セレナはそこで一旦口を閉ざす。
「え? どうかしましたか?」
「いえ、偶然……飛空艇の依頼と同じ方々です」
と、セレナはそう言って去っていった。
セレナが言い淀んだのは茜が疑問を抱いて尋ねた依頼主が二回、同じだったからだ。
「全く……」
依頼主は老会だった。未だその正体が謎に包まれているファウンドラ社の最高機関。
茜は一つそう言ってため息をつき、椅子の背もたれに体を預ける。
その溜息の理由は二つ。
一つは鬼等の情報を知っているのであれば言って欲しかった、という事。そのせいでいらぬ被害が増えそうになったのだから。
二つ目は情報元が秘匿されている事。
茜は好奇心が強い。だから隠されたものは暴きたくなるのだが、それは全くもって不明で想像もつかない。飛空艇の依頼については古代の遺物が盗み出されて数日後、依頼が出された。それが飛空艇アシェットで空輸されるとの情報も掴んでいた。占いやら未来を見通さなければ出来ない事だ。
ならばセブンアイズか、とも茜は考えるがそれはやはりないだろう。セブンアイズは言っていた。茜の大きな力がセブンアイズを盲目にすると。
「ますますわからなくなってきたなぁ」
茜はセレナが出た後、少しくつろぎカフェを出て家路につく。
徐々に薄暗くなる路地。
帰宅ラッシュが始まってサラリーマン達も足早に家路についている。
商店街を抜けると、人通りはまばらになり、やがて幾人かの学生が歩いてる程になった。
この先にはもう海か生徒が暮らす寮しかない。生徒達は門限が決められており、何か用事がある場合は届け出を出さなければならないのだ。
もうすぐ寮が見えてくるといったそんな時、少し先に複数人の男がたむろしていた。
寮を囲む壁にもたれかかったり股を開いて座っていたり、歩道を塞ぐように輪になって何やら話している。
寮に帰る生徒達は面倒事に巻き込まれたくないのだろう、車道にはみ出て避けて行く。
茜は厄介そうだなと他の生徒に続いて車道へ。その時、男の一人が茜を見つけて立ち上がった。
「来たぜ」
「ああ」
男達は茜の行く手を遮るように車道へ。
そして男達は茜の前に立ちはだかり薄ら笑いを浮かべた。
とうの茜は立ちはだかる男達の間をすり抜けて帰路を急ぐ。
「ちょっと待てや」
一人の男が茜の肩を掴んで無理やり自分の方へ茜を向けさせた。
「え? 何か?」
「え? 何か? じゃねぇよ!」
「俺達がどれだけ待ったと思ってんだよ!」
どうやらその男達は茜を待っていた様子。
茜は待たれる心当たりは無い。
「どれだけ待ったんですか?」
「一時間も待ったんだよ!」
と、へらへらしながら笑い大声で言い放つ。
そんな男達に茜は肩をすくめて口を開く。
「一時間くらいでそんなギャーギャー騒がれましても」
「お前待ち合わせの時間に必ず遅れてくるタイプだろ」
「五分前行動を心がけてます」
「あ、そうなの?」
「そもそも待ち合わせも何もしてないし。アホとってからもう一度来てもらえます? じゃあ」
そして寮へ向かおうとする茜の肩を掴んでもう一度茜の体を向け直す。
「じゃあじゃねぇよ。それにアホじゃねぇ、アポだ!」
「正解っ」
「この女ふざけやがって……なんで俺達がここにいるか分かってないようだな」
一際ガタイの良い男が茜の前に入り込んでくる。
「もう、告白はお腹いっぱいなんですが」
またもや告白かと、うんざりしながら茜は答えた。
「こいつ、覚えがあるだろ」
そう言って男達の群れから出てきたのは、一人の男子生徒。
ニヤニヤと意地悪そうな笑顔を向けて茜をねっとりと見つめてくる。
それは登校する際、一番初めに茜に告白してきた男子生徒だった。肩を掴んで揺すってきた為、茜が顎を蹴り飛ばした男子生徒だ。
顎に絆創膏を貼っているのは茜が蹴り上げたからに他ならない。
茜ははっきりと覚えている。平岡という名前だった。
「知らないですね。では」
