光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第51話 ~不気味な青年登場~

公開日時: 2023年8月14日(月) 08:08
文字数:4,047


 茜はアットホームな雰囲気と光帰省の予行演習にいたたまれなくなったので、腹ごなしと称して外を出歩くことにした。

 時刻は既に二十一時を回ろううかというところ。子供であればもう寝る時間帯だ。

 日和の国は治安がいい。だが雪見にはこんな時間に美少女一人が出歩くのか、と心配されるくらいには良くないようだ。

 

「私も一緒に行こうか?」

「周りがどんなふうに変わったか見て回るだけだし、別にいい」

「そう? じゃあ何かあったらすぐ連絡するのよ? お姉ちゃんが駆けつけてあげるからね」


 さっきの事を根に持っているのだろう。雪花は自分の方が姉っぽいと頑なに譲らないのだ。

 更に「お姉様とお呼び」と言いながら手を振って見送ってくる始末。茜は無視して玄関をでる。


「あいつ……どう考えても私が姉だろ」


 と、飛空艇内で泣きべそをかいていた雪花を思い出して呟く茜。

 だがバドルに捕まった時、泣きべそかきながら助けてくれた事を思い出す。


「まあ、どっちでもいいか」


 どちらにせよ本当に雪花の家の子になるわけではない。

 その無駄な思案を投げ捨てて夜空を見る。

 夜空には星が輝き、半分欠けた月が雲の隙間から顔を覗かせていた。

 初夏という事もあり寒くはなく、暑いという事もなかった。


「しかしここら辺はめちゃめちゃ変わったなぁ」


 雪花の周りは畑だったり田んぼだったりしたのだが、現在では一軒家が所狭しと乱立している住宅街となっている。

 この時期はライトや月明りが無ければ真っ暗の田舎だった。現在は街灯があちこちに灯り、コンビニやスーパーが明るく周囲を照らしている。道路も舗装されて広くなり歩きにくさもない。交通量も多く、車が行き交っている。


「これじゃあもう道路で遊べないな」


 昔は道路でキャッチボールやサッカーをしたものだと、望郷に浸る茜。

 ほぼ車の通らない道路上でサッカーをしていたのは良い思い出だ。今の交通量では無理だろう。

 

「川も埋め立てられてるなぁ。ザリガニ捕まえられないじゃん」


 川だった場所はコンクリートで埋め立てられている。

 しかしカエルの鳴き声はするのでその下に通っているのだろう。と周りを見渡しても覗けるような場所はない。

 茜は諦めて歩を進めて昔よく遊んだ高台にある公園に行きついた。

 周辺には家は少なく、夜も遅いため子供もいない。


「ここは変わらないか」


 ここも雪花や剣達とよく遊んだ場所だ。

 しかしこの公園の入り口に立ち入り禁止の看板。更に鎖による規制線が張られている。その横に工事予定内容の詳細が書かれた看板も掲げられているので何か建物が出来るのだろう。

 子供の時分によく遊んでいた場所だけに、茜は少しショックを受けているようだ。


「マンションか……どれだけ人が増えるんだか」


 現在では観光が盛んになっているという。天空都市に唯一襲撃された場所として有名になり過ぎたようだ。

 ますます昔の面影が無くなってしまうなと、溜息をつこうとしたら後ろから男の声がかかる。


「四年前の天空都市襲撃で有名になったからね。ここの地価は高騰するからって買い占められちゃったらしいよ」


 背後から声を掛けられ、茜は思わず背筋をびくつかせ固まってしまった。

 それは街灯があるとはいえ薄暗く、人気のない場所で背後から男に話しかけられたから、というような一般的感覚からではない。

 少女の姿になったといっても茜は裏組織のエージェント。一般人よりも五感には優れている。

 然るべく、背後から襲い来る敵や人混みの中でも殺意を持った者の気配は察知する事が出来るのだ。

 更に茜はレゾナンスだ。レゾナンスの感覚は一般のそれよりも優れており、達人にもなれば数百メートル圏内の人々の動きも共鳴力の微妙な動きで分かるという。

 敵意が無くても一般人であれば背後をみすみす取られはしない。


「悲しいよね」


 だがその男は様々な感知機能を全てかいくぐり、茜の背後に忍び寄ったのだ。間違いなく一般人ではない。

 恐る恐る茜が振り向けば人影が。足もある。幽霊ではない事は確かだ。

 視線を上げれば、まだあどけなさの残る青年だった。

 年齢は茜と同じか少し下だろう。

 月光に照らされたからか、顔は青白く不健康そうな印象を受ける青年だ。髪はボサついて、目の下にはクマが出来ている。


「ごめん……そんなに驚かせるつもりはなかったんだけど」


 青年の目には茜の驚く様が異様に映ったらしい。口をついて謝罪をしてしまう程に。

 だがその表情に悪びれた様子は一切ない。申し訳なさそうに眉を八の字にするでもなく、済まなさそうに笑うでもない。無表情を無理やり笑顔にしているような違和感のある表情。全てが異様だ。


