光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第176話 ~茜、狂人になる~

公開日時: 2024年4月25日(木) 19:11
文字数:6,133

 婚姻、その言葉で茜は得心がいった。何故なら自分の祖父に恋人と偽って他人を紹介する理由など限られているからだ。

 大体が祖父の余命が短いから未来の夫を見せておきたいか、もしくは押し付けられたお見合いを断る為の口実作り、と言ったところだろう。

 蓮慈の健常さを見れば理由は明らか。ルココのような立場であれば政略結婚なのかもしれない。

 

「なんじゃ貴様、知らずにここに来たのかっ」

「ええ、まあ」


 鳩が豆鉄砲をくらったような表情になった茜に同情してか、蓮慈は溜息をつき、力を抜いて茜から離れ一度構え直す。

 そんな大事な事は先に言えよと、茜がルココを睨むと目を逸らされた。単に話を合わせろとだけ言ったのは詳細を話したら茜が来ないと踏んでの事だろう。


「全く……優秀なお孫さんだこと」


 皮肉を言ってルココに嫌味を飛ばす茜。

 その皮肉を聞いて蓮司は一つ鼻で笑い、その鼻を天に向かって伸ばす。


「そうじゃろうて。なにせワシの孫じゃからな。しかし……だから終始そんなふざけた態度をとっておったのじゃな」

「頑固ジジイなら激昂さて隙を作れば楽にいなせると思ってふざけた事ばかりしてました。すみませんでした。まさかエッチな攻撃があんなに効果抜群とは思わず」


 皮肉が通じない為、茜は直に文句を言うと蓮慈は恥ずかしさでか、はたまた怒りでだろうか、顔を真っ赤にして口を開く。

 

「なら帰るがよい! 破廉恥な娘よ!」


 更にしっしと手の平を振って茜を痴女扱いだ。

 そんな蓮慈をよそに、茜は呆れ顔でルココに話しかける。


「ルココ、婚姻ってお前さぁ……」

「な、なによっ、言ったらあなた来ないでしょ?」

「はぁ……私を連れてきたって事はその結婚が嫌なんだろ?」

「それは……」


 この茜の問いかけにルココは口を閉じ黙り込む。そして一瞬ちらりと蓮慈を見た。

 それで茜はルココの心情を悟った。

 更に言えば茜がルココに出会ってからの言動や行動、その全てが一つに繋がった瞬間だった。


「成程」


 そもそもその婚姻が嫌なのであればそれを推し進める人物に直接言えばいいだけの事。

 ルココくらいの人物であればそんな事、朝飯前の筈だ。どんな大手の企業の社長でも大物政治家でも、ノーを突き付ける事が出来る筈なのだ。

 先程のルココの視線でそれは今、蓮慈であることがわかる。身内には弱いのか、何か家庭の事情があるのだろう。

 詳細な家庭の事情は分からないがはっきりしている事は一つ。蓮慈を正々堂々倒せば全て片が付くという事だ。


「よし」


 茜は決心したかのように一言言って万力グローブを収納箱から取り出して嵌める。

 正々堂々真正面からやり合うつもりだろう。相手は老人とは言え武の心得がある。対して茜は見た目通りの力しかない。非力すぎるのだ。お色気で攻め落としていた今までとは違う。素手で打ち合えばバンカー王国で親衛隊隊長のフランツと対峙した時のように簡単に弾かれてしまうだろう。

 茜は改めて木刀を握り、剣先と不敵な笑みを蓮慈に向ける。


「ほーう、やる気か、小娘」


 蓮慈も木刀の切っ先を茜に向ける。


「次の一本を取った方が勝ちじゃ。今度は小細工なし、正々堂々かかって来るがいい」


 両者向き合い、構える。そして床の上を擦るようにゆっくりと斜めに歩き出す。


「一つ聞くけど、どうして嫌がるルココを嫁がせたいんだジジイ?」

「先程からジジイジジイと、礼儀も言葉遣いもなっとらんなっ! ますます貴様なんぞにルココはやれん!」

「話を逸らすなよジジイ。それともそんな簡単な質問に答えられない、後ろめたい事情でもあるのか?」

「ふん、貴様なんぞが軽はずみに知っていい事ではない。それにこれはルココの幸せを考えればこそじゃ」

「ルココは幸せとは思ってないみたいだけど?」

「……この縁談にはエクレールグループの存続もかかっているのじゃ。百や二百ではない、数万の社員の命運がかかっておる。それを貴様みたいなどこの馬の骨ともわからん下賤の者が、若気の至りで奪ってよいものではないぞ!」


