光と茜の差分

裏組織のトップエージェントが超絶美少女になって世界を救う
天澤清二朗
天澤清二朗

第133話 ~共鳴心動~

公開日時: 2023年11月4日(土) 21:16
文字数:5,445



 突然何を言い出すのかと、茜はルココを見る。

 地面に背中を預け、天を仰ぐルココの横顔を。


「まさか屋上にいたのも?」


 茜がジュリナ達と追いかけっこしていた時、茜はルココと出会った。D棟屋上で。


「そう……ね」


 ルココは死のうと思っていたと言った。

 そんなルココが屋上にいたのであればそれはつまりそう言う事だったのかもしれない。

 日がな一日、屋上から見下ろしていたのだ。自分の人生の終着点を。

 下ばかり見ていたのであれば空の美しさを改めて知ったのも頷ける。


「でもやめたわ」


 それは空の美しさを知ったからか、はたまた死を感じて本当にしたい事が見つかったのか。それとも自分の悩みが今起こった事に比べ、大したことが無いと悟ったからか。


「いいと思う」


 ルココの決意に茜は心の底からそう言って笑ったのだった。

 茜は体を起こし立ち上がる。

 そしてルココに手を差し出した。

 

「じゃあさ」

「うん?」

「一緒にアイスクリームでも食べに行かない?」


 ルココは茜の提案に笑い、涙を拭いながら「行くわ」と答え、手を取るのだった。


◇広場


 茜とルココは先程騒ぎのあった広場に戻って来た。

 アイスクリームを食べる為に。

 だがそこには意外な人物がいた。


「あいらぶあいすくりーむ」


 と書かれた板を掲げたギカ族の姉弟。

 神経が図太いのか、常識がないのか先程と同じ言葉が書かれた段ボールの板を掲げて。


「よし」


 茜は今度は十ウルド紙幣をポケットから取り出した。

 バンカー王国は紛争があった為か、あまり電子決済が浸透していない。だから空港で大量に現金に変えていたのだ。

 再び茜が二人の前に姿を現すと、二人共ぱっと顔を明るくして出迎えた。


「ほら」

「ちょっと待ちなさい」


 だがその茜の肩をルココが掴み引き戻す。

 ルココは茜が現金を渡す行為を良く思っていなかった。自分にお金で解決するなと言っておきながら、自分はお金を渡すのかと。


「なんだよ、ルココとの問題とはまた別だろ?」

「それはそうだけど」


 茜とルココの間にお金の関係は無しだ。

 だが茜と他人との間にはお金のしがらみはないし、それは茜の自由だ。ルココにとやかく言われる筋合いはないのだ。

 「そうだそうだ」と、茜を止めるルココをギカ族の姉弟二人は声なく睨みつける。


「あなた達も恥ずかしくないの? 人の同情で貰ったお金で食べるアイスクリームは美味しいの?」

「美味しいです!」

「美味しい……」


 ルココの挑発に、元気の差はあれど二人揃って美味しいと豪語する。

 その返答に、ルココは顔を歪めて二人を睨みつけた。


「お金が欲しいなら働きなさい! 物乞いなんて情けないと思わないの!?」

「思いません。あとこれは物乞いではないです。単にアイスクリームが好きと書いているだけです」

「以下同文です……」


 姉はそうきっぱりと言い放ちルココを睨む。そしてその屁理屈に乗っかってものぐさな言葉を吐きだす弟。

 やはり神経が図太いようだ。先程の騒ぎがあったにもかかわらず、戻って来るだけの事はある。

 そんな二人の言い訳にルココの顔が更に歪んでいく。

 ルココはエクレールグループの会社をいくつか任されている。だから働かずにお金を恵んでもらおうとする二人の行動、そしてその根性が気に食わないのだろう。


「ルココ、言いたい事は分かるけどさ。ギカ族はここでは働けない。それに商売も禁止されてる。仕方ないだろ?」

「ここでしなくても他でいくらでも働けるわ! あなた達何かないの!? 特技とか!」

「歌が歌えます!」


 そのルココの問いに姉はぱっと顔を明るくして手を上げそう言い放つ。

 歌が好きなのだろう。


「聴きますか? 歌いましょうか!? お金くれますか!?」

「あ、後でね……あなたは?」


 迫る姉を抑えつつ、ルココは弟を見る。


「僕は……楽器が弾ける……」

「楽器? 何が弾けるの?」

「……」


 楽器が弾けると言い放った弟はルココの問いに黙りこくる。


「……何が弾けるのって聞いてるのよっ?」

「……」


 重ねて問うも、弟は黙っているだけ。

 顔を歪ませるルココ。その横から茜が顔を出す。


「ピアノとか?」


 ルココの代わりに茜が問いかける。

 もしピアノが弾けるのであればすぐそこにストリートピアノが置いてある。そこで上手く演奏すれば誰かがお金を空き缶に放り込んでくれるかもしれない。

 だが弟が弾ける楽器は別のものだった。


「これ……」


 すると弟の手に突如楽器のケースが現れた。開くとヴァイオリンが。