「昔、僕もここで遊んだんだけどなぁ」


 青年は歩み寄って茜の隣に立ち、懐かしむように言葉を吐いた。

 青年はそこで茜を見てニコリと笑う。茜は横目で見るが青年の目は笑っていなかった。

 更に青年は歩を進める。そこはもう立ち入り禁止区域だ。

 だが青年は全く気に留める様子もなく、立ち入り禁止の看板を跨ぎ、公園内に侵入した。茜はそれを目で追うだけ。

 青年は立ち止まって振り向き、茜を見据える。


「ねぇ、入ってみない? 君も来なよ」


 青年は手を茜に差し伸べる。

 だが茜は手を取ることはない。

 わざわざ茜の背後に忍び寄り、更に人気のない所におびき寄せる青年。


「怖がらなくていい。さあ、おいでよ」


 青年は微笑みを顔に張り付けたまま、そう言って差し出した手を更に突き出してくる。

 表面だけの薄っぺらい笑み、というのであればその意図や悪意をすぐに見抜けると茜は自負していた。

 しかし青年の表情からは何処か楽しい事がこれから起こる、という期待感が滲み出ていた。月の光に照らされたそれは少し気味が悪い。

 こんな人気のない所でそんな事起きはしないはずなのに。


「怖くないよ?」


 まさに犯罪者の口上。明らかにこの青年は危険人物だ。絶対について行ってはいけない人物。

 だがそれは見た目通り一般人で、か弱い少女であればの話だ。

 茜はそうではない。不可解で不可思議な青年がいるのであれば、それが一体何者なのか、何を目的として接触してきたのかを確かめずにはいられない。それがファウンドラ社の裏組織のトップエージェントである。

 茜が青年の手を取らないのは受動的に行動するのではないという意思表明に他ならない。


「一人で行ける」


 茜は青年の手を手の甲で払い退け、規制線をまたいで公園内に侵入した。


「そう」


 少し訓練されたエージェントであれば危険を察知し、踵を返して逃げる状況に茜は強気にも突き進む。

 ただ、青年はそんな強気の茜を見て、月の光で更に目を輝かせた。

 公園内をすたすた歩いていく茜の後ろを青年は意気揚々と追いかける。

 茜は紐や鎖で固定された遊具を見て回る振りをしながら青年を警戒するが今のところ特に動きはない。

 公園自体はとても広い。

 あちらこちらに遊具のほかに健康器具、小高い丘や滑り台等が置かれている。ここは桜之上市で一番大きな公園でまさに子供達の遊び場だった。

 だがどれも手入れされていないのか錆付いている。子供がぶら下がる紐は今にも千切れそうな状態で放置されていた。周辺は雑草で生い茂っており、手入れはされていないようだ。

 やがて辿り着いた屋根付きのベンチは小さい子達の親が使用していた場所だ。

 

「この休憩所って変わった形をしてるよね」


 青年は休憩所の柱に手を当てて見上げながら茜に話しかけてくる。

 六角形の少し変わった形の休憩所。

 太い六本の柱と中央に穴が開いた屋根が特徴的だ。日は射し込む雨も入ってくる。


「上の屋根がぽっかり空いてて訳が分からないけど、僕が子供のころは屋根によじ登ってさ」

「穴から飛び降りて遊んでたな」


 茜もその経験があるようだ。

 さほど高くない屋根。更に柱は上る為ではないだろうが格子状のくぼみがあり、そこに脚をかけて登る事が出来るのだ。

 

「上から飛び降りれるかどうかで度胸があるかどうか決めてたよね。下が石畳で怪我する子は多かったけど」

「飛び降りれない奴は弱虫ってバカにされるんだよな」


 多く子どもがいる場所で飛び降りる事が出来なければ馬鹿にされ、できれば英雄扱いされる。それが原因で無理やり飛んで怪我する子供が多いのだろう。

 茜は六角休憩所の中央に入る。そこから見上げると先程よりも綺麗な星空を眺める事ができた。


「君ってこの辺の子?」

「ずっと前にね。最近こっちに戻ってきた」


 青年はフーンと何度か頷きながら柱にもたれかかり、「だからか」と小さく呟いた。

 茜にはその意味が分からない。そして青年の意図もまだ分からない。

 だから茜はさっさと青年の真意を暴きにかかる。


「私も聞きたいことがある」

「何? 何でも聞いて」


 青年は少し嬉しそうに茜を見る。暗くてよく分からないが青年は笑っている。


「お前は誰だ? 何故私に付きまとう?」


 いきなり青年を変質者呼ばわりする茜。


「付きまとう? 公園に先に入ったのは僕だけど?」


 そんな事を言っているんじゃないと、茜は青年を睨みつける。

 茜の意識の外からすぐ近くに侵入できるものはそうはいない。それは相棒である剣でも難しい事。

 それをやってのける青年は只者ではない。その只者ではない青年が茜に近づくには相応の理由があるはずだ。

 茜の胸中を察したのだろう青年は返答を待たず口を開く。


「ふふ、バレたらしょうがない。正直言うよ」

「言ってみろ」

「君がとても可愛かったからさ。だから一緒に夜の公園でデートでも、ってね」


 茜は誰がどう見ても美少女でその理由は的を射ている。

 だが茜の返答は少年にとって辛辣なものだった。


「世界を震撼させるギャグをありがとう。それで、本当の理由は何だストーカー野郎」


 いきなりそんな事を言われたら普通であれば青年も怒る所だろうし怒っていい。

 茜の勘違いであれば床に額を擦りつけて謝るしかない。

 しかし青年の表情はその茜の一言で一変する。

 唇を避けんばかりに釣り上げてより一層笑顔になったのだ。暗さも相まって邪悪な悪魔のようにも見える。


「見た目と違って威勢がいい……ノコノコついてくるもんだから頭すっからかんの馬鹿女かと思ったぜ」


 青年の口調が変わる。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート