結局、雪花は茜と同じようにベッドに飛び込んだ。冷たく、暖かい布団で雪花も目を細める。
「はぁ~何だか疲れたわね」
雪花としては色々な事があっただろう。
幼馴染が女体化したり裏で暗躍していた事を知ったりと多くの出来事がまだ処理しきれずに残っている事だろう。
それを休めるように深く眠りに着こうとした所だった。
「さて、そんな事より」
「ん?」
「もうわかっていると思うが」
「いや、なにも」
雪花の寝耳に茜の水が入り込む。しかもその水は少し意味深だ。
雪花が起き上がると茜はベッドに横になり、肘をついて頭を支えリラックスした体制だった。
「気づかなかったか? セレナさんが何で時間のかかる海路選んだか」
「え? 経費削減?」
茜の頭を支えていた腕が外れ、頭ががくりと落ちる。そしてやれやれと言わんばかりに茜は起き上がった。
「経費削減するなら収納石なんか作らせないだろ」
「じゃあ何で海路なのよ」
「私と剣がアシェットを爆破させて海に沈める予定だったことはさっき聞いただろ?」
病室で茜が話していた事だ。茜は剣と共謀し飛空艇アシェットをアリアナ海溝に落とす予定だった。
「ああ、今サルベージしようとしてる?」
「そう。でも私が寝過ごしたせいでアリアナ海溝には落ちず、すぐ横の海底六千メートルの所に沈没している」
「ええ! あんたミスったの!?」
「と、見せかけたんだ」
「え? どうゆ事?」
「あれは私と剣が飛空艇アシェットに潜入してすぐの事だ」
◇アシェット潜入後
光と剣は乗船員に変装し潜入先のアシェットの積載物をくまなく捜索した。古代の遺物の所在を確かめる為に。
「剣、見つかったか?」
「いや、どこにもない」
数日前、遺跡から発掘された古代の遺物が何者かによって盗まれた。そして光達はその盗まれた古代の遺物が飛空艇アシェットで輸送されるという情報を聞きつけ、忍び込んだ。
古代の遺物を見つけ次第破壊、それが難しい場合はアリアナ海溝に落とす。そういう任務を請け負っていた。
だがどこを探しても古代の遺物は見つからない。古代の遺物が見つからない事には破壊も出来ないし撃墜しても意味がない。
光達はセレナに報告し作戦中止を申し出ようとした時だった。
「あれ、なんだか高度が下がったような?」
光が言うと剣も顔を上げて間隔を研ぎ澄ます。
「確かに、下降しているような」
飛空艇アシェットはそのまま下降していき、ついには多少の振動と共に海面に着水した。
その後アシェットの最下層、海上用ハッチが開き、大きな船がそのまま侵入してきたのだ。更にその甲板の上には厚さ一メートル程の正方形の鉄塊が積載されている。
通常、国をまたぐ輸送時には関税がかけられる。更に違法なものが積載されていないかの検査も入念に行われることになっているのだ。
それを嫌ってか、海上で違法な荷物を運び込む瀬取りが行われることがある。
「おい剣、あれ」
「ああ、どおりで何処にも無い訳だ」
盗まれた古代の遺物の大きさは厚さ五十センチ、直径五メートル程。それを丁度覆い隠すような大きさだ。
その海上用ハッチから入ってきた大きな船からは軍服の兵士達がぞろぞろと降りてきた。しかも銃で武装して。
「は~、えらく厳重だな」
「それに海上で示し合わせての瀬取り……」
「何だかきな臭くなってきたな、剣」
そう言って光は胸ポケットから小さなサイコロを取り出すと、兵士達に指示をしている人物に向けてサイコロの一の目を向ける。
光をそこに向けてサイコロの大きな一の面を向け強く握った。
「よし、セレナさんに送って情報もらおう」
どうやらサイコロ型の小型カメラだったらしい。普段は何の変哲もないサイコロで見つかったとしても遊戯用に持っているだけだと言い訳できる。
一の面がレンズになっており写真が撮れるようになっているようだ。
「あんなに鉄板で覆われてたら爆破は無理か。落とすか」
「そうだな」
「ん?」
光はふと顎を手で掴んで少し考えこんだ。
「どうした、光?」
「いや……気にならないか? どうして古ぼけた石板如きにあんなに兵士達がついているのか」