茜は抜け抜けとそう言って頭を下げ、帰ろうとする。
だが今度は周りの男が茜の両腕を掴んで無理やりその男子生徒の前に引き寄せた。
「知らない訳ねぇだろ! 良く見ろや!」
「顎に絆創膏をつけるような奇抜なファッションの方は私の知り合いにはいなくて」
「ファッションじゃねぇよ! 認知症でも発症してんのか! これはお前に蹴られたからつけてんだよ!」
「あ」
「お、思い出したか?」
「ひら……いさん?」
「惜しい! でもちげえよ!」
「二択で!」
「なんでクイズ形式にしねぇといけねぇんだよ! せめて四択にするくらいの努力をだなぁ! でもそうじゃねぇんだよ!」
「あ」
「やっと思い出したか」
「もしかしてフトシ?」
「ちげぇわ! 俺の弟は痩せ気味だっつうの! お前に蹴られたんだよ!」
と、傍でギャアギャア喚き散らす男はどうやら平岡の兄らしい。
「弟?」
「ああそうだよ! この落とし前――」
「ぷっ」
そこで茜は思わず吹き出してしまう。
「あ? 何笑ってんだ!?」
「だって、私に蹴られたからって兄に泣きついて……あんた付いて来てやったのか? あはは……過保護過ぎ……ぷふぅ」
と、茜の笑いのツボに入ったらしい。
弟の喧嘩に過保護な兄が介入してきた。しかもその相手はか弱い少女。
その構図に茜の笑いのツボが刺激されたのだ。
これには流石の平岡弟もぴくぴくと顔を歪ませている。
「弟を馬鹿にすんじゃねえぇ! 人を蹴るってのは暴行罪だからな!」
か弱い少女の肩をぶんぶん揺らす行為は暴行ではないのかと、茜は思うが言っても現状が変わるわけではない。
「この落とし前どうつけんだ? ああ!?」
「あ~、どうしたら許してくれますか?」
もはや面倒になったのか、解決策を相手に提案させる茜。
「ふん、大人しく弟と付き合ったら見逃してやる」
そんな平岡兄の提案に茜はまた笑いだす。
「ぷふっ、あははっ、断られて兄貴に泣きついて強制的に付き合えとか……あははは、なっさけな……はぁはぁはぁ」
茜は爆笑し過ぎて息が上がってしまっている。
そんな茜に更に平岡弟の頬が凄い速さで痙攣していく。
「くっ、おいお前こんな頭のおかしい女と付き合いたいのか?」
「でも……めっちゃ可愛いし」
「ちっ、しゃあねぇ。おい、この女どっか連れて行くぞ」
平岡兄が笑う茜を持ち上げて肩に担ぐ。
「おいお前ら! 何見てやがる!」
「邪魔だ! どけ!」
と、周りの生徒を散らしながら男達は海の方へ集団で歩いていく。
そんな中、茜はまだ笑っていたのだった。
この程度の不良集団、茜にとっては取るに足らない存在だった。このまま人気のない所に連れて行かれたとしても茜にとってのメリットが高い。人知れず体を刻むことが出来るのだから。
「ちょっと君達」
その時、そんな不良集団たちの蛮行が目に余ったのか、一人の男が声を掛けてきた。
「あ!? 今忙しいんだよ!」
「あっち行ってろ! 殺すぞ!」
と、不良集団の一部が面倒くさそうに叫んでその男を恫喝する。
「一人の少女を男が大勢で取り囲んで何してるの?」
「てめぇに関係ないだろ!」
先々進もうとする平岡兄。その肩に担がれてい茜にはその男性が見え、その正体も分った。
「あ、森島さん。高い所からこんばんわ」
と、茜が挨拶する。
「あ? 知り合いか? 怪我したくなかったらすっこんで――」
森島の胸倉を男が掴もうとする。
だがそれを森島が掴んで捻り上げそのまま引きずって地面に押し付けた。
「いってててて!? 何しやがるっ」
「お前達が何してる? これは少女誘拐だぞ?」
「てめぇ!」
「ふざけんな!」
その森島に他の不良達が殴りかかろうとしてくる。
だがそれを森島の後ろにいた男達が片手で止めて捻り上げる。
長島と中島だった。
「あ、長島さんと中島さんも。こんばんわ」
「こんばんわ、って茜さんは何してるのかな?」
平岡兄の肩から手を振る茜。
