翌日、軽く朝食を取っていると茜達の宿へキリカとルーク、そしてエドガーがやって来た。皆Tシャツに短パンというラフな格好で。
それぞれソファに座りながら、茜達が泊まっていた宿で作戦会議だ。
まずはバンカー王国から出土したチェントロ遺跡の壁画に書かれていた「鍵は鍵穴から見定めろ」という言葉についてだ。
茜はよくわからなかった。鍵穴に鍵を通して回し、開いた先に宝があるはずだ。そこに鍵があるとはこれいかに。
そんななぞなぞのような言葉にツクモは素直に分からないと言っていた。ディアン族であるマリーも何も言及していなかった為分からないだろう。
であればギカ族に聞けばどうか。
「エドガーさん。一晩経ちましたけど何か鍵穴について思いついた事とかありますか?」
茜はエドガーに聞いてみる。
一応エドガーはプルアカ村の村長代理だ。この村の事を一番把握している人物ではあるだろう。
「鍵穴か……穴……穴……あっ!」
「なにかありました!?」
「ああ、あるじゃねぇか。女には穴が――」
その時、きらりと銀色の細身の剣が光る。
「最後の言葉が卑猥な言葉だなんてあなたのような下賤な民にはピッタリね。そう思わないかしら? 茜」
冷徹な表情でエドガーを見下ろしているルココ。そのエドガーの口にはルココの持つレイピアが今にも貫かんとじっと待機していた。
「そう思う」
「ふぁ、ふぁふへへ……」
「でも殺さないであげて」
「あなたがそう言うのなら」
茜がそう言うとルココはエドガーの口からレイピアを引き抜いた。
「キリカは何かある? ギカ族の長の子供なら穴について何か知らない?」
「ギカ族の穴……長の子供である穴……えと……やってみます!」
「はーい、ズボンあげてー。脱がなくていいよー」
「はい!」
エドガーのせいで変な先入観が生まれてしまった。
だが十歳であるルークならそんな先入観無しに何か思いつくのではないか、と茜はルークを見る。
「なにかある?」
「鍵穴?」
「そう」
ルークは目を瞑ってうーんと唸って首を傾げる。
茜達はルークの答えに期待しつつルークを見守った。次にルークが目を開いた時、視線の先には茜が。
「……へ?」
何だろうと、茜は目を瞬かせる。
ルークはしばし茜を見つめると視線が下がっていく。その先は茜の腰の辺り。そして照れるようにそっぽを向いて頬を赤らめていた。
それで茜は気づいた。昨日、キックス犯罪集団に追われている時、茜は大股開きでルークの前で車から落ちそうになっていた。そして先程のエドガーの言葉。
ルークも男。既にエドガーの言葉に汚染されてしまっていたようだ。
茜は昨日と同じ白いワンピースを着て男らしく大股開きで座っていた。だから股を閉じる。少し頬を赤らめて。
「茜? どうしたの?」
「い、いや……」
茜はソファに背中を預け、やれやれと天井を仰ぐ。
鍵穴という言葉にギカ族でも心当たりがないようだ。
茜は考える。そうなるとここで言う鍵穴とは何かの隠喩なのだろうと。鍵穴とはただの鍵穴ではなく何かを覗く穴。その先に鍵があるという事。
「昨日、ロイさんが言っていたギカ族が宝へ導く鍵なのだとしたら……ギカ族が鍵で……その穴?」
「やっぱり私脱ぎますか!?」
というキリカの申し出を丁重に断って、茜は眉間に皺を寄せる。
「もしかしたら鍵穴じゃなくてただの穴……」
「鍵穴じゃない穴? それならあるよ!」
そこでルークが思いついたように手を上げる。
だがそのルークにエドガーが余計な口を出す。
「坊ちゃん。残念ながらそこは出す穴で――ぶっ」
ルココの蹴りがエドガーの顔面に超絶ヒットしてめり込み、吹き飛んでいった。
「卑猥な言葉は慎みなさい? 殺すわよ?」
昨日、風呂場にて泡立てた体で密着するという卑猥な行為を仕掛けてきたのは何処のどいつだと、茜は思うがややこしくなるので口には出さないでおいた。
「エドガーさん……生きてるかー?」
茜はエドガーに呼びかけるが返事がない、ただの屍のようだ。
屍には何を言っても無駄だと、茜は改めてルークに向き直り聞いてみる。
「で? まさかまた私の――」
「ち、違うよ! 村の東に洞窟があるんだ」
「洞窟?」
成程、と茜は思う。
茜は鍵穴というからその大きさがかぎが通るくらいの小さな穴だと思い込んでいたのだ。
鍵穴が隠喩であればその穴がどれほどの大きさでもいい筈。ギカ族が鍵、ルークの言う洞窟が穴だとしたらそれが鍵穴だ。
「ああ! 昔観光用に使っていたあの洞窟ね!」
「うん!」
キリカとルークはワクワクが抑えきれないとばかりに立ち上がり茜とルココの手を取る。
「行きましょう! 茜さん! ルココさん!」
「おおー!」
「何だか楽しそうね」
茜とルココはルークとキリカに手を引かれて宿を後にしたのだった。何かを忘れて。
◇村の東
茜達は歩いて五分ほどでルーク達の言う洞窟についた。
ごつごつとした岩肌で囲まれた洞窟。多少下り坂になってはいるが観光で使っていたという事なのでしっかりとした手すりが備え付けられていた。一番下に到達すると水が一面を覆っており勧めなくなっている。
「これは、海水か」
見ればその水は波打っている。恐らく海と繋がっているのだろう。
そんな茜達の後ろから一人の男が声を掛けてくる。
「おー、キリカお嬢とルーク坊ちゃん、それに昨日村長の家にいたお嬢さん達じゃないか」
それは昨日エドガー達と話している時にいた男の一人だ。
「まさか宝を探してここに?」
「まだ確証はないけどね」
茜が答えると男は溜息をついて「無駄だと思うけどなぁ」と吐き捨てる。
その男の言葉に、ワクワクに胸を躍らせて来たキリカとルークは男を睨みつけた。
「どうして?」
「ああ、昔ディアン族が攻めてきた時、ここら辺を探し回ってたからな」
それは十年前のディアン族の王族が起こした紛争。
「探し回ってた?」
「ああ、いろんな場所を掘ったり、めぼしいものは全部取り上げられてた。宝があったんならもう見つかってるさ。俺も何度か尋問されたしな」
「なんて?」
「何か古い言い伝えが無いかってな。村長であれば知ってたんだろうが紛争で死んでしまって何もわからなくなっちまった」
茜は思う。これはおかしいと。
バンカー王国はチェントロ遺跡を見つけ、そこから宝の情報を得て探そうとしたのではなかったのか、と。
「まさか……」
もしかしたらラブア王国から戻って来た王族はずっと前から宝があることを知っていたのかもしれない。
石油大国のラブア王国は重力制御装置の開発で落ちぶれていった。だから単に古巣であるバンカー王国に戻って来たと思っていたのだ。
バンカー王国は観光業で盛んだ。だが先住民と紛争を起こしてまで奪う程のものなのか。
もし戻って来た王族が宝の情報を知っていたとしたら。
その情報元は何処か。彼らのバックに誰がついているのか。それはここに来る前、茜が雪花に話した事につながっていく。
重力制御装置の開発者を全員殺し、それにちなんだ名称が付けられた組織。
「ブラッドオーシャンが?」
茜は小さく呟くように言って考える。
戻って来た王族のバックに本当にブラッドオーシャンがいたとしたらバンカー王国の宝を狙ってくるのは当然だろう。ツクモが言うには宝の中に終末の悪魔も含まれている。
悪魔を宿す体質のバドルを海底六千メートルに連れてきた。更に獄道魁人を強奪しにやって来たのだ。ブラッドオーシャンが現れる確率は必然的に高くなる。
「茜? どうしたの? ニヤついて」
「あ、いや。いい釣りが出来そうだなって」
宝を餌にブラッドオーシャンがかかるといいなと思いつつ、茜は周囲を見るとボートが何隻か係留されてあった。
「おじさん。そのボート貸してよ」
「ああ、いいよ」
茜が言うと男は軽く返事をしてボートを茜達にただで貸してくれた。
村長の子供であるキリカ達がいる。更に宝探しの同盟を組んでいるのだ。断る理由もないだろう。
茜達が乗ったのは手漕ぎのボート。小さめで四人も乗るともう空きがないくらいだった。
パドルはキリカとルークが持ち、ゆっくり漕いでいく。
洞窟の中は暗いが天井や壁に穴が所々開いている。その為真っ暗というわけではなかった。
水は透き通っていて、時折小さな魚が姿を現しては消えていく。
聞こえてくるのはさざ波の音とパドルが水を搔き分ける音だけ。
「あ、あれがハート型に見えるって言う穴ですよ」
キリカが指さすとそこには比較的大きな穴。
そこからはまだ傾いている太陽光が差し込んで一筋の光を水面に放っている。その形はキリカが言うように確かにハートの形だった。ここを訪れた観光客はこれが目当てだろう事が分かる。
「なかなかロマンチックな場所ね。これなら客が来るのも頷けるわ」
と、ルココが集客をのいろはを口に出して自ら言ったロマンチックな雰囲気をぶち壊す。
流石はルココ、情緒もくそもないビジネスライクな考え方だなと、呆れて目を細めて見る茜。
更にそこにキリカが全てをぶち壊す言葉を抜かしてくる。
「昔、皆で一生懸命削った甲斐があったなって言ってましたよ」
そう言ってキリカはカラカラと笑う
それには茜だけでなくルココも目を細めて残念そうにキリカを見るのであった。
すると次第に波の音が大きくなる。
「もうすぐ出口ですよ」
やはりこの洞窟は海と繋がっていたようだ。
キリカの言う洞窟の出口は丸く削られている。
そこはチェントロ遺跡の壁画に描かれていた言葉「鍵は鍵穴から見定めよ」の鍵穴に当たる場所だろう。
そこから見える光景は広大な海と点々と散らばる島々が。
そこから覗いた先に見えたものがあった。
「茜! あれ!」
「ああ」
ルココが言って指さした。
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