「セレナさん?」
茜は疑問だった。ファウンドラ社特殊部隊隊長のセレナが何故こんな所にいるのか。いつもファウンドラ社にて情報を整理し慌ただしく多方面に指示を出しているセレナが。
「セレナさん? って、あ」
ルココが首を傾げて名前を呟く。
するとセレナの手には一枚の紙。ルココからかすめ取ったであろう伝票が二本の指で挟まれている。
「初めまして、国境なき救済団体所属のセレナ=アーウィンと申します」
国境なき救済団体とは雪花が所属する団体だ。
ファウンドラ社が多く出資しており、茜を保護した事になっている団体でもある。
セレナは公にも、その団体に所属している事になっているので調べられたとしても困る事は何もない。
「ルココ=エクレールです。私は茜さんの……と、とも」
「私の友達です」
照れ臭いのか言い淀むルココの横から茜が口を挟むとぱっと顔を明るくし手を差し出して来る。
「友達です」
茜の公言を経て、ルココは自信満々にそう言った。
そして二人は握手を交わす。
「茜さん、もうお友達ができたのですか。良かったですね」
と、白々しく自然な笑顔で茜に微笑んだ。
「ええまあ、つい先程」
「それは安心しました。ルココさんでしたね」
「あ、はい」
「茜さんとこれからも仲良くしてあげて下さいね」
と、セレナは茜の母親宜しく、ルココにそう言って満面の笑みだ。
戦争孤児を拾って学校に通わせた少女がもう友達を見つけた。それは拾った本人もとても嬉しい、という笑み。
「はいっ、もちろんです!」
「では友達が出来たという事で、お祝いを私が出させてもらいますね」
茜との友達関係を祝福されたのであればルココは断ることなど出来やしない。
ルココはありがとうございますと元気にお礼を言ってフォンと一緒にカフェを後にしたのだった。
空席となったルココの席にはセレナが座り紅茶を注文する。
「相変わらず、あなたは茶目っ気が多いですね」
そして開口一番そう言ったのだった。
「金持ちが苦悩して割り勘するところを観察してたんですけどね。楽しみを奪わないで欲しいです」
茜は頬図絵をついてニヤニヤしながらセレナを見て目を細める。
やはり茜はルココが自分のプライドをぶち壊す一部始終を観賞していたようだ。楽しみながら。セレナは茶目っ気というが意地が悪いだけだ。
そんな茜が可愛いのか、セレナはニコリと微笑むだけ。
「それで、セレナさんは何故こちらに?」
セレナは剣やディラン、ギャリカ達の上司である。
更にその実力からファウンドラ社自体の護衛も兼任している。加えて各地に散らばっている諜報員の集めた情報を整理しまとめ、実行部隊への伝達や解析等も行っている。
そんな多忙を極めるセレナがわざわざ茜と談笑する為に日和の国に出張って来たとは考えにくい。
「茜さんと一緒にお茶でも、と」
だが返って来た答えはそんなふざけた言葉。
茜はそんなわけないだろうと、その返答に笑いそうになるが口を閉じる。そして鼻から息を出して何とか耐えた。
セレナが「お茶」を所望するのであれば何か面白い議題を提供しなければならない。だから茜は自分が関心をもった面白い議題を上げてやった。
「では桃色の悪魔と呼ばれたことについて、でいかがですか?」
「桃色の悪魔」とはバドルが茜に消滅させられる直前に言っていたセレナの呼称だ。
セレナが本題に入らないのであれば、茜はセレナにとって不本意であろう命名に付いて意地悪く尋ねるまで。そして単純に興味もあったのだ。
その質問にセレナは少し困り顔。
「なかなか手厳しい所を突いてきますね」
「合格ですか?」
頬杖をついて茜は意地悪な笑顔をセレナに向ける。
表情は茜に微笑みかけているものの少し困ったように眉尻を下げていた。この議題は茜にとって合格だろう。
「……聞きたいのですか?」
あまり話したくないのだろう。今頃セレナの心の中では「お茶」をしに来たなどとふざけた事を後悔しているに違いない。
「セレナさんの事、あまり知らないなぁと思って」
セレナはあまり自分の事を喋らない。
戦闘術や共鳴力の使い方は教えてくれるものの出身地や年齢等、謎に包まれている。
