セブンアイズがわざわざ日和の国にやって来た理由は茜だった。
だがその理由が分からない。
茜が首を傾げて訝し気に男を見る。
「どこから話そうか……そうだなぁ、四年前、獄道組に機動隊が突入した時の事を話そうか」
「はぁ」
「あの時、強行突入した機動隊幹部の長島、大島、中島。この三名の暗殺命令が出ていたようだ」
その理由は恐らく赤鬼を見てしまったから。
それは茜も疑問い思っていた。もしもそれらを管理しているのがブラッドオーシャンであれば長島達は殺されている筈だ。キルミア国の共鳴識層測定機開発者も口封じにあっていた。
だが彼らは殺されていなかった。
「情報元は?」
「上島からさ」
男が言う上島と茜が知っている上島は同一人物で間違いないだろう。
そしてその男の一言で茜は得心が行った。木島文香の死を装った理由がこれではっきりしたのだ。
「つまり……」
「上島はセブンアイズのスパイだ」
茜は上島が獄道組側か、警察側か正直判断がつかなかったのだ。
だがやはり上島は警察側だったのだろう事がわかる。
「上島は僕達に助けを求めてきた。だが僕達は日和の国には手を出さないと宣言している。だから君だけでどうにかしろと。君にはそれだけの地位を与えたのだからってね」
上島が警視にまで昇格したのはセブンアイズの力あっての事だったのだろう。
セブンアイズの目があれば凶悪な犯罪や迷宮入りの犯罪を解決する事などお手の物だ。
「だから上島警視は――」
木島文香を殉職した事にし、獄道組に仇名す機動隊を解体、森島以外を地方に飛ばした。更に長島達の報告書を改竄し、赤鬼の事実を抹消。
だがそれは長島達を守る為だった。森島は警察に危険な事をさせないよう、木島文香の死を利用して見張らせる。結果的に警察は獄道組に手を出せなくなりやりたい放題出来るが、それを交換条件に長島達の暗殺を回避させた。
と、上島が警察側の場合の筋書きを茜がまとめると男はうんうんと満足そうに頷いた。
「表向きは獄道組に協力すると見せかけてね。当時の機動隊は上島をさぞや恨んでいるだろうけど」
「まあ、それが狙いなんだとしたら上手くいっていますが……今度関係者に会った時に誤解を解いておきますよ」
「助かるよ」
そこで分からなくなるのが何故四年後にセブンアイズがやって来たのか、という事。
「なのに何故僕達が四年後……今ここに馳せ参じたか。信じられないだろうが僕達は数年先の未来が見える」
それはセブンアイズについて噂程度だが茜も耳にしている為、頷いた。
「だから上島がどう乗り切るかを見てみたんだ」
「四年後を見たからファウンドラ社の人間に会いに来たと?」
ファウンドラ社である茜も犯罪組織ではあるが異なる思想を持つ組織セブンアイズの人間には会ってみたかった。
逆もまた然りだろう。
皆好奇心が旺盛なのだ。
「いや、見えなかったんだ」
「え?」
だがここで茜は肩透かしを食らう。
「大きな力を持った者はセブンアイズを盲目にする」
この未来をセブンアイズは見えなかったようだ。獄道組へ突入する今日という日が分ったのはセブンアイズにファウンドラ社が協力を要請したからだろう。
であれば何をしにここに来たのか。
茜はその疑問を問う事にした。
だがそれはやはり好奇心によって突き動かされたという事がわかる返答だった。
「その大きな力の持ち主が誰なのか知りたかった」
「大きな力……」
それに茜は心当たりはある。四年前と先日バドルに向けてはなった茜色の奇跡という大きな力。
そしてそれを示すように男は先程茜を見つめていた。
「それがつまり……私だと?」
「まさかこんなに可愛らしい少女だとは思いもしなかったけどね」
男はおどける様に笑い茜に視線を向けてくる。
大人の雰囲気を醸し出しながらも何故だか子供のような振る舞い。
そんな子供じみた好奇心に茜は呆れてしまった。
「そんな事の為に手を出さないと宣言までした日和の国にわざわざやって来たんですか?」
笑う男に、茜は愛想笑いも出来ず溜息だった。
そこに男は口を開く。
「ただ一つ、気になっていた事があある。アルドマン孤児院の事だ。獄道組ならいつでも潰せたと思わないかい?」
「確かに、警察と手を組んでいる獄道組なら多少荒っぽい事をしても罪に問われる事は無い」
「では何故、アルドマン孤児院を四年間放置し続けたのか」
「目的は分かりませんが、誰かが獄道組に圧力をかけていた?」
茜はアルドマン孤児院の事があってこの依頼を受ける決意をした。
だとすればアルドマン孤児院も茜をおびき出す餌だったのかもしれない。
「君はその誰かに心当たりがあるのでは?」
獄道組は終末の悪魔を使役していた。
それらを制御できる組織を茜は一つしか知らない。
「最近、世界各地で少し気になる事が起きている。遺跡から古代の遺物が盗まれた事を君は知っているだろう?」
それは間違いなく、先日のバドルが身に宿した悪魔に関連する事。その原因となった事象だ。
