光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第130話 ~仮面の男と茜~

公開日時: 2023年11月1日(水) 18:41
更新日時: 2023年12月29日(金) 15:31
文字数:3,682

 

「う……ん」


 茜はベッドの上で目を覚ます。

 隣のベッドは誰もいない。


「あれ……どうしたんだっけ……剣と風呂に入って」


 剣と一方的な長風呂勝負をして限界が訪れ、そこからの記憶がない。

 ベッドに寝かされている事からそれからの経緯は大体予想がついた。

 

「はぁ……ん?」


 ベッドの横に置かれたサイドテーブルにはメモ用紙に書かれた手紙。


「依頼をこなして来る。長くても三日で帰るから大人しくしてろ? ……あいつらっ……」


 置き去りにされた事に怒りを覚える茜だが時間を見るともう昼を過ぎたあたり。

 茜が剣の立場でも置いていくだろうなと考え、溜息をついて諦める。


「何すっかな~」


 突如暇が出来てしまった茜。

 何処か行こうにも剣や雪花はいない。一人でぶらぶらするのもいいが昨日のバーでは雪花が良くナンパされていた。それが茜であれば一体どれだけ声を掛けられるのか。考えただけで出かけるのが億劫になる。


「そう言えば……」


 茜はある対策をして出かける事にした。一人でホテルを出て街を歩く。

 少し歩けば砂浜と海。そこには大勢の観光客で賑わっている。

 砂浜に寝ころび体を焼いている者、海で泳いでいる者。沖合では水上バイクに引かれるバナナボードに乗っている者も。

 そして何処からともなく音楽が聞こえてくる。

 様々な音楽が聞こえてくるので奏でているのは一つのグループではないだろう。

 軽快な音楽が鳴り響き、南国の雰囲気に高揚した気分をさらに盛り上げる。

 心が躍れば自然と体も踊りだす。それにつられた他の観光客は刺激され、また誰かがつられて踊りだす。

 そこに美女が居ればさぞ盛り上がるに違いない。だがその美女は存在を消している。

 それはある物を着用したから。

 

「これさえあれば無敵だな」


 そのある物とは南国の強い日差しを遮る麦わら帽子だった。顔が見られないくらいにつば広の麦わら帽子。

 茜は背が低い。だから自然と視線は上から振って来る。つまり話しかけてくるであろう男の視線は全て防ぐことができるのだ。

 そんな賑わいを見せる中、海に面したとある広場に出た。

 その広場をカフェや食べ物屋、土産屋が取り囲むようにして乱立している。

 広場の真ん中には噴水があり、そこから海側へ出っ張ったテラスのような場所があった。そこには誰にも弾かれていないピアノがポツリ。

 恐らく海専用のストリートピアノだろう。いつでもだれでも引くことができるピアノ。

 だが弾けば否が応でも人目についてしまう。しかもこんな観光客の多い場所で弾ける勇気のある者はいないだろう。


「ん?」


 そこで茜はとある二人に目が留まる。

 周りは昨日出会ったマリーと同じ、赤毛と色白の肌が多い。彼らはディアン族と呼ばれるバンカー王国の先住民族だ。

 だが茜の目に留まったのはその二人が褐色の肌に黒い髪だったから。バンカー王国のもう一つの先住民族、ギカ族だ。

 一人は少女で茜と同じくらいの背丈。もう一人は少年で茜よりも少し低いくらい。恐らく姉弟なのだろう。どちらもよれよれのTシャツに短パン、そしてぼろのサンダルを履いている。

