茜達の乗ったタクシーは舗装されていない道路を砂煙を上げ、猛スピードで東に進んでいく。
茜が後ろを見ると一台、更にその後ろにもう一台黒塗りの車が砂煙を上げて追いかけて来ていた。
「全く……」
茜はルークを挟んで座るルココを横目で見て溜息だ。
犯罪集団に追われる身となってしまう事がどれほど危険か、このお嬢様は理解できていないと。
「茜、もう事は起きてしまったのよ? 未来に目を向けなさい」
「こいつっ……」
誰のせいで起こったのか、と茜は問いただしたくなるがそれをしても時すでに遅しだ。
「ていうかさっきの涙はどこ行ったんだよ?」
ルココの目から溢れ出した涙。
それにより茜の意思が揺らいでしまった。
「やっぱり女の武器は涙よね~」
と、ルココはぬけぬけと言って笑う。
演技だったのかとも一瞬思うがそれをお嬢様であるルココが出来るだろうかと、茜は考える。
ルココは子供ながらにいくつかの会社を経営していた。ビジネスの場で涙など流せばいい笑いものだ。
「泣いたカラスがもう笑うとはこの事だな」
「笑顔の素敵なカラスなんでしょうね」
茜の嫌味にも動じないルココ。
やはり先程の涙は演技だと、茜は自分に言い聞かせるのだった。
「それで? 後ろの奴らはどうするね?」
と、タクシーを運転するサミーは問う。
白髪で年齢は六十代と言った所か。その老人も褐色の肌なのでギカ族だろう。
黒塗りの車は距離を詰め、茜達が乗るタクシーのすぐ後ろへ迫っている。
「抜かれないように左右に振って下さい! こちらで処理します!」
茜が言うと「処理って」と返して来るサミー。
「言う通りにしてサミー!」
「分かった分かった」
サミーは言う事を聞いてくれるようだ。
「こう見えてワシはタクシー歴は長いぞっ!」
黒塗りの車はどうにかタクシーをを止めようとしているようだ。
左右を追い抜こうと蛇行運転を繰り返している。更にクラクションを鳴らして警告までしてくる始末。
「ほっほ、煽り運転なんて何年振りかのぅ」
だがサミーは熟練の運転手のようだ。そんな事では動じない。
更に左右にハンドルを切って蛇行し進路を塞いでいる。
今走っている道路はギリギリ三台が横に並べるくらいの道。黒塗りの車は中々追い抜く事が出来ないだろう。
そして黒塗りの車に乗車している者達の目的はキリカ達。
「恐らく銃は撃っては来ないと――」
だから撃ち込んでは来ない。
茜はそう思って後ろを見た時だった。
「伏せろ!」
茜はそう叫んでルークとルココの頭を押さえる。
すると数発の乾いた破裂音。
「ぬぉお!? 撃ってきよった!?」
サミーが叫んで伏せ、運転が狂う。
黒塗りの車から放たれた弾丸はタクシーの後方、トランク辺りに当たっただけのようだ。恐らく威嚇射撃だろう。
「よし、皆しゃがんでろ!」
そう言って茜はドアを開き後部座席に寝そべって頭を出す。すぐそこには高速で通り過ぎていく砂の地面。落ちたらただでは済まない。
その茜の手には少し前に倒した男から奪い取った黒塗りの拳銃。後ろには銃声でタクシーがスピードを落とした所を詰めてきた黒塗りの車が見える。
そのタイヤに茜が構える拳銃の銃口が向けられた。
そして一発の銃声。
「うわああああ!?」
茜の狙いすました弾丸が見事左前のタイヤを撃ち抜いた。
黒塗りの車は道路からはみ出し、段差のある畑に落ちて行った。そしてゴロゴロと転がって、中にいる男達は外に投げ出されていったのだった。
「ちゃんとシートベルト締めないからだな」
「ひゃっほぅ! 流石だ! お嬢ちゃん! やるなぁ!」
ルームミラーで横転する黒塗りの車を確認し、年甲斐もなく喜ぶサミー。
だが茜とは逆サイド。タクシーの右側には黒塗りの車がいつの間にか横付けされていた。
「みぎみぎ!」
「しもた!」
「うわっ!?」
気づいた時にはもう遅かった。黒塗りの車から銃口がサミーを的確に捉えている。
油断したサミー。
直ぐにカバーしたい茜だったのだが驚いたサミーの運転で落ちそうになり、その足をルークに掴んでもらって何とか助かっている状態だ。
「止まれ! さもないと撃つ!」
あくまでも無傷でキリカ達を誘拐したいのだろう。黒塗りの車からそんな怒号が聞こえてくる。
「サミーさん。弁償するから許してね」
「へ?」
それはルココの声。