 床の畳を破らんとする蓮慈の突然の踏み込み。それと同時に打ち込まれる風を切るような鋭い斬り込み。

 茜はそれを軽々と捌いていなし、臆せず踏み込み更に口を開く。


「婚姻が破断したくらいで潰れるような貧弱な会社なら一からやり直せ!」


 木刀同士がぶつかり合い、乾いた音を響かせる。それと同時に茜の怒声。

 懐に入る茜から距離を取りながらも蓮慈は体を回転させ木刀を振り、遠ざけ、攻防一体の技を見せる。

 流石はルココの祖父だ。ルココに負けず劣らずの技術を持っている。そして茜の口撃にも大きな口を開けて対抗していく。


「出来ぬからルココを嫁がせるんじゃというとるんじゃ! それがルココの為でもありエクレールグループの為でもある! 貴様には分からんじゃろうがな!」

「あんたはルココとエクレールグループどっちが大切なんだよ!」

「もちろんルココに決まっておる! だがルココを幸せにするには金が、ひいては力が必要なのじゃ! その為のエクレールグループじゃろうが!」

「人の幸せに金なんて――」

「不要などと青臭い事を言ってくれるなよ小娘! それは金を稼げぬ奴らが自分を肯定したいだけの、ただの言い訳じゃ!」

「一万ウルドの札束を雑に投げ捨てる奴が金を語るとは、お笑い草だぞジジイ!」


 そこで蓮慈は一瞬黙ってしまう。そして先程放り出したままの一万ウルドの札束を悪手だったと憎々しく見つめる蓮慈。

 

「くっ……だがなっ、これはお遊びではないのだ、小娘ぇ!」

「それはこっちのセリフだ! あんたはルココを自分の思うように操って人形ごっこして遊んでるんだよ!」

「良いように言ったのう小娘ぇ! ワシはルココの幸せを考え、導いてやっているだけじゃ!」

「典型的な毒親の意見ありがとう! これで分かったよ、あんたはルココの気持ちを何もわかってない!」

「ふん! ルココはまだ幼い! じゃがワシの選択が正しかったとわかる日がいずれやって来る!」

「あいつはもう一人前の大人さ! そこら辺の大人よりもよっぽどな!」

「貴様がルココのなにを知っている!?」

「あんたこそ! 知っているのか? 日がな一日を屋上で過ごし自殺を考えていた事を!」


 ルココは茜と初めて会った時、屋上の手すりに体重を預けながら黄昏れていた。それはずっと死を思い浮かべていたからだとパラシュート無しのスカイダイビングの後、吐露していたのだ。それは茜とフォンだけしか知らないルココの秘密。よほどこの婚姻が嫌なのだろう。

 一見自立し、大人っぽく見えるルココだがその実、将来は全て確定していた。だからそんな未来に絶望し、別の道を死という形で思い浮かべていたに違いない。

 そんな事、蓮慈は知る由もないだろう。

 

「なっ!? ルココ!?」


 信じられないと、ルココを見る蓮慈。そこには茜に心中を見抜かれはっとするルココが。

 だが心配する蓮慈を安心させる為か、ルココは首を傾げて曖昧に笑いごまかしている。しかしその笑顔はひきつっており、拒否しているのか頬の筋肉が意に反して痙攣して止まない。

