光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第163話 ~賢者か愚者か~

公開日時: 2024年1月27日(土) 06:27
文字数:4,092



「おーい、雪花! 脚を治してくれ!」

「あ、うん」


 雪花は負傷した剣を治癒する為、昇降機のボタンと思わしき場所を連打している茜の元を一旦離れる。

 その間も焦りと怒りを織り交ぜた表情で茜はボタンを高速で連打していた。

 茜も上に行こうというのだろう。父を追いかける為に。


「いるわよね、無駄に連打する人」


 すぐ傍を通り過ぎていく雪花を見送ってルココが歩みより、口を開く。


「そんなにボタン連打しても時間は変わらないわよ? 労力の無駄ね」


 そしてそんな憎まれ口。

 流石はルココ、ビジネスライクな考え方だと、茜は連打を止めて振り返る。


「こういうのは気持ちだろ?」

「理解に苦しむわね。あなた上に行くつもり? お父さんに会いに行くの?」

「当然だろ? 私はまだあいつをぶん殴ってないからな」


 父を追いかけたいと言えない茜はやはり素直ではない。

 その心境を知ってか知らずか、唇を尖らせる茜にルココは溜息だ。


「やめておきなさい。ずっと離れ離れになっていたお父さんなんでしょ? せっかく仲がよさそうなのに」

「仲がいい? どこがっ?」

「少なくとも、あなたのお父さんはあなたの事を嫌ってないでしょう?」

「あいつは……私を放置して、母さんにも辛い思いをさせた。殴られて当然の奴なんだよっ」


 大吾を恨む茜の憎しみは根深そうだ。その深さは当の本人にしか分からないだろう。

 だがここでルココは表情を少し複雑なそれに変え、口を開く。


「あなたの家庭の事情をどうこう言いたくないけど……親子がいがみ合っているのを見るのはあまり気分のいいものではないわ」

「……ルココだって父親がいるだろ? その父親がずっと自分を放置して、母さんに迷惑かけてたら? 殴りたくなるだろ?」

「私は……パパに嫌われてるし、ママはもういないから」

「え?」


 茜はぱっと顔を上げる。驚いたことにルココの境遇は自分とよく似ているらしい。

 そしてそう話すルココの表情が少し曇った。


「ルココ?」


 何か事情があるのだろうか、と茜が覗き込むとルココは顔を上げ雲を払う。

 

「だ、だからね、茜は嫌われていないからっ、あなたが譲歩する事で修復するくらいの仲なら……仲良くして欲しいって私は思うのよ。あなたに私みたいな想い……して欲しくないし」


 そして雲から出てきたルココの表情は日が差して少し赤くなっていた。

 他人の家庭事情に自分の家庭事情を持ち出した事を恥ずかしがっているのだろう。

 ルココの家庭の事情はまだよくわからない。だがルココは茜を想って言ってくれている。それは茜にとって自然に笑みがこぼれてくる程の暖かいものだった。

 

「ルココ……ありがとう」

「え?」

「賢者は歴史に学ぶって言うだろ? 私は賢者だから素直に聞くよ」

「そ、そう。良かった」

「殴るけど」

「殴るのね……」

「時には殴り合った方がいい事もあるって事を愚者の立場から言わせてもらおう」


 茜はワンピースから少しはみ出した胸を張って言い放つ。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

 茜はあえて愚者となり大吾を殴るつもりなのだろう。


「そう……なら賢者になった時にまた聞かせてもらうわ」


 そして愚者も経験すればそれは歴史となり、賢者となる。その賢者の言葉ならルココも聞く耳を持つという事だろう。


「お、きたきた」


 茜の連打の成果、ではないだろうが大吾が乗っていた足場が空から戻って来た。


「ルココ、もうついてくるなんて言わないよな?」


 茜は大吾がずっと付き従っていた、ブラッドオーシャンと繋がっているであろう男の正体を見極めようとしているのだ。その場合、戦闘になる可能性が高い。そこへルココを連れて行くわけにはいかないのだ。

 

「状況によると言った筈よ」

「お前なぁ……もう分かってると思うけど私は一般人じゃない」

「分かってるわよそんな事。一般人はロケットランチャーを撃ち返したりしないし、刃が飛ぶナイフなんか使わないわ。雪花と剣君もその類だという事もね」

「話が早いな……なら、この先が危険な事も分かってるだろ?」

「ええ。ついて行きたいけどここで待っててあげる。エクレールグループに迷惑はかけられないし」


 ここで自分の身の安全ではなく自分のグループの事を考えるあたりルココは状況が判断できているだろう。茜が獄道組を潰した事についても感づいている節もある。

 茜達が立ち向かっている相手が大きい事は分かっているだろう。

 だから茜はホッと胸を撫で下ろす。


「そう言ってもらえると助かるよ」

「でも一つだけ」

「ん?」

「ちゃんと生きて帰ってくる事」


 そのルココはまるで遊びに行く子供にきつく忠告する母のような表情。

 ルークを助ける為、渦巻く竜巻に飛び込んでいく茜を思い出しているのだろう。


「そんなの、当然だろ?」


 だが忠告される子供は悪びれる様子もなくぬけぬけとそう言い放つ。

 だからルココは困ったように笑うのだった。

 扉が開き茜が中に入る。


「じゃあ、すぐ戻るからさ」

「うん」


 短い挨拶を終えて扉が閉まる。その寸前だった。


「ちょっと待ったああ!」


 ルココの横から滑り込んで来たのは雪花だった。


「あ、雪花?」

「茜! あんた勝手な事してんじゃないわよ!」

「……剣の治療はどうしたんだ?」

「あとは自分で出来るでしょ」


 剣もトップエージェント。擦り傷くらいの治癒は出来るのだが。


「あいつら俺を残して……俺、ヒーリング苦手なんだよなぁ……」


 との事だった。



 そして南国の空をぐんぐんと登っていく昇降機の中は雪花にとって、とても居心地がいいとは言えなかった。


「高い高い高い……怖い怖い怖い……怖い!」


 雪花は茜に抱き着いて震えている。

 何故なら周囲の壁がないのだ。まるでバブルトンネルを行き来する昇降機のように。

 これだけ開放的だと高所恐怖症でない者でも足がすくんで動くことが出来なくなってしまうだろう。眼下には広大な海と湾曲する水平線が広がっている。

 しかし落ちる心配はないようで見えないが透明の壁が存在していた。城に入る際にあったような透明の壁。今度は茜が手で触っても消えず、落ちないように設計されているようだ。


「別にお前はついてこなくて良かったんだけど」

「あ、あんたが心配なのよっ。すぐ無茶するし。それにルココさんからルークって子を助ける為に竜巻に飛び込んだって事も聞いたんだから!」

「あいつ、余計な事を……てか何でルココにさん付けしてんの?」

「だって金持ちだし! 権力者だし! 私は庶民だし!」

「お前なぁ……そんな事言ってるとルココに嫌われるぞ」

「そ、それにあんたが死んだら」

「分かってるって。お前が悲しいんだろ?」


 それは飛空艇アシェットで雪花が茜を助けに来た時に涙ながらに言った言葉だ。


「うぅ、恥ずかしいわね……」


 極限の状況で口をついて出た言葉とは言え恥ずかしいものは恥ずかしい。雪花は染めた頬を両手で覆う。

 更にセレナに茜を頼むとも言われているがそれは足手まといとして。それは更に恥ずかしいので口には出さない。


「それより…上にはブラッドオーシャンの人がいるんじゃないの?」

「多分な」


 茜は短く言って肯定する。

 大吾が従わされていた男は古代の遺物やフードの女という単語。更に天空の監獄には悪魔が捉えられていると言われている。ブラッドオーシャン関係者で間違いないだろう。


「た、対策はあるの?」

「最悪の場合、奇跡を撃つ。その為にライトキャノンデリバリーしたんだからな」

「メテオライトって言ってよね。紛らわしい」

「切り札は最後まで取っておかないとな。出来れば撃たないに越した事は無い」

「眠っちゃうから?」

「そう。その後半日程度、使い物にならないからな」

「不便ね。もう一度デリバリーしたら?」

「あれは今回戦艦が出るかもしれないから特別に待機してもらっていたんだ。もうメダルもないし、なにより費用がもにょもにょ」

「ん? なに? もにょもにょ?」

「いや、別に」


 何故か茜は気まずそうに目を逸らす。

 雪花は首を傾げるが特に「ふーん?」というだけで特にそれ以上追求する事は無かった。


「で? 上に着いたらお父さんを殴るの?」

「ああ。兄貴にも了承は得てる」

「じゃあその後は、今度こそは抱きしめさせてやりなさいよ?」


 大吾は十数年ぶりに再会した実の子供を抱きしめたいと、夢にまで見たと言っていた。大吾の妻である瑠衣菜の死に涙しながら。

 その瑠衣菜を、実の母を殺してしまった本人である茜だってその罪悪感に苛まれないわけではない。更にルココに仲良くしろとも懇願されている。


「……でもなぁ」


 雪花は周囲を見ないように、茜から離れる。


「でも、なによ?」


 そして茜を見る手で手を握ってもじもじしている。そして出てきた言葉は


「恥ずかしいだろ」


 だった。

 その意外で単純で素朴な理由に雪花は呆れ顔だ。


「あんた……恥ずかしさとか捨てろって前言ってなかった?」


 しかもトップエージェントである茜の口から出る言葉ではないと目を細める。


「それは演技の話だろ。実の父親に演技で抱擁されろってか? 全く……ぺらっぺらの雪花らしいっちゃ雪花らしいけどな」


 今まで父親が不在だった茜には少し荷が重すぎるのだろう。

 だがそこまで言われて雪花が黙っていられるわけもなく、取っ組み合いの力勝負となりあっけなく茜は敗北したのであった。

 

◇少し前。天空の監獄にて


 昇降機で天空の監獄内に着いた大吾。

 すると監獄内中央でしゃがみ込み、手を床に押し付ける男が居た。その床には飛空艇アシェット内でフードの女が古代の遺物に触れた際に見せた赤紫色の光が灯っていた。そして不気味に解読不能な文字列が円形に浮かび上がっている。

 大吾は中央でしゃがみ込むフードの男に歩み寄っていく。だがフードの男は集中しているせいか見向きもしない。

 

「よぉ、氷結の」

「下は片付けてきたんだろうな?」


 だが間髪入れずフードの男の低く重い声色の言葉が大吾を威圧する。見ずとも誰が来たか分かるという事だろう。


「……まあな。それよりお前、悪魔を召喚しようとしてるらしいな。何万人も殺したって噂だが大丈夫なのか?」

「ああ、問題ない。一つ術式を加えておいた。それよりも、今問題なのは」


 フードの男が自分の肩を見るように少し身じろぎした。

 そこには大吾の持つ鈍く光る黒い剣の切先が。


「これは一体どういう了見だ?」



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