上には何もない。

 だがその下、海中に何やら黒い影が蠢いている。目を凝らしても一般人では見えないだろう。だがギャリカとディランもレゾナンスだ。しかもファウンドラ社のトップエージェント。共鳴力による感知能力は一般のレゾナンスの比ではない。


『あいつら、よっぽど姿を晒したくないらしいな』

『そうね。まさか潜水艦ぶっ込んでくるなんて……全く、重役出勤にも程があるわ』

「潜水艦!? 詳しく!」


 ディランもギャリカも餌に食らいついた大物に少し興奮気味だ。茜達の事を忘れて潜水艦の動向を見守っている。

 その潜水艦はフェリーに近づいて行き、ちょうど真下に陣取って停止した。


『おい、ガキンチョ共。潜水艦が今、船の下に着いた。海中からフェリーに侵入して海底に向かうつもりだろう。気をつけろよ』


 先程のやる気をそがれてストレスのたまったやる気のない声はどこへやら。ディランは本当に釣りに行って大物がかかったかのように声を張り上げている。


「了解。お前らも準備しとけよ?」

『あいあい。ていうか何者なの? 古代の遺物って言ってもただの石の板でしょ?』

『さあな、どっかの大金持か、はたまたオカルトマニアか、ただの馬鹿か、それとも』

「ブラッドオーシャンか」

『だったら面白いのにな』


 ギャリカの言うようにたかが古代文字が書かれた石の板。そこへハイジャック犯に潜水艦にブラッドオーシャンの影。魚拓を取るには大きすぎる獲物かもしれない。


「ん?」


 その時、茜は人の気配を遠くに感じた。


「クリスが帰ってくるみたいだ。じゃあまたな」

『紐の悪魔に殺されないようにね』

『せいぜい気をつけろ』


 そのディランの心配を最後にイヤーセットは静かになる。

 数秒後、クリスが歪んだ防水シャッターをくぐって小走りで駆け寄って来た。


「大丈夫みたいだ。皆作業に集中している。少し離れて着いて来て」


 クリスが先行し、茜達も少し離れてクリスに続く。音を立てず忍び足でゆっくりと。

 三人は一路、連れてこられた道を戻り、メインエレベータ方面に向かう。

 

「潜入してるみたいでワクワクするだろ?」

「私は何だか不安だわ……」

「何で?」

「だって潜水艦なんか使う? 普通」

「普通じゃないから使うんだろ? 大物級じゃなく化物級が釣れるかもなっ」


 茜は何が来るのだろうと胸を躍らせている。

 対する雪花の表情は浮かない顔。先程の通信で怖くなってしまったのだろう。


「好奇心は猫を殺すって言うわよ?」

「猫に九生ありとも言うだろ?」


 ああ言えばこう言うと、茜にはうんざりだと雪花は額に手を当てる。

 その時、クリスが角から様子を見て問題なかったのだろう。指をちょいちょいと動かしてこっちに来いと指示する。


「ほら、クリスが呼んでるぞ?」


 茜が先に歩いて行き雪花も続く。


「そう言えば、あんたさ」

「ん?」

「新人のハイジャック犯がクリスさんって知ってたの?」


 茜は気づいていたふしがある。

 先程もハイジャック犯に扮したクリスに全く警戒せずに近寄っていた。


「声で気づかなかったのか?」

「気づかないわよ、普通。でも本当のハイジャック犯じゃなくてラッキーだったよね」


 クリスはハイジャック犯ではなかった。だがハイジャック犯だとしたら、卑劣な二人組の男からは助けられただろうが、今のように自由には動けなかっただろう。

 しかし直後、茜の口から思いもよらない言葉が雪花を襲う。


「だってクリスはキルミアの軍人だって知ってたし」

「……は? 軍人?」


 訳が分からない、と雪花は固まってしまう。

 クリスは潜入捜査と言っていたのだから諜報機関なり捜査機関なりだと雪花は思っていた。


「ちょっとした伝手でキルミアの特殊部隊の顔写真一覧見せてもらったことがあってさ」

「ど、どういう伝手よ!? それに特殊部隊って……」

「キルミアの誇るレゾナンスだけで構成された最強の部隊の事。その一覧にクリスが載ってたんだ。だから何かやってるんだろうなとは思っていたけど、まさか軍人が潜入捜査とはね」


 軍人の象徴といえば鍛え抜かれた体を生かした武力だろう。階級によっては賢さも必要になるが潜入捜査には演技力も必要になってくる。

 茜にすぐ見抜かれる辺り、演技力は無いと言っていい。


「ハイジャック犯にハニートラップかけたっていってたじゃない」

「単なるハイジャック犯にハニトラかけたって面白くないじゃん」

「んなっ」

「何か特別な奴に仕掛けた方が面白いだろ」


 茜は固まる雪花を振り返り、片唇を釣り上げて意地悪く笑う。


「もうやだ……」


 茜に遊ばれ、ハイジャック犯に拉致され、襲われ、未だに危険な状況。

 踏んだり蹴ったりの雪花。内心もう家に帰りたいと思っているだろう。

 そんな雪花をよそに、どんどん進んでいくクリスと茜。雪花も足が重いだろうが必死について行く。

 やがて最下層が見下ろせる吹き抜けに面する通路へ。そこからダニア達が作業している船が見える位置まで進んでいく。姿を見られないよう、柵より低い中腰になって。

 少し進むと下で作業しているダニア達の姿があった。


「バブルエレベータの操作はダニアが持っている端末が必要だ」


 クリスは茜達を保護した手前、もう傭兵団には帰れないだろう。だから海上に戻らなければいけないのだがその方法はバブルエレベータしかない。

 その操作を行う端末はダニアが持っている。どうにか奪わなければ、とクリスは思っているのだろう。


「それよりさ、あの人達が何をしてるかクリスは知ってるの?」

「え? あの鉄の箱を開くって言っていたな」

「中身は?」

「盗み出した古代の遺物だと聞いている。あ、僕は関わっていないからね」


 盗みに加担したと思われたくないのだろう。クリスは両手の平を茜に向けて潔白を示す。

 だが茜はそんな事どうでも良かった。知りたいのは古代の遺物とクリスがどこまで知っているかという事だ。


「それで、古代の遺物なんて取り出して何するの?」

「何でも悪魔を召喚するって、冗談交じりに言われたよ」


 クリスは笑うが二人は悪魔という言葉は今日だけで何度聞いたか分からない。だから冗談と言われても茜も雪花もピクリとも笑わないし反応もしない。

 クリスにそう説明したハイジャック犯も本気で言ってはいないだろう。


「あはは……はぁ、ところで僕も気になったことがあるんだけど?」

「ん?」

「君は一体何者なんだい?」

「へ? ごく一般の美少女だけど?」


 自分を美少女だとのたまう茜にクリスは苦笑いだ。

 そしてクリスの疑問も当然だろう。一般の美少女は普通、刀を振り回す事はない。銃刀法により銃刀所持許可証が無いと武器の携帯は禁止されてもいる。


「許可証もあるよ?」

「そうか。雪花ちゃんも強いし武道の心得があるのかい?」

「はい、護身術程度ですが」

「私も私も~」


 真面目に答える雪花とへらへらと笑いながら答える茜。

 そして、そんな事よりと、茜は質問を続ける。


「古代の遺物に何が書かれているとかは?」

「ああ、確か空の言語で描かれた魔法陣? が書いてあるらしい」

「空の言語?」

「アズール文字さ。聞いた話では包帯の悪魔が封印されているらしい」


 茜が受けた報告と少し違う。だが包帯も見ようによっては紐とも言える。もしかしたらミイラみたいな悪魔なのかもしれない。


「それをキルミアの政府が確認して来いって?」

「まあそれもあるけど……でも残念ながら、ここから先は一応国家機密になっていてね。話せないんだ」


 大方そんなところだろうと茜は思う。

 キルミアで起きた、軍人が大勢殺された事件は有名だ。一般的に、その犯人も動機も不明とされていた。

 だがクリスが知っているのであればキルミアは犯人を把握している。きっと報道管制を敷いたのだろう。キルミアに所属する軍人が同胞を大勢殺害したなんて報道出来るわけがない。

 そして茜は考える。その事件の犯人、バドルが関わる古代の遺物。そこに降って湧いたように都市伝説の組織ブラッドオーシャンと終末の悪魔の話。これは偶然だろうか、と。


「よし雪花、ハニートラップでその国家機密を聞き出すんだ」

「何でよ!?」

「あはは……それよりも箱が開いたみたいだよ」


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