光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第167話 ~後ろのおかしい奴~

公開日時: 2024年2月11日(日) 12:00
文字数:4,545


 茜が竜巻で海に落水した際、助けられて寝かされた浜辺。大吾の荷物があり、傍にある焚き火はほぼ消えている。

 そこで大吾は二つの、青と赤のペンダントを空に向かって投げつけていた。そこに居た筈の茜に向かって。

 だがもう茜はいない。というよりも大吾自身が飛ばされ、茜の前から消えたのだ。


「んなっ!?」


 大吾は急いで砂浜に落ちた二つのペンダントを拾い、握りしめる。


「クソ! あいつっ……!」


 大吾は急いで監獄のあった城の裏側へ走る。

 焦って砂浜に足を取られ、バランスを崩しながら。


「あの大馬鹿野郎っ……馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎!!」


 そう何度も何度も強く呟きながら走る。

 しかしその足は重い。

 それはその砂浜に足を取られた事もある。だがそれ以上に大吾が行ったところで何もできない事にあった。

 茜のいる監獄は雲を眼下に臨む程の高さ。そこから落下する茜を助ける術を持ち合わせていないのだから。

 それでも大吾はじっとしているわけにはいかなかったのだ。


「地獄で待ってるだとっ! ふざけやがって!」



◇天空の監獄、直下



「もうっ! あいつ勝手な事して!」


 雪花は茜が監獄へ上がって言った直後から昇降機のボタンを連打していた。茜の後を追って上に行こうというのだろう。


「止めなさい、雪花」

「る、ルココ……さん? どうしてっ?」

「さん、は不要よ。それよりも、監獄がもうすぐ落ちるのならこの昇降機を下に動かすのは悪手よ。茜が戻れなくなるわ」

「あ」


 焦る雪花はルココの言葉にはっとする。

 ルココは冷静でその通りだった。

 茜が監獄に行ってすぐに下に降りるのであれば昇降機を呼ばない方がいい。下に降りたいのにそこに昇降機がなければ降りるに降りられなくなる。そこで時間切れになれば最悪の結果になるのだから。昇降機は一機しかないしワープ装置も一人分しかないのだ。


「それより茜はどうして上へ行ったの?」

「分からない……」

「分からない?」


 雪花の答えにルココは首を傾げる。

 それもその筈で雪花の頭に直撃した赤いペンダントを茜が小石だと偽り隠したのだ。分る筈が無い。そして巧みに雪花を引き離し一人で監獄へ。

 雪花の焦燥感の募る表情にルココも眉をしかめる。


「そもそも本当に落ちるの? 茜のお父さんはなぜ一緒に降りなかったのよ?」


 鋭いルココの指摘。当然の疑問だ。

 だから雪花はルココに言葉短く応える。


「上には悪魔がいて……それを、召喚させない為にお父さんが残って、ワープ装置を持ってるから大丈夫で……でも一人用で……」

「悪魔? 召喚? でもそれが本当だとして……一人用のワープ装置……なるほど」


 雪花の断片的な情報をルココは結び付け、この状況を理解したようだ。

 だが茜が一人で登っていった理由が不明な今、雪花達に出来る事は少ない。


「雪花、取り合えず今私達に出来る事は茜を信じて待つ事だけ――」


 その時だった、雪花とルココの間に剣が飛び込んで来た。


「うっ!?」

「うぇ!?」


 そして雪花とルココを両手に抱えて後ろに飛び退いた。

 

「伏せろ!」

 

