光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第101話 ~青い鳥と股間を強打~

公開日時: 2023年10月3日(火) 14:10
文字数:3,870


 茜は玄とジュリナを見つけるや否や駆け出し、追いかけていく。

 そして少々の遅れをとりつつも森島も後を追う。

 女子高生と機動隊の風貌というよく分からない組み合わせが、逃げていく袴姿の玄と女子高生という良く分からない組み合わせを追いかける。

 茜は帰宅ラッシュで込み合う人混みを猫のようにするすると駆け抜けていく。だが森島は「開けて下さい!」と声を上げながら進む。出で立ちは警察という事は分かるので皆道を開けるがそれでも小柄な茜の方が早い。


「くそっ」


 なかなか進めない森島はもどかしさを感じながらふと横を見ると玄とジュリナが降りて行った階段の丁度真上だった。そこから下を覗くと丁度玄が姿を消した所。


「よし」


 少し危険だが下に人がいない隙を見計らい、森島は飛び降りた。

 そして着地したとほぼ同時、目の前に人混みからするりと抜けだした少女が飛び出してきた。


「うぇ!?」

「あ、茜さん!?」


 人混みを縫って移動していた茜に森島は気づかなかった。

 茜もまさか上から森島が降ってくるとは思わなかっただろう。振ってきた森島の胸に茜が突っ込んだ。更にそこは階段。

 その不安定な場所で茜は森島の上に折り重なるように倒れ込む。そしてそのまま森島の上に茜が乗るようにして階段を滑り落ちていく。

 

「いたたたたた」


 と、森島は悲鳴を上げ、滑り落ちていく。

 平坦な場所を滑り落ちるのであればさほどの衝撃はない。だがそこは階段。プロテクターがなければ森島の背中はずる向けになっていた事だろう。

 茜は森島の胸の上に耳を当て心臓の鼓動を聞くような態勢。

 だが何を思ったのか、茜はこれ幸いと体を起こし、森島をスノーボードに見立て、二本の脚で上に立つ。


「ちょ、いたた! 茜さん!? いたたた!」


 茜の体重が二点に集約され、そこに森島の痛みも集約される。

 スノーボード代わりにされる森島はたまったものではないだろう。


「これはいいや」


 茜は痛がる森島を眼下に楽しそうに滑走していく。森島は茜がいる為起き上がれない。しかし女子高生が乗るスノーボードになりながらの滑走は思った以上に眺めが良かった。茜は美少女で更にミニスカだからだ。

 かなりのスピードと風で茜のスカートがひらひらと揺れに揺れる。


「いたたた、み、見え――」


 だがそこはファウンドラ社の総力を挙げて開発した覗き防止スカート。茜の下着が見える事は無い。


「な、何故だあああ、いたたた!」


 痛さの代償をどうにかして払ってもらいたいものだが見えないものは見えないのだ。

 階段を滑走する機動隊ボード。その異変に気付いた人々が次々と避け道を開いていく。

 

「いた!」


 ジュリナが階段を降り終えた所。そして玄が最後の階段に差し掛かった所だった。

 その時、茜は森島の顔面を踏みつけ宙に舞う。


「ぐべっ」


 と変な声を出し、顔面を踏み台にされた森島は後頭部を打ち付けゴロンと一回転。

 茜と言えばジャンプ一番、宙を舞う。

 玄までの道は開けてくれている。

 周囲の人々の視線は釘付け。更に少々の悲鳴を背景音楽にして宙を駆ける。

 青くきれいな髪をなびかせて宙を舞う美少女はまるで鳥にでもなったかのよう。


「輝け! 私の膝!」


 茜はニーソとミニスカの間、絶対領域の白く細い太ももを惜しげもなくさらけ出す。

 そして玄の後頭部を茜の膝が狙う。

 

「む!?」

 

 が、間の悪い事に玄が茜に気づいた。そして前にいた一般人の肩を掴んでくるりと反転した。


「え? 何ですか?」


 と、その一般人で会社員風中年男性。

 そして目前には宙を舞う美少女と太ももが。


「な、なんだああ?!」

「げ、やばっ」


 驚きの声を上げる中年男性に対し茜は小さく声を上げる。

 一般人を傷つけるわけにはいかない。だがもう遅い、茜の体は宙に投げ出され身動きが取れない。


「くそっ」


 茜はとっさに膝を開くがそのままその中年男性に突っ込んでしまった。中年男性の顔面に股間から。

 茜は中年男性が怪我をしないよう、頭を太ももで挟んで着地し転げ落ちる。


「あ、茜さん!? 大丈夫かい!?」


 階段の途中で止まった森島はすぐさま体を起こす。そして小さな茜の悲鳴に焦って駆け降りた。

 すると仰向けに倒れる中年男性と、股間を抑えて悶絶する茜の姿があった。


「え? 何が?」

「うう……ごめんおっさん!」

「へ? あ、いや、私は何も……ちょっと顔面に衝撃が走っただけで」


 中年男性は柔らかくすべすべの肌を頬で感じながら何が起こったか分からなかっただろう。


「よかった、ちょっと先を急ぐから」

「あ、ああ」


 その中年男性に森島が声を掛ける。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。大丈夫ですけど一体なにが……?」


 機動隊の恰好に中年男性は困惑の色を隠せない。


「捜査の一環です」

「は、はあ」

「それより左頬に血がついていますが?」

「へ? あ、本当だ」

「怪我はしていないようですが」

「ああ、ならさっきの女の子かな? 太ももに挟まれた時についたのかも」

「……は?」

「あ、いえあちらから突っ込んできたので私は別に!」


 少女の太ももに挟まれたなどと警察に言えばセクハラと勘違いされると思ったのだろう。

 中年男性は慌てて身振り手振りで取り繕う。

 

「それで見えたんですか?」

「え? 何がですか?」

「彼女の下着を」

「いえ、見えてません!」

「ご協力感謝します!」

「はあ」


 何の協力なのか、誰にも分からない。中年男性はほっとしてため息をつき、森島は茜の後を追う。


「くぅうう……女でも結構痛いな……」


 当の茜はと言えばスカートの上から股間をさすって苦悶の表情だ。


「男なら死んでたぞ! 許さん! 獄道玄!」


 元男ならではの感想を口走る茜。そして少女の体ではなかった時を想像して股間に悪寒が走る茜。

 

「こら! 止まりなさい!」


 すぐ先から駅員のものだろう怒鳴り声が聞こえてくる。

 恐らく玄とジュリナが改札を飛び越えて出て行ったからだろう。

 茜は改札を飛び越え、駅員の制止も振り切って玄を追う。


「ええ!? また無賃乗車!?」


 更にすぐ後ろから機動隊の恰好をした森島が飛び越えていく。


「ど、どうなってんだ!?」


 困惑する駅員を尻目に茜達は駅を出る。


「あれ、いない?」


 道行く会社員風の男に茜が話しかける。


「ねぇ、なんだか強面のおっさんと性格悪そうな女どこかに走っていかなかった?」

「ああ、あっちへ走ってったけど」

「ありがと」


 そう言って茜はまた走り出す。それを駅から出てきた森島が追う。

 そしてそこは山の麓だった。地理的に獄道組の事務所側は田園風景広がる田舎。裏手は栄えている街となっているようだ。いつでも逃げ出せるようにそういう位置関係にしているのだろう。

 だが駅周辺を抜けるとそこはもう田園が広がり、雑草が生い茂る場所。人気は無く、あるのは小さな小屋くらいだ。

 

「まずいですね」

「ああ、もしも車を用意していたら」


 だがその心配は無用だった。

 小さな小屋の裏に回り込むと警官が二人、玄とジュリナを手錠で拘束し、膝を突かせていた。


「え?」

「君達は?」


 玄とジュリナを拘束したのは男性と女性の警官だった。


「二人とも確保しましたよ」


 と、男性警官がニコリと笑いながら敬礼する。


「くそがっ! 放せよ! 私達は獄道組だっつうの!」


 大人しく捕まった玄に対し、ジュリナはギャアギャアと騒ぎ立てていた。

 そして茜の姿を見つけるや否やすごい剣幕で睨みつけてくる。


「お、お疲れ様です。お手柄だよ!」


 森島は息を整えながら二人にお礼を言う。


「いえいえ、我々は当然の事をしたまでですよ」

「では応援をよび――」


 無線で連絡をしようとした森島の腕を茜が引っ張る。


「ねえ、森島さん。あの二人、知ってる顔?」

「いやぁ」


 茜が森島に問うと警官二人はそっぽを向いて帽子を目深にかぶり直す。


「知らないかなぁ。でも全員知ってるわけでもないし」


 桜之上市は広い。だから警官の数もかなりいる。その全てを把握しているわけではないだろう。

 だから茜は森島ではなく、男女二人の警官に問う。


「あなた達は何故この逃走経路を知ってたの?」

「たまたまここを通りがかってね」

「ああ、無賃乗車の犯人を追ってたんじゃなかったんだ。へー」

「巡回中でね。本当にたまたま」

「ここを? 全然人気のない山の麓を?」


 田園風景が広がる見通しの良い道を巡回。しかも二人でという所に茜は引っかかる。

 そしてその周辺には自転車もパトカーもない。こんなだだっ広い田舎の道を歩いて巡回する警官なんていない。


「もういいじゃないですか、この二人を引き取ってくれますか」


 と、茜の質問に応対していた男性警官の後ろから女性警官が不機嫌そうに顔を出す。


「あ、はい。こちら森島」


 森島は少し離れ、無線で応援を呼び始める。

 茜は森島を一瞥し、視線を男性警官に戻す。


「なぜ自分達で届けないの? パトカーはどこ? それとも自転車?」

「歩いてきたんだ」


 と、すっとぼける男性警官。

 二人で散歩でもしていたのかと疑いたくなる茜。


「……じゃあ何故制服を着ている少女がこんな所にいるのに不思議に思わないの?」


 それもそうだと、森島は無線で応援を呼びながら思う。

 何故茜の事を疑問に思わないのか。その子は誰だと、警官であれば疑問に思うはず。という事は来ることが分かっていたのかもしれない。


「さあ、何故いるんです?」


 男は笑い、首を傾げて問い返して来る。


「おいてめぇ! 痛いんだよ! 暴れねぇからはなせよ!」


 ますます怪しいと、茜は目を細めるがそれを邪魔するようにジュリナが喚き散らして来る。

 見ればジュリナを女性警官が押さえつけている。ジュリナが暴れるからだろう。

 

「おやおや、この娘は元気だねぇ」


 と、男性警官は笑う。

 注意するでもなく、諫めるでもなく、笑ったのだ。しかもそれは煩わしい蠅でも見るかのような薄ら笑いだった。

 

 

 

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