 少女は道行く人と目を合わせようときょとよとと視線を動かしている。少年は俯いて何だかつまらなそうだ。


「あいらぶ、あいすくりーむ?」


 と、茜が口に出して読んだその言葉。

 それは少女の持っているダンボールに簡易語でそう書かれていたのだ。そして少年の手には空き缶が握られている。

 「成程」と、茜はポケットから五ウルド硬貨を取り出した。


「これ」


 と、茜が五ウルド硬貨を手に少年の前に立つ。

 少女は訝し気に、少年は口をぽかんと開けて見上げてくる。


「どうぞ」

「これで食え」


 茜が少年の持つ空き缶の中に五ウルド硬貨を入れたとほぼ同時。

 もう一枚、五ウルド硬貨が舞い込んで来た。


「え?」

「ん?」


 茜が見れば隣には山のように大きな男。

 脚はごてごてとしたブーツと紺のズボン。上半身にはよれよれのワイシャツ。

 茜は自分の麦わら帽子の広いつばで顔が良く見えず、更に首を傾げるとそこには少しびくついてしまう程の光景が。


「か、仮面っ?」


 驚く事に、その男の顔には鼻まで覆うような仮面が装着されていたのだ。

 しかもそれは南国の雰囲気に載せられて、というにはあまりにもみすぼらしい仮面。

 木からそのまま掘り出した様な木製の仮面。その端からはにょきりと芽生えた小さな枝と葉。


「なんだぁ、お嬢ちゃん、優しいな」


 そんな砕けた物腰で茜に話しかけてくる。

 男は黒髪だが肌は少し焼けているものの褐色というには濃さがまだ足りない。ギカ族ではないようだ。


「……おじさんもね」

「おいおい、俺はまだ三十八だぜ? お兄さんと呼びな」

「いやいや十分おっさんだから」


 自分の倍の大きさはある男に気圧されることなく、手を振りながら即刻言い放つ茜。

 それが面白かったのか仮面の男は肩を揺らして大笑いした。


「ちげぇねえ! 度胸あるなお嬢ちゃん! お嬢ちゃんくらいの娘は大抵この仮面を見ると逃げ出すんだがな」


 そりゃそうだろうなと、茜が思っていると少女が頭を下げてくる。

 「あいらぶあいすくりーむ」と描かれたダンボールを閉じて。


「ありがとうございます」


 そんな感謝の言葉に無愛想な顔を添えて。

 もう少し愛想よくできないのかと、茜は苦笑いだ。

 ここではアイスクリームは五ウルド程度。茜が硬貨を落としたところ、空き缶に響く音で中身が空だと分かった。

 だが茜と仮面の男で十ウルド。二人分買えるだろう。


「あ、ありがと……」


 そして少年も茜を見て小さな声でそう言ったのだった。


「何だ坊主、もっとでけぇ声で言わねぇとこのお嬢ちゃんに伝わるものも伝わんねえぞ?」


 仮面の男はごつごつした手を少年の頭に置いてそんな事を言う。

 そんな仮面の男のごつごつした手は少年の頭を扱うには少し粗暴過ぎる。本人にはそのつもりはないだろうが、傍から見たら少年の頭を揺さぶっているようにも見えてしまうくらいに。

 だからそんなごつごつした手を姉であろう少女がすぐさま払いのけた。


「暴力は止めて下さい!」

「え? 暴力? そんなことしてねぇよ!」


 体の大きい男は小さな動作でさえ暴力に見えてしまうのだろう。

 少女は少年を抱きしめ仮面の男を睨みつける。

 茜が見ればその少年は少女に抱き着いて今にも泣きそうだ。

 だから茜は安心させるようにしゃがみ込み、少年を見上げてそっと頭に手を載せてやる。

 そして口を開く。


「よーしよし、お前は何味のアイスが好きなんだ?」

「……バニラ」

「そうかそうか、バニラ美味いよなぁ。私はラムネも好きだなぁ~」


 そう言って茜はワシワシと少年の頭を撫でてやる。

 すると少年は茜の顔を見て褐色の肌でも分かるくらいに顔を赤くした。

 国も民族も違うがここでも茜は美少女の類らしい。

 

「これで二人仲良くアイスクリーム食べれるな」

「……う、うん。ありがとうっ、お姉ちゃんっ」


 仮面の男に言われたからか、先程よりも少し大きな声で茜にお礼を言ったのだった。


「お、今度は大きな声で言えたな坊主!」


 その仮面の男の声に少年はビクつき、少女は少年を守るように抱きしめて一歩二歩と下がって走って逃げてしまった。


「なんでだよ……俺が何をしたってんだ……流石に傷つくぜ」

「子供の扱いがなってないんじゃない? あんた子供いないだろ」


 と、茜は言うが茜も子供がいるわけではない。

 しかし茜は唯のいる孤児院へ遊びに行った際には多くの子供達と遊んでやっていた。だから扱いは慣れている。

 子供達は元気が有り余っているものの転んだり少しでも嫌な事があるとすぐに泣く。だから子供達の扱いは想像以上に難しいのだ。


「子供はいるぜ? 二人も」

「ふーん。意外」

「まあ小さい頃に別れちまってそれきりだがな、あははは」

 

 男は茜の家庭と似た状況だった。

 それを笑いながら言う仮面の男。

 自分の境遇を重ねてしまい、何が面白いのか、と茜は睨むように仮面の男を見上げる。

 だが仮面の男は少し寂しそうな顔。

 そんな顔をされれば怒るに怒れない。茜は面白くないと口を尖らせ視線を下げて口を開く。


「……ならさっさと帰ってやればいいだろ」

「それが出来りゃあ苦労しねえよっ」


 何か帰れない事情があるらしい。

 茜がもう一度視線を向けると仮面の男はもう歩き出していた。


「じゃあな、優しいお嬢ちゃん」

「……早く家に帰ってやれよー!」


 茜がおせっかいを焼いてやるとでかい背中から生えた手がぶんぶんと振られ、人混みに消えて行ったのだった。

 親父が生きていたら兄の雷地は殴ると言っていた。仮面の男の子供も同じ境遇に違いない。


「代わりに私が一発殴っといてやろうかな……」


 茜はそう呟いてまた歩き出す。

 そしてカフェを横切ろうとした直後だった。


「私にお金を使うなと言っておきながら――」


 どこかで聞いた声。


「見ず知らずの子供には簡単にあげちゃうのね」


 茜はその声の方向へ顔を向けて正体を探る。

 というよりもそんな事を茜に向けて嫌味ったらしく投げかけてくる人物を茜は一人しか知らない。

 広場に併設されたカフェ。そのカフェから所狭しと並べられたテーブルとイス。

 そこに座っているのは金髪で紫色のオッドアイを持つ少女。ルココだった。

 茜はルココと目が合い、そしてそのまま歩いていく。


「いや、止まりなさいよ!」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート