それはファウンドラ社特殊部隊の頂点に立つ女性、セレナだった。
この悲惨な状況を見て投げかけられるその言葉にはかなりの重圧と殺意が込められている。
「ん? どうした二人共――」
先程へりを落としたマインが異変を感じてシリウス達に歩み寄って来る。
「来るなマイン! 退避だ! 退避しろ!」
「え?」
すかさずシリウスが無線機でフードの女に報告しようとした時だった。
その無線機と手が真ん中から切れてずれ落ちる。
「なっ!?」
「もう終わりです。観念なさい」
「なっ、おい! しりう――」
と、マインが叫ぶも体勢を崩して倒れ込む。
見れば足と腕を欠損していた。その断面は鋭い。目にもとまらぬ早業で既にセレナに斬られていたようだ。
更に魁人の体も上と下に分割され地に落ちていた。
「い、いつの間に……」
シリウスの言うように退避しようにも脚を使えない二人。
共鳴強化で身体能力を極限まで高めたセレナの姿は悪魔憑きであっても捉える事が出来ない素早さ。
「くっそぉおお!」
シリウスは逆の手の平から羽を出して飛ばす。先程、護送車の運転手に放ったものと同じだろう。刺されば先程の運転手同様、石にされてしまう。
すると乾いた金属音。その飛んできた針をセレナが持つ白い刀、光芒刀で弾いた音だ。
「無駄な足掻きは見苦しいですよ」
「ふっ……ど、どうだかな」
弾かれたにもかかわらず、シリウスの笑みは消えない。
セレナがはっとして刀を見ると刀が石化されている。そしてその石化が進み既にセレナの手に届いてしまっていた。
「……これは?」
「もう遅い。棘が当たった先が人体だろうが武器だろうが石化の毒は伝染していくんだよ」
「成程。空想上の動物、コカトリスのようですね」
その間にもセレナの腕は徐々に石化されていく。
「どれだけ強かろうと悪魔だろうと……お前はもう終わりだ」
セレナはその石化する腕をまじまじと見つめ口を開いた。
「……どうやら私の腕をあなたの共鳴力が侵食しているようですね」
「そうさ。それが全身に回ればもうただの石。残念だったな桃色の――」
「であればその共鳴力を私の共鳴力で上書きしてしまえば宜しいのでは?」
「え?」
シリウスは信じられないと目を見開いた。
何故ならセレナの石化が止まったからだ。それどころか石化がどんどん解除されて行く。
「この通り」
「くっ、共鳴同化型の持ち主って事か……それもかなりの」
と、シリウスは額に冷や汗を掻く。
シリウスの石化の能力は他人の体を自分の共鳴力で侵食する力のようだ。雪花はそれを使用しバドルの体内を破壊したり、傷を癒すヒーリングとして使っていた。
そしてそれはセレナも使用できるようだ。以前フェリー屋上でバドルへ奇跡を放つ際、茜は共鳴力が暴走していた。その茜の力を散らしたのもその応用だ。
そして次の瞬間にはシリウスの体は真っ二つになっていた。
「五人……いくら私でも全員を捕まえるのは骨が折れるので」
更にセレナはシリウスの体を刻んでいく。
五人というのはセレナが共鳴力で感知したブラッドオーシャンの人数だろう。
「あなたには消えてもらいます」
セレナとしては出来るだけ生かして捕らえ、情報を引き出したい所。
しかし、如何せん敵の人数が多すぎる。今この場にいるのはセレナ一人。であればある程度人数を減らし、残りを生け捕りにと考えるのが普通だろう。
だが相手は体を切り落とした所で再生してしまう。
現にシリウスの体は胸に近い所から再生していく。
「成程、聞いた通りの再生力ですね」
「くそがっ」
シリウスは身を翻して逃げようとする。
「では」
と、セレナが一振りすると少し離れた場所のシリウスの体が頭を残して消え去った。
セレナによる共鳴放出だ。
茜が放つ奇跡よりも威力を抑えた共鳴力。
小島であれば両腕に共鳴力を込めて放出していた。それをセレナは刀に込めて放っているのだ。
そして小島とは違い間髪入れず、セレナの刀が振られ放出された共鳴力がシリウスを襲う。
「やばいっ」
セレナともなれば共鳴力を込めるのに数舜の時間があれば十分なのだ。それでいて小島よりも威力は高い。
どんどんシリウスの体が消えていく。
「どこまで耐えれるのでしょうね」
と、まるで実験でもするかのようにシリウスの体を胸元から徐々に削っていく。再生する暇も与えず、淡々と、無表情で。
まさに桃色の悪魔と称するに相応しい姿だった。
その時、横から隊列にいたと思われる刻まれたパトカーが飛んでくる。
「死ね!」
先程護送車を投げてヘリを落とした怪力を持つマインだ。
だがセレナは身動き一つしない。
「させませんよ!」
飛んできたパトカーはくの字に折れ、方向を九十度変えて吹き飛んで地に落ちる。
「ありがとうございます。天照さん」
「遅れましたセレナ様! 車を安全な所に止めるのに手間取りまして」
天照省吾だ。
車で追ってきたは良いもののこの襲撃のせいで高速道路は渋滞していた。
だからセレナは車を降り、走って向かったのだ。
天照も車を邪魔にならない所に止めて今駆け付けたのだった。
「ではそちらはお任せします」
「承知しました」
良い返事をして、天照はマインと魁人と対峙する。
そしてセレナは最後の一振り、と刀を振り上げる。
「塵のようになっては再生できないのでしょう?」
茜の放った奇跡でバドルは消え去った。
完全に体を消し去れば再生は出来ない筈だ。
それを証明するように、シリウスは焦るように口を開く。
「まっ、まってくれ!」
「待ちません」
その時、地面が揺れ動く。
「これは」
高速道路の地面を引き裂いて何かがせり出してきた。シリウスとセレナの間を引き裂くように。
無色透明のそれは護送車の隊列を止めたクリスタルの柱だ。
そしてほぼ頭だけとなったシリウスの背後から女性の声。
「シリウス! 大丈夫かい!?」
「助かりました姉御! もうちょっとでやられる所で……」
シリウスは体を再生しつつ、クリスタルで分断してくれたフードの女にお礼を言う。
安堵の表情を浮かべるシリウスに対して、フードの女の表情は冴えない。
「いや……こいつが出てきたからには私達も無事では済まないよ」
シリウスの反応でフードの女がこの騒動の主犯格だと分かる。
「今すぐにげ――」
「シリウス……どこかで聞いた名前ですね」
フードの女が逃げようと踵を返した丁度その目の前。先程クリスタルで引きはがしたはずのセレナが立っていた。
シリウスの体はまたしても小さく刻まれ、頭だけとなってセレナに持ち上げられている。
シリウスと言えばキルミアでバドルと同じ共鳴識層を持っていた人物、シリウス=トーバという男だろう。
「一つ問います。あなたは首を飛ばしても生きていますか?」
と、フードの女にセレナは脅すような言葉。生きたまま連れて帰り、事の顛末を全て喋らせる為。
「……生憎私は生身でね。こいつみたいに再生能力なんてない。お手柔らかに頼むよ……」
フードの女は地面を一つ蹴るとセレナとシリウスの生首の間の地面からクリスタルが。
その拍子に放されたシリウスの首をフードの女はキャッチする。
フードの女はそれをポイっと後ろに投げる。それを身をひそめていたもう一人のフードの男が受け止めた。
「シュラ! シリウスを持って逃げな!」
「はい!」
シュラと呼ばれる男は走り出す。切り刻まれたパトカーの残骸を押しのけながら。
「逃がすか!」
それを天照が見つけて追いかける。
その後ろからマインと魁人が天照を襲う。
「行かす訳けねぇだろ!」
飛び出てきた魁人が天照を殴りつけるがそれを片手で難なくいなし、魁人の腹に数発拳を打込んだ。
「ぐっ」
その横からパトカーを前に押し出しながらマインが天照に突っ込んでいく。
「うおおおお!」
だが天照はそのパトカーを手刀でいとも簡単んに切り裂いた。更にその裂け目からマインの懐に入る。
「くっ、この」
腹に拳を連打しそこから頭、胸、脚と範囲を広げていく。マインは殴り返す事すら出来ない。
