風邪が治った茜は雪花と一緒に登校する事に。
「全く、風邪如きで死ぬとか恥ずかしいから二度と言わないでよね」
雪花は迷惑そうに言って肩をすくめる。
「だって風邪とか罹ったことなかったし」
「ふふん、馬鹿は風邪ひかないって言うのにね」
茜にそう言い放ってケラケラと笑う雪花。
不満そうに雪花を睨みつける茜だがそういえばと、口を開く。
「何か感染力が強かったみたいでさ、剣も風邪ひいたんだって」
「へぇ~、馬鹿は風邪ひかないって案外当たらないもんね~」
またそう言い放ってケラケラ笑う雪花。
頭の良さがテストの成績というのであれば剣は雪花よりも成績は悪い。だからそれは当たってると言えばそうだろう。
そこで何故か、茜の表情が意地悪なものに変わっていく。
「後さぁ、兄貴も風邪ひいたらしいよ」
「へ、へぇ~……そうなんだ」
ここで雪花は気づく。
「ああ、私からうつっちゃったんだろうなぁ。マスクしていなかったし」
茜が何を言いたいのかを。
そしてこれは雪花にしかけられた罠だったという事を。
「そういやお前もマスクしてなかったのに風邪引いてないな?」
茜は意地の悪い表情のまま、じーっと雪花を見つめている。
「何だっけ?」
茜は雪花の前に回り込んで歩みを止め、上目遣いに雪花を見上げる。
「なぁ、雪花」
「うぅ……」
その茜の意地悪な表情は小悪魔的でそして魅惑的だった。
雪花は悔しさもあったがその可愛さに顔がにやけてしまう。
「な、なんでニヤついてんだ? 風邪でもひいたか? 顔も赤いぞ?」
「な、何でもない! そう言えば今日は何処か見て回りたい所ないの?」
まだ見て回っていないところはたくさんある。
茜が何かやりたい事や興味を持つ科目があればそこを重点的に回るのだが、茜から希望が出てこないのだ。
だから改めて雪花は尋ねたのだが、茜は学校以外の場所を指定してきた。
「唯の孤児院に行きたい」
「え? 孤児院? なんで?」
「ちょっと遊びに」
茜は唯の事が好きだという事は雪花は知っている。
だからそんなものかと、雪花は頷いたのだった。
「じゃあ私は実技あるからそれ終わりで行く? 昼ぐらいには済むし」
「それで頼むよ」
茜は雪花と約束を取り付け、学校の正門までは一緒に行動し、そこで分かれた。
先日あんなことがあった為、雪花にまでいじめの被害が及ばないようにする為だ。あの程度であれば雪花や剣の手を借りる事もないと茜は判断したのだ。剣は風邪で休んでいてどの道いない。
すると正門を通って早々、ジュリナの手下と思われる女子生徒が二人、待ち構えていた。
「あ、青髪の子だ」
「来たのね。面倒くさいわぁ」
二人共、腕を組んで茜の前に立ちはだかる。
見下すような視線はただ茜の背が低いからだけではないだろう。
一人は茜と同じようなふわふわの髪。目もくりっとしていて普段はほんわかしてそうな女子生徒。茜を睨みつけるものの、慣れていないのだろう、その目に迫力は無い。
もう一人はショートヘアの活発そうな女子生徒。こちらの迫力は一般生徒を脅すのであればそれなりだろう。
「どうして私達が来たか分かるでしょ?」
「ちょっと顔かしなよ」
以前茜を追いかけていたような派手な女子生徒ではない。ジュリナの取り巻きは皆派手だったが二人共、日和の国特有の黒髪で清楚だ。
「やれやれ……どこへ行けばいい?」
どうせ昼まで茜は暇だ。
だからどこに行って何をされるのか、茜はついて行ってみる事にした。
そして人通りの少ない校舎裏に到着するや否やショートヘアの活発そうな女子生徒が口を開く。
「よくあれだけされて学校に来れたわね。あんた、どれだけ神経図太いの?」
これは茜の予想通り。脅して唯と同様、学校に来ないように仕向けようとしているのだろう。
「もう来なくなったと思ってたのに」
続いてほんわかしていそうな女子生徒も口を開く。
二人はジュリナに茜を見張るよう、命令されていたのだろう。
茜は以前、ジュリナに追いかけまわされて殴られたり、丸坊主にされそうになっていた。登校拒否になっても不思議ではない仕打ちを受けたのだ。女子生徒がそう思うのも無理もない。
だが茜が休んでいたのは他の理由だ。
「ちょっと海に落とされてさぁ、風邪引いて休んでて」
「え? そうなの? 大丈夫だった?」
「うん、おかげさまで」
「良かったね。風邪治って」
「ありがとう」
「いえいえ」
ほんわかしてそうな女子生徒は自分の役割が分かっていないのか、それとも慣れていないだけか、脅す標的である茜を心配してくれる。それに茜も笑顔で答えるとその女子生徒も笑顔で返してくる。
だがもう一人の活発そうな女子生徒は呆れるように手をぶんぶん振ってほんわか女子生徒を牽制する。
「いやいや……そうじゃないでしょ春子!」
「あ、ご、ごめん夏子」
心配してくれる女子生徒は春子、そして突っ込みを入れるもう一人の女子生徒は夏子というらしい。
「それで君達は? 私に学校に来るなって言いに来たの?」
「まあね。私達もこんな事したくないけどさぁ」
夏子は溜息がてら愚痴るように事情を話し出した。
二人はやはりジュリナに見張りを強要されていたらしい。学校に茜が登校して来たら脅し、不登校になるように仕向けろとの事だった。
全く几帳面にイジメる奴等だと、それを勉学に生かせと茜は呆れ顔だ。
「でもあんたもあんたよ。よりによって人気No.1の雷地君に手を出すって手が早すぎ。雷地君もまんざらでもなさそうだし、やっぱり美人はいいわよね!」
続いて夏子の愚痴が僻みに変わる。
手を出してきたのは雷地なのだが、それを指摘すると激昂してきそうなので茜は言わない。
「美人でもこうやって女子に絡まれるのは正直しんどいかな」
と、茜は率直な意見を疲れたように吐露する。
元男である茜にとって仲良くしたいであろう女子生徒に不満をまき散らされたり脅されたりするのは辛い所。しかも寄ってきてほしくない男は好奇の視線を向けてくるのだからやってられないだろう。
「その代わりイケメンが寄ってくるじゃん!」
「そうよ! 剣君やら雷地君やら」
「え? 剣の事知ってんの?」
ここで腑に落ちない一言に茜が反応する。
テレビに出ている雷地は別として、何故たまにしか来ない剣の事を知っているのか。
「当然よ! ハーフでイケメンだし、背が高くて筋肉もあるし!」
「寡黙でクールだし」
二人は「ねー」、と声を掛け合って同意見であることを確認する。仲がいいようだ。
確かに剣はハーフで背は高い。更に筋肉質ではある。だがイケメンだという事に茜は同意できなかった。加えてずっとコンビを組んできた茜としては寡黙である事は認めるものの、あれをクールと呼ぶ事には抵抗がある。
だから茜は眉間に皺を寄せて不満げな顔。そして頬を膨らませ一言。
「剣も雷地もイケメンではないと思う」
とほざくのだった。
傍にいる期間が長かったからか、茜から見て剣も雷地もイケメンの部類に入らないらしい。
「イヤイヤどう見てもイケメンでしょ? ねぇ、春子!」
「うん。あなたを守る剣君、格好良かったぁ~」
「あー、あれね! 私も、お前は俺が守るっ、って言ってもらいたい!」
どうやら登校初日にジュリナの魔の手から茜を救った場面を見られていたらしい。
それは茜にとっても恥ずかしい場面だ。茜の白い肌が少しだけ赤く染まる。
「バレてたか……でもそれって色眼鏡入ってると思うんだよな」
「え? どういうこと?」
「イケメンはイケメンでしょうがっ」
「例えばだ」
茜は校舎裏から多くの生徒が入って来る正門の方へ二人を連れて戻る。
「ほらあの男子生徒見てみろよ」
茜が校舎の影からなんてことない一般の男子生徒を指さす。
「それが?」
「どうしたってのよ?」
「イケメンだと思う?」
それに春子は「全然」と辛辣に、夏子は「普通……より少し下かな」とこちらも辛辣だ。
「実はあの男子生徒、大企業社長の息子なんだ。どう思う?」
「イケメンね」
「全然有りだわ」
「君達の色眼鏡、黄金か何かで出来てんの? ちゃんと見えてる? ちなみにあの男子生徒の事は全然知らない」
二人の期待以上の変わりように茜は今時の女子生徒の怖さを知ったのだった。
「でもまあ、そう言う事。ハーフって色眼鏡と有名人っていう色眼鏡で見ているだけさ」
二人とも何だか深く納得したようで頷いている。
「それにイケメンって君達が思ってる程いいものじゃないと私は思うんだ」
「へ?」
「そう?」
三人は中庭のベンチに座ってしばらくの間、イケメンの是非について語り合ったのだった。
「という事で浮気もするし王様気分でうざいイケメンは根絶する事を私は提唱する!」
「私は反対よ茜ちゃん! イケメンは必要よ! 目の保養よ! そうよね夏子!」
「う、うーん……私は浮気されたしなぁ。そしてイケメンを多く経験しているであろう説得力の塊、茜さんに一票よ!」
そんなこんなで話は盛り上がり、仲良くなったところに、実技を終えた雪花が中庭にやって来た。
「何やってんの、あんた……」
茜は雪花と合流し、春子と夏子と別れたのだった。
「今度はイケメン全員丸坊主論についてだからな~」
「はいよ、じゃあ春子行くよ!」
「うん、またね茜ちゃん~」
そして茜と雪花は唯が待つ孤児院へ向かうのだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!