光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第151話 ~茜を肩車する雪花~

公開日時: 2023年12月13日(水) 18:09
文字数:4,119


 狂化薄心症を発症すると体が壊れぬように設けられたリミットが外れ、限界以上の力を行使してしまう。

 茜と試合した時には共鳴力が除かれた場所だった。だが今は違う。共鳴力で強化したまま発症した場合、どうなるか。恐らく共鳴力を存分に使用し暴れてしまうだろう。

 然るべく、狂化薄心症を発症したルココはフランツに猛攻を掛けていた。

 

「ふふっ」

 

 不気味に笑いながら。

 ルココの突きがフランツを襲う。

 空気を揺るがす衝撃と金属が硬いものにぶつかる音。


「ほぉ、使用人をやられて気分を害したか?」


 ルココを睨みつけながら口を開くフランツ。

 先程の突きよりも格段に威力が増したそれ。だがそれもフランツは手の平で受け止めている。ディアン族の秘術の硬化は狂化薄心症を発症したルココでも貫けなかったようだ。

 だがそこでフランツは何かに気づく。


「……気でも触れたか? 何故笑っている?」

 

 狂化薄心症の症状であるルココの笑顔に気づきフランツは少し戸惑っている。しかし当然ルココからの反応は無く、猛烈な突きが返って来るだけ。


「これは……狂化薄心症か?」

 

 そして意外にもフランツはその症状を知っていたようだ。

 狂化薄心症は日和の国で多い症状であり他国ではあまり知られていない。なのにフランツは何故か知っている様子。

 その間にもルココの猛攻は止まらない。


「ぐっ!?」


 そこで初めてフランツは小さな呻き声を出した。

 それと同時に聞こえてくるのは先程カーターが気絶した時と同じバチバチという放電する音。


「なんだ?」


 茜が音に気付いて横目に見ると信じられない事にルココのレイピアが帯電していた。

 雷でも纏ったようにバチバチと音を立ててレイピアの刀身に纏わりついている。

 レイピアに何か仕掛けがあるのかとも考えられるがルココは今、平静さを失っている。そんな仕掛けを起動したとは考えにくい。

 だとすれば答えは一つ。自身の生まれ持った資質を自分で認知し開花させる明鏡共鳴に他ならない。

 その考えにフランツも至ったようだった。


「電流……雷……ルココ……まさかこの少女はっ」


 フランツは呟き、そして唐突にある者の名前を呼ぶ。

 

「茜とやら!」

「へ?」


 それは何故か茜だった。

 壁門の外から突っ込んで来た兵士の足を丁度、撃ち抜いたところで茜が振り向いた。


「呼んだ!?」

「このルココという少女の姓はなんという!?」


 フランツはルココの突きを躱しながらルココの姓を茜に尋ねてくる。

 ルココと名前で呼んでいたのは茜だけだ。だから茜に尋ねたのだろう。

 

 茜は考える。フランツに素直に教えるべきか。

 現状、ルココの力が上がったとは言えまだ劣勢。しかも動きが雑になり、経験豊富であろうフランツにとってはむしろ戦いやすくなっている。現に先程まで受けていた突きも、帯電した事もあるかもしれないが余裕で躱している。

 更にルココは世界でも有名なエクレールグループの一人娘。教えても悪いようには働かないだろう。むしろ忖度し、手を抜いてくれるかもしれない。

 

「エクレール! その子の名前はルココ=エクレール!」


 だから茜は素直に教えてやった。

 その茜の返答にフランツは目を丸くする。


「やはりそうか……どうしたものか」


 茜の思惑通り、フランツは困り顔になり距離を取りながらルココの猛撃を躱している。

 これでしばらくフランツは抑えられるだろう。だがその状況に安穏ともしていられない。現状、ルココではフランツを倒しきることができないのだ。

  

「マリーさん! ツクモ教授!」

「は、へ? 私?」

「なんだい茜」


 茜はフランツとルココの戦いを呆然と見ていたマリー、そしてシャベルを無くして成す術が無くなったツクモを呼んだ。

 そして駆け寄って来たツクモに茜はすぐさま銃を渡す。


「入口見ててもらえますか?」

「いいだろう」

「……わかったわ」


 ツクモも銃くらいは扱えるだろう。

 そして先程ツクモを裏切り、更にバンカー王国を裏切るという二重の裏切りを行ったマリーはばつが悪そうに頷いて銃を構える。だからそのマリーの肩をツクモはポンと叩いた。


「まあ敵の敵は味方ともいう。昔の事は水に流そうじゃないか」

「で、ですよね!」


 マリーはバンカー王国側とは敵対している。そして茜達を裏切った事は間違いないが被害は出ていない。茜も味方になってくれるのであれば心強い事だろう。

 茜は二人に壁門を任せ雪花と気絶したフォンの所へ。


「雪花、フォンさんの容体は?」

「うん、大丈夫。肺が折れた骨で貫通してるけど軽傷よ」

「そうか、それはよかっ……ん?」


 肺に骨が刺さったら軽傷ではないだろう。だが雪花が軽傷というのであればそれは心強いばかりだ。


「それよりどうしたの?」

「ああ、こっちの戦況がやばくなってきた。私もルココに加勢する」


 フランツは困り顔だが対処する方法はいくらでもある。ルココの隙をついて気を失わせれば済む話なのだ。だからそうなる前に茜も戦う準備をしなければならない。


「それで私は何をしたらいいの?」

「万力手袋ある?」


 握力を十倍にするという万力手袋を茜はホテルに置いてきてしまった。だから雪花に借りに来たのだ。

 茜は今、か弱い少女の力以下しかない。だが当面の敵であるフランツは超人級強化型のレゾナンスであるルココの突きを止める剛腕の持ち主。いくら青桜刀が茜以外には重くなるといえ、限界がある。