 だが茜の暴露はまだ続く。


「そして女が好きだなんて狂言を吐いてまで、その婚姻を破談させたいルココの胸中を!」

「狂言じゃと!?」


 蓮慈は試合などもはやどうでもいいのだろう。茜の言葉で揺らぐルココの表情を見逃すまいと目をひん剥いて注視している。

 ルココの表情からは笑顔が消え、俯きがちに目を見開いている。

 ネタばらしはもうやめてくれとでも思っているのか。もしくはばらされた嘘をどう蓮慈に弁解しようかを考えているのだろう。


「あんたはそんなルココの気持ちを踏みにじって強制させようとしているんだ!」

「う、嘘じゃ! 貴様なんぞの言葉にワシは騙され――」

「本当ですよ」


 と、蓮慈の言葉を遮ったのはフォン。

 ルココの執事兼護衛。ずっとルココの傍にいるフォンが茜の言葉を肯定した。

 それが一体どういうことか、蓮慈は悟ったのだろう。目を見開き口をぽかんと開けて佇んでいる。


「本当です。お爺様。ルココ様は常日頃からぼやいておりました。死にたい、と」


 フォンの発言は効果絶大だったようで蓮慈は固まってしまった。実の孫が死にたいとぼやくなど尋常ではない。心中穏やかではいられないだろう。

 茜も絶妙なタイミングのフォンの助言に親指を立ててフォンにウィンクする。

 それに気を良くしたのかフォンは更に口を開く。


「更にルココ様は手すりに足をかけ身を乗り出し、もう自由になりたいと飛び込み!」

「な!? そこまでか!?」

「いえ、そんな勢いがあったという話です」

「むう、ふざけおって……」


 今はふざける所ではない、と茜は親指を床に向けて立てて突き出すのだった。


「しかし茜様によるパラシュート無しのスカイダイビングで死ぬ思いをしたので考え直したと。この突飛な行動もその経験あってこそでしょうね」

「パラシュート無しのスカイダイビング!?」

「ですからお爺様。どうかご再考を」


 ずっと付き従っているルココの従者なのだ。フォンの言葉は茜よりも説得力があるだろう。

 蓮慈は固まったまま動かないが持っている木刀がわなわなと震えている。自分のやっている事がルココを苦しませ死の淵まで追いやっていたなんてそうそう受け入れられるものではないだろう。


「噓を……嘘をつくでない!」


 受け入れられない現実は虚実となる。蓮慈にはそれは受け入れられない現実だったようだ。

 フォンの助言も虚しく蓮慈の心を変えるまでには至らなかった。


「ワシは認めんぞぉおお!」


 そしてこの一言。

 ここまでくればただの意地だろう。


「わかった」

「茜!?」

「茜様!?」


 茜はある行動を取りルココとフォンに驚かれる。


「どういうことじゃ……小娘っ」


 何故なら茜は木刀を投げ捨てたから。


「ここまで言ってそれでもルココを結婚させたいというのなら打ち込んで来い」


 茜は手を広げ、無防備になる。

 はだけたブラウスはそのままに、黒い下着がチラリと見えているが茜は気にしていない。いつでも打ち込んで来いと言う体勢。

 今打ち込めば間違いなく蓮慈の勝ちだ。

 数秒経った。

 だがその間、蓮慈の打ち込みが茜を襲う事は無い。だから茜は勝ち誇った顔をして口を開く。


「あんたはもう気づいてる。ルココの幸せがなんなのかってな……木刀を置け、天照蓮慈」

「むぅ……」


 その茜の言葉から数秒後、木刀は投げられ畳の上には二本の木刀。

 これで勝負は着いた。ここにいる誰もがそう思っただろう。


「ワシのま――」


 だが茜が何を思ったのか二本の木刀を拾い上げた。


「ふふふ、これであんたは武器が無くなったな天照蓮慈!」

「……は?」

「私の計略にまんまと嵌りおったわ!」


 蓮慈の言葉尻を真似て茜は狂ったように木刀を振り回し蓮慈を襲う。


「あ、あぶなかろう! き、貴様! またふざけおって!」

「私はふざけてなどいない! 至って真剣だ! これは真剣勝負! 勝つか負けるか! 生きるか死ぬかだ! あんたはルココの祖父として相応しくない! だから一本取ってルココの身も心も私が貰い受ける!」


 悪役のような高笑いと共に繰り出される二刀流の暴力。茜は悪逆非道の限りを尽くし蓮慈を襲う。


「くうぅうう……やはりこんなアホな娘にルココはやれん! 白刃取り!」


 茜の一振りを両手の平で挟み止める蓮慈。だが茜の武器は一本ではない。


「隙ありぃいい!」

「ぬおおお!?」


 蓮慈はすんでのところで躱す。

 しかし蓮慈ももう歳なのだろう、足が絡まって床に倒れ込んでしまった。そこを見逃す茜ではない。


「ぐはぁ」


 その倒れ込んで頭を手で覆い防御態勢をとる蓮慈の背中に茜の一撃が入る。

 しかし茜の追撃は留まることを知らず、雨あられのように次々と蓮慈の背中を襲う。

 だがよく見てみればそれは木刀ではなくその一撃一撃は茜のか細い脚によるもの。茜は蓮慈の背中をげしげしと踏みつけて遊んでいるのだ。

 

「貴様っ、どういういたっ、いたたた」

「ルココの痛みを思い知れジジイ!」

「くうぅ、やはり先程の事は嘘じゃったのか! よくもわしをいたっ、謀ったないたたた、コラ! いたっ、やめっ」


 その光景をフォンはじっと見つめている。そして一言。


「お爺様……なんだか楽しそうですね、おや?」


 高笑いしながら蓮慈を足蹴にする茜のすぐ後ろに人影が。そしてその人影に茜は肩を持たれ、蓮慈と引き離される。


「うぉ? ルココ?」

「もういいわ茜。ありがとう」


 言ってルココは微笑み、床に転がっている蓮慈を引き起こしてやる。


「お爺様、大丈夫ですか?」

「ルココか、助かった。全く最近の若いもんは老人をいたわることを知らん!」


 蓮慈は茜を睨むが茜はそっぽを向いて口笛を吹いている。

 そこに間髪入れずルココが口を開いた。


「お爺様、大事なお話があります」

「う、うむ」

「私は……この婚姻の破棄を希望します」

「しょ、正気かルココ!?」


 真っ直ぐ蓮慈を見据えるルココ。

 正気ではないと軽く突き飛ばすには余りにも真剣すぎる眼差しに蓮慈は次の言葉を出せないでいる。


「お爺様の気持ちはすごく良く分かりました。でも私はもう子供ではありません。お爺様に苦労も掛けません! 立派に生きていきますのでもう……」


 こんな醜い争いは止めろという事だろう。

 そしてルココは茜に向かって済まなさそうな顔を向ける。


「茜もありがとね。おかげでお爺様に言えたわ」


 「茜のおかげ」とは茜がルココの心情を蓮慈の前で暴露した事だろう。

 蓮慈とルココの関係上言えない事でも、第三者の視点から発言する事で理解される事もある。

 蓮慈は理解し、心は移ろいを見せた。後はルココの想いを伝えるだけだったのだ。

 だから茜はなかなか踏ん切りがつかないルココの為に敢えて狂人を装い二刀流で蓮慈に迫り、時間を作ったのだった。

 ルココのお礼の言葉。それに茜は笑顔で返す。


「私はただ老人をいたわっていただけだよ」

「いたわっては無かろうて……しかし、ルココよ」


 ふわりと、ルココの髪がなびく。

 そのルココの体を蓮慈が抱きしめ包み込んだ。


「済まなかった。お前がそこまで思い詰めているとは知らずワシは……お前を不幸にするところじゃった」

「お、お爺様……」


 ルココも蓮慈を抱きしめ返し胸に顔を埋める。少しだけ震えているのは泣いているのだろう。

 これでこの場は収まるだろうと、茜はそっと一歩下がって出口に向かおうとする。


「帰るのか小娘……いや、茅穂月茜」


 それを目ざとく見つけた蓮慈が声を掛けてくる。茜の名前を呼んで。


「私の役目は終わったみたいだからね」


 続いてルココが横目に茜を追うがその目には光るものが。

 しかしそれが恥ずかしかったのだろうすぐに蓮慈の胸に顔を埋める。その際に顔を左右に振ったのは涙を拭く為だったのだろう。その直後に振り向いて茜に向かって走り出す。そして

 

「る、ルココっ?」


 ルココは茜に抱き着きいた直後、茜の可愛らしい額に柔らかな唇を押し付けてきた。

 

「ありがとう茜……」

「いいって、こんな事くらい。爺さんと仲良くしろよ?」

「うん」

「じゃあまた学校でな」

「うん。またね」


 ルココは茜を放し踵を返す。そこに間髪入れず蓮慈の声。

 

「茅穂月茜! お前にならルココを嫁にやってもいいぞ!」


 と、笑いながら言って間に立つルココを赤面させ困り顔にさせてくる。


「言っただろ? それはルココが決めることだって」

「こりゃあ一本取られたわい」


 言って笑う蓮慈を背に、フォンに連れられて茜は道場を後にしたのだった。



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