 地面に倒れ、そして庇うように剣は二人の頭を抑え、地面に押し付ける。

 続いて地面を震わせる程の衝撃と轟音。更に砂埃が辺りを包む。


「な、なにをっ!? 剣君!?」

「なになに!? なにがっ、ゲホッ」


 舞い上がる砂埃に咳き込み、砂の味を舌に覚えながら雪花とルココは自分達が先程までいた場所を見る。

 するとそこには空から降って来たであろう粉々に砕かれた昇降機の残骸があった。


「う……そ」


 剣は落ちてくる昇降機の足場に気づきいち早く二人を避難させたのだった。

 それは良い判断だった。剣がもし拳で打ち砕けばその破片は高速で飛び散り、散弾の如く雪花達に降り注いだ事だろう。

 だがその事実に、雪花達の淡い期待は昇降機のように粉々に砕け散ったのだった。

 これはルココの言う、茜を信じて待つ事が叶わなくなった事を、否が応でも受け入れなければならなくなった事を示している。


「い、嫌っ……嫌ぁあ!」


 剣に抱き起された雪花は発狂するように頭を押さえ、しゃがみ込んでしまう。今、雪花達の知識で助かる命は大吾か茜のどちらかなのだから。

 だがまだ茜が死んだわけではない、とルココは雪花の両肩を掴んで引き起こす。


「落ち着きなさい雪花! 私から見てお父さんは茜の事を大事に思っていたわ!」


 ルココの父親とは違い、茜の父親、大吾は茜の事を大事に思っていた。

 だからルココは大吾が茜にワープ装置を使わせて助けようとするだろうと、推測したのだ。


「実の父親なのよ!? ならっ……実の娘の茜に……ワープ装置を」


 だがそこでルココの頭によぎった。船から投げ出されたルークを勇猛果敢に身を投げ出して助ける茜の姿を。

 茜は自分よりも他人を優先する。では血の繋がった実の父ならどうなるか?


「使わせるに……決まって」


 更に茜の常人離れした多彩な技術がルココの言葉を濁らせる。

 達人級の剣技に神業、銃の扱いとショットナイフ等の特殊な装備を使いこなす技術。

 それらを持ってすれば自分の命を顧みず、手練手管を使って父を騙し、監獄から離脱させる事など朝飯前だろう事がルココには分かる。

 そこへルココの濁った不透明な言葉を更に濃くさせる雪花の言葉が。


「わ、私……見たの……」

「見た? な、なに、を?」


 聞きたいような、聞きたくないようなルココの問い返し。


「茜……笑ってた」

「え?」

「上に登っていく時、私を見て……微笑んでた」


 それは飛空艇アシェットで茜が触手に巻き取られた時に見せた笑顔と同じ感覚だったのだろう。その後、捕まった茜は死を覚悟していた。

 そして雪花は思い出す。セレナの言葉を。「自分の命を軽く考える」という茜の悪癖を。

 そう言って、雪花は顔を手で覆う。

 それでもその手から這い出した涙が頬を伝って腕を伝って一筋の線を描く。


「笑ってたって……どうして」


 雪花の涙に、ルココの問いは自ずと分かるだろう。

 竜巻で吹き飛んでいく寸前の茜の表情はルココには見えなかった。もしかしたら笑っていたのかもしれない。


「雪花!」

「え?」

「スマコンは持ってるか!?」

「あ」


 剣が言うと、雪花ははっとしてポケットに手を差し込む。

 茜との唯一の通信手段は今スマコンだけだ。

 雪花はもう一つ思い出す。セレナは雪花に道しるべになれと。茜の生きる理由になって欲しいと。

 だから雪花は茜に通話を試みる。その道しるべとして。


「もうっ、出ないっ」


 焦り、そして応答しない茜に不満を募らせる雪花。

 雪花は茜が出るまで何度も何度もかけ直す。

 それを剣とルココが見守るが雪花の口がそれ以降、開かれる事は無かった。

 茜は母を殺してしまった事の贖罪として父である大吾を救う事を選んだのだ。出る筈が無い。


「まずい!」


 そこで剣の言葉。

 その視線の先は遥か上空。


「もっと離れろ!」


 それは茜を救い出すタイムリミットが限界を迎えた事を意味する。

 

