光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第78話 ~雷地のお見舞い~

公開日時: 2023年9月10日(日) 10:19
文字数:5,272


 茜は薬を飲んで眠くなったのか、静かに寝息を立て、剣はその横で溜まった授業の動画を倍速で視聴していた。

 そして数時間後、大分良くなったのだろう、茜は剣の買ってきてくれたプリンを頬張っていた。

 熱も下がりもうすぐ雪花も帰ってくる事から剣も帰えろうとしていた。


「じゃあ俺は帰るからな。しっかり寝てろよ?」

「えー、もう帰るのかよ」


 腰を上げる剣にそれを止める茜。

 美少女に返って欲しくないと言われて悪い気はしない剣。だが風邪で弱っている美少女と何をするというのか。


「なんか暇だからさ。ゲームでもしない?」


 などとぬかす茜。

 先程まで息も絶え絶えに死ぬかもなどとほざいていたのに何をぬかすのかと、剣は呆れてしまう。

 風邪の峠が過ぎれば後は体調が回復するまで安静に寝ているしかない。だがそれは茜にとって苦痛だったようだ。


「馬鹿な事言ってんなよ。ちゃんと寝てろ」


 そんなつっけんどんな剣の言い方に茜は拗ねるように剣を睨みつけた。


「つまんねーの、野球拳でも良かったんだけどな~」


 と、ジャンケンに負ければ服を脱ぐ遊びを提案してみる茜。

 そっぽを向きながら横目で剣を見る茜。出て行こうとして止まる剣。その背中にはやりたいと書いてあっても不思議ではなかっただろう。


「い、一回だけなら……っていやいや、やるわけないだろ!」

「ちっ」


 剣は先程、茜の背中を舐めようとして痛い目に会っている。いつまでも悪質な茜の誘惑に付き合っていられないのだ。

 剣の拒否に舌打ちをする茜はさながら男を惑わして笑う小悪魔だろう。

 もちろん剣がやると言い出せば茜は嬉々として変態と蔑み追い出していただろう。


「この後、雷地が来るみたいだから暇にはならないだろ」

「え? 雷地……君が?」

「ああ、お見舞いしたいらしい」

「そっか、それは楽しみだな」


 茜は楽しそうに頬を緩める。

 雷地が知っているのは大方雪花が学校で鉢合わせたか連絡したかどちらかだろう。

 その茜の楽し気な表情に剣は少し複雑な面持ち。

 茜は雷地とただならぬ関係。それは昨日の出来事を鑑みれば想像に難くない、と剣は感じていた。そこに今の茜の楽し気な表情。別の男に向ける美少女の笑顔に嫉妬心を抱かない男はいないだろう。


「ん? 何だよ?」

 

 だから剣は茜の表情を少し観察していたのだが、それに気づかれ訝しげな表情を返される。


「あ、いや。楽しそうだなって」


 だから剣は目を逸らし、少し拗ねたような表情。


「そりゃね。でも粒餡なんて買ってきたら投げつけてやるけど」

「粒餡?」


 剣は何の話を、と一瞬思っていたがそう言えばずぶ濡れになった茜が去り際、雷地に言っていた言葉があった。

 お見舞いは羊羹でいいと。そして風邪を引いた主な原因であるコンビニでも羊羹を買っていたなと。

 茜は雷地ではなく、雷地の買ってくる羊羹に期待しているようだった。


「やっぱ羊羹は練だろ?」


 茜は真剣な顔をして同意を求めるように剣を見つめる。

 

「ああ、そうだな」

「ふふん、剣も分かってんじゃん」

「まあな、ならいいんだ」

「何が?」

「な、何でもない。じゃあな」

「おう、来てくれて助かった。じゃあな」


 そう言って剣は出て行った。

 そして一時間もたたないうちにドアが開く音がし、雷地がやって来た。手にはコンビニで買ったであろう見舞い品がぱんぱんに詰まったビニール袋が。

 

「よっ、これ約束の羊羹とスポドリやらプリンやら適当に買ってきたぜ」

「羊羹!」


 事前に風邪をひいたら羊羹と明言していた為か、雷地は買ってきてくれたらしい。

 かくしてやはり兄弟なのだろう。雷地は練羊羹を買ってきてやっていた。

 

「さっすが兄貴! 分かってるじゃん!」

 

 そしてスポドリとプリンはお見舞いの品としては共通の認識のようだ。剣の買ってきた分と合わせてかなりの量が冷蔵庫に入る事になるだろう。

 茜は起き上がろうとするが雷地に制止され顔だけ向けて話すことになった。


「まさか本当に風邪ひくなんてな」

「この体が弱すぎるんだよなぁ……早く元に戻りたい」

「いいじゃねぇか。めちゃめちゃ可愛いし」


 と、容姿を褒める雷地に茜は嫌そうな顔。


「いやいや、その容姿なら一発でトップアイドルになれるって」

「なってどうする……」

「確かに」


 雷地は笑いながらベッドの横の椅子に腰を下ろす。


「で、体調はどうだ?」

「剣が世話してくれたから大分よくなった」

「剣が? 世話?」

「ああ、飯とか薬とか、汗拭いたり着替え手伝ってくれたり」

「汗拭いたり着替え!?」


 雷地はそこに食いついて心配そうに茜を見る。


「お前……変な事されなかったか?」

「へ? 何で?」

「だってお前、今女だからな?」


 雷地の言うことも最もだ。

 超が付くほどの美少女のあられもない姿に剣が正気を保てるはずがない、と雷地は心配していたのだ。

 だが茜はそんな雷地の不安を払しょくするように笑い飛ばす。


「あははっ、あの剣がそんな事するわけないだろ。そんな度胸もないって」

「いやいや、お前……」

「だって、野球拳やるか? 聞いたらやるわけないだろって出て行くやつだぞ?」

「はぁ!? お前……剣がやるって言ったらどうするつもりだったんだ?」

「あいつのパターン分かってるから全裸にしようと思えば出来るけど?」


 ずっとコンビを組んでいた茜だからか、剣がそんな事をする筈がないと信じているのだろう。

 だがそれは男だった時の話だ。相手が女、更に美少女であればどうなるか分からない。


「まあ……何もなかったのならいいけどな。気をつけろよ? お前は今、超が付くほど美少女なんだからな」

「確かに」


 何も臆することなく肯定する茜が面白いのか雷地は笑う。それにつられて茜も笑うのだった。


「そうだ。お前に渡したいものがあったんだ」

「何? 貰えるものなら何でも貰うよ?」


 茜は顔をぱっと明るくさせる。

 雷地はバッグからエリナにもらったファンクラブのナンバー1の会員証を取り出し茜に渡した。


「俺のファンクラブ会員証だ」


 そこで茜の表情が途端につまらなそうになったのだから雷地は苦笑を禁じ得ない。


「いらねー……」

「おいおい、悲しい事言うなよ。これナンバー1の会員証だぞ?」

「え?」


 と、茜はそこで固まってしまう。

 確かナンバー1はエリナだった筈だと。会員証の番号を確かめると確かにナンバー1と記載されている。


「こ、これってエリナさんのじゃ……」


 まるで雷地が何かの犯罪を犯したかのような、身内から犯罪者が出たような、そんな表情で茜は雷地を見る。


「ああ、エリナから貰った」

「貰ったって、どうやって……」

「茜にやるからくれって、エリナに言っただけだ」

「はぁ!?」


 茜は跳ねるように体を起こす。

 その拍子でか、はたまた雷地の他人の気持ちに鈍感な性格にだろうか、茜は眩暈がして少しふらついた。


「おい、大丈夫か?」


 それを支えようとする雷地を茜はきっと睨みつけて手で制す。

 そして開口一番、雷地を非難した。

 

「正気か兄貴!?」

「な、何だよ? 寝とけよ」

「エリナさんは兄貴の一番のファンなんだろ?」

「ああ、まあ」

「エリナさん泣いてなかった?」

「あ、泣いてた。何で分かったんだ?」

「はぁ……兄貴、それ引くわ」

「なんでだよ」


 見れば零膳エリナという名前がペンで消されてその上に茅穂月茜と記載されている。雑な書き換えにこれは雷地の仕業だろう。


「じゃあ今ナンバー1のエリナさんはどうなってんの?」

「ゼロになった」

「ゼロ?」

「ああ、泣いて喜んでたぞ?」

「は~……」


 ナンバー1からゼロになって喜ぶという事はどういうことか。茜はそれだけの材料で昨日、雷地とエリナの間で起こった出来事を的確に推察したのだった。


「何とか丸く収まったわけね」

「何が?」


 強引で鈍感な雷地の事だ。エリナとの関係に亀裂が入りかけたことなど微塵も分かっていないだろう。

 茜はそれら一連の流れを理解し、ため息と共に「何でもない」と疲れたようにベッドに倒れ込んだのだった。


「それともう一つ」

「今度は何……もう疲れてきた」


 雷地はポケットからネックレスを取り出した。ネックレスには小さなペンダントが取り付けられている。

 それは茜にも見覚えがあった。だから茜は、また体を起こしてしまう。

 

「それ、母さんがいつも大事そうに身に着けてた……」


 青色の陶器に金細工が施されたペンダント。

 それを雷地が茜に手渡してやる。

 ペンダントを開くと中には家族全員の写真。

 母親に抱かれている茜と父親の前で手を組んで威張っている雷地。茜はまだ赤ん坊、雷地はニ、三歳の頃だろうか。両親共に笑顔でとても幸せそうだ。


「ああ。これはあの日、俺の枕元に手紙と一緒においてったペンダントだ」

「手紙?」

「ああ、お前を探しに行くって書いてあった。心配で居ても立ってもいられなかったんだろうな」


 茜はその言葉に顔を俯けて目を細めてしまう。


「もし自分の身に何かあったら光のことを頼むとも書いてあった」

「そう……」

「それはお前が持ってろ」


 かすかに茜の表情に笑みが戻る。

 

「……分かった」


 母を殺してしまった後、茜は一切桜之上市に戻ってきていない。だから母の遺品も何も持っていなかった。

 だから大事そうに握りしめ、それをしみじみと見つめている。母を近くに感じる事が出来て嬉しいのだろう。


「お前さぁ」

「え?」

「親父のことはどう思ってる?」


 と、雷地は唐突に茜に尋ねてくる。

 それに茜は俯いて黙ってしまう。その表情からは先程の笑みが消え、少しばかり怒りが見える。

 

「どうした?」

「別に……」


 茜はそんなそっけない返答。

 茜は父親が嫌いだった。

 茜達の父親は昔、人類未開の地であるドアナ大陸への開拓使に志願し派遣されたのだ。

 ドアナ大陸へは今まで何人もの開拓使が送られたものの、帰ってきた開拓使は一人もいない。そんな危険な大陸に茜達の父親は好奇心を抑えきれず開拓使の一人として赴いたのだ。まだ幼い子供二人と、母親を一人を残して。

 しかし指定日までに帰還できなかった。

 そんな危険な大陸の為、給料は帰還の指定日までしか支払われず、保険をかけていたとしても生死不明な為、払われる事はなかった。

 それ以来、茜達は母の手一つで育てられた。その過酷さは茜も身に染みて分かっている。


「なんでそんなこと聞くんだよ?」


 だから茜は自分勝手にそんな所へ赴いた父親が許せなかったのだ。母親一人に苦労を押し付けた父親を。

 雷地はふっと鼻で笑う。それは茜の表情から何を考えているか察したから。


「だって俺達の親だろ? もしまだ生きていたらあの頃みたいに暮らせたらいいなってな。母さんはいないけど三人で」


 とはペンダントに入っている写真の頃だろう。

 雷地はその時の記憶を覚えているようだ。だが茜はそんな父親の事など一切覚えていない。


「兄貴はっ……親父が帰ってきたら一緒に住みたいの?」

「もちろんだ」


 茜は目を見開いて雷地を睨みつける。


「なんでっ、あんな……私達を置いて行ったクソ野郎と……」

「まあまあ、そんなに親父を邪険にするなよ。親父はあれで格好良かったんだぞ? 学校で戦闘技術訓練の教官もやってたのを見たんだけどな。生意気な生徒達から試合を挑まれててな、それを全部返り討ちにしてさあ」

「ふ~ん」


 茜は興味なさげにそう言うだけ。雷地もそんな茜に頬を掻いて苦笑いしか出てこない。

 現在、茜達が通う学校はかなり変わってしまったが元々は小さな学校。だがその頃から戦闘技術訓練という部活動があったのだ。


「お前はまだ一歳にもなっていなかったからな。覚えてるか?」


 茜は声を出さずに首を振るだけ。


「だよな……」


 茜がずっとそっけない態度をとっていると雷地も困ったようで黙ってしまう。

 いつもは強引な雷地だが、茜が憎む父親の事をこれ以上語れる程、無神経でもない。

 だが茜も雷地を困らせたいわけではないのだ。実の兄でもある。だから悲しませたくもない。

 仕方ないとばかりに茜は口を開く。


「……って来るといいね」

「ん?」


 茜が何か言ったのだろうが声が小さすぎて聞こえず雷地は聞き返す。

 見れば茜は恥ずかしそうに、そして唇を尖らせて拗ねた子供のように雷地を横目に見ている。

 

「帰って来るといいねって言ったんだよ」


 そんな茜の譲歩に雷地は何故か、茜の額にデコピンを一発お見舞いした。


「いっ!?」


 茜は額を押さえて悶えている。


「馬鹿兄貴! 何すんだよ!」

「無理すんな。それに親父が生きている保証もないしな」


 雷地はニッと白い歯を出して笑った。

 茜は悔しそうに額を押さえている。かなり痛かったようだ。

 すると雷地は急に立ち上がる。


「さて、お前も元気そうだし、そろそろ帰るわ」

「あ、兄貴!」


 茜が帰ろうとする雷地を呼び止める。


「私は……親父が帰ってきたら一発ぶん殴るけど、いい?」


 そんな物騒な茜の質問。

 雷地は幾分か目を瞬かせる。

 帰ってきたら一緒に暮らしたいと言っていた雷地としてはそれは少し困るだろうか。だが殴るだけで一緒に住めるのであればそれは茜の最大の譲歩だろう。

 だが茜にそう言われた雷地の口からは、やはり兄弟と思わせるようなフレーズが飛び出してくる。


「何言ってんだよ、俺は何発もぶん殴る気でいるけど?」


 その言葉の後、茜と雷地は互いを見あって笑ったのだった。

 そして二日後。


「復活!」


 茜は無事復活を果たしたのだった。


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