光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第99話 ~なんだこの変態は~

公開日時: 2023年10月1日(日) 15:23
文字数:6,495


「ちっ、バリーの野郎しくじりやがって」


 ここで魁人が動き出す。


「ちょっとどうすんのよ、パパ! あいつやられちゃったじゃん!」

「こりゃあ予想外の展開だなぁ……」


 バリーが死んだ事で旗色が悪くなり、玄とジュリナの顔色が悪くなる。

 

「親父、ここは逃げたほうがいい。どちらにせよセブンアイズも一枚噛んでるって話だ。ここはもう捨てろ」

「むうぅ、どうやらそのようだな」


 魁人の提案に玄は苦虫を嚙み潰したように顔を歪め頷いた。


「あぁ!? 魁人! あんた絶対あの女ぶち殺しなさいよ!? あんたなら出来るでしょ!?」

「どうだかな。あの中島って奴が撃った銃。あれに当たると共鳴力が使えなくなるのかもしれん」


 魁人は冷静な男だった。

 撃たれたバリーの異変を見抜いて瞬時に危険なものが何なのか判断している。


「え? じゃあ勝てないって事!? あの女ぶち殺せないって事!?」

「ただ、なぜあれを最初から使わなかったのかが謎だ」


 と、焦るジュリナを尻目に魁人は冷静に機動隊の痛い所を突いてくる。

 現に通称レゾナンスキラーと呼ばれる弾丸はもうない。機動隊の切り札は無くなったのだ。


「もしかして最後の一発なんじゃね?」

「かもな、だがどちらにしろ親父達は逃げろ」

「ああ、分かった」

「もう! 絶対ぶち殺しなさいよ!? 特にあの女だけはっ」

「分かってる。早くいけ」


 玄とジュリナは背後にあった穴、バリーが登場した時に出来た穴から逃げていく。


「くっ、森島! 追えるか!?」

「はい! でも……」


 長島が森島に命令する。

 しかし長島も腕を折る重傷。

 そしておそらく余裕を見せている事から魁人もレゾナンス。

 まだ戦闘は続く。


「俺の事はいい、足手まといだ! 小島!」

「うっす! 森島さんの道は僕が開くっす!」

「分かりました!」


 魁人と戦うのであれば小島が優位に立てるだろう。

 小島が魁人の前に立ちはだかり、森島がその横をすり抜けようとする。


「獄道組若頭、獄道魁人! 大人しく捕まるなら危害は加えないっすよ!?」


 小島は魁人に最後通告を出す。

 だが魁人は焦るそぶりも見せず、白いズボンのポケットに手を入れたまま鼻で笑った。


「なに余裕ぶってんっすか? 勝ち目はないっすよ?」

「俺は捕まりもしねぇし」


 その時、横を素通りしようとする森島とサングラスの下の目がかち合った。

 その森島を大きく、更に振りの早い拳が襲う。


「え?」


 そして赤鬼にされたように森島は横に吹っ飛んでいく。


「ま、マジっすか!?」


 森島は何とか盾でガードするが吹き飛ばされてゴロゴロと転がって壁に激突して止まった。

 その魁人の腕は茜の体程に太く、そして青い肌になっている。

 つまり、鬼は二体いたという事だ。


「鬼がもう一匹っすか……」

「赤鬼がいたんだ。青鬼が居ても何も不思議じゃねぇだろ」


 その冗談めかした言葉を自分で楽しむように、魁人は二っと笑う。

 そして魁人の体は徐々に膨らんでいく。筋肉は盛り上がり、先程の赤鬼と同じ程の巨体となった。更に頭には角が一本生えている。


「そんなっ……」


 その信じがたい光景に長島は膝を突いてしまう。


「嘘だろ……」

「絶体絶命……っすか?」


 先程までの完勝ムードが一転、各機動隊隊長達の表情が絶望に染まっていく。

 隊長達までがそうなのだ。先程一斉射撃を行った機動隊員達の表情にもそれが伝染していった。

 あれだけ苦労して倒した赤鬼と同じ怪物がもう一匹増えてしまった。

 もう機動隊で青鬼に対抗できる者は小島と先程吹き飛んでいった森島。あとは片腕が機能不全となった中島と長島くらいのものだ。突入してきた機動隊も数十名いるにはいるがレゾナンスではない。青鬼と戦える戦力はあまりにも少ない。


