光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第132話 ~空を舞う天使~

公開日時: 2023年11月3日(金) 21:24
文字数:3,660


◇上空六千メートル


 エンジンの振動で機体を震わせながら飛ぶ小型飛行機。

 そこは上空六千メートル。

 南の島の為、気温はそれほど低くはないが地上よりもかなり涼しい。


「死と隣り合わせの遊びがスカイダイビング!?」


 茜とルココはしっかりとダイバースーツを着込み、飛び降りる準備は万端だ。


「一歩間違えれば死ぬだろ!?」


 扉は既に開いている。

 二人の体を打つエンジン音と風の音。声が聞こえにくい為、二人は叫ぶように大きな声で話す。

 眼下には青い海。

 今日は雲一つない快晴。

 東西に伸びるバンカー島の全貌が見下ろせる。さらに東には点々と島が連なっていて、そのどこかに剣達が居る事だろう。


「スカイダイビングなんて何度もしたことあるわ!」


 そう言うルココと茜は二人共経験者。

 二人で飛び降りるタンデムジャンプではなくそれぞれ単独でのジャンプとなる。


「ていうか何で茜がライセンス持ってんの!?」


 単独でのジャンプをする場合、ライセンスが必要になる。ルココは何度もジャンプの経験がある為、ライセンスを取得していた。

 茜もまたそのライセンスを持っている事になっている。


「世界を回ってる時に取った!」


 と適当な事を言ってごまかす茜。

 茜は任務としても訓練でも多く経験している。問題はない。


「茜様! お嬢様にパラシュートを!」

「オッケー!」


 同乗しているフォンからパラシュートを受け取りルココに渡すよう言われる茜。

 ルココは狂化薄心症を患っている。ルココが発症しないよう、二人が飛んだ後にフォンも飛び降りるようだ。


「全く……何かと思えば」


 ルココは乗り気ではなかった。

 ルココは茜が意味深な笑いを浮かべ、死と隣り合わせのいい遊びがあるというから聞いてやったのだが、それが何度も経験したスカイダイビングだった。だが茜はルココを強引に押し切り今ここにいる。


「何が死と隣り合わせなんだか……だいたいあなたねぇ――」


 その時、何かの衝撃の直後、ルココは突如浮遊感に襲われる。


「え?」


 金髪のツインテールは尾を引いて眼前に向かってなびいている。

 衝撃の方向を見れば茜が両の手の平を向けていた。恐らくルココを上空六千メートルに突き飛ばした手だ。

 だがルココはまだパラシュートを茜から受け取っていない。

 自分を突き飛ばした茜の悪魔の腕にパラシュートが引っかけられている。


「あ……かね?」


 嘘だ。

 そんな言葉が頭の中に浮かんだ時にはもう体は全て外に投げ出されていた。

 友達になった筈の茜が上空六千メートルから自分をパラシュート無しで押し出した。

 信じられない。

 友達ではなかったのか。

 何か気に障る事でも言ったのか。

 まさかストーカー行為を許せずに?

 そんな思考が入り混じりながらルココは落ちて行った。

 目には涙が貯まり、溢れたそれは空中を登っていく。


「死ぬ……」


 ルココはそう呟き、今まで生きてきた中で何か楽しかった事を思い出してみる。

 だが何も思い出せない。浮かんで消えるのは友達に陰口を叩かれていた事くらいだ。

 トラウマになる程の忘れられない思い出が現れては消える。


「はぁ……こんな事なら」

「こんな事ならもっと楽しい事しておけば良かっただろ!?」

「……え?」


 その横には茜の姿。

 どうやらルココを突き落とした直後、茜も一緒に落ちてきたらしい。


「どうだ!? パラシュート無しのフリーフォールは!? 生を実感しないか!?」


 これは茜が過去、実際に経験した体験だった。

 敵の飛行機からパラシュートを奪い合って一緒に落ち、ギリギリの所で奪い取って生還した実際の体験。


「生きて一杯楽しい事しようって思っただろ!?」


 茜は口を大きく空けて笑う。

 だが落ちる時の風圧で頬がめくり上がり、歯茎まで見えている。

 これでは美人が台無しだ。

 それを見て先程まで泣いていたルココは吹き出し、笑いだしてしまった。


「ちょ、あなた! 何してるのよ!」


 茜は死と隣り合わせの遊びと称してルココを突き飛ばし、死の恐怖を体験させたのだ。

 そして死を体験させた後、こうしてルココを助けに来てくれている。それは先程まで絶望していたルココの心を優しく温めていく。


「茜……」

「あははは! 気持ちいいなぁ!」


 そう言って茜は仰向けになって空気のベッドで寝そべった。

 その時。ルココは気づいた。

 茜は自分を助ける為に落ちてきたと思っていたのだがどうやらそれは勘違いだった事を。

 何故なら茜の背中にはパラシュートがついていなかったからだ。


「ちょっと茜! パラシュートはどうしたのよ!?」

「あっち!」


 茜は指をさすと少し離れた所にパラシュートが落下していた。


「ええ!? 馬鹿じゃないの!?」


 このままでは二人共地面に叩きつけられて死んでしまう。


「まだ時間ある! 自分の手で自由を掴んでみろよ!」


 落ちてまだ十数秒。

 パラシュートを開かなければならない限界地点まであと、七十秒といった所。


「はぁ!? 何言ってんの!?」


 そう言って茜は風の抵抗を利用してルココの上空へ登っていく。

 ルココはスカイダイビングの経験はある。

 空中で移動する方法も心得ているのだ。


「くっ……冗談じゃないわ!」


 落下速度は約時速二百キロ。

 ルココは体を傾けて空気にぶつかりながら、着実にパラシュートとの距離を詰めていく。そして高さを合わせて手を伸ばした。


「もうちょっと……」


 ルココは一気に距離を詰めた。

 だが確実な死が迫る中、ルココは緊張していた。

 体はこわばり、震え、心拍数は今までにないくらいに高い。

 心は焦るばかり。


「あっ……」


 かくして、ルココの手は目測を誤りパラシュートを掴み損ねた。更に悪い事に突いて飛ばし、距離が開いてしまった。

 限界地点まで後三十秒。


「く、もう一度っ」

「お嬢様!」


 その時、フォンが上からやって来る。


「こちらへ!」


 パラシュートとは逆側へフォンがやって来ていた。

 ルココが落とされる様を見て、すぐさま落ちてきたのだ。


「……」


 ルココはそんなフォンを一瞥し、突き飛ばしてしまったパラシュートへ移動する。


「お嬢様!?」

「あんたの助けなんていらないわよ! 自分の命くらい自分で何とかするわ!」


 ルココは気丈だった。

 だが限界地点まで時間がもうほとんどない。

 ルココは体を傾け猛スピードでパラシュートに迫る。


「このっ!」


 ルココは一か八か、飛んでいくパラシュートに突っ込んでいく。

 そして手を伸ばし手の平を開く。

 

「あ、やば」


 だが体を傾けて移動した事で高度が足りなかった。

 僅かに高さが足りず下を通り過ぎてしまう。 

 限界地点まで後五秒。


「お嬢様ああああ!」


 距離を一気に詰めてしまったルココ。

 フォンとの距離はかなり空いてしまっている。


「う……そ」


 ルココは通り過ぎたパラシュートに体を向け直すがもう遅い。

 このままのスピードで通り過ぎればもう立て直しは不可能だ。

 ルココがパラシュートを見ると人一人分の距離が開いていた。

 もう駄目だ。

 「死」そんな言葉がルココの頭をよぎった次の瞬間だった。

 人一人分の空いた空間に何かが舞い降りてきたのだ。

 まるで天使が降りてくるように軽く足を曲げて直立しながら落ちてくる。

 その背に羽でも生えているかのようにふわりと。

 そう錯覚するくらいに美しく幻想的だった。

 青い髪を振り乱し、空中であるにもかかわらず絶妙な位置に陣取った茜だった。

 それはルココの手を取り、もう片方の手にはパラシュート。

 

「翼……?」


 背には純白の羽、が一瞬見えたのだが、ルココが一度瞬きする間に消えてしまった。

 そして茜はルココの手にパラシュートをあてがった。


「ルココ!」

「え?」

「助けてくれ」


 そう言えば茜はパラシュートをしていない。そして今パラシュートを持っているのはルココだけ。

 ルココは急いでパラシュートを腕に通す。

 

「ちゃんと掴まってなさい!」

「おう!」

 

 茜はルココに抱き着いて、ルココは茜を両手両足で強く抱きかかえた。

 バサバサと引かれて飛び出したパラシュートは二人の体重を支え、ゆっくりと下降し、やがてフカフカの芝生の上に落ちたのだった。

 ルココは茜を開放し、茜はルココの胸から顔を出す。

 茜は仰向けになり、ルココも仰向けに。二人共大の字になって芝生の上に寝そべった。

 空には雲一つない青い南国の空。

 茜は何も言わず空を眺める。

 ルココもまた黙ったまま、空を見上げている。肩で息をして、目からは涙が流れ出して来ていた。

 鳥が大きな羽を広げ、悠然と空を飛ぶ青い空。

 そんな中、風が優しく二人の頬を撫で通り過ぎていく。


「空が綺麗だな」


 茜がふとそんな一言。

 それはなんら変わり映えのない空。

 だが死の恐怖を味わったルココの目にはまた違った空に見えた。


「ええ、綺麗ね……すごく、綺麗」


 ルココは言って、更に目からは大量の涙が溢れ、以前の涙の軌跡を辿る。


「空って……こんなに綺麗だったかしら?」


 更にそんな言葉を紡ぐルココ。

 それに茜は「綺麗に決まってるだろ」と言って屈託なく笑う。

 それにつられたからか、それとも茜に同意したからか、ルココは笑いだす。

 肩を揺らし、口を大きく空けて。だから茜も大きな口を開けて笑うのだった。


「ルココ様……」


 そんな二人の様子を見て、フォンは何も言わず笑い、気配を消したのだった。


「私ね……死のうって思ってたの」

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