弁償するとはつまり何か壊すという事だ。
と次の瞬間、サミーの運転するタクシーを震わせるような大きな衝撃に襲われる。
「なっ、なにぃいい!?」
続いてそんな男達の悲鳴が聞こえてくる。
茜が開け放たれたドアを何とか掴んで状態を起こすとそこには宙に舞う黒塗りの車。
「え? どうゆう――」
茜も訳が分からなかった。
なぜ自分達を追って来た車が宙を舞っているのか。
それは追ってきた男達も感じている事だろう。何故自分達が車ごと吹き飛ばされているのか。
宙を舞い、回転する車。その側面に無数の穴が開いていたのだ。
「まさかっ」
「お見事です、ルココ様」
「これくらい訳ないわ」
ルココを称賛するフォン。そのルココの手には先程のレイピアが出現している。更に言えば後部座席のドアが吹き飛んで無くなっていた。
これはルココが共鳴強化で体を強化し、レイピアで後部座席のドアごと黒塗りの車を何度も串刺しにしたのだ。更にその衝撃で車ごと吹き飛ばしたのだった。
この力は長島達よりも上、超人級の共鳴力だ。
「ちょっと前から思ってたけどルココって得意な武器は棒じゃなかったのか?」
茜が桜之上学園でルココに挑んだ時、ルココは確か棒を使っていた筈だ。
茜も棒はさほど扱った事は無かった。だがトップエージェントの茜とルココは互角に戦えていた。
ルココにとってレイピアは茜にとっての青桜刀と同じ護身用武器として登録されているだろう。金持ちのお嬢様であればその銃刀所持の許可は取っているに違いない。だが何故棒ではなくレイピアなのか、茜には分からなかった。
「棒は何だか面白そうだったから最近使い始めたの。私が得意なのはレイピアよ。全国大会優勝もレイピアで……」
ルココの得意武器は棒ではなかったようだ。
その棒に茜は苦しめられた。レイピアでは負けてしまうかもしれない。
と、茜は思いながら口を開く。
「でも再戦はしないからな」
「それはいいけど……」
ルココはそう言って何故かそっぽを向いた。
そして茜の足を抑えてくれているルークは何かをまじまじと見て何故か鼻血を出している。
「鼻血? どこか打った――」
そこで茜は気づいた。
ルークが何をまじまじと見ているか。
茜はタクシーから転げ落ちないように大股開きで左足をひっかけ、右足をルークに抑えてもらっていた。
そのルークに茜のスカートの中身が丸見えになっていたのだ。
茜は車の中に戻り、ワンピースのスカートを抑える。
「子供にはまだ早いぞ? だがよくやった」
「……う、うん」
と、脚を掴んでくれたルークの頭をポンポンと叩いてやる。
「あ、あそこ!」
そんな中、キリカが何かに気づいて指をさす。
その先を見ると十字路があり、その傍らに黒塗りの車。その外には長袖長ズボンの金髪の男がスマコンで何か話している。
そして茜達の乗ったタクシーが前を通りすぎる時には急いで乗り込みエンジンをかけたところだった。
「まだ見張りがいたか」
茜が行きたかった場所はギカ族がすむプルアカ村という場所。
この道が最短なのだろう。キックス犯罪集団もそこで張り込み、ギカ族の誰かが通りがかるのを待っていたに違いない。
「サミー!」
「ようし! 掴まってな!」
タクシーは更にスピードを上げる。
だが黒塗りの車の方がスピードが速い、見る見るうちに追いついてくる。
「サミーさん! 右側塞いで!」
黒塗りの車はタクシーの右側へ位置どった。
だがサミーは一向にハンドルを切る事は無い。これでは追い抜いて下さいと言っているようなものだ。更に連絡が入っている事から今度は過激な行動に出るかもしれない。
「サミーさん!?」
茜がもう一度怒鳴るように叫ぶとサミーは左手を上げてそれを制す。
「まあ見てな。お嬢ちゃん」
「え?」
サミーの左手の指がさっきまでは五本あったのに今は四本。一本減っている。
更に一本減った。
「三」
そしてサミーがその本数を数える。
続いて指が折られる。
「二」
その時、黒塗りの車がタクシーに横づけした。銃を持った手が窓から出されて。
今度は止まれという警告はない。静かに、その銃は運転手であるサミーに向けられている。
そしてまた指が一本折られた。
「一」
黒塗りの車が丁度タクシーの横に並んだその瞬間だった。
何かが衝突する音。
それと同時にまた黒塗りの車が宙を舞う。
