男の言葉に助手席に乗っている女も大口を開けて驚いているので間違いではないだろう。
今茜の横に座っている男は自称セブンアイズの創始者らしい。
「気軽にシェリオと呼んでくれたまえ」
助手席の女の芝居、という可能性もなくはない。偽情報を掴ませて代わりに何か聞き出すつもりかもしれないのだ。
茜はそうなる前に出来るだけ情報を引き出すことにする。まずはセブンアイズの創始者と名乗ったことについてだ。
「シェリオさん……は本当にセブンアイズの創始者なんですか?」
「そうだよ」
重要な茜の問いにシェリオは羽のように軽い返答。
茜は騙されているのだと思う。
だがシェリオ本人からは茜を騙そうとする雰囲気がまるでしない。むしろ真実を茜に明かし、その反応を楽しんでいるよう。実際にその目は茜を油断なく注視している。
セブンアイズは六十年よりも前に作られた組織。だがシェリオはどう見ても二十から三十代といったところ。
やはり騙されているのか。茜はそう感じ、一瞬不快な顔を出した時だった。シェリオが噴出したのだ。
「ふっ……あははは、見たかいルカ、エイジ。美人が驚き、疑念を感じ、ふてくされる様を。とても妖艶で、美しさに拍車がかかるね」
シェリオは茜を嘲笑するでもなく、ただただ楽しそうに笑った。
だから茜の不快な表情はあっけにとられ、そして困ったように笑うしかない。
だがそれをよく思わなかったのが助手席にいる女。恐らく彼女がルカなのだろう。声を張り上げて笑うシェリオを𠮟りつける、
「何を言ってるのですかシェリオ様! 本名まで明かして! 創始者とかバラしちゃってるし! エイジも何か言ってやって!」
果たして運転手の男がエイジだった。
だがエイジはミラー越しに茜を見て一言だけ。
「確かに美人だな。だが俺は笑った顔が一番好きだ」
そんな誰も聞いていないような感想にルカが怒り、運転中のエイジの肩を殴りつけ悪態をつく。
そしてルカの慌てようからシェリオの言葉の真偽が分かるというもの。
「本当みたいですね……」
これが本当だとするとセブンアイズのメンバーは歳を取らないのか。
そんな疑念が渦巻く茜。
「すまない、このサプライズは秘密裏に準備した誕生日パーティーと同じ意味合いだ、と思って見逃してくれたまえ」
「はあ……でも名前を明かしてよかったんですか?」
ルカを見ると、良い訳がないだろうと茜を睨みつけてくる。
だがシェリオはさらりと流し気にしないふり。
「君は大丈夫だと思う」
そしてシェリオは茜にぐっと身を寄せ、顔を近づける。
「で、でも見えないんですよね?」
詰め寄ってくるシェリオに茜は仰け反りながらそんな事を言う。
セブンアイズは全てを見通す力を持つ。だが茜は大きな力を持っている為見透かせない。ならばその根拠は、と。
「これは僕の……男の勘さ」
と、そこに何の根拠もない事が分った。
だがシェリオは決め顔。それをエイジに「美人に弱いだけだろ」と言って笑われていた。言われたシェリオも「確かに」と、また笑い返す。
セブンアイズは武力を元に行動する荒くれ集団だと茜は思っていた。だが仲は良いようだ。
「しかし君は美人に加えてミステリアス、そして思慮深い。流石はファウンドラの人材だ」
「ミーハーだけどな」
エイジが重ねて言う。
するとシェリオは茜との距離を詰めてくる。茜が身を仰け反らせて後退る程に。
「え? な、なんですか?」
やがて茜はドアに背をつけ、退路を阻まれるように追いつめられた。
「何より不可視な領域が君の魅力を更に加速させている。どうかな、この際セブンアイズに加入してみては?」
「え? 何言ってんですかシェリオ様! まだ子供ですよ!?」
そこへルカがシェリオに考え直せと警告する。
しかしシェリオの体はその間にも更に茜に寄せられていく。
「誰でもいいというわけではないさ。僕達は常に一流の人材を求めている」
あまりにも近い為、茜は両足を浮かせて曲げて防御の姿勢を取る。
「だから君に対してセブンアイズの門戸を開いただけさ」
とはシェリオの名前を教えたり創始者という情報を茜に与えた事がセブンアイズの門戸を開いたという事だろう。
そしてさらにシェリオは茜に詰め寄って来た。
「ちょっと、近い過ぎるのでは……ひっ」
と、茜が小さな悲鳴を上げたのはシェリオが茜が浮かせた右太ももに手を置いたからだ。
茜の中身は男。ニーハイソックスを履いているとはいえ触られるのはやはり気持ちが悪いのだろう。
「ちょっと、その……シェリオさん?」
シェリオの手は更に茜の細く柔らかな右太ももを抱えるように手を回す。そしてニーハイソックスがカバーしていないすべすべの白い太ももにシェリオの手が触れた。更にその手は止まることなく、太ももの内側に手は伸びていく。
「ちょ、ちょ、まって」
茜は焦った。
ただのセクハラ男であれば顔面を蹴り飛ばす所。だが生憎目の前にいるのはセブンアイズの創始者を名乗る男。軽々しく蹴り飛ばせない。
茜はシェリオに忠誠を誓っていそうな言動をするルカに助けを求めるように視線をやる。
「る、ルカさん!?」
だがルカは手で目を覆い顔を赤く染めている。
「なんで!?」
ルカも見た目は二十代前半といった所なのだがこの光景を見てるだけでその反応は初々しすぎる。確かに女子高生の太ももを腕に抱えて更に手をスカートの中へ滑り込ませようとする光景は艶めかしいものがあるのだが。
茜はルカにすぐ見切りをつけ、運転手のエイジに助けを求める事にした。
