茜達は一路、浮上した島へ向かう。フォンが運転し、島を眺める為にキリカとルーク、ルココは前へ。
茜は後方でツクモ、そしてエドガーに連絡し一足先に島に向かうと伝えておく。
ツクモとエドガーは両者大騒ぎし、はしゃいでいた。
中でもツクモは別格で大きな地震にあたふたしていたようだが、茜の報告で島を見るや否や大はしゃぎして喜び騒ぎ喚いて何を言っているか分からない程。雪花に聞けば三秒に一度ガッツポーズをしながら急いで資料などを片付けていたという。
そして剣は漁に出ていて連絡が取れないらしく、置手紙をしていこう、という事になったらしい。
漁から上がれば皆がいない。まるでゆでだこになった茜を置いて行った時のような状況。
「ふふ」
ざまあみろと剣達に置いて行かれた茜はニヤついてスマコンを切るのだった。
その時、茜は気づく。船の後方から一隻の船が近づいてくるのを。
「あれは……」
浮上した島まで残り一キロと言ったところ。一隻の白い船が高速で茜達に追いついてくる。
茜達が乗っている船の用途は漁。その為、速度は時速四十キロ程しか出ず、更に所々塗装が剥げて腐っていたりするボロ船。だが追いついてくる船は観光客を乗せて遊覧する目的の船。高速で移動でき、更に大きい。最高速度は優に時速百キロは超えるクルーザーだ。
クルーザーは茜達が乗る漁船の斜め後ろに位置取り、スピードを落として追う格好になる。
『そこの漁船! 止まれ!』
そこに拡声器でそう警告してくる。
「茜様、あれはバンカー王国の船ですかね!?」
風を切る音で聞こえにくい為フォンは大声で叫ぶように茜に尋ねる。
「そうならいいですけど!」
大方浮上してきた島に気づいてやって来た警備艇だろうとフォンは予想したらしい。
危険だから民間人は近づかぬように警告しているのだろう。
だが茜達にはバンカー王国から派遣されたマリーがいる。バンカー王国の公務ならマリーに連絡を取れば障害にはならないのだ。
「フォンさん、無視してこのまま行きましょう!」
「承知しました!」
島まで後一キロ程度。着岸してから釈明しても遅くはないだろう。
茜はそう考えフォンに命令し、一路島に向かう。
そんな茜達を見かねてか、クルーザーから一人の男が甲板に姿を現した。
それを見て茜は瞬時に青桜刀を出現させ構える。
「え? 茜様!? どうされました!?」
ただ事じゃない茜の様子にフォンは驚き尋ねる。
バンカー王国の船であれば出てくるのは白い肌に赤毛のディアン族である筈だった。だがその男は金髪に白い肌。そして長袖長ズボン。腰には拳銃。
更にその男は見た顔だった。
昨日、地下水路でキリカ達を捕まえに来た男であり、茜が手を斬り落とした男。キックス犯罪集団の一人だったのだ。
茜と目が合うや否や男は顔中に皺を寄せて睨みつけてくる。
「あーあ、あれは相当怒ってるなぁ……」
当然、茜も手首を斬り落とした相手の事は覚えている。
斬り落とした手は断面が綺麗であればヒーリングが使えるレゾナンスにすぐ治してもらえる。だが地下水路という不衛生な場所ではそのままくっつけるわけにはいかないだろう。
「痴情のもつれかなにかですか!?」
「手は切った筈なんだけどなぁ」
という茜の溜息交じりの言葉は間違ってはいないのだが、運転に集中しているフォンにはまた別の意味に捉えられているに違いない。
「あの青髪っ……ぶっ殺してや!」る
茜の姿を確認したからか、その男の治った手には長い筒が。先端には楕円形状の弾頭。
「フォンさん! RPG出てきました!」
「はい!?」
RPGとは先端に推進力のある爆弾を付けて飛ばす砲の事。当たれば戦車でもただでは済まない。それがこんな小さくボロな漁船に当たったとなれば跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
「手切れ金にしては額がでかすぎやしませんか!?」
「モテる女は辛いねぇ」
茜はそうやって呟き、ニヤリと笑う。
どうやら男は茜の事を覚えていたらしい。
青い髪の美少女などそうはいない。更に茜の手には刀が握られているのだ。すぐに分かったのだろう。
だが出合い頭にRPGとは。昨日の事で茜に恐怖を植え付けられたのか、それとも屈辱を味わったからか。出会い頭に手を切り落とす茜も茜だが、どちらにせよあまりにも節操がなさすぎる。
「なになに? なにかあったの?」
「どうかしましたか? 茜さん、恋バナですか?」
拡声器による警告と痴情のもつれにルココとキリカが何事かと移動してくる。
「ルココ! 身を低くして下がってろ!」
茜は言うとその視線の先にルココが目を向ける。