というよりも茜は自分から聞いた事がなかった。昔は厳しい修練や任務で多忙を極めていた為だ。今のような穏やかに一緒にお茶を飲む、なんてことは一度もなかったのだ。
更にメンバーであるディランやギャリカの事はあまり詮索せぬよう言われていた。だからセレナだけでなく、同僚達の事もあまり知らない。
「こちら、紅茶になります」
「ありがとうございます」
紅茶が提供され、セレナは何も入れずに口に運ぶ。紅茶の香りと味を楽しむように目を細める。
そして短く息を吐くとセレナは口を開く。
「あれは私がまだ駆け出しの頃です。とある武器密輸組織に先んじて乗り込み、従業員並びに取引相手数グループ二百人程をなで斬りにした時でした」
「さらりと凄い事を……」
「そして駆け付けた増援の方達がその凄惨な現場と私の髪の色を見て『桃色の悪魔』などという安直で不快な二つ名をつけられたのです。私のような可憐な女性をつかまえて悪魔だなんて酷いと思いませんか?」
と、セレナは不満顔でそう言い放った。
敵に言われたのならまだしも、駆け付けた味方である応援の人員に言われたのでは気の毒だろう。
そしてそれを言わされた茜を睨みつける。
「……怒ってます?」
「はい」
「ごめんなさい」
と、茜が反省もしていない反省を口にし、コーヒーで流し込むとセレナは一つ笑い口を開く。
「本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「まずは獄道組壊滅、御苦労様でした。あなたのおかげで桜之上市は救われたでしょう」
セレナから取り合えず労いの言葉。
「まずは、という事は続きがありそうですね」
「実は獄道魁人並びに獄道玄をこれから移送します。その護衛を頼まれてしまいました」
「ああ」
と、茜はここで納得がいった。
機動隊突入で死亡した二人を除いた重要人物がいる。それは獄道組組長の獄道玄。その実子であり若頭の獄道魁人。
特に獄道魁人はバドル同様、何らかの古代の遺物の力を手に入れていると考えていい。そこからブラッドオーシャンとつながりがある事は必至だ。であれば何かを聞き出すことができる筈。
だがそれをブラッドオーシャンがみすみす見逃すわけがない。
獄道組が潰れたというニュースは既に広まっている。ブラッドオーシャンが関わっているとすれば今日明日にでも二人を取り返しに来てもおかしくはない。
「明日朝、二人をより警備が厳重なトネリコ監獄へ移送するそうです」
「いきなりですね」
「背後に大きな組織が動いていますから世界で一番堅固な場所に収容するのがいいでしょう」
トネリコ監獄と言えば軍事大国ミリタニアにある世界で最も厳重な刑務所だ。
脱獄に成功した者はおらず、襲撃があったとしても絶対に破られない堅固な守りとなっており、他国からも極悪人が集められてくる。更に多国籍からなる看守や警備が守りを固めていて互いが互いに牽制し合い買収はほぼ不可能となっている。
「来ますかね? ブラッドオーシャン」
そしてセレナは獄道組の二人を餌に釣りをするつもりなのだろう。
キルミアの共鳴識層測定機を発明した人物がバドルの事件後、直ぐに殺された経緯もある。潜水艇まで用意してバドルに悪魔を宿しにも来たのだ。今回も来る可能性は高いだろう。
「恐らく。ですので警察署近くのホテルで待機する予定です」
「で、ついでにここに?」
「ええ。その腕輪につけた発信機がここだと」
それは茜の一人称が気に食わないからというだけでつけられた腕輪。
茜は先程その腕輪のせいで酷い目にあったところだ。
「まあ囚人用に作られた腕輪、ですもんね」
茜は憎々しくその腕輪を睨みつける。
その腕輪を茜は少し調べてみたのだ。そしてどうやら囚人用に作られた腕輪のようで脱獄などの言葉や汚い言葉に反応し電流が流れる仕組みのようだった。そしてそれは既にいくつかの刑務所で採用されているらしい。位置情報も送信される仕組みの為、脱獄しても逃げ切る事はほぼ不可能。
茜は犯罪者じゃないんだけどなと、心の中で呟くのだった。
「色々ありましたが調子はどうですか? 何か変わった事でも」
「ああ、そういえば兄貴に会いました」
「葵雷地君ですね」
「そうです」
茜は無事、雷地と再会を果たし、四年越しのわだかまりは取れた事を話す。
