光は昔から唯の事が好きだった。
唯はいじめを見かけたら見て見ぬふりは出来ず、道行く人の迷惑行為も注意せずにはいられない正義感が強い性格だった。だがそれ故トラブルは絶えない、少し困った性格だった。
そんな唯を見かねて、昔は光と剣がバックアップをしていた。
正しいと思った事を平然と口にし行動できる唯に茜は惚れていたのだった。だが茜も剣も四年前から疎遠になり、バックアップが居なくなった唯はただのか弱い少女。然るべく、このようにトラブルに巻き込まれてしまったという所だろう。
「あ、唯! あんたがいじめられてたの!?」
「え? 雪花!? 久々~」
散っていった野次馬の中から雪花が颯爽と現れ、唯と両手でハイタッチした。唯はもちろん雪花とも幼馴染である。
だが茜が横目にそんな雪花を見てチクリ。
「助けもせず」
「う」
「よくもまあのうのうと」
そう言って雪花に顔を近づけて見上げる茜。
雪花は顔を逸らすが茜が追ってくるので目を合わさぬよう顔を左右に振って避けるが振り切れない。
更に茜の追及は続く。
「何事もなかったかのように、さも今来ました~みたいな顔で、よく出てこれたな」
「うぅ」
「すがすがしいくらいにクズクズしいとはまさにお前の事だなぁ、えぇ?」
いじめからは助けず見て見ぬふり、しかし友達としての体裁は保つのだからやはり雪花は二面性があるのだろう。
更にそんなぐうの音も出ない雪花の大きな胸を人差し指でついていじくってる茜。
「薄情者めっ、これでも中身は良いと言えるのか?」
とは登校途中に話していた、茜が雪花がときめかない理由が雪花の中身だった。
中身は良いと豪語していた雪花だがここにきて、茜の言うクズクズしさが露見してしまう。
「い、言えません……ごめんなさい……」
「ここに脂肪を溜めるくらいなら、人を助けて徳を積んだ方が良いのではないか~? ん~?」
演技を変え口調を変え、茜はまるで底意地の悪い姑にでもなったかのように雪花をなじり倒す。
茜は雪花の豊満な胸に指を突きさして突っついて楽しそうだった。
「……はい、次からはこの身を惜しまず……って」
しかしそんな楽しそうな茜を突如、不幸が襲う。
「いっ!?」
今までいいように胸をいじられていた雪花が茜の小さな顔を片手で掴んで持ち上げたのだ。
「あんたが女で油断してたけど……誰が胸触っていいっつったのよ?」
「すみません……ひょっとしたら、いけるかないたたたたたたっ!」
「雪花!?」
そんなやり取りを唯は雪花に落ち着いて制止し、なだめて茜を開放させてやる。
「茜ちゃん、いいのよそんな……それに私を助けちゃったらいじめられちゃうから」
「誰かいじめられてたのを止めちゃったとか?」
と、茜が尋ねる。
いじめは連鎖する。いじめを止めれば止めた人が、それを止めればまた次の人がいじめられるのが定番だ。
そんな負の連鎖に関わりたくない為、野次馬達も教師も止める事をしない。そしてジュリナの取り巻きも、自分がいじめられる側になりたくないからいじめる側にまわっているだけなのだ。
「ううん、私の場合そうじゃないんだけどね」
すると一瞬無言になった唯は気まずそうに視線を逸らす。
何か悩み事があるのだろう。
そして定番の理由とはまた別の、番長ジュリナにいじめられる理由があるようだ。
好きな人が困っている。であれば茜はその理由を聞きださなければならない。
だがそれを聞く前に唯は茜に向き直って深々と頭を下げた。
「その……ごめんなさい!」
「え? 何が?」
「茜ちゃんがいじめられたら……」
いじめの標的が茜に移るかもしれないと、唯は心配しているようだ。
だが茜にそんな事、心配無用だ。何故なら茜は裏組織のトップエージェント。一般の女子高生にいじめ負けする程弱くはないのだ。それだけの力がある。
「私なら大丈夫。それにそんな事、覚悟の上で止めたんだからさ」
頭を下げる唯の肩を掴んで引き上げてやる茜。そして爽やかに、笑顔でそんな事を言い放つ。
いじめは連鎖することぐらい、茜は分かっている。
そしてそのいじめの主犯格、ジュリナがあれほどの屈辱を受けて黙っているわけがない。しかもか弱く、美人である茜に妨害されたのだ。あまつさえ茜に男である剣をけしかけられた、という被害妄想を抱いている様子。
恥辱、屈辱、嫉妬。ジュリナはその全てを受けたと言っても過言ではない。内心穏やかではないだろう。茜が一人になったところを狙ってくるかもしれない。
「じゃあ、私が茜ちゃんを守る!」
茜の華奢な体は庇護欲をそそるのだろうか。それとも人一倍正義感が強いからか、唯はいきなりそんな事を申し出てくる。
今回、唯を守ったのは茜だが剣が介入したせいでその実力はまだ見せていない。
茜はか弱い。唯の方が体格的には少しだけ大きいし熱い正義感を持っている。だから唯は茜がいじめられた際には何処へでも駆け付ける所存だろう。
そしてその言葉は最近、茜は別の者からも言われた言葉。
「こういう言葉は男じゃなくて女の子に言われたいもんだよな~」
茜の事を守ると言い放った男を横目に嫌味ったらしく言う。
だがそれは茜の中身が男だからに他ならない。茜のそんな言葉は剣には理解不能だろう。
「なんだよ」
「べ~つに~」
茜は唯に向かって手を差しだす。握手を求めているのだろう。
理由は茜と唯が同じ境遇になった事への記念。
「じゃあこれで運命共同体ってことで」
「え?」
「標的にされる同盟」
「あはは、そうだね」
茜と唯はがっちりと握手し、見つめ合った。先程あったばかりなのに昔から見知っているかのような雰囲気だ。
唯は笑顔だが少し戸惑っている。
それは後ろ向きな同盟だから、という事もあるだろう。だがもう一つ、何故こんなにか弱い、庇護欲をそそる美少女がこれ程頼もしく見えるのだろうか、と。唯は思ってしまったからだった。
そこへ雪花が肩をすくめて口を挟んで水を差す。
「変な奴だから気にしなくていいわよ」
と、ぬけぬけと言葉を吐く。
だが言葉を吐く相手が悪かった。
「友人のいじめを見て見ぬふりするような奴に言われたくないなぁ」
茜は雪花を見もせず、すまし顔でそう言った。
「うう……死にたい」
「雪花っ?」
雪花は床にへたり込む。子供に言われた事といい、今といい、雪花は打たれ弱い。
唯がポンポンと背中を軽く叩いて慰めてやる。
そして茜も流石に悪いと思ったのか、救いの手を差し出してやる。
「雪花、元気出せよ」
「茜……」
「友人を前に助けないなんて雪花らしいっちゃ雪花らしいよ」
その差し伸べられた手は握ればいくつもの仕込まれた棘せり出してくる罠。
茜のいやらしい罠に、雪花は更に背を丸めてしまう。
そしてその茜の言葉は一見すると励ましているか貶めているか分からない言葉。そんな言葉は周囲に伝染するものだ。
「そ、そうだよね! 大丈夫だよ雪花! 雪花は雪花でいいんだよ!?」
慌てて唯も救いの手を差し伸べるがその手には天然の棘が無数に張り巡らされている。
言い換えればクズはクズでいいんだよ、と言っているようなものなのだから
茜とは違い、純粋な唯の言葉。雪花は棘だらけの手で飛びつかれた気分だろう。
「唯……それ、とどめだから……」
「へ?」
地の底に落ちた雪花を尻目に、茜は唯の心配を払拭してやる。
「それにいざとなれば剣もいるから」
茜は剣の肩に手をポンと載せる。身長差があり過ぎる為、少し背伸びをする茜。
剣は茜を守る役目も担っている。そういう契約だ。
だから唯を守る茜を剣が守ると連鎖的にいじめからは守られる筈。茜もなんだかんだいって剣を頼りにしているのだ。