「ええ!?」
ルココは男がこちらにRPGの砲口を向けている事に気づいてキリカ達を急いで下がらせる。
「茜様! 何かに捕まって下さい! なんとか蛇行して外してみます!」
RPGの照準から船を外す為、フォンは蛇行しようとハンドルを切ろうと手を持ち替えた。だが信じられない言葉を茜が吐き出した。
「必要ない!」
「ええ!?」
「真っ直ぐ揺らさないように運転して下さい!」
「し、しかし!」
正気なのかと、フォンは茜を見る。
だが茜は振り向かない。青桜刀は鞘に納められ抜刀の構えでじっと止まっている。
ここでフォンは何故か不思議な感覚に陥った。
青い髪と真っ白なワンピースをなびかせる茜の小さな背中がとても大きく感じられたのだ。
「あ、茜様!?」
「自分の尻くらい自分で拭けます!」
そしてやっと茜は顔だけフォンに向けてウィンクする。
茜はに何か対抗手段があるらしい。
フォンはそんな茜の言葉を信じていいか決めあぐねていた。
確かに茜はルココが信じた友人であり、フォンも信じるに足る人物だとは思っている。
だがフォンの仕事はルココを守る事。茜を信じるという事はルココの命を茜に預ける事になる。
そんな無責任な事をしていいのか。
一般の少女の茜に任せていいのか。
そんな言葉をフォンは自問自答する。
だが一般の少女というには茜はあまりにもかけ離れすぎている。可愛さもそうだが昨日のスカイダイビング、そして共鳴力抜きでルココに勝ったという手腕。更に獄道組関連の隠された秘密。
「尻を爆破される確率を伺っても!?」
茜は不敵な笑みを浮かべて一言。
「ゼロ」
そう言いきってフォンに応える。
「承知致しました」
フォンは静かに茜の言う通り、ハンドルを固定する。
それを確認して茜は「ありがとうございます」と一言。そして向き直り、クルーザーの上から不敵な笑みを浮かべてRPGを向ける男を睨みつける。
漁船は左右への動きを止め、一直線に島を目指す。
その斜め後ろにピタリと付けるクルーザー。その甲板から男が肩に載せて構えるRPGの砲口は茜達の乗る漁船を確実に捉えた。ハンドルを固定した漁船はいい的だろう。
「死ね!」
次の瞬間、男が構えたRPGから灰色の煙が吐き出される。
男の髪や服が爆風で揺れ灰色の煙に包み込まれた。
続いてくる破裂音。
更に白煙を描きながら漁船に向かう一直線の弾頭。
茜は既に鞘を滑らせて抜刀していた。
だが放たれた弾頭は茜のすぐ横をすり抜け船へ向かっている。
このままいけば船へ直撃コースだ。
だがその瞬間、茜は反転し青桜刀で弾頭の尻の部分を叩き上げた。
「なにぃ!?」
男は驚き、口と目を見開いてその弾頭の軌跡を目で追う。
一発の金属音と共に弾頭がクルクルと回転し漁船を逸れて前方へ。
「や、やった!」
フォンは発射音にびくついて身を低くしてその成り行きを見守っていたが茜の神業に小さくガッツポーズ。
だがそれで終わりではない。
クルクルと回転したRPGの弾頭は海に落ちる直前でコントロールを取り戻した。直後、進行方向を変え空に向かって登っていく。
南国の島の青い空を、なだらかな白煙の弧を描いて。
半円を描くような弧を描いた先には海を走るクルーザーと目を丸くした男。
「や、やば――」
然るべく、その弾頭はクルーザーの先に激突し、けたたましい爆発音と振動。
空気が揺れて海が揺れ、クルーザーは木っ端みじんに砕け散った。
これはファウンドラ育成プログラムの必須科目となっている。これが出来なければトップエージェントにはなれないのだ。
「さ、流石です……茜様」
「尻は死守しました」
茜が手の平を砕け散ったクルーザに向けてそんな一言。しつこく付きまとった男の末路が爆散だと。
確かに茜にしつこく付きまとった男もいじめをしたジュリナも悲惨な末路を辿っている。
「あはは、可愛い小尻でござ――」
「うわっ」
一難去ってまた一難とはこの事だった。
突如フォンが漁船のハンドルを切ったのだ。
「ど、どうしたフォンさん!?」
バランスを崩した茜は危うく海に投げ出される所。
だが茜は必死に船にしがみついて難を逃れる。
茜は泳げない。その為少しヒヤッとした。
危なかったと海を見つめる茜の耳に飛び込んでくるのは空気を削るような轟音。
「茜! 竜巻よ!」
突然ルココがそんな突飛な言葉を叫ぶ。
先程まで島を視認できるほど晴れ渡っていたのに何を言っているんだと、茜は船の前方を見る。
「はぁ!? こんなに天気がいいのに竜巻なんて発生するわけが――」
すると巨大な竜巻が多数、島を取り囲むようにうねうねと轟音を響かせて踊っていた。
「まさかこれはっ」
茜は思い出す。
ツクモの言っていた「強固なる防壁」という言葉を。
何が防壁なのか茜には分からなかった。だから近づけば分かると思っていたのだ。
「防壁が……竜巻だなんて!」
だがそれが竜巻だとは思いもよらなかった。
「皆さん掴まって下さい! 離脱します!」
フォンがハンドルを更に切って距離を取ろうとする。
だが船は急に曲がれない。すぐそこで渦巻いている風の壁に今にも接触しそうな位置。巻き込まれればこんな小さなボロ漁船、軽く宙に巻き上げられてしまう事だろう。
「待って下さい! ルークが!」
船の前方では大変なことが起こっていた。
フォンが突如舵を切ったせいだろう、ルークが漁船の縁に手をかけて落ちかけている。
ルークの体は軽い。海にではなく、宙を浮いて今にも竜巻に吸い込まれそうになっている。
「ルーク!」
キリカがルークを助けに行こうとするがそれをルココに抑えられる。
「駄目よ危険だわ!」
ルココもキリカも船に捕まっていないと吹き飛ばされそうな風速。
船もこのままでは危ない。舵を戻せば全員巻き込まれてしまう。
「放して! ルークが!」
このまま竜巻から離れるまでルークの握力が持つことを祈るしかない。今キリカが出て行けば吹き飛ばされてしまうのはキリカ自身だ。
「ルーク! しっかり掴まってなさ――」
ルココがルークに捕まっているよう声を掛けた時だった。
「あっ……」
「ルーク!」
短いルークの悲鳴。
そして嘆きと涙を滲ませた、ルークを叫ぶキリカの悲痛な声。
竜巻に向かって飛んでいくルーク。
それを追おうとするキリカと、それを止めるルココ。
ルココはそのキリカを掴んだ手を放すべきなのかと顔を歪めて見つめている。
だが今手を放せばキリカはルークを助けに飛び出してしまうだろう。そうなれば犠牲者が二人になってしまう。
二人犠牲になるか、それとも一人を救うか。ビジネスライクにいけば一人を救う事を選ぶだろう。
だから、ルココは再度キリカの暴れる手を強く握った。
「放して!」
「駄目よ!」
キリカとルココのやり取りのすぐ後だった。
茜の声。
「ルココ!」
「え?」
「その手を放すなよ!?」
舵を切るフォンの横、そしてルココとキリカのすぐ横を茜が走り抜けていく。
そして少しの躊躇もなく、茜は漁船から宙に飛び出した。
茜もルーク程ではないが軽い。更に風の影響を受けそうなワンピースを着ている。
白いワンピースをはためかせ、茜は風に乗ってルークに向かっていく。
「ルーク!」
茜がルークの名前を叫ぶ。するとルークは茜に向かってほぼ反射的に手を伸ばした。
見ればルークは涙を浮かべて半べそ状態。それを安心させるように茜がルークに微笑んで近づいていく。
「あ、茜おね……うぅ」
「安心しろ!」
茜はルークの手を見事掴み取る。
「私がいる」
「うん……」
そしてもう片方の手にショットナイフを出現させた。トリガーがついているナイフでワイヤーのついている刃を飛ばす事が出来る。更にトリガーを引くことでワイヤーを巻き取ることが出来るのだ。
風が吹き仕切る中、その剣先を漁船に向けて茜は放った。
「よし!」
茜の放った刃先は船の縁に命中し突き刺さった。その刃には茜が掴んでいるトリガーと繋がっているワイヤーが張られている。
後はこのワイヤーを巻き取るだけだ。
「ルーク手を放すなよ!」
「うん!」
茜はトリガーを引くと二人は空中から船へ引き寄せられていく。
「ん」
その時茜の呻くような声が喉をついて出てしまう。
「え? 茜おえねさ――」
「キリカぁああ!」
「へ?」
キリカを呼ぶ茜。
ルークを掴んだ茜を唖然と見ていたキリカははっとして涙を拭い、再度茜を見る。
「はい!」
「ルークを頼む!」
そう言って茜は思い切りルークを船に向かって放り投げた。
ルークは一回、二回と回転してキリカ達へ突っ込んでいった。それをルココとキリカが抱き留める。
「ルーク! 良かった!」
「う、うん」
抱き合う姉弟を見てほっとするルココ。
後は茜だけだと宙を見る。
とほぼ同時、木が折れるような嫌な音。
見れば横に刺さったショットナイフが木片と共に放れた宙に舞う光景。
「う……そ」
ルココの短いそんな言葉。
その漁船はボロく、縁が腐っていたのだ。
ショットナイフが抜けてしまう。そんな異変を感じた茜が抜けてしまう前にルークを投げてよこしたのだった。
「茜!」
ナイフと共に茜は竜巻の風に掻っ攫われ、姿を消してしまったのだった。
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