「え?」
一番聞かれてはいけない人物の声がフランツの茶色を基調とした軍服の胸辺りから聞こえてくる。
フランツは胸ポケットにしまっておいた手のひら大の無線機を慌てて取り出した。そして手に取り目をやって裏返したりを繰り返す。
「何故……電源を入れてもいないのに」
『少し細工しておいたのだよ』
更に無線の先からはそんな言葉。アヴェルの顔が見えないというのに醜悪な笑みが透けて見えるような声。
『私は前国王の護衛をしていたお前を端から信用などしていない』
「そんなっ」
『そして……どうやらフロイ王子が生きていたようだな。お前はもう用済みだ。十年間ご苦労様だったな。そこでフロイ王子と共に死ぬがいい』
「こ、国王様!?」
それを最後に無線は途絶えた。
悪い事にフロイ王子の存在が現国王のアヴェルにバレてしまった。
「お待ちを! 国王様! 国王様!?」
細工をしたと言っていた為こちら側からアヴェルの無線機に直接通信は出来ないだろう。
「いやぁ、びびった。おしっこ漏れそうだったな、雪花」
「え!? ちょっとやめてよ! そんなところで!」
「失礼な、漏れてないよ?」
「ていうか、いい加減降りなさいよ!」
「なんか楽でさぁ」
雪花の首に跨っている茜。
それを剣がじっと見つめてそれに雪花が気づく。
「茜の……」
「剣、キモッ」
「君達っ、危機感がなさすぎやしないか!?」
バンカー王国国王であるアヴェルはここにいる全員を殺すつもりだ。フランツの言う通り、ふざけている場合ではない。
「でもこっちには剣が居るし、大丈夫じゃないですか?」
と、雪花はあっけらかんと言い放つ。
フランツの硬化を一発で打ち破った剣の存在に雪花は危機感を感じていないようだ。
だからフランツは説明してやる。危機感を持たざるを得ない状況を。
「あいつらは恐らく……戦艦を起動するつもりだっ」
とはバンカー王国に攻め込んだ時に使用した兵器だろう。
そしてフランツが裏切りの宣言をしたことでアヴェルは戦艦を使役し、国民を虐殺するに違いない。もう一刻の猶予もない状況なのだ。
「このままでは国民が大変な事になってしまう!」
フランツは取り乱し、頭を抱えて「何とかしなければっ……今から国王に直訴して……」と呟いている。
そこに茜が一言。
「そうでしょうか?」
と、さらりとそう言い放つ。
「なにっ?」
「今ここに次期国王候補がいるんですよ?」
「だからなんだっ!?」
「私が国王ならまずはここを狙うと思いますが?」
「そ、そうか、そうだな……い、いやっ、君はフロイ王子を囮に使うつもりか!?」
焦燥感漂う表情から一転、茜を睨みつけるフランツ。
どちらかと言えばその無線機の仕掛けを見抜けなかったフランツに落ち度があるのだが。
傍にいたマリーもフロイもそんな表情豊かなフランツに苦笑いだ。
だが茜はそんなフランツの怒気にも動じず口角を上げて笑う。
「落ち着いて下さい、フランツさん。フロイ王子を守り切ればこちらの勝利ですよ」
その時、けたたましい轟音。
更に地面を揺るがす衝撃波と共にすぐ隣の壁が吹き飛んだ。その余波で茜のふわふわの髪がなびく。
皆一様にびくついて身を低くする。エドガーはキリカ達の頭を押さえて抱き寄せた。
「なんだなんだ!?」
周囲を見渡して警戒するエドガー。
続いて遅れてくる砲撃音。
「まさかもう戦艦が!?」
そう言うフランツの顔は真っ青に染まっている。
フランツは戦艦を海洋に待機させていると言っていた。そして島は海洋上に浮かんでいる。砲撃の指示を出せばすぐ届く場所に待機していたのだろう。
「いやぁ、今のは流石に少し漏らし……」
「えええ!?」
「てない」
振動と驚きで揺れる雪花の上から落ちそうになる茜は少し焦り気味に一言。もう少しずれていれば全員壁の下敷きになっていただろう。
「もう! 降りなさいよ!」
雪花の上から壁門を指さして誘導する。そして覗いてみると一隻の船が沖に向かっている。恐らくアヴェルが乗っている船だろう。その向かう先には黒く大きな塊が。
「何あれ!?」
「あれがフランツさんが言っていた戦艦だな。名前は記載されてなかったけど主砲の四十六センチ砲が三基。十五センチ砲も搭載しているらしい」
バンカー王国が持っている戦艦についてはファウンドラ社で調べがついていた。だがその名称が記載されていなかったのだ。
茜達の後ろからフランツが覗き込み一言呟いた。
「スカイゲイザー」
「え?」
「空を見つめる者……バンカー王国の最高戦力の戦艦、スカイゲイザーだ」
「スカイゲイザー?」
茜は思わず聞き返す。
「そうだ。何故か戦艦の名前は秘匿していたようだが国王が酔っている時にぽろっと言っていた」
「スカイゲイザー……空を見つめる者?」
その軍艦の名称のイニシャルに茜は引っかかった。
「SkyGazer」セブンアイズの自称創始者であるシェリオが先日、茜に教えてくれた計画と同じイニシャルだった。そして側近であるフランツにまで秘匿しているという所がひっかかる。
だから今度は茜が呟いた。
「SG計画」
「ん?」
「フランツさん。SG計画って聞いた事はありますか?」
「SG計画? すまないが聞いた事は無いな」
「そうですか」
ただの偶然か。と茜は肩を落とす。
だがバンカー王国が手を組んだキックス犯罪集団はブラッドオーシャンと関係があると茜達は踏んでいる。ならそのキックス犯罪集団と関係を持つバンカー王国もまたブラッドオーシャンと繋がりがあると考えるのが自然だ。
そこから更に茜が思案を巡らせようとするがそんな暇は与えてくれないようだ。戦艦スカイゲイザーから黒煙が噴き出したのだ。
「まずい!」
赤く熱せられた砲弾が猛スピードで茜達に向かって飛んでくる。
茜が言ってその砲弾の着弾地点から離れようと身をひるがえす。その直後、剣が茜の前を通り過ぎ壁門から飛び出していく。
「ふん!」
そして拳を一振り。
唸りを上げて空を進撃してくる赤い砲弾を剣の拳が捉えた。
轟音を打ち鳴らし、激突する砲弾と剣の拳。
空気が震え、その衝撃が全身を駆け抜けていく。
更に壁門を支える地面が衝撃でたわみ、波を打って茜達を下から突き上げる。
「きゃっ」
「うわっ」
雪花は茜を落とさないよう、何とか持ちこたえようとしたが茜の重さでか、尻もちをついてしまう。流石に茜はそこで地面に降りた。
そして隣のフランツは信じられないとばかりに剣を見る。
「まさか四十六センチ砲弾を拳で受け止めただと!?」
四十六センチ砲弾など食らったら生身の人間は跡形も残らないだろう。
だが剣の拳は硬化の秘術を持つフランツの腹を打ち砕く。砲弾を弾き返す剣の剛腕は身に染みて分かっているだろう。それにフランツも腹落ちするというもの。
「お前ら! 俺の後ろから出るな! 連続で撃たれたら防ぎきれないかもしれない!」
「かもしれないんだ……やるわね剣、普通一発でも無理よ」
「そこはほら、剣だから」
「彼は一体何者なんだ……」
茜はすぐさま剣の後ろに皆を呼んで身を低くさせる。
その間にも砲弾はひっきりなしに飛んでくる。剣が届かない壁門の上部は跡形もなく吹き飛ばされ、、そして中庭の彫像。はては城の後方にまで砲弾が命中する。
「あの国王を人質にしておくべきだったな」
ルココとフォンを抱きかかえて連れて来てくれたツクモがそう呟いた。
今までもそうして危機を脱してきたのだろう。
「いや、殺しておくべきだった……」
確かにフランツの言うように殺しておくべきだった。そして戦艦の乗組員に近づき制圧し、国民の身を守るのだ
「くっ、マリー! 何故あの時王を一発で仕留めなかった!」
「も、申し訳ありません! お父様!」
「まあまあフランツ。もう終わった事だ」
マリーを理不尽な言葉で殴りつけるフランツ。それをなだめるフロイ王子。
「この親父も最低だな……」
そして実の父である大吾の所業と重ねて呆れる茜。
◇戦艦にて
その頃、バンカー王国最高戦力の戦艦、スカイゲイザーにアヴェルは乗り込んでいた。
「国王様! ご無事で!?」
国王達を兵士達が迎えに出てくる。
「ああ、首尾は?」
「はっ、城壁にいくつか命中、その背後の青い城にもいくつか当たってしまいました」
城の中には恐らく財宝があるだろう。その財宝が金塊等であればさほど価値は下がらない。芸術品や宝石の類であれば少々の損失となる。
「ふん、多少構わん。奴等を殺せるのならな。一人くらいは殺せたのだろうな?」
「壁の前に男が立ちはだかり、その拳によって致命打を与えられません」
「な、なにぃ!? 四十六センチの砲弾だぞ!? 人一人に防がれたというのか!?」
「はい、どうやら……化物級のレゾナンスかと」
「ば、化物級……ちっ」
国王アヴェルは親指の爪を噛んで眉間に皺をよせて悔しがっている。
アヴェルにとっても乗組員にとっても、四十六センチ砲弾を拳で弾かれるのは予想外だろう。
超人級のルココが敵わないフランツでさえまだ超人級の域を出ない。化物級レゾナンスは大国でさえ一人いるかいないかの希少な人材だ。アヴェルが悔しがり、怯えるのも無理はない。
「たかだかレゾナンス……化物級だろうが何だろうが何発も耐えれるものではない! ガンガン撃ち込んで奴らを皆殺しにしろ!」
「しかしフランツが裏切った場合、まずはバンカー王国国民を狙うのではなかったのですか?」
「馬鹿者! あそこにはフロイ王子がいるのだぞ!? 王族が生きていては反乱の火種になるのが分からぬか!?」
「はっ、仰せのままに!」
