光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第69話 ~茜、殴られる~

公開日時: 2023年9月1日(金) 09:58
文字数:5,695


 黄昏れていた女子生徒はようやく茜を見る。

 怪訝そうな表情で、茜を睨むように眉間に皺を寄せて。

 その目に茜は違和感を覚えた。

 右目は青紫色だったのだが、左目は紫色。その女子生徒は一見すると分かりにくいがオッドアイだった。

 

「あ、いや、丁寧な言葉遣いが新鮮だったもので」

「……」


 茜の、どちらかといえば褒めるような言葉に女子生徒は更にきつい視線を向けてくる。というよりも茜を詐欺師かなんかだと警戒しているような視線だ。

 その言葉に噓偽りはなかったのだが、何故睨まれるのか分からず、茜はたじろいてしまう。

 

「ええと……」

 

 ここで茜は困ってしまう。

 すぐ後ろには茜を追いかける女子生徒達が迫っている。さっさと屋上から飛び降りたい所だが、一般人にそんな所を見られるわけにもいかない。

 ショットナイフ無しで、どこかに降りられるところはないかと女子生徒を尻目に茜は手すりから身を乗り出して周りを確認する。しかしここは一番高い建物であるため飛び降りたら大怪我どころでは済まない場所しかなかい。


「ちょっと、あなた何してるの?」


 手すりから身を乗り出す茜を心配してか、声をかけてくる女子生徒。しかし焦るではなく、ただ単に疑問を投げかけるように淡々と。


「ちょっと様子見、お気になさらず」


 茜は声を掛けてくれる女子生徒をおざなりに、周囲を確認しながらそんな事を言う。

 だが茜の態度が気に入らなかったのか、その女子生徒はとんでもない事を提案してきた。


「自殺するなら他所でやってくれないかしら?」

「え?」


 冗談なのか本気なのか分からない声の調子。


「私の視界を汚さないで」

「は、はあ」


 更に追加でそんな一言。

 こんなに上品に汚い言葉を吐くなんて、最近の女子生徒はやはり口が悪いな、と改めて感じ溜息が出る茜。

 自殺を心配してこの発言であればこの上ないツンデレだ。

 言って女子生徒は手すりに肘を突いて黄昏る作業に戻る。


「いた!」


 そこでどうやら時間切れのようだ。

 一人の女子生徒が屋上に到着すると、続々と女子生徒が息を切らしてやってくる。


「はあはぁ……」

「もう……にがはぁはぁ」

「う、うぇえ」


 十五階を普通の女子生徒が駆け上がればそうなるだろう、息も絶え絶えに倒れ込む者や、嗚咽する者までいる。


「見るに堪えないわね」


 気づいた黄昏の女子生徒は溜息をついてそう呟いた。

 十五階の屋上から見る景色はとても素晴らしい。周囲にさほど高い建物が無いお陰で遠く離れた海まで見渡せるのだ。

 だがそれを見た後でこの惨状。屋上の女子生徒は視界を汚されたと、せめてもと目を瞑って不機嫌そうだ。


「青髪、あなた一体何をしたの?」


 青髪と言われて茜は自分の髪を摘まんで視界に入れる。以前は黒髪だったが、今は空を映したような澄んだ青色。


「ええと……十五階を駆け上がる地獄のエクササイズ?」

「……はぁ?」


 茜のそんな拙い説明では理解するのは不可能だろう。

 だが言い得て妙な事に茜の発言は的を射ている。運動不足の女子生達を煽って十五階の階段全てを登らせたのだから。

 そんな事を話していると屋上の入り口から茜を追いかけてきた女子生徒達の親玉、ジュリナがやって来た。


「ジュリナさん!」

「あそこです!」


 へたり込む女子生徒達が次々に茜を指さした。染め上げた長い金髪をなびかせ、ジュリナは茜を見るやいなや不敵な笑みを浮かべ、歩を進める。

 だが茜の奥にいる女子生徒を確認すると何故か歩みを止めたのだった。

 オッドアイの女子生徒も気づいたようで、ジュリナを見るや否や一瞬、不快そうに目を細める。


「ルココ=エクレール……」


 オッドアイの女子生徒の名前だろう。

 ジュリナがそう呟くとオッドアイの女子生徒、ルココはプイっと顔を背けてまた景色を眺める作業に移った。

 