「そして君達が先程戦っていた化物。それは古代の遺物とつながっている事も知っているね」
流石はセブンアイズといったところだろうか。茜達が知っている事に関して、全てお見通しだ。
お見通しであれば隠す理由もない。
茜は素直に頷く。そして現状を理解した茜に気づいて男は「素直でいい子だと」笑って返したのだった。
「ではその化物を提供している組織の名は?」
「ブラッドオーシャン」
「そうだね。だが彼らに決まった呼び名はないようだよ」
「え?」
「ブラッドオーシャンは便宜上の呼び名。正式な呼び名ではなく、正式な名称も存在しない。だから今まで彼らの動向が表に出てこなかった。周到で用心深い奴等さ」
そもそもブラッドオーシャンという名前は血の海となった凄惨な現場を見て誰かが呟いた言葉に過ぎない。
それが今でも都市伝説のように語り継がれ、本当の名前が聞こえてこない。それはつまり正式な名称がないという事なのだろう。火のない所に煙は立たないように名のない組織に噂は立たないのだ。
だがそんなブラッドオーシャンの動向をセブンアイズは探っているようだ。
「……彼らの目的は?」
「分からない」
「え? セブンアイズなのに?」
と、茜は口を突いて出てしまった言葉を押し戻すように手を口に当てるが一足遅かった。
「おい! さっきから失礼だぞ!」
助手席の女が身を乗り出して茜に手を出してきたところを男が手で制す。
「先ほども言ったように僕達の目は万能ではないんだ。大きな力には無力だ。君も例外ではないように」
つまりブラッドオーシャンと呼ばれる組織も茜同様、大きな力を持っているという事だろう。
「彼らは何らかの目的の為、特異な力を収集している。化物共を集め、獄道組に貸し出し資金を集めていた」
獄道組は四年前の天空都市襲撃後、桜之上市の土地を大量に買い漁り、様々な企業に貸し出している。裏で大金が動いていた事は茜も把握していた。だがそれをどこかに流している情報はまだ掴んでいない。そこまでセブンアイズは把握しているという事だろう。
「成程。じゃあ、あの赤鬼と青鬼も?」
「高額でね。始まりは日和の国中枢に入り込んだ政治家。それを通じて警察に圧力をかけ、獄道組を野放しにさせる。獄道組は荒稼ぎしブラッドオーシャンへ資金提供していたようだ」
「あ、あの! そこまで話しちゃってもいいのですか!? こんな子供に」
いくらファウンドラと言っても茜の見た目はまだ少女。
どんな経歴かを知ればそんな事を言わないだろうがセブンアイズからは茜の正体が見透かせないらしい。だから不安になるのだろう。自分達が握っている情報をペラペラと喋ってしまう男が。
「いいんだ。僕達の行動理念はあくまで改革であって平和ではない。そこは君達ファウンドラに頼みたい」
男は軽く助手席の女の言葉をいなしそんな事を言う。
確かにそれは改革を行動理念とするセブンアイズではなくファウンドラ社の範疇だ。情報はくれてやるからお前達で後は何とかしろとでも言うように。男はファウンドラ社に丸投げするつもりなのだろう。
「尽力します」
「もちろん情報は提供しよう。ブラッドオーシャン……彼等もまた僕達の目で見るには限界がある。だから人力で探らせたんだ。すると彼らの背景にとある計画が浮かび上がった」
「計画?」
それはブラッドオーシャンがバドルや魁人、バリーのように触媒体質の人間に悪魔を乗り移らせ、実現したい事。
その計画の名称。
「SG計画」
と、男の口から出てきたのはイニシャルトークでもしているように秘匿された計画名。
SGとは何かの頭文字をとった計画だろう。
「詳細は分からない。だが彼らの後を僕達が必至に調査して得た情報がそれだ」
「そう、ですか」
茜は何がそれにあたるか思案する。だがいくら茜でも、それだけで特定するのは不可能だろう。
「心許ない情報で申し訳ないが」
「あ、いえ……助かります。そう言えば……ええと、あなたの名前、聞いていいですか?」
「僕の……名前か」
「呼称でもいいです。なんて呼べばいいか困るので」
謎で包まれたセブンアイズ。
そのセブンアイズのメンバーの名前を知ることが出来ればファウンドラ社としてはその素性を調べ、その傾向や思想、やりたい事等が分かって来る。
そして仇名でも分かればそこから他のメンバーの役割なども割り出せるかもしれないのだ。
「ふふ、君の探求心とファウンドラへの貢献、忠誠心に敬意を表して教えてあげよう」
見透かされていた。
出来るだけセブンアイズから情報を取得しようとする茜の思惑が。
苦笑いする茜に、男は不敵に笑い疑問に答えてやった。
「僕の名前はシェリオット、セブンアイズの創始者だ」
「……え?」
茜は目を点にして瞬かせるのだった。
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