「全く……ん?」
その時、アヴェルの内側の胸ポケットからリリリと鈴の音が。その鈴の音にアヴェルはビクつき、背筋を伸ばす。恐る恐る取り出すとそれはスマコンとは違う、長細く薄い端末。
「は、はい! こちらアヴェルです!」
『なにをしている』
「な、なにをと申しますと?」
先程までの尊大な態度を取っていたアヴェルが背を丸くし通信機にもかかわらずへこへこと頭を垂れている。
そのやり取りにアヴェルと話していた兵士も息をのむ。
そしてやがてやり取りが終わると兵士がアヴェルに尋ねてきた。
「国王様……もしかして先程の通信は」
「ああ、あの方からだ。砲弾を城に当てるなと……」
アヴェルの言葉に、戦艦の兵士も顔をしかめて少し思案する。
「……しかしこの距離では精度に欠けます」
「なら近づけばいいだろ!」
「お言葉ですが、城の位置は海面よりも少し高く、近づけば近づく程射角が上がり壁を貫通して城に当たる確率が上がってしまいます」
現在、戦艦と島の距離は二キロ程度。そこから砲弾を撃つ場合、落下距離を割り出し放物線状に飛ばさなければならない。そこから城に当てず、高さ十数メートル程の壁をだけ狙うというのは高等技術が必要だ。近づいて壁だけを狙えたとしても貫通し、城に当たる可能性がある。真上からでも打たない限り、被害は城にまで及んでしまう。
「……ならあれを使えばいいだろ」
「あ、あれですか!? しかし人目に曝すなと、あの方が」
焦る兵士をアヴェルは横目に見てニヤリと笑った。
「要はあれだろ? 曝した姿を見た人間を全て殺せばいい、それだけの事だ」
「……仰せのままに」
◇浮き上がった島
「なんだ? 砲弾が止まったぞ?」
「だが戦艦はまだこちらに向かって進んできているようだな」
茜とフランツが壁門から覗けば戦艦はまだ島に向かっている。
「ならこちらとしては好都合です」
「というと?」
「剣の拳は盾にも武器にもなるという事です」
フランツの問いに茜は説明してやる。
剣の拳は四十六センチ砲弾と同等だ。それを食らわせれば戦艦を破壊することができる。海洋上にいられては厄介だが近づいてくれる分には茜達にとっては好都合といえるのだ。
「なるほど」
「剣が乗り込む間、逃げなければならないですが」
「そうか……ならば私が秘術で硬化し時間を――」
その時、茜達の目の前に信じられない光景が浮かんだ。というよりもある物が浮いたのだ。
「あーあ……浮いちゃったよ」
茜は目を点にしてその状況を見守っていた。
信じられない事に戦艦スカイゲイザーが海面を離れたのだ。
通常、戦艦は海面上を航行する。その戦艦が海水を吐き出しながら海面を離れ、宙に浮きあがったのだ。
「まさかそんな事が可能なのかっ!?」
戦艦が浮かび上がることはフランツも知らなかったようだ。そして親衛隊隊長のフランツさえ知らない事実はファウンドラ社も調べようがない。
だが浮かび上がらせることは理論的に可能だ。飛空艇アシェットがそうだったように。だがそれには反重力制御装置が必要となる。それには多くの資金が必要となるのだが現バンカー王国の王族はその資金を用意できていたようだ。
上空から砲弾を打ち下ろされれば防ぎようがない。
アヴェルはフロイ王子達を確実に殺しに来ている。ここで決めるつもりだろう。
「まずいな。真上から砲撃されたら逃げる場所がない」
「ですね」
ツクモは鬼気迫る表情。しかし茜は軽くそんな一言。
そんな茜にツクモは向き直る。
「茜、こんな時、君達はどうするのかな?」
そしてそう問うツクモ。
茜はあまり取り乱したりはしない。だがこの危機的状況に余裕とも取れる表情。そこで隣にいた雪花も期待を込めて茜を伺う。茜はいつも二の手、三の手を用意してくれている。飛空艇アシェットで脱出する時もそう、獄道組を潰す時もそうだ。
だから茜は一つ笑って手に収納箱を出現させる。
「私達はありとあらゆる場面を想定し動いています。もちろんバンカー王国側が私達を裏切った場合も想定済みです」
茜は収納箱を開く。
「ほう。頼もしい限りだな。それで? どんな作戦なのかな?」
「これを使います」
そこで収納箱から茜が取り出したのはガラスケースに入った一枚のコイン。
茜達が泊まるホテルに運び込まれていたジェラルミンケースの中に入っていたコインだ。茜はホテルを出る際、コインだけ取り出しておいたのだった。これは状況に応じて自分達に必要な武器を補給してくれるもの。
「対戦艦ライフルをね」
茜はガラスケースからコインを取り出して人差し指の上でクルクルとまわす。不敵な笑みを浮かべて。
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