光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第171話 ~蹴られた背中~

公開日時: 2024年3月11日(月) 16:15
文字数:5,114

 傾いた茜色の太陽に照らされて、茜達は用意されたクルーザーに乗船し一路バンカー王国本島へ海上を走る。

 クルーザーの船主はファウンドラ社から派遣された社員達だった。

 彼等の報告によればキックス犯罪集団の団長であるライアン並びにツクモを裏切ったカーターは戦艦の砲撃に巻き込まれ死亡。生き残った他のメンバーは全員、彼らによって拘束されたという。

 更にバンカー王国本島ではディアン族の元王族、フロイ王子の帰還によってちょっとした騒ぎになっているようだ。王の交代が告げられ祭りのようになっていると。

 更に仲違いをしていたギカ族達との和睦、そしてプルアカ村の開放を宣言している、との事だった。

 これでもうキリカとルークは肩身の狭い想いをせずとも、堂々と好物のアイスクリームを食べる事が出来るだろう。


「えー、私達も頑張ったのに!?」


 その説明中、雪花が不満の声を上げる。それは茜達の扱いについてだ。

 雪花が不満な理由はツクモやキリカ達以外、バンカー王国の表彰式に参加しないよう言い渡されたから。


「お前なぁ……私達はファウンドラ社の裏組織のエージェントだ。表舞台に出る人種じゃないんだよ」


 彼らが用意したシナリオとしてはフロイ王子とギカ族が戦艦スカイゲイザーを現王族アヴェルもろとも爆破し、見事撃ち滅ぼした、という事になった。


「それにあんなのかたっ苦しいだけだぞ」

「全くだな。私は早く調査を再開したい所なのだが。今回の立役者として祭り上げられるなんてぞっとしないな」

「えー……でも~」


 ツクモは出来れば表彰式など無視し、ポルトに話を聞きたい所だろう。しかしツクモ側から誰も出席しない、というのはどう考えても不自然だ。であれば知名度のあるツクモが出席するのが一番なのだった。更にポルトは丁度、亡くなった兵士達を埋葬するらしいので時間が空いている。断る理由が探しても見つからないのだ。


「正体を隠すだなんて本当に正義のヒーローみたいだねっ」

「うん、カッコイイ……」

「だろ~」


 うなだれる雪花をよそに、キリカとルークはそう言って茜と笑い合っている。

 キリカとルークには全てを伝えず、最低限の情報だけを与え、口止めするにとどまった。

 雪花はそんなお気楽な三人を横目で睨む。


「うー……納得いかないわ!」

「そうね」


 だがそのシナリオに納得いっていない者がもう一人。ルココだ。


「労働に対して正当な評価、そして対価が支払われるべきよ。そんなの私の主義に反するわ」

「そ、そうよね! ルココさん!」

「さんは不要よ」


 そんなルココの言葉に茜は残念そうに溜息をついて手の平を天へ向ける。


「全く……ルココは分かってないなぁ」

「は? 私、何か間違った事言ってる?」

「人助けして名前も言わずに去る。そのロマンがルココには分からんのかね」


 何を言うかと思えば、ここに来てロマンという抽象的な言葉。ルココも呆れて溜息をついてしまう、


「情けは人の為ならずよ」

「情けをかける正当な理由があれば話は別さ。それに誰もサービス残業してるわけじゃない。対価はリーダーにきっちりと支払われる筈だ」

「リーダー? 茜じゃないの?」

「雪花だけど?」

「え!? なんで私!?」

「剣はそもそも……光君の補佐で正式な部隊員じゃないし、今は私の護衛だから」

「じゃ、じゃああんたがやればいいじゃない!」

「雪花の方が入隊は早いんだからリーダーはお前だよ」

「ええ!? 年功序列とかもう古くない!?」


 それに対し茜はリーダーは面倒だしと雪花を突き放す。

 納得いかない雪花だがそれを尻目にルココが話を変えた。


「それよりあなた、さっき剣君といい感じだったじゃない」

「え? いい感じ?」

「そうよ。頬を触られてヒーリングしてくれてたじゃない。あなたもまんざらでもない様子に見えたけど?」

「そう?」

「剣君の事が嫌いなら頬を触らせたりしないでしょ?」

「ふむ」


 茜はハニートラップを仕掛けていたのだが、暖簾に腕押しのような感覚だった。だが自分で思っているよりも剣に与える刺激は強かったのかもしれないと、茜は考える。

 だから茜は小脇に抱えていたモフコをルークに任せ、剣へ追撃する事にした。

 ルークとキリカはモフコに顔を埋めてはしゃがせて、ルココもさわさわと触って顔をほころばせている。邪魔な視線は無くなった。

 船の縁にリラックスした状態でもたれ掛かり、海を眺めて黄昏れている剣の方へ茜は忍び、歩いていく。

 そしてそんな茜に気づいた雪花だけが茜に目をやって、その動向を見守ることにしたのだった。


「あーあ、あの時ディープキスして欲しいって言っておけばよかったなぁ」


 口惜さと後悔を織り交ぜたそんな言葉。それを口に出したのは剣ではなく茜。

 剣が振り返ると意地悪そうに笑う茜。

 