盗み出されたのは古代の遺物と言ってもただの石の板だ。学術的価値は高いかもしれないがそれにしても厳重過ぎる。鉄の箱に武装した兵士、恐らく傭兵が警備にあたっている。しかも組織ぐるみで数トンにも及ぶ石板をわざわざ盗み出した。
「気にはなるが」
「しかも、今回の依頼主は誰か知ってるか?」
普段、光がセレナから任務を与えられ剣と共有する。
その依頼主は殆どが国であり、そのトップや周りの権力者である。それがファウンドラのコンセプトに合うようであれば依頼を受けるし、そぐわないのであれば依頼は受ける事はない。
だがたまに意義が良く分からない依頼が舞い込んだりする事がある。そういう場合は大抵訳有か、若しくはファウンドラ社単独の依頼だったりする。
「我がファウンドラのトップであり、未だ素性の知れない老害達だぞ」
「老害じゃなくて老会だろ……」
今回は光達が所属するファウンドラ社単独の依頼であり、そのトップである老会と呼ばれる機関からだった。
老会よりファウンドラ社専用の部隊隊長であるセレナに指示が出され、光達が請け負うのだ。
そして光が老会を老害と呼ぶには訳がある。ファウンドラトップの老会の頭はあまり柔らかくないのだ。現場の判断で依頼内容を柔軟に変更すると後でお叱りを受ける事がある。
もちろん現場の判断で内容を変更することはプロであれば許される事ではない。しかし光達の所属するファウンドラ社では正義の名の元に依頼内容を変更する事が許されているのだ。
「老害達が何考えてるか、探れば何か分かる……かも」
老会達の情報は秘密に覆われている。老会達は数人いるらしいが年齢・素性・性別さえも不明なのだ。
「知ってどうする。俺達はただ言う通り落とせばいいだけだろ」
剣は余計な事は考えるな、と光の好奇心に待ったをかける。
好奇心は猫を殺す。それは踏み入ってはならない地雷原かもしれないのだ。
「お前って奴はロマンがないなぁ。秘密にされればされるほど、隠されれば隠される程、暴いてみたくなるのが人間の性って奴だろ?」
「それはそうだが……いや、余計な事考えずにやるぞ。明日正午半に落とす。俺は脱出口確保しとくからさっさと来いよ」
剣の考えは保守的だった。それに老会の正体を知ったところで何がどう変わるかなんてわからないのだ。
「へーい」
剣は光を残して一人脱出経路確保へ向かう。
光は耳に仕掛けたイヤーセットを探り当てセレナに繋ぐ。
「ボス。光です」
『進捗を』
「現在、マクシャル島の沖、北二百キロのところで例の物がピックアップされました。鉄板で覆われて未確認ですが大きさからしてあの中かと」
『了解しました。では落とす方向で?』
「アリアナ海溝に明日正午半にと、剣には取り合えずそう説明しておきました」
『……何か懸念事項でも?』
含みのある光の言葉にセレナは怪訝そうに尋ねる。
「船から軍服を着た兵士と思われる連中が下船してアシェットに乗り込みました」
『兵士?』
「約三十人、しかも武装して。武器はBG系統のアサルトライフル。一部木製が使われている旧型と思われます。写真は送っておきました」
『すぐに調査します』
「あと依頼主から何か聞いて無いですか? 古ぼけた石板を飛空艇ごと落とす非道を許す理由を」
飛空艇には古代の遺物の他に多くの積み荷が積載されている。そこには宛先と送り主が必ずいるもの。飛空艇アシェットを落とすという事はそれだけの犠牲を払うという事だ。
『聞いていませんね』
「それ程の対価を払ってまで落とさなければいけない、古代の遺物とは何なのか。気になりません?」
『気になります』
「なので落としはしますが失敗した事にしようと思います」
とは剣が煩いからだろう。剣は何も考えず、任務を実行従っている様子だった。
『成程、釣りですか』
「そうです。アシェットをアリアナ海溝のすぐ傍に落とします。そこに慌ててやってきた石板の運搬依頼主に聞いてみる」
『何故あなた達は兵士を雇ってまでそんな石板を欲しがるのですか、と?』
「おそらく傭兵。あと老会達には報告無しで」
釣りをしたいと言えば当然、依頼主である老会達は文句をつけてくるだろう。だから光がミスをした事にし、古代の遺物という餌を海に沈め、文字通り獲物を釣り上げる。
『……石板の運搬依頼主が姿を現す保証は? 秘密裏に海上でピックアップして傭兵まで雇っているとなるとかなり警戒しているようですが?』