天照はセレナから悪魔の対処法を聞いている。だから打撃で相手を圧倒するのみだ。
そこへ魁人が拳で横やりを入れてマインを助ける。
「おい! 大丈夫か!?」
「ああ……この男、この国のトップの実力者、皇宮護衛官だそうだ……まともにやり合うな!」
「よくご存じで」
天照は自分の正体を言い当てられて苦笑いだ。
護送の計画を早めたのは内通者によるもの。情報は全て筒抜けのようだ。
その時、またしても地面からクリスタルが。しかも今度はなん十本ものクリスタルを出現させる。
「行け! マイン! 魁人!」
フードの女の仕業だろう。
地面に触れていれば近くであればどこからでもクリスタルを出せるのだろう。
そしてフードの女は悪魔憑きではないと言っていた。生身だと。
であればあの力は恐らく明鏡共鳴の使い手。資質を自分で認知し開花させたレゾナンスだろう。
自分の周囲にも幾重にもクリスタルを出現させ壁を作っている。
だがそんな何重にも重なるクリスタルを省吾とセレナが破壊し簡単に突破してくる。
「逃がしませんよ」
と、セレナはフードの女に迫る。
「くっ……こいつら化け物か!?」
「言いがかりはよしてください。化け物はあなた達ですよ」
桃色の悪魔、等という不名誉な二つ名を気にしていたセレナ。だからどうしても悪魔だの化物だのと呼ばれることに抵抗があるのだろう。すぐさま言い返す。
そして誰がどう見ても化物は悪魔憑きのブラッドオーシャンの方だ。
だがブラッドオーシャンに化物と言わしめるセレナは化物以上の存在に他ならない。
「姉御! 伏せて!」
セレナがフードの女に迫ったその時、男の声。更にオレンジ色の光が発せられた。その直後、直線的な閃光がセレナを襲う。
それはこの護送隊列を切り刻み、全滅させた光だった。
それがセレナ目掛け、縦に引き裂こうと襲ってくる。
セレナは下がり難を逃れるが後の切れたパトカーが更に二つに分断される。
それは先程シリウスを抱えて逃げたシュラという男だった。どうやらフードの女が気がかりで戻って来たようだ。
「厄介ですね」
「お任せを!」
天照は気配を察知しパトカーの残骸に潜んでいるシュラを見つけ出す。
「そこだ!」
省吾はパトカーごとシュラを弾き飛ばす。
「ぐっ、何という力」
更に省吾はそのパトカーを押しのけてシュラを晒す。そして急所へ何発もの拳を叩き込んだ。
「うぐっ」
シュラは膝を突いて頭から突っ伏してしまう。
「シュラ! 意識を飛ばすな! 死ぬぞ!」
と、それはフードの女の怒声。
と共にクリスタルが出現し天照とシュラは分断させられる。
「くっ、厄介な」
次々と出現するクリスタルに、天照はいったん距離を取る。
シュラは手をついて何とかとどまった。
「く……そ、危なかった。ありがとうございます! あね――」
と、フードの女に礼を言うシュラだが、次に見た光景はセレナによって背後を斬られるフードの女の姿。
「姉御!」
「く、来るなっ!」
と、フードの女の声。
セレナはフードの女を生け捕りにするつもりだ。先程の振りは峰打ちだった。
「あんた達は逃げな!」
「で、ですが!」
逃げようにも逃げれないシュラ。それをマインが掴んで小脇に抱えて走り去って行く。その逆側にはシリウスの上半身。
「逃げるぞ!」
「だがっ!」
「俺達が居たら姉御の迷惑になる!」
「……分かった」
マインがシュラを諫める。そしてその後ろに魁人も続く。
フードの女はセレナに背を打たれ、逃げる気力もなくなったのか、地面にへたり込んでいる。
そのフードの女に剣先を突き付けるセレナ。
「セレナ様? その女性は?」
「どうやらブラッドオーシャンの、この襲撃犯の頭目のようです」
「え?」
天照が見ればフードを目深にかぶって顔は分からない。
だがその目は鋭く、白銀の瞳。
顔つきは二十代後半か、といった所。
「あなたはブラッドオーシャンですよね?」
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