「でも頬にディープキスってなんだろう~、頬に穴でもあけるのかなぁ~」

「おい……勝手に人の心にアテレコするな」


 傾いた日に当たって茜が茜色に染まっている。


「なーに黄昏れてんのかと思ってさぁ。やっぱりさっきの事考えてたんだろ~」

「違う……俺は光の事を考えてたんだ」

「ほーら、やっぱり、うん? え?」


 茜は剣が先程の事を考えているのかと予想していた。だが意外にも茜ではなく光の事だった。

 かといって光と茜は同一人物。それは人違いならぬ性別違いだった。

 茜は一瞬こんがらがった思考を紐解いて落ち着いて口を開く。


「光君の事って?」


 と、白々しく。


「ああ、もしかしたら、本当は死んでいるんじゃないかって思ってたからな」

「へ? そうなの?」

「ああ、でも生きててよかった」

「へー……な、仲がいいんだね~」

「ああ、あいつとは幼馴染でさ。いい奴だよ。俺は親友だと思っている」

「う、うぅ、そうか……お前、良く恥ずかしげもなくそんな事言えるな」

「別に本人がいるわけでもないだろ」

「ま、まあそうだけどさ」


 剣は茜を光だと認識していないからか羞恥心はない。

 だが当の本人である茜は気恥ずかしさがあるだろう。

 そんな中、茜達が乗るクルーザーは海上を高速でひた走る。

 風は強い。その風が気恥ずかしさで蒸気した頬を撫で冷まし、茜は少々の心地よさを感じていることだろう。


「あ、あのさ。光君と少し話したんだけどさ」

「ああ」

「名前が女みたいで嫌だって聞いたんだけど」

「まさかそれで服をビリビリに破られたのか?」

「光君がそんな事で服を破るわけないだろ!」

「なんでそんなに怒るんだよ……あいつさ、昔から気にしてるんだよ。小学校の頃にクラスメイトが光ちゃんって呼んで。確か掃除当番を決めてた時だったかな」



◇小学校回想


「ニワトリ小屋の掃除当番は光ちゃんがやればいいと思いまーす!」

「はぁ? 誰が光ちゃんだ!」


 光は立ち上がり、自分の名前をちゃん付けで呼んだ生徒を睨みつける。


「こらこら、そこ。喧嘩しない。光ちゃんも座りなさい」

「ぷっ、先生が光ちゃんって言ってんじゃん!」


 しかし、そこへ担任の男性教師がそんな発言。

 そんな教師である筈の担任が「光ちゃん」発言でみんな笑ってしまう。その中には剣や雪花も含まれていた。当の担任も皆に受けたと悪びれる素振りもない。

 生徒による悪口を注意する。

 それが役目だろうが生憎この担任は笑いを優先したようだ。

 光はそんな対応に不満げな表情。しかし相手は担任の教師。問題を起こせば母親が呼び出されてしまう。光は大人しくするしかない。

 だがそれを見かねてか、一人の少女が立ち上がったのだ。


「先生! 光君は男です! 先生がそんな呼び方をしたら皆が真似すると思います!」


 それは光が思いを寄せている少女、時雨唯だった。

 昔から唯は正義感に溢れていたのだ。

 ただ、そんな唯の一言に連鎖して次々に生徒達が口を挟み、笑いを巻き起こして来る。


「また唯のいい子ちゃん発言始まりましたー」

「光ちゃんの事好きなんじゃね!?」

「光ちゃんの事を? 光ちゃんって女じゃなかったっけ!? 唯は女が好きなの!?」


 既に担任の発言で「光ちゃん」が許容されたと思っているのか、唯の懸念が現実のものとなってしまっている。ただ笑いの沸点が低い光の表情に笑顔はない。ただ怒りで赤くなっているだけ。