「こいつらを人目のつかない場所に連れて行って切り刻もうと」
「はは……」
「相変わらずおっかないお嬢ちゃんだな」
「おわっ」
と、そこで平岡兄が振り返ったので茜は体が振られ、驚いて声を上げる。
「おい! お前らふざけてんじゃねえぞ! 俺達が誰か知らねえのか!?」
そして声を張り上げてそう叫ぶ。
だが森島達の後ろから出てきた大男は平岡達の事を知っているようだ。
「おれぁ、覚えてるぜ。お前の顔」
「げっ、お前は……お、大島!?」
「昔悪ガキだった平岡だな。獄道組が居なくなってのびのび出来ると思ったか?」
どうやら二人は知り合いのようだ。
会話の経緯から獄道組が桜之上市に来る以前の知り合いだろう。だがその関係性は警察と犯罪者の関係のようだ。
「とりあえずそのお嬢ちゃんをこっちに渡しな平岡」
平岡兄は舌打ちをしながらも茜を降ろし大島に引き渡す。
「これでいいだろ……」
「ああ、良くできたな平岡。あと――」
大島は平岡の頭を鷲掴みにして顔を近づける。
「さんをつけろよ変態野郎」
「は、はい! すみませんでした! 大島さん!」
「ああ、それとお前ら」
「はい!」
「今度この子に手を出してみろ? 入るのは豚箱なんて生温い所じゃぁないからな?」
茜に手を出せば豚箱に入る前に切り刻まれ、内々にゴミ箱行きか魚の餌となるだろう。
大島がそう凄むと平岡は声なく頷いた。そして森島達が警察だと知り、一目散に逃げて行ったのだった。
そして大島達の後ろから更に女性が二人。
「こんばんわ、茜ちゃん」
「僕もいるっすよ」
「小島さんと木島さんも?」
桜之上市の機動隊員達が私服ではあるが勢ぞろいしている。
恐らく昨日のお礼でも言いに来たのだろう。
だが茜としてはあまり彼らと接触したくなかった。
「いやぁ、助かりました警察の皆さん。では私はこれで」
だから他人行儀に、そう言って立ち去ろうとする。
「待ってくれ茜さん! 君にどうしてもお礼が言いたくて!」
茜は首を振って周囲を確認する。そして近くに誰もいない事を確認し、森島達の所に戻って来る。更に迷惑そうな顔をして口を開いた。
「止めて下さいっ、別にいいんですって。さっき助けてくれた件でチャラで」
「いやいや、獄道組とチンピラじゃあ割に合わないだろ。それに僕達が助けたのは彼等だから。君に切り刻まれないように」
と、森島は茜の言い分をそんな言い方で跳ねのける。
茜は誘拐された女子生徒の身代わりまで用意した。しかし今でもルココに疑われている。にもかかわらず、この場で多くの関係者に集合されるとますます自分が疑われてしまう。
茜としてはさっさとこの場から離れたい所。それは森島達も分かっているだろう。
「だから、せめてこれをもらってくれないか?」
そうして紙袋を差し出してきた。
「止めて下さいよ。感謝される為にやったわけではないし、本来私はいない筈の人間なのでっ、じゃあ!」
茜は踵を返し走り出す
茜の美学の一つ。正義のヒーローは善行を行えば見返りを求めずただ去るのみなのだ。
「羊羹が好きって言ってたからその詰め合わせなんだけど!」
森島はそう言って紙袋を一つ前に突き出した。
茜の好物である羊羹が詰まった紙袋なのだろう。
そこで茜は止まる。
「お、止まった」
「ああ、止まったな」
「効果有りって所か」
そして振り返る。
「あ、振り返ったっす」
だが茜はそこで肩をすくめて溜息だ。
「全く……何処から聞いたか知りませんが羊羹は好きです。でも、そんなどこでも売っている羊羹では――」
「薄明黄昏堂の羊羹も入ってるっす」
小島が言うと茜は急いで駆け寄って森島の差し出した紙袋を奪い取った。そしてすぐ袋の中身を取り出して確認する。
「あの予約三年待ちの幻の羊羹……」
それを茜は天に掲げて恍惚の笑みを浮かべる。
「ほ、本物だぁ!」
嬉しさのあまり、茜はそれを天に掲げてクルクル回って胸の内に納める。
「か、可愛いっ……」