「い、いや……茜!」


 スマコンを耳に押し当てたまま呆然と見上げる雪花。

 そんな雪花を剣が抱え上げ、ルココと共に急いでその場を離れる。

 やがて、地面を下から突き上げる程の衝撃と爆発でも起きたような音。

 更に飛び散った破片が雪花達を襲うが剣が前に立ちふさがり、襲い来る破片を拳で撃ち落とす。

 城全体を覆い尽くすような砂埃がその結末を覆い隠した。


「くそっ、どうなった!?」


 剣がその爆心地に向かって歩き出す。砂埃を掻き分けて。

 海からの風によって大規模な砂埃がくびれを作って薙ぎ払われていく。そこには監獄の面影は少しもなかった。

 粉々に砕かれた青い石が衝撃でへこんだ地面を彩っているだけ。

 この中で生きていたら奇跡だろう。

 呆然とする剣の後ろからルココもやって来る。


「あいつ……ここにはいないわよね? この中にいるのはお父さんよね?」


 すがるようなルココの言葉。どうかワープ装置を使用したのは茜でありますようにと。


「と、当然だろ。取り合えず茜が来るまでに、この瓦礫の中から茜の親父の遺体を――」

「茜!」


 と、後方から男の声。

 それは雪花やルココ、剣にとっては絶望の声に他ならない。

 城壁を超えてきたのだろう、着地に失敗し転げて起き上がった直後の体勢を崩した大吾の姿。

 肩で息をしながら、その残骸をこの世の終わりのように見つめる大吾にその場の視線がゆっくりと集まった。


「どうして?」


 大吾がここにいるのか。

 その場の声にならない疑問を実際に言葉にしたのは、大吾のすぐ傍でへたり込んでいた雪花。立ち上がり、大吾に歩み寄っていく。


「どうして、あなたがここに?」


 雪花は努めて冷静に問いかける。震える声で。涙でぐしゃぐしゃになった顔で。

 その問いは雪花もルココも、なんとなく分かっている問い。何故なら茜が善人ぶった自己犠牲を嬉々として主軸に置き、自分をヒーローだと嘯く存在だという事を知っているから。

 それでも雪花は問わずにいられなかった。自分の子供にいいようにあしらわれて助けられた大吾に。

 きっと大吾はそんな簡単な問いに答える事が出来ないだろう。


「雪花ちゃん……」

「答えて下さいよ! なんで……どうして! あなたがここにいるんですか!?」


 雪花の問いに大吾は答えられない。答えられるわけがなかった。自分の子供を犠牲に、自分が助かってしまったのだから。


「茜は!? 置いて来たんですか!? またっ……また置いて来たんですか!?」


 更に雪花の手厳しい攻め。そこを突かれると大吾は非常に辛い所だ。

 大吾は十数年前、家族を置いて行ってしまった。その辛い思いをさせた茜をまた置いて行ってしまったのだから。


「す、すまねぇ――」


 そんな謝罪の言葉を大吾が吐き出す前に、雪花の渾身の拳が大吾の顔面を捉える。

 呻きながら倒れる大吾に雪花は馬乗りになって胸倉を掴み、もう片方の腕の拳を高く振り上げる。


「どうしてですか!? こういう時って自分の子供を優先するのが普通ですよね!? 頭おかしいんじゃないですか!? そんなに自分が可愛いの!? そうまでして助かりたいの!? 自分の子供を犠牲にして!?」


 雪花は何度も何度も振り降ろす。涙を流しながら、無抵抗の大吾の顔面に。

 その一発一発は大吾にとって脅威となる威力ではなかった。

 それでも茜への想いを込めた雪花の拳は大吾の心に強く響いたに違いない。


「なんとか言って下さい!」

「すまん……」

「謝罪なんか聞きたくありません! 言い訳の一つでもしたらどうなんですか!?」

「申し訳ねぇ……」

「こ、この!」


 この不毛で痛烈な雪花の拳を止めるべきなのだろう。このまま殴り続けても何も変わらないのだから。

 しかしこの場に止める者はいなかった。むしろ雪花の行為を推す声援を送るものまで出てくる始末だ。


「そうだ雪花! もっと力を込めて!」

「分かった!」

「少し腰を浮かせて! 振り抜くんだ!」

「こうねっ!」

「いい調子だ! 雪花!」

「あんたもやるのよ茜! 自分の子供を犠牲に! 助かりたいだなんて! この最低の父親に正義の鉄槌をくらわせるのよ!」

「そうだ! クソみたいな親父だ! 殴られて当然のクソ親父だ!」


 そう言って茜は大吾の腹を踏みつける。

 細い脚で繰り出される踏みつけは的確に大吾の鳩尾へ食い込んでいく。


「ぐっ!? ちょ、ちょっと待て雪花ちゃん! 後ろのそいつはおかしいだろ!」

「ん?」

「ん?」


 そこで違和感を覚えた雪花は振り返る。すると楽し気な表情で大吾の腹を踏みつける茜と目が合ったのだった。


「あかねいるぅぅうう!?」


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