セレナの言う通り、姿を現す保証がなければ古代の遺物はずっと手の届く浅い海底に沈めておくことになってしまう。ファウンドラ社としてもずっと見張っておくわけにもいかない。
「きっと来ますよ。浅い所に落とせばサルベージをしようと周辺国が集まってくると思います。そこで中身を調べられたら秘密裏に持ち込んだものがバレてしまう。下手したら」
『没収されてしまうと?』
「没収した中身が盗難物だと分かればアシェリタ運送会社が調査される」
『それは避けたいでしょうね』
「サルベージで自分達で回収しようとしても恐らく無理でしょう。サルベージに使用されるバブルトンネルのエレベータの最大重量はせいぜい五トン。あの鉄の箱はそれ以上あります。石板自体もそれ以上あるでしょう」
バブルトンネルとは海に海底まで続くトンネルの事だ。一定間隔でバブルリングを沈め重力制御で海水を外へ追いやる。すると海に穴が開いたようにトンネルが出来、そこを昇降するエレベータを設置できるのだ。サルベージは現在バブルトンネルを使用して行うのが主流だ。
『その状況下であれば石板で何かしようとしている黒幕が直接来なければならない、と?』
「アシェット自体を引き上げる手もありますがそんな事したら目を引きすぎるし時間がかかりすぎる。石板を海に沈めようとする不安要素がいるのにそんな悠長に待つことは事しないのでは?」
『そんな不安要素があれば余計に姿を見せないのでは?』
「アリアナ海溝に沈めようとして失敗したとなれば大した勢力ではない、と印象を与えます。しかし不安要素はなくなるわけではないので早く事を進めたいはず」
たいした勢力でなければ、ちょっかいを出される前に古代の遺物を強奪したい所だろう。
『……まだわかりません。それであれば瀬取りなどせず、自ら石板がある場所に行けばよかったのでは?』
「石板を窃盗した事で追ってがかかり思うように動けなかったのでは? 用心深い奴等です。安全な場所で、秘密裏に、誰にも知られず、何かを行いたかったとすれば」
『海底でひっそりこっそり事を進めたいと』
「そんなところです」
『ふふっ、わかりました。ではそのように進めましょう』
これだけ問答しておきながら、さらりとセレナは光の申し出を承認した。
実はこの問答は光の馬鹿な考えを止めさせる為にしたのではない。どこまで光が考え、計画・行動できるかを確認していただけなのだ。
『後日アリアナ海溝に一番近い支部、フェイスト国のルシャワ大学附属病院で落ち合いましょう』
「承知しました。では」
これは女体化した光が剣によって運び込まれ、目を覚ました病院だ。
『あ、それと一つ報告です』
「はい?」
『あの石板に記された陣なのですが』
「ああ、解析が済んだんですか?」
セレナは盗み出されたという古代の遺物について考古学者に依頼し解析させていたのだ。石板に刻まれた文字の意味を。
『途中までですが、大昔に起こった戦争の遺物らしいのですが』
「はあ」
『終末の悪魔が封印されているとか』
セレナは神妙な声音でそんな事を話す。だがそれに光は思わず笑ってしまう。
「何だかオカルトじみた話ですね」
『はい。ですがこれがもし本当だとしたら』
「ノコノコやって来た依頼主が悪魔を召喚するとでも?」
『可能性はあります』
「どちらにせよいい餌になりますね」
『立派に釣り上げて下さいね』
「海老で鯛を釣るとは聞いたことがありますが……悪魔を餌に釣りですか。ぞっとしないですね」
海老という高価な餌で更なる大物、鯛を釣り上げる。では石板にあるように終末の悪魔を餌にすれば一体何が釣れるのだろうか。釣れるのであれば悪魔よりも禍々しい世界を終末に陥れる何かが釣れるのだろう。
『大物が釣れるといいですね』
「魚拓でも取って飾りますか?」
『墨と紙は用意できかねますが、ちょうど人員が二人空いたので用意しておきますね』
「人員? 二人? 何か嫌な予感が……」
『期待して待っていて下さい』
「ありがとうございます。では」
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