「っすね、あれだけ喜ばれたら本望っすよ」
あまりの可愛さに木島は悶絶し、小島は少し引いている。
森島達も喜んでもらえてほっと一安心だ。
そんな茜は何故だか森島達をきっと睨みつける。そして一言。
「返しませんよ?」
「あ、ああ。喜んでもらえて何よりだよ」
聞けば現場の後方支援をしていた雪花から茜の好物を聞いたらしい。長島達の怪我を治療していた時に聞いたのだろう。
そしてお礼に茜は手早く屋根から振って来た機動隊の事は不問にする事と、セブンアイズから聞いた上島の事を話してやった。危険が長島達に及ばないように機動隊を解散させ幹部を各地に飛ばしたのだと。
「成程、それでか」
と、長島は納得したように頷いた。
その理由はどうやら各地に飛ばされた長島達が桜之上市に戻れるよう調整してくれると上島から連絡が入ったようだった。
そして死んだことにされた木島はというと。
「私は死んだことになってたからさ。戻れないんだ。別の名前を名乗ってるし」
「そうですか」
「だから結婚することにした」
「え? 誰と? まさかっ」
茜は森島を見ると顔がふやけてとろけるんじゃないかというくらいに照れていた。
「実はそうなんだ、あはは」
森島は四年前、木島に告白したようだった。そこから森島はずっと木島の死を気にかけていた。木島も当時、作戦が成功したら「はい」と返事する予定だったらしい。
そして四年越しの少し遅れた返事が結婚にまで昇華されたようだ。
「良かったですね、森島さん。おめでとうございます」
「ああ、いやいや……ありがとう、茜さん」
と、茜は心の底から森島を祝福したのだった。そしてつまらないものですがと、袋に入った普通の羊羹を渡そうとしたがやんわりと拒否されたのだった。
「それにしても良いんですか? レゾナンスがここにこんなに集まって。獄道組の二人の警備とか。トネリコ監獄に移送されるんですよね?」
茜は心配そうに言った。
早ければ今日にもブラッドオーシャンが動くかもしれない。セレナや皇宮護衛官が近くに待機しているので何かあれば直ぐに駆け付けられるだろうが、警備は多い方がいい。
ここで森島が信じられない事を言い放つ。
「あはは、もうそんな事まで知っているのかい? 日和の国の軍が一部隊やって来て物々しい雰囲気だったよ。装甲車まで用意して一時間くらい前に二人を連れて出て行ったよ」
「……へ? 一時間前?」
一時間前、というと駅前のカフェでまだルココと話している最中だった筈。そしてその時、セレナはまだ茜とお茶をする前。
「そう、お偉いさんが来てな、もう、ギャアギャア騒ぎ立ててな」
その場に長島もいたのだろう。
お偉いさんがギャアギャアと騒ぎ立てるとは穏やかではない。
「騒ぎ立てる? 明日の朝という話では?」
「え? ああ、俺もそう聞いていたんだが、そのお偉いさんが皆に通信機器を全て置けって喚き散らしてな」
「そうそう、通報も少しの間取れないくらいだったなぁ」
「逆らったら問答無用で取り押さえられてた。仲間内で何してんだよって話だ」
「そうっすよね。日和の国の警察の失態を他の組織に手を出されたらメンツが丸つぶれだとか何とか言ってたっす」
長島達はそう言って笑うが茜はそれどころではない。
確かに警察は大きな組織だ。メンツどうこうという話も茜は分からないでもない。だがその裏に見え隠れするブラッドオーシャンの存在が茜を更に焦らせる。
そのお偉いさんと言った人物達にもブラッドオーシャンが手を回した可能性があるのだ。
「そんな馬鹿なっ」
「え? どうしたの茜さん?」
「あ、いえ。では私はこれで! 森島さんと木島さんはお幸せに!」
「あ、ああ、気を付けてね」
茜は走り出す。
そしてスマコンを取り出してセレナに連絡を取るのであった。
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