 更にこの担任はあまりこの現状を問題だと捉えていなかった。


「ああ、悪いな唯。取り合えず皆座れー」

「先生! 光君に謝って下さい!」

「まあまあ、落ち着け唯。皆笑って楽しそうだし。和気あいあいのいいクラスじゃないか」

「唯は空気読めないな~」

「クラスの雰囲気を大事にしろよ~、あフインキじゃないからな雰囲気な~」


 担任は朗らかに笑い、クラスメイトも唯の発言にうんざりといった様子。

 だが唯は諦めない。そして次の発言に担任は表情を一変させることになる。


「光君が可哀そうです! 謝って下さい!」

「はぁ? 謝れって……お前は先生に向かって何を言ってるんだ? これだから孤児院育ちの生徒は――」

「謝って下さい! 大人として恥ずかしいです!」

「なっ……今恥ずかしいって言ったかっ?」


 ずかずかと担任が唯に迫るが二人の生徒が立ちはだかる。

 剣と光だ。


「大野……」


 剣は担任を睨みつけている。

 剣は武道を教えている道場の息子。大人であっても武道の経験がないものには負ける事はないだろう。その背後には剣と仲のいい光が顔を真っ赤にして睨んでいる。


「わ、分かった。先生は大人だからな。素直に謝ろう。ごめんな光。ほら、席に着け」


 言って担任は溜息をついて帰っていく。

 唯も満足したのか席に着き、剣も踵を返し帰っていく。だがその時、光が剣の足を蹴った。


「いてっ、なんで俺を蹴るんだよっ」

「剣、お前も笑っただろっ。見てたんだからな!」

「だって……しょうがないだろ」


◇現在


「みたいな事があってさ。担任の教師に言われたのが効いたのか、皆光ちゃんってからかうようになったんだ。それからかな、光ちゃんってからかう奴等を全員ぶっ飛ばしていた。そしたら誰も光ちゃんとは呼ばなくなったんだ」

「ふ、ふーん」


 それは中身が光である茜が一番よく知っている出来事だろう。

 実際、茜はそれがトラウマとなり、正体がバレた時に笑われぬよう剣にハニートラップを仕掛けているのだ。

 そんな昔話をされた茜は少し恥ずかしいのだろう。茜色の日に照らされて分かりにくいが茜の頬が赤く染まってきている。

 更にそんな茜もやはり人の子。足の骨を折ってしまった剣に自身の無事を知って「ほっとした」や「親友」だなどと言われると良心の呵責に苦しむのだろう。

 自分の事を心配してくれている人間になんという非礼を浴びせているのかと。

 茜は頬を二掻きして口を開く。 

 

「あ、あのさぁ」

「ん?」

「剣は……」


 茜は絆された。

 今の剣であれば話してもいいのではないかと考え直したのだ。


「え? なんだ?」


 それは茜が実は光だという事実を。


「剣はもし光君が」


 だから茜は問う。

 

「本当に、女の姿になってたら」


 この問いに剣が笑わずに答えられるのであれば、茜は全てを打ち明ける事が出来る。

 

「笑わな――」


 いのか。

 その問いの終わりを待たず、剣の口から小さな破裂音による返答が返って来た。


「ぷっ、あはは、なんだそれ、あいつが本当に女になるって?」


 剣はそう言った後も堪えきれないと言った様子でクスクスと笑う。

 無邪気に、無垢に、屈託なく。

 それに比例して、茜の表情は残酷で冷酷なものに変貌していく。


「……なんで笑ってんの?」


 その表情を無くした茜の質問に、剣は微笑を堪えながら答えた。


「だって、そりゃあ笑うだろ。あれだけ必死にちゃんづけされるのを嫌がる奴が本当に女になって帰ってきたら……ふふ、あいつには悪いけどな。ここにあいつが居なくてよかった」


 剣の言うあいつは目の前にいる。そして本人を目の前に「あいつには内緒だからな」と釘を刺す始末。その釘は剣が掘った墓の穴の底で天を貫かんとそびえ立っている事だろう。

 数少ない茜の秘密を知る人物。遠巻きに見ていた雪花は肩眉を引きつらせ、一言。


「あのバカっ……」


 その呟きは、剣の悲惨な未来を暗示していた。

 ここで剣が笑わなければこの後にでも光は正体をばらしていたかもしれなかったのに。

 剣は選択肢を間違えたのだ。


「へー、そうなんだ」


 茜の無感情の言葉。それは紛れもなく茜の非情な作戦を続行するという合図。


「てか、なんでそんなこと聞く――」


 茜は自称正義のヒーロー。

 光を嘲笑う剣に、茜は正義の鉄槌を下さなければならない。

 もう穴は掘られているのだから後は蹴り落とすのみだ。


「んっ?」


 剣の背中に何かがめり込んだ。

 それは茜の履く、サンダルのヒール部分。

 痛みと、その衝撃に体と顔を歪ませながら剣は船の外へ。


「う、うわあ――」


 剣の叫び声をかき消すようにその音源は海中へ。その剣の姿をかき消すように、茜色の日の光が海を鮮やかに染め上げる。

 茜色に染まる南国の海に、一人の海パン野郎が消えていったのだった。


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