「うわぁ……」
後部座席に座っていた茜達はただただそれを見上げ、そんな言葉しか出てこない。
縦に何回も何回も回転した車はアトラクションと揶揄するにはあまりにも酷過ぎる回転量。
やがて車はけたたましい衝撃音と共に地面に叩きつけられたのだった。
「いやあ、あの道はでかい穴ぼこが出来てもうてなぁ。あんなスピードでつっこみゃあそらそうなるわなぁ」
「流石サミー!」
サミーはそう言って肩を揺らして笑い、それにつられてキリカも笑った。
地元ならではの地の利というやつだろう。
「な、成程……」
何故右側を開けたのか、納得した茜がポツリと呟いた。
だがまだ終わりではなかった。後ろからまだエンジン音が追って来る。
「お、しつこいな」
「タフねぇ」
後ろを見れば黒塗りの車がまだ追いかけてくる。
車のバンパーは取れかけて地面を擦り、フロントガラスはバリバリに割れている。にもかかわらず、まだ追いかけて来ていたのだ。
「大丈夫さぁ、もうここら辺はプルアカ村に近い」
「また穴ぼこでもあるの?」
「いやぁ……あ、ほら」
プルアカ村に行くにはもう少し距離がある。
そこでサミーが指さしたのは小さな小屋。
そこを通り過ぎる際、サミーは少しスピードを落とし、体を乗り出して手を上げる。
するとその小屋の外にいた複数人のギカ族の男達が手を挙げて笑って挨拶していた。
この場所を通る時にはいつもそうしているのだろう。
だがその男達の手にはライフルが握られていた。
「ここで不審者はふるい落とされる」
ルームミラー越しに茜を見てサミーはにっと笑う。
その直後、連続する破裂音と共に爆発音が聞こえ、黒塗りの車は追いかけてこなくなったのだった。
これは王族との戦争で防衛線を張ったから。茜は資料でそれがあることを知っていた。だから直接プルアカ村に行く事をせず、まずはギカ族である二人に接触を図ったのだった。キックス犯罪集団もそれを狙っての事だろうが茜達の方が上手だったようだ。
それに茜はふーッと溜息をついて座り直す。
「何とかなったな」
「私も役に立ったでしょ?」
そこへすかさず、得意げにのたまうルココ。
だが茜の表情は冴えない。
これでルココもこの案件に関わってしまった。そしてキックス犯罪集団に狙われるかもしれないのだ。気安く役に立ったなんて言えはしないのだ。
「お姉さん……」
そこでルココと茜の間に居たルークが茜を見上げ声を掛けてくる。
「ん?」
「お姉さんは侍なの?」
侍とは大昔、日和の国にいたとされる刀を扱う者達の事。
茜の使う青桜刀を見てそう思ったのだろう。世界で侍と言えば日和の国、日和の国と言えば侍と言われるくらいに有名だからだ。
「うーん……似たようなものかな?」
刀を使うものを侍というのであればそうなのだが厳密に言うと違う。
だがそれを説明するのが面倒なので茜は曖昧にそう答えたのだった。
「すごいっ……」
「やっぱり茜さんは侍だったんだ! 初めて見た!」
キリカも後部座席に体を乗り出し、そんな事を言ってくる。
キリカもルークも茜を見て尊敬の眼差しを向けていた。それは茜に侍の姿を見たからだろう。
「あはは……」
厳密に言えば違うが、小さい子供が目を輝かせているのだから無理に夢を壊す事もない。
だから茜は愛想笑いをするだけ。
だが次にルークが口にするのは茜にとって衝撃の言葉だった。
「侍時代の女の人は下になにも履かないって……本当だったんだね」
「……え?」
そう言えば、と茜は気づく。下半身がいつもよりスースーしているなと。
茜は元男。下着には面積の多いパンツを履いていた。だが少女になってからというもの、その面積の少なさにいつも履いてないような感覚に襲われていたのだ。それが良くなかった。
「茜……あんた」
そして茜が今朝、風呂場から担ぎ上げられてベッドに寝かされた際、白のワンピースは着せられていた。だが下着までは着せてくれなかったようだ。ダイバースーツも上から着こむだけで気づかなかった。
先程の大股開きのスカートの中を覗いて鼻血を出していたルーク。そこから導き出される結論は、
「ツルツルなのね」
茜は居ずまいを正し、背筋を伸ばし、少し顔を赤くしたのだった。
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