「エクレール?」

 

 エクレールといえば登校途中に雪花が言っていた、ここ桜之上市に進出してきた企業の名前だ。

 そして茜もエクレールという名前は知っている。軍事国家ミリタニアで海運業を中心になり上がった企業だ。潤沢な資金を利用して様々な業種の企業を買収し重工業、金融業、保険業等を中心に今、勢いを増している大企業だ。

 現在はウルク=エクレールがそれらを束ねるエクレールグループのトップ。ルココはその娘なのだろう。

 

「ジュリナさん? 誰っすかそいつ?」

「何でもねぇよ……」

 

 ルココの興味はもう既にジュリナには無い。

 それに安心したのか、ジュリナはまた茜に向かって歩みを進めた。

 茜に逃げ場はない。こうなれば茜も覚悟を決め戦うしかない。

 そして茜は少しワクワクしていた。

 女子同士の争いなど元男である茜には経験出来ない事だ。どんな喧嘩をするのか少し興味も湧いていたのだ。

 ジュリナはお互いの胸が触れるか触れないかくらいの位置まで近寄って茜を見下ろしてきた。頭一個分ほど茜の方が低い。


「ちょろちょろと逃げやがって。あんたは猿かなんかかよ」


 とジュリナ。

 舌戦かと、それなら女子同士の争いらしいと、茜も意気揚々と言い返す。


「ちょっとは痩せたか? あれぐらいでへばるようじゃお前らはサル以下の豚だぞ?」


 サル以下が何故豚になるのかは分からないがジュリナには響いたようだ。

 忌々しく茜を見下ろし睨みつけてくる。それに茜も負けじと睨み返す。不敵な笑みを張り付けて。


「ふん、そういやあの時はよくもあーしの楽しみ邪魔してくれたじゃん。折角あいつの制服、剥いてやろうと思ったのにさぁ」

「いじめが楽しみ? 悪趣味過ぎて笑えない。小学生から道徳の授業をやり直して来いよ」


 その時、乾いた破裂音が響き、茜の青い髪がびくつくように跳ね上がった。


「いっ」

「あんまり舐めた口きいてると殺すぞてめぇ」


 茜の頬をジュリナが力の限りひっぱたいたのだ。

 やはり茜の筋力では一般の女子生徒であるジュリナの平手にさえ耐えられないようで、頭が吹っ飛びそうになる。

 ジンジンする頬を茜は必死にさすって痛みを和らげようとする。


「うぅ……」

「はっ、拍子抜けだわ。もう何も言い返せないの? やっぱ男がいないと何もできねぇじゃん」


 茜の予想に反して舌戦からの物理戦に早変わりだ。

 そして殴られれば殴り返す。それが喧嘩の基本ではあるのだが相手は女子。そして茜の中身は男だ。そのプライドが邪魔をして茜はジュリナを殴り返すことができない。


「あーし、あんたみたいに守ってもらわないと生きていけませーん、みたいなタイプが一番嫌いだわ」


 茜は気を抜きすぎていた。

 ただの舌戦を繰り広げるだけかと思いきやこのありさまだ。


「……意外と武闘派だな」


 頬をさすりながらジュリナの方を向き直って不敵な笑みを浮かべる茜。

 そんな茜にジュリナは少し意外そうな顔。

 一般の少女であればジュリナの平手一発で心を折られ崩れ落ちてしまうだろう。そして許しを請い、泣き出してしまうのだ。

 だが茜はジュリナが言うような男に頼り切った、見た目通りのか弱い少女ではない。


「あれで泣かないんだ。悔しかったらやり返してみなよ」


 ジュリナは挑発するように笑いながら自分の左頬を差し出して来る。

 だが茜は殴らない。


「女を殴るのは……その、気が引けるというか」


 と、茜はもじもじしながら言う。

 一見するとフェミニスト見たいな言葉。茜自身も恥ずかしかったのかもしれない。

 だがそれがジュリナの逆鱗に触れたようだ。


「てめぇ! 粋がってんじゃねぇぞ! 男はもういねぇんだぞ!? 助けも来ねぇっつうの!」


 ジュリナは茜の胸倉を掴んで引き寄せ、怒鳴り散らす。


「だから……何だよっ」


 茜は負けじとジュリナを睨みつける。

 どれだけ強く頬を叩いても、どれだけ脅しても茜は涙を流さないし許しも請わない。男の助けなんか要らないと、逆に睨み返してくる。

 ジュリナは忌々しかっただろう。男に助けられないと生きていけない風貌を体現している茜がここまで心が折れない事に。


「ちっ、お前ら! こいつ逃げないように捕まえてろ!」

「は、はい!」


 へばっていた女子生徒達はヨロヨロと立ち上がる。

 数にして約三十名程の女子生徒に囲まれる茜。そしてこの場所は屋上という逃げ場のない場所。


「捕まえました!」


 茜は抵抗することなく、両腕を女子生徒達に掴まれ羽交い絞めにされる。これでは動くことも出来ない。

 

「放すなよ?」

「はい!」

「な、何をするつもりだ!」


 茜は震える声でしかし気丈に振舞って叫ぶ、という演技をした。ジュリナの、いじめっ子の手法を確認する為に。

 

「何をするってそんなん決まってんじゃんよ」

「痛いのは……嫌というか」


 これは本音だった。茜もただ殴られるだけのつまらない展開であればここからおさらばしたい。

 だがジュリナの思惑は違うようだ。


「あーしら女子だよ? そんな野蛮な事するわけないでしょ」

「さっきは平手で殴られましたけど?」

「うっせ」

「あんたジュリナに向かって何言ってんの?」

「ちゃんとわきまえて喋りなさいよ!」


 男であれば羽交い絞めにしたのならばそこで殴る蹴るの暴行を加える場面だろう。そうであれば護身用として公式に登録されている青桜刀を出現させるだけだ。

 だが女子の場合どうなるのか。茜の好奇心は尽きない。

 

「おい、あれ持って来い」


 そう言うジュリナに女子生徒が手渡したのはバリカンだった。

 何故バリカンを持ち歩いているのか。それは誰にも分からない。

 

「ま、まさか私を坊主に?」

「あたり」


 丸坊主と聞いて茜は力が抜けた。そんな事かと。

 茜はカットする際にどんな髪型がいいか聞かれた時、坊主を所望していた。だがセレナや雪花、エリザベスから猛反対されその要望は叶わなかったのだ。

 これは渡りに船というもの。

 