「ああ。お前は俺が守る」
剣は茜を見据えてそう言い放つ。
公衆の面前で。
臆面もなく堂々と。
「ちょ、剣っ」
「ん?」
それに茜はびくついて一度剣を嫌そうな顔をして睨み、恥ずかしそうに顔を逸らしてしまう。
剣のその言葉には単純なようで様々な意味合いが込められている。
例えば今のように剣が茜に言えば事情を知らない唯からはどうみられるか。
好きな女を守る為であればこの身を盾にしてでも守り通す。そう宣言する男と捉えられてもおかしく無いのだ。
茜は迷惑そうに剣に問いただす。
「その……剣さあ」
「なんか変な事言ったか?」
「あー……あんまりそういう事、公衆の面前で言わない方がいいと思うけどなーって」
「なんでだ?」
あまりにも鈍い剣。
今度は剣の顔面を殴りたくなる茜。現に右手で拳を作り、強く握っている。
しかしもう遅い。その言葉によって変な解釈をしていないか危惧している人物の表情を確認すると、茜はぎょっとした。
剣の言い放った言葉は事情を知らない一人の少女を恍惚の表情に染め上げていたのだから。
「二人って……そういう関係?」
まるで映画でよくある、命に代えても守ると誓った戦士と護衛対象のお姫様でも目の前にしたように、唯は二人の顔を交互に見ながら軽い悲鳴と共に問う。
そしてそれを言われて一番頭が痛くなるのは茜だろう。自分の好きな人に付き合っていると勘違いされたのだから。
茜は剣を睨みつける。
「ほら! こうやって勘違いされるだろ!?」
「あ」
と、剣が遅れて自分の言葉の意味を理解しすると、すぐさま顔がかーっと赤くなる。
「かーっ、じゃねぇよ! 何赤くなってんだよ剣! 唯、私達は全然そんな関係じゃないからね!」
「え? 違うの?」
茜は慌てて唯に弁明する。
現在茜は女なのだが、やはり好きな人に勘違いされるのは抵抗があるのだろう。茜は必死だ。
「うう……」
そんな必死な茜に剣は顔をうつむける。
雪花に続いてうなだれる剣。だが剣に告白させたい茜はそれが悪手な事に気づく。
すぐさま弁明しなければと取り繕う。
「あ、いやでも……多少は頼りにしているというか」
その言葉を聞いて剣は分かりやすく俯いた顔を少しだけ上げたのだった。
「はぁ、何でこんな面倒な事に……」
茜は小声で呟いた。
それが聞こえる位置にいたのは雪花だけ。
「あんたのせいよ」と雪花は心の中で呟くがまた何か手ひどい返しが来るのを考慮して黙っておくことにした。
「唯、行きたい場所まで送るよ」
「うん、ありがとう」
唯は実技があると言っていたので、そこまで茜が送ろうというのだろう。
俯く剣を置いてきぼりにして茜は唯と一緒に歩き出してしまう。
いじめの対象である唯と新たないじめの対象になった茜を二人で歩かせては鴨が葱を背負って歩くようなものだ。
剣は何とか立ち直り、二人の後を追おうとすると雪花がポンと肩を叩く。
「剣、茜はツンデレだからさ」
「え?」
「だからあれは好きの裏返しって事よ。多分」
「そうか」
そんな雪花の適当な慰めに剣は安堵の溜息。
雪花としてもさっさと茜に自分は光だと話して欲しいところだろう。
「べ、別に俺は茜の事は何とも思ってないからなっ」
剣は嬉しそうにそして恥ずかしそうに顔を上げて茜の後を追うのだった。
素直じゃない剣。これではどちらがツンデレなのか分かりやしない。
だが剣の表情から茜に気があるのは明白だ。
「おやおやぁ、これは脈ありですかな?」
などと雪花は呟き、ほくそ笑んでいた。茜が剣に打ち明ける日も近いと雪花は確信するのだった。
そんな茜達を遠巻きに覗き見る人物が。
「あいつら……絶対許さないかんね」
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