「力任せのバリーと俺を同じだと思うな。多少の格闘術の心得はある」


 そしてそんな状況で追い打ちをかける言葉。

 確かに赤鬼はただ突っ込んで大振りを繰り返すだけだった。しかし青鬼は腰を低くし、何やら武道の構え。

 先程の赤鬼では奥の手を使っての辛勝だった。しかしそれより強くあまつさえ格闘術を持っている青鬼を現在の壊滅的な戦力でどう戦えというのか。

 機動隊員の表情は絶望一色。

 しかし絶望のすぐ後ろには退路がある。顔を見合わせ逃げる機会をうかがっているようだ。隊長である長島も隊員達には旗色が悪くなったらすぐに逃げろと命令している。被害を抑える為にはそうするしかない。


「もうあの弾は撃たないのか?」


 と、そんな絶望に染まった戦場に魁人が一言。

 魁人の唯一の懸念点と言えばそれくらいだろう。

 しかしこの期に及んで、空になった奥の手を言葉巧みに操り、魁人の動きをうまく封じ込める者はいなかった。

 中島は口を開かず絶望を滲ませた表情で悔しそうに歯を食いしばるだけ。


「そうかそうか……なら、ここに踏み込んだことを後悔して死んでいけ」


 魁人は満足そうに頷いて下卑た笑いを見せる。

 嘘でも何でもいいからまだ弾はあるような言動をしろよと、茜は思うがバレたのではもうしょうがない。


「舐めるなっす!」


 ここで小島が動く。

 青鬼となった魁人に小島は突撃していく。

 

「ほう、まだ向かってくるか」

「当たり前っす!」

「小島さん! 不用意に飛び込まないで!」

 

 茜が注意するも小島は聞かず飛び込んでいく。

 四年前、小島は激昂し飛び込んで返り討ちにあったと言っていた。小島は現状のような追いつめられた場面で冷静さを失うのだろう。

 小島は青鬼の少し手前、拳に溜めていた共鳴力を、青鬼の腹を目掛けて共鳴力を放出した。


「うぇ!?」


 だが小島の放った共鳴力は外れた。床の畳を何枚か吹き飛ばしただけ。

 青鬼は先程の戦闘を見て小島の戦い方を理解していたようだ。青鬼は距離を詰め、小島の腕を軽くポンとはたいて逸らした。

 青鬼が持っている格闘術なのだろう。軽くいなし、更に小島に詰め寄る青鬼。

 バランスを崩した小島の脇腹を拳が襲うが小島はもう片方の拳にも共鳴力を溜めていた。

 迫りくる拳に合わせて共鳴力を放出し、バリーの頭同様に拳を粉砕した。


「ほう、中々やるな」

「だ、だから舐めるなって言ってるっすよ」


 だが共鳴力放出型には弱点がある。強化型のようにずっと留めて力を発揮することができない事だ。

 一度放てば放出する共鳴力を溜めるのに少々時間がかかってしまう。


「だがもう次がないだろっ」


 青鬼はその共鳴力の装填時間を狙ってくる。

 

「あ、あたりっす」


 青鬼はもう片方の拳で小島を殴りつけようとするが紙一重で躱す。

 だが青鬼が繰り出す拳に装填時間は無い。

 更に重く、早い。


「くっそ――」


 やがて青鬼の拳に捕まり、小柄な小島は面白いように吹き飛んでいく。

 小島は壁まで飛ばされて激突する。その衝撃で壁が崩れ、がれきの下敷きになり、小島の腕だけが顔を覗かせる状態になってしまった。

 体調が万全の小島がやられてしまった。

 機動隊員隊長クラスが全員負傷し、青鬼と戦える戦力が無くなってしまった事を意味する。

 元トップエージェントの茜もいるが体は少女と変わらない。流石に面と向かって戦うのは無理だろう。

 ではどうするか。

 その時、機動隊総隊長の長島が叫ぶ。


「皆! 撤退! 撤退だ! 全員撤退!!」


 突入してきた隊員達は光明を見たように長島の言葉を確認し、「撤退!」と叫びながら入口から出て行く。大怪我をしている大島を抱えて。

 ただ数名の隊員は命令を無視し残っている。

 会議室にいた警官達だ。


「早く逃げろお前達! 何をしている!?」

「俺達はまだ諦めたくないです!」

「そうです! このまま逃げたら獄道組幹部をみすみす逃がしてしまう!」

「四年前のケジメをつけたいんです!」

「お前達……」


 残ったのは四年前の突入時いた隊員達だろう。

 だがセブンアイズが動画を公開した事で実質的に獄道組は潰れていると言っていい。しかしまだ獄道組の幹部は残っている。それを排除してこそ過去の遺恨を捨てきるという事なのだろう。


「勇敢な事だ。だが俺はお前達を全員殺すつもりだ。そうなればもう、お前達の失態は取り消すことはできねぇぞ?」


 二度の独断での機動隊突入を強行し、失敗となれば長島を始めすべての隊員に手痛い処分が下るだろう。

 しかしそんな事は長島も分かっている。だからもう長島はここで撤退はしない。

 長島はフラフラと歩き出す。青鬼の元へ向かって。


「……お前らはここに居ろ」

「隊長?」

「どうするつもりですか?!」


 長島は歩き、立つのもやっとの中島の前を通り過ぎる。


「長島? お前どうするつもりだ!?」

「悪いな中島……お前は逃げろ」

「は?」

「俺には後がねぇんだよ……」


 やがて長島は茜の横を通り過ぎる。


「長島さん、一体何を?」

「ここまでありがとう茜さん。君は逃げろ」


 長島は右腕を負傷している。

 だからその左腕に茜は注目した。何か握られている。

 茜ははっとする。

 それは四年前に返却し忘れていたと言っていた手榴弾だった、


「青鬼……俺と一緒に心中しようぜ!」


 長島は口でピンを引き抜いた。


「馬鹿な事をっ」


 長島は引き抜いたピンをぷっと吹きとばし、青鬼に突っ込んでいく。

 長島は折れた腕の痛みでだろう、顔を歪めながら真っ直ぐに青鬼に向かっていく。


「長島! 馬鹿な事は止めろ!」


 中島は止めたいが満身創痍、位置的にも遠すぎる。

 長島は青鬼と心中するつもりだ。

 だが小島の共鳴放出を食らっても赤鬼は何事もなく生きていた。手榴弾で倒せるとは到底思えない。

 それは長島も分かっているのかもしれない。だがここで青鬼に殺されるくらいであれば華々しく散ろうというのだろう。

 

「せい!」


 と、短い少女の声。

 長島がスピードに乗る手前。

 コン、という小気味よい金属音と共に長島の左手に握られた手榴弾が床に落ちた。


「え?」


 長島が振り返ると、そこには青桜刀を突き出した美少女。茜がいた。

 茜が青桜刀の剣先で長島の手に握られた手榴弾を突いて落としたのだ。

 まるで落としてしまったバトンを慌てて拾おうとするように長島は止まるが丁度そこには頭のないバリーから溢れた血だまりが。

 

「うおっ!?」


 長島は血だまりに足を取られてすっ転んだ。

 右腕を負傷している為受け身が取れず全身を強打する。

 かくして落としてしまった手榴弾は長島の手には収まらなかった。

 そしてそれを拾い上げたのは他でもない茜。いや、拾い上げたというよりも足で掬い上げ、宙に浮かせた。更に茜はダンスでも踊るように体を捻って回転し、その手榴弾を青鬼に向かって蹴り込んのだ。


「ちっ、小娘が!」


 青鬼は腕で盾を作る。

 茜はすぐさま倒れた長島の上に飛び込んだ。

 

「ぐっ」


 長島の体の前面に茜の体重と衝撃、そして柔らかな感触が伝わってくる。

 その直後、耳を劈くような爆発音と衝撃が青鬼と茜達を襲う。

 黒い煙と火薬の匂い。

 爆発した天井と畳は黒く焦げ、手榴弾の破片が多く突き刺さっている。


「ぐっ……」

「茜さん!?」


 茜は苦痛で顔を歪めてしまう。

 青鬼との距離が近すぎたのだ。長島は自爆しようとしていたのだから無理もない。

 だから茜は長島に覆いかぶさり、手榴弾の被害から守ったのだ。

 手榴弾の破片がいくつか茜に突き刺さっていたが制服やスカート、ニ―ソックスに至るまで防弾仕様だ。あざにはなるだろうがたいした傷ではない。


「だ、大丈夫か!?」


 その長島の心配に、茜は起き上がる。そして長島の胸倉を掴んで引き上げた。

 

「馬鹿な事をするな! あんたが死んだってどうしようもないって分かってるだろ!」

 

 と、茜は長島に怒鳴る。

 だが長島もそんな事は分かっている。

 

「し、しかし! もう戦力は無い! こうするしか――」


 その長島の額に、茜の可愛らしいおでこが激突した。

 

「いつっ!?」

「いっつつ……落ち着いて下さい、長島さん。私はそんな事をさせる為にあんた達を呼んだわけじゃない」


 と、今度は長島を諭すように、静かに茜は言葉を紡ぐ。


「正義を掲げるあなた達警察が、悪に勝利する。ただこの構図を描きたいだけなんです。そこにあなた達の死は必要ない。語り継がれる伝説にでもなりたいんですか?」

「えっと? そ、それは一体……どういう」


 と、茜の言葉の意図が分からず、長島が問い返そうとするが黒煙の中から先に片腕となった青鬼が姿を現した。


「よくやったが、これが現実だ小娘。当然お前も殺す。ジュリナがうるせぇからな」


 青鬼は何食わぬ顔で茜達を見下ろしながら睨みつけてくる。


「そんな事させないっすよ……僕達はまだ負けてないっす!」


 そこに瓦礫の中から小島がよろよろと立ち上がり戦闘の意思を示す。

 

「自分もまだ、戦えますよ! 長島さん!」


 青鬼に吹き飛ばされた森島もよろよろと立ち上がる。


「俺だってまだ片腕が残ってる! 諦めるな! 長島!」


 長島の後ろによろめきながら立つ中島。


「ふっ」


 その諦めない機動隊員達を見て、青鬼が不敵な笑みを浮かべ巨体を揺らして歩き出す。長島に向かって。

 手榴弾の爆発も虚しく、既に片腕は元に戻っている。


「俺達は負けるのか……」


 茜は立ち上がり、手榴弾という現実逃避する道具を失った長島は床にへたり込み、絶望を噛みしめながら呟いた。


「そりゃあ勝負ごとに勝ちはあるし負けもあるだろ」


 そして青鬼は長島と茜を拳の範囲内に収めて立ち止まり、見下ろして来る。


「負けると思って乗り込んでは来たわけじゃねぇだろうが、考えが甘かったな、長島」


 長島はもう立ち上がる気力すらない。俯いて言葉も出せないでいた。


「諦めなきゃ勝てる、は中坊までだぜ? 大人なら二の手三の手を考えねぇとな」


 長島達は勝てると信じ、作戦Bの事すらも頭になかった。

 茜が言いださなければ最初の作戦で終わる、とはいかないまでもグダグダになってしまっていただろう。

 その時、茜が鋭く光らせた青桜刀の切っ先を青鬼に向けて、立ちはだかった。


「……何の真似だ、小娘」

「茜さん!? もう無理だ! 君も早く逃げろ!」


 茜は叫ぶ長島に振り向いて済まなさそうに話す。


「すみません長島さん。ギリギリまでどうなるか分析したかったので。しかしここまでです」

「分析って……?」

「作戦Eを発動します」

「作戦……E?」


 茜の口から出た作戦E。長島は聞いていなかった。

 立てた作戦はBまでの筈。間のCとDは何処にいったのかも謎だ。

 そして更に茜が口を開く。


「私は少し特別な契約をしていまして」

「契約?」

「いわゆるボディガードって奴です」

「君が? 誰を護ってるんだい?」


 その長島の言葉に茜は力が抜けてしまう。


「ボケてます? 私はどう見たって守られる側でしょう?」


 そんな茜の言葉に絶望しきっていた長島の口からは空笑いしか出てこない。

 獄道組の部下達を土下座させ、赤鬼の腕を二度も切り落とした美少女が何を言っているのかと。


「まあいい。ならまずは小娘、おまえから――」


 青鬼が腕を振りかぶったその時だった。

 一発の振動と衝撃。それと同時に天井が砕けて落ちてきた。

 続いて瓦の破片と木材片が多数落ちてくる。天井にはぽっかりと開き、穴からは青い空。

 そして床には瓦礫と共に一人の機動隊員が着地していた。


「これが私のさくせ……」

「ん? 何者だてめ……」



◇昨日


「茜ちゃん、これでいい?」


 茜は木島文香に一つ頼みごとをしていた。


「はい、ありがとうございます。では」


 こうして茜は木島から何かを手渡され、警察署を後にしたのだった。


「木島っち~、茜ちゃんに何渡したんっすか?」


 茜に何か渡す所を見ていたのだろう。小島が木島に尋ねてくる。


「ああ、機動隊の装備一式が欲しいって」

「装備? 茜ちゃんが着るっすか?」

「分からないけど、念の為、茜ちゃんに合うようにスモールサイズを渡しておいたわ」

「さすが木島っち、出来る女っすね」

「いやぁ、それ程でも~」

「あははは」

「あははは」



◇そして現在、獄道組事務所


 天井から振って来た機動隊員の顔はヘルメットと黒いフェイスガードで隠れていて分からない。

 だがヘルメットには顔半分しか収まっておらずサイズが合っていない。

 更にプロテクターにズボン至るまで体に対してとても小さい。

 腹は覆いきれておらず、剥き出しの腹筋がこれでもかと露わになっている。ズボンもファスナーも上まで上がっておらず、裾に限っては破れている。


「何だこの」


 これには流石の青鬼も呆れ顔。茜に至っては腹痛がするように畳に顔を突っ伏してしまっている。多分笑っている。


「変態は……」


 そして青鬼の一言には茜も含め満場一致で同意したのだった。


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