「エイジさん!? この人を何とか――」
「犯罪組織の車に乗って来たのは君だろ? こんな事になるって予想しなかったのか? 思慮深い妖艶な美人さん」
などとエイジはほざく。
思慮深い、それを茜自身が言ったのであれば煽り文句にもなるがそれはシェリオが言った事。
茜は理不尽な何かを感じつつ目の前のシェリオに視線を戻す。
「という事さ。どうだい? セブンアイズへ」
茜を助ける者はもう誰もいないという事らしい。
そしてセレナの言葉を思い出す。セブンアイズは犯罪組織だと。
「そ、それ以上奥に進んだら……」
「進んだら? その曲げた細い左足で僕を蹴るのかな? それもまた一興」
茜の脅しにシェリオは動じずそんな事を言ってくる。
だから茜は望み通り左足で顔面を蹴り飛ばし、車から脱出しよう。茜はそう決意した。
茜の体は現在少女の姿。更に見た目通りの力しかない。相手はセブンアイズの自称創始者。レゾナンスの可能性も十分ある。力では勝つことが出来ない。
更に車の中では青桜刀も振り回せない。ショットナイフもネックレスにつけてはいるが発射式の為、拳銃くらいの大きさがある。この近距離では不利だ。
シェリオの手がスカートに触れる。
脱出の合図だ。
「だがそれは僕の趣味ではない」
「いっ!?」
茜その時、何やら刺すような痛みを右太ももの内側に受けた。
見ればシェリオの手はスカートの中に入るか入らないかの位置。茜はそこですっと指をなぞられたのだった。
「動かないで」
とシェリオは不敵に笑い、更に指をなぞっていく。
見れば何やら右太ももの内側に一筋の赤い線が引かれていた。
恐らく手榴弾の破片がかすったのだろう。薄皮が切れて少しだけ血が滲み出てきている。
駅で茜が股間を強打した時に中年男性の頬に血がついていたのもそれが原因だろう。
そしてセブンアイズの創始者であるシェリオはやはりレゾナンスだった。ヒーリングで茜の内太ももについた傷を治してくれているのだろう。
かくして、全ての治療を終えるとシェリオは手を放したのだった。
「あ、ありがとうございます……」
茜は素直にお礼を言ったのだが、それを聞いたエイジが大笑いしてきた。
「いやいや、ありがとうございますじゃないだろ。そいつがやった事は立派なセクハラだぞ、お嬢さん」
それに確かにそうだと、シェリオも笑いだす。
「いつ顔面を蹴られるかと冷や冷やしたよ。ただそれ以上の収穫はあった」
「しゅ、収穫?」
収穫とは何の事なのかと茜は疑問に思った。
セブンアイズはセクハラの最中にも何か情報を読み取っていたのかと。
だが次のシェリオの言葉に茜は憤りを覚えるしかなかった。
「君の太ももがとても柔らかかったという事さ」
「やっぱセクハラじゃねぇか」
シェリオとエイジは言ってまた笑う。
それに茜はただ眉間に皺を寄せてシェリオを睨みつけるだけ。
「とっとと自首して豚箱行ってこいよ」
「僕達はセブンアイズ、そんな事で捕まるとでも――」
「シェリオ様……創始者たるあなたがセブンアイズの格式を下げないで下さい……」
等とシェリオは言われたい放題だ。
「あの、それで……そろそろどいてもらえると嬉しいのですがねぇ……」
と、怒りと困った顔を併せ持つ茜。
太ももから手は離れたものの、依然シェリオは茜の眼前に迫っている。
「まだ君は質問に答えていない」
シェリオは茜にここぞとばかりに詰め寄った。
茜は窓際に押し付けられて困り顔だ。その困り顔の茜にシェリオは爛々と輝かせた目で見つめてくる。
「君さえよければ」
「あの……一度上司と相談させてもらえ……ればっ」
茜は気後れしながら、そんな道に逃げ込むのがやっとだった。
何故ならシェリオの顔が更に茜に近づき、前髪同士が当たるくらいになっていたからだ。
「良い返事を期待しているよ」
その時、車が止まる。
続いて背後のドアが開かれ、支えが無くなった茜は転げ落ちるように社外へ。
「シェリオ様!」
それはルカが後部座席のドアを開いたから。
転げ落ちる茜をルカが支えてお姫様抱っこし、シェリオから遠ざける。
「近すぎます!」
「あ、ありがとうございます。ルカさん」
助け出してくれたルカに感謝する茜。
だが何故かルカは間近で茜を見下ろしながら睨みつけてくる。
だがその顔色が少し赤くなっていく。
「た、確かに少し……いえ、かなり可愛いですが……」
「え?」
と、茜に対して顔を赤く染める。
もしかしたらルカは可愛いものが好きなのかもしれない。
「あ、いえ、だからと言ってシェリオ様を誘惑しないで頂きたいです」
「いや、私は何も……」
「シェリオ様は女好きなので、あなたのように可愛らしい子は危険なのです」
「は、はあ」
そしてそこは丁度寮の前だった。
多くの生徒が寮に戻ってきている所。
ルカに抱かれた茜は皆の注目の的だ。
「で、では、我々はこれで」
ルカは茜を降ろすと、さっさと助手席に帰って行ってしまった。
茜はまだ開かれている車の後部座席からお礼を言う。
「エイジさん送ってくれてありがとうございました」
「ああ、またな」
エイジは手を振って茜を送り出す。
「ルカさんも」
「はい、また」
そして最後に、茜にセクハラまがいの治療を施したセブンアイズの創始者シェリオに睨むような視線を向ける。
「それと変態の――」
「シェリオだ。ではね」
こうしてセブンアイズは茜に手を振られて去っていったのだった。
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