するとセレナは「良かったですね」と優しく微笑みかけてきたのだった。
「それでこんな物を貰ったんです」
「それは……」
茜はポケットから雷地にもらった青色のペンダントを取り出した。
「母さんがつけていたペンダントです。私に持ってろって。肌身離さず実に付けとこうかなと」
セレナはそのペンダントを見てすこし表情を歪めた。
雷地が茜に渡したそれは母の形見ともいえる代物。自分の手で殺してしまった母の。
「辛くは……無いですか?」
とのセレナの問いに茜は黙る。
茜は今でも母の悪夢にうなされていたのだ。辛くない訳が無いだろう。
だが茜は少しの間ペンダントを見つめて顔を上げ、ニコリと笑う。
「少しだけ……でも母さんを近くに感じるというか、なんだか嬉しくて」
「……そういうもの、ですか」
と、茜に感情移入しているのか、セレナは意外にも辛そうな表情。
きっと茜に同情しているのだろう。
「きっと……」
「え?」
「きっと、あなたのお母様も、あなたに持って貰えて喜んでいると思いますよ」
と、更に茜を元気づける言葉を吐いた。
「意外ですね」
「何がです?」
茜は目を瞬かせてセレナを見つめてそう言った。
普段セレナは優しい。だが、そんな上辺だけの言葉はあまり口にしないからだ。
「てっきり正体がばれるかもしれないから持ち歩くなって言いそうな気がしてたので」
そして口にするのであれば剣に見つからないようにと注意するものだと茜は思っていたのだ。
「……大切なものなのでしょう? あなたなら特に問題はないかと」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言って茜はそのペンダントを大事そうにポケットにしまったのだった。
セレナはふと顔を上げる。茜がその視線の先を追うと一人のスーツ姿の若い男性が車に寄りかかって手を挙げていた。
「セレナさんの恋人ですか?」
と、茜が冗談めかして言ってやるとセレナの口からとんでもない役職名が飛び出てきた。
「皇宮護衛官の方です」
「え?」
茜が驚くのも無理はない。
皇宮護衛官と言えば天皇の傍で護衛を務める役職だ。言うまでもなくトップクラスの実力者で当然レゾナンスだろう。
「彼も護衛を任命されたようですよ。ホテルが一緒なので空港まで迎えに来て貰いました」
「皇宮護衛官を運転手扱いですか」
「彼は運転が好きだという事です。後ろの車も自前なんだとか」
「へぇ」
皇宮護衛官の背後にある車は先端が丸みを帯びており、二本の太い線が車の中心を縦に走っている。
レトロな雰囲気も醸し出しており、かなりの高級車だと分かる。
「まさか皇宮護衛官を待たせていたんですか?」
「そうですが?」
と、当たり前のようにセレナは首を傾げる。
「お茶なんかする為に?」
「茜さんとお茶する為であれば旅客機からだってパラシュート無しでダイビング致します」
「……迷惑になるので止めて下さいね。絶対」
セレナはふふっと笑い、伝票を片手に席を立つ。
「では私はそろそろ。茜さんはゆっくりなさって下さい」
「御馳走になります。でも私もそろそろ」
「そうですか。送っていきましょうか?」
とのセレナの提案に、茜は皇宮護衛官を横目に丁重にお断りしておいた。
「あ、そうだ」
会計に向かおうとするセレナに茜が思い出したように話しかける。
「この桜之上市の依頼はどこからですか?」
茜はずっと疑問だった。桜之上市を救う依頼が何故ナインコードなのかと。
確かに大事ではあるのだが、飛空艇アシェットに比べると見劣りする依頼だ。
しかも獄道組という日和の国の桜之上市だけで活動している小さな組織を潰すだけ。警察を動かさなければいけなかったとはいえ茜は釈然としなかったのだ。更に赤鬼の事はセブンアイズのスパイ、上島警視によってもみ消されていた。それが分かっていればナインコード案件にもなるだろうが詳細にも記載されていなかった。
だとすれば依頼者はそれを分かっていてこの依頼を出した事になる。
「あの依頼は――」
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