「万力手袋は無いけど、これあるわよ」


 雪花が指さすのは今自分がしている黒色のグローブ。

 ホテルで開いたジュラルミンケースの中にあったグローブだ。一応これも万力手袋の性能を持つ。


「ああ、それ貸してくれ」

「え……うん、いいけど」


 手を差し出す茜に雪花は一瞬どもる。

 そんな雪花に茜は少し首を傾げる。しかしその理由はすぐに分かった。

 黒いグローブを外した雪花の手の甲は照りがあり、ぬっとりと汗で濡れていたからだ。

 黒いグローブを茜は受け取ると目を細め、思わず鼻を近づけクンクンと嗅いでしまった。


「やめてええ! 臭いを嗅ぐのは卑怯よ!」


 雪花も乙女だ。自分の汗が染み込んだ手袋を臭われるのは抵抗があるのだろう。しかもそれが臭かった時は目も当てられない。


「落ち着けよ、そんなに臭わなかったから」

「そんなにってなによ!」

「じゃあこれ、かり――」


 茜はグローブを片手にはめた。だがびくついて一つ身震いし、すぐにそっと外したのだった。

 雪花の手の甲はじっとりと汗で濡れていた。ならばグローブの中は言うまでもない。


「し、仕方ないじゃない! 怖いじゃない!」

「やっぱりいいです」

「敬語止めて! 気遣いなんていらないから!」

「雪花……」

「可哀そうに見つめるのもやめて! 傷つくから! トラウマになっちゃうから!」

「大丈夫、今回は素手で十分だ」

「ど、どうなっても知らないからね!?」

 

 茜が立ち上がるとほぼ同時、ルココのうめき声が。


「ルココ!」

「大丈夫、気を失っているだけだ。それで?」


 地面にルココを寝かせ、立ち上がるフランツ。

 そして立ち上がった茜を見据えて口を開く。


「次は君かな? 茜とやら」

「そうかもね」

「ツクモ教授側の人間は全て殺せとの命令だ。悪いが死んでもらうぞ」


 ツクモ側の陣営が生存している場合、財宝を均等に振り分けなければならない。今探している財宝は国が買えるほどと言われている。それはバンカー王国にとって大きな損失なのだ。


「前王族から十年で、大した忠誠心だな、フランツとやら」


 茜はフランツと同じように言い返す。

 前王族に仕えていたフランツ。その前王族を殺した現王族に鞍替えし仕えるフランツの忠誠心を皮肉る茜。


「それが我々の仕事だ」

「成程、マリーさんもあんたに愛想を尽かせるわけだ」


 茜の言葉に、マリーも気になったのか茜を見る。そしてそのまま父親であるフランツを見た。だがフランツもまたマリーを目だけで見て視線を逸らす。


「親子の事に口は挟まないでもらおうか!」


 フランツは言って茜に突っ込んでくる。


「せい!」


 そのフランツの突進に合わせて茜は青桜刀を振った。

 だが青い閃光で軌跡を描いた茜の一閃は途中で止まる。

 

「なんという重い一撃……」


 茜の一撃を腕で止めるフランツ。

 その一撃はとても重かっただろう。雪花でも持ち上げられない程の青桜刀の重量を腕で受けたのだから。

 フランツは不思議だったに違いない。茜の華奢な体の何処にそんな力があるのかと。


「だがまだまだ! ふん!」

「あ」


 茜の重い一撃はフランツに通じなかったどころか、その剛腕が青桜刀を弾き返したのだ。更に茜の握力では弾き返される青桜刀を掴んでいられなかった。


「あ~、私の青桜刀が」


 弾き飛ばされた青桜刀は壁に突き刺さった。茜の手の届かない位置に。


「ほらぁ! 言った傍からこれだ~、ていうかシャベルにしろその刀にしろ、どうしてあんた達はすぐに武器を手放すのよ!」


 雪花の予想通り、青桜刀は茜の手を離れた。

 そしてそれが意味する事はこの場の戦力が一気にバンカー王国側に傾くという事だ。


「ツクモ教授、マリー! そこまでだ! 武器を捨てろ!」

「ふむ。これは万事休すと言ったところか」


 マリーとツクモは壁門の外に撃つのを止めてフランツを見る。

 銃弾も青桜刀も効かないとなればもう茜達に打つ手はない。


「お父様……」

「マリー……残念だ」


 目を伏せがちに言うフランツ。

 マリーは国王であるアヴェルを撃ってしまっている。死刑は免れない。

 実の娘が死刑になるのはフランツも心苦しいものがあるだろう。

 そして抵抗の無くなった壁門から一人の男が。


「ん? お前はっ」


 その男は不思議な事にツクモや茜ではなく、フランツ目掛けて凄い速さで突進してくる。

 更に腕を振り上げて殴打の構え。


「無駄だっ」


 フランツは体を硬化させ出鼻をくじく構えだ。

 男の腕はフランツの硬化した腹部を撃ち抜いた。


「ふん、私にそんな拳が通用するとでも――」


 フランツは余裕の笑みを見せながら両膝を突く。


「がっ……はっ」

「お、お父様!?」


 マリーの父を心配する声。

 それをよそに、フランツは地面に突っ伏して悶え苦しんでいる。

 その表情は何が起きたか分からないと言うように困惑の色が滲んでいた。更に脂汗と冷や汗が滲み、刻まれた苦悶の皺をなぞっている。


「お」


 雪花に肩車してもらい、壁に突き刺さった青桜刀に手を伸ばしている茜がそれに気づく。

 

「剣じゃん、おーっす」

「なにやってんだお前……」


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