「ジュリナさん! 急にこいつ抵抗が弱くなりましたよ!?」

「ビビってんじゃないですか!?」


 ジュリナはバリカンに電源を入れ、モーターがうねりを上げ始める。


「ふん、急に大人しくなっちゃった。なあ、あんた茜だっけ?」

「そう……ですけど?」

「丸坊主にされたくないだろ? あーしと取引しようよ」

「取引?」


 ジュリナは茜の目の前にこれ見よがしにうねりを上げるバリカンを見せて脅しながら口を開く。


「あーしの命令聞くんなら止めてやってもいい」

「命令? どんな?」


 バリカンを止める為の交換条件とは何か。茜の探求心は尽きない。

 命令の内容を聞く茜にジュリナは歯を見せて笑う。今まで気丈に振舞っていた茜が弱みを見せたと思っているのだろう。やはり坊主が怖いか、と。

 取引に食いついたと思っているのだろうが、そんな暴力まがいを止める為の交換条件など、ろくでもないに違いない。


「唯って知ってんだろ? 随分仲いいみたいだったからさ、呼び出してくんね?」

「唯を呼び出す……」

「そう。気を許したあんたに呼び出されたらノコノコやって来るっしょ。そこであーし達が姿見せたらどんな顔するか見ものじゃん?」

「成程ドッキリをしたいと?」

「そう。呼ぶだけでいいよ? そしたら丸坊主止めてやるよ」


 呼び出すだけ。その後はもちろん唯が悲惨な目に合うに違いない。

 今までもこのような取引を持ち掛けていたのだろう。いじめを止めた茜のような正義の味方に。

 このドッキリが成功すればいじめられた生徒は裏切られたと絶望するだろう。自分を助けてくれた正義の味方が一転、いじめ側に強力するのだから。そして正義の味方も助けた生徒を陥れた事で罪悪感に苛まれる事だろう。

 これは醜悪で、悪魔のような取引だ。


「やるか、やらないか二択で答えな」


 そしてこんな悪質極まりない取引に茜が応じるわけがなかった。


「友達を売るなんて」


 そこで茜は歯を見せてにかっと笑い堂々と言い放つ。


「死んでも嫌だね!」

「てめぇっ……丸坊主、決定だかんね!」


 鬼の形相でジュリナはバリカンを振り上げる。

 

「あ」


 茜はふと、ここで冷静になる。

 もしここで丸坊主になったら、セレナはどうするだろうかと。

 セレナは茜が丸坊主にしたら首を飛ばすと冗談めかして言っていた。そしてセレナは茜に甘い所がある。

 そんな茜の髪を丸坊主にした女子生徒をセレナが許すだろうか。

 幸い今はイヤーセットはしていない。だが校内には多少監視カメラもある。それで関係者すべてを炙り出し、坊主にするのではないか。茜は良いが一般の女子生徒達はたまったものではないだろう。

 坊主ならまだいいがもっと怖い目にあったりしないか、と。


「あの、やめておいたほ――」


 茜はジュリナに待ったをかけようとした時。


「おやめなさい」


 女子生徒の声で待ったが入った。

 上品な口調で、ゆったりと。

 茜とジュリナ達はその声のする方向へ目を向ける。


「見苦しい……」


 さっきまで景色を眺め、黄昏れていたルココだった。茜達の方へ体を向け、ジュリナを睨みつけている。

 少し怒っているのは見苦しい場面を見せられているからだろう。


「あ、あんだよ! あんたには何もしてないだろ!」

「気分を害したわ」


 反抗するジュリナだがルココはそう言い放つ。

 自分の視界内で見苦しい事が起こっている。自分には全く関係のない事象でも、それは見苦しい光景で気分を害したから、と。

 まるで気分で死刑執行を行う女王様の言い分だ。


「はぁ? もう一度言ってみな!」

「気分を害したわ」


 ジュリナは抵抗し聞き返すが、全く同じ言葉をルココに返され黙ってしまう。

 その言葉は先程と全く同じ言葉と声音。

 だがそれを聞き返せば自分が危ないと、ジュリナは感じ取ったのだろう。少し気後れしたように言葉に詰まる。


「っ……そ、それはさっき聞いたっての! だからなんだよ!」

「私の視界から消えなさい。今すぐに」


 毅然とした態度で堂々とジュリナに言い放つルココ。

 ジュリナであればそんな女王様然とするルココに詰め寄って、喧嘩腰の言い争いが始まり、ついには平手打ちの応酬が始まる。そう思われたのだが、ジュリナの口から次の言葉が出てこない。

 やっと本物の女子対女子の喧嘩が始まるのかと茜は少しワクワクしていたのだが、そうはならないようだ。


「消えないなら、どうなるか、あなたなら理解できるわよね? 獄道ジュリナ」


 ルココはジュリナを真っ直ぐに見据えてそう言い放つ。

 獄道ジュリナ、その姓に茜は聞き覚えがあった。

 セレナが茜に送信してきたナインコード案件。目を通すだけでいいと言われた案件の詳細に獄道組という組織名があったのだ。


「ビジネスライクにいきましょう」


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