「おお」


 突如現れた原因は収納石だろう。

 ヴァイオリンはピンキリだが高いものは家が余裕で一軒建ってしまうくらいに高い。だから見せびらかして持ち歩くわけにはいかないのだ。

 驚く茜に弟は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

 それにルココは片眉をピクピクと揺らす。自分が言っても無言だったのに何故茜が言うとこうも容易く言う事を聞くのかと。

 そんなルココを尻目に、茜は口を開く。


「何が弾けるの?」

「パロック……ジョゼ=エクト・フォッコ……アレグレ」


 それは曲が作られた時代、作曲者、曲名だ。


「詳しいな」


 それは茜も知っている有名な曲。

 アレグレは快活なという意味でつかわれていた古い国の言葉。その名の通り、体が自然に揺れてしまうくらいに愉快な曲だ。


「なにか弾いてみてよ」

「……うん」


 弟は茜の言葉に頷いてヴァイオリンを取り出し、顎当てを顎に付け、それを奏でる為の弓を弦にあてがう。そしてひとたびその弓を引けばヴァイオリンの美しい音が響いた。

 ただでさえ弾く事が難しいヴァイオリン。それを弓が一度引かれただけで周囲の注目が一気に弟に向かう。

 更に広場に響いていた音が消えた。

 弟が弾くヴァイオリンの音に演奏していた者達も皆が皆、注目してしまったから。

 そんな中、弟の演奏が突如止まる。


「あれ」


 弟はヴァイオリンをしまって、姉の後ろに隠れてしまった。


「あ、この子恥ずかしがり屋で……」

「悪くないわね」

「え?」


 と、突如ルココが口を開く。

 先程の弟の演奏を聞いて感心したようだ。


「これならあなた達、お金を稼げるわよ」

「で、でも……弟は恥ずかしがり屋だし」

「私にいい考えがあるわ」


 ルココは不敵な笑みを浮かべ弟が置いて行った空き缶を掻っ攫う。

 そしてピアノの前に置いて座った。


「茜、弾くわよ」

「え?」

「あの子達はここで働けないんでしょ? だったら私達が表立ってピアノを弾いて、後ろでヴァイオリンを弾いてもらう。それで貰ったお金をあの子達にあげればいいじゃない。そうすればあの子達は直接的には稼いでいないわ」

「また屁理屈か」


 ルココはギカ族の弟のヴァイオリンとピアノの二重奏をするつもりだ。

 表立ってルココがピアノを弾いて、その後ろで恥ずかしがり屋の弟にヴァイオリンを弾かせる。そうして働いてお金を稼がせがせるのだ。


「じゃあ私達もやるわよ。弾けるわよね?」

「弾けるけど」

「ピアノは一つしかないからヴァイオリンとピアノ連弾の二重奏ね」


 連弾とは一つのピアノを二人で弾く事。

 高音と低音のパートに分かれて二人でピアノを奏でるのだ。


「わかった」


 ルココは何だか嬉しそうだ。それは茜と一緒にピアノを弾くという友達っぽい事が出来るからだろう。


「茜の方が見た目がいいから、高音パートを頼むわ」


 ピアノの向きから高音が手前になり、観光客に見えやすい。

 そして茜は誰がどう見ても美少女。客寄せパンダには丁度いいのだ。


「オッケー」


 茜はトップエージェント。ピアノを弾くくらい訳ないのだ。

 茜は帽子を脱いでルココの隣に座る。

 弟は茜が説得し、ピアノ裏でヴァイオリンを持って待機済みだ。


「いくぞ」


 茜がピアノの鍵盤を叩く。

 それに追従するようにルココも鍵盤を叩く。茜の単独の音を支えるように巻き込むように低音を奏でる。


「おお」


 何が演奏されるのかと、傍で見ていた見物人が感嘆の息を吐き出しながら腕をさする。

 茜とルココが二人で奏でる音色に暖かな気候の南国でも鳥肌が立ったのだ。

 それだけでも十分美しい音色。

 ルココが後ろで待機している弟に流し目。

 その音色の中、弟のヴァイオリンの音が入り込んでいく。

 そして弟のヴァイオリンの音色が二人のピアノを包み込むように、ではなかった。ピアノの後ろにいるにもかかわらず、ヴァイオリンの音が前を走り出したのだ。美しいピアノの演奏を背景音にしてひた走る。茜とルココ、二人が奏でるピアノは邪魔せぬよう、ひた走るヴァイオリンの音色を支えるように奏でられていく。弟の弾くヴァイオリンを優しく包み込むように。


「なんだ?」

「誰が弾いているんだ?」

「ほら、あの可愛い子達だよ」

「ヴァイオリンは?」

「ほら、後ろのちっさい子」


 観光客、そして現地の人々も集まって来る。

 また、広場で奏でられていた音楽は止まっていた。その演奏をしていたであろう年季の入った初老のディアン族も楽器を担いでやって来ていたのだ。


「なんだ、邪魔だなぁ」

「これじゃあ商売あがったりだ」

「だが、いい音色だな」

「ああ、何だか体が動き出しそうだ」

「それにあのピアノ弾いてる青髪の子」

「ああ……美しいな」

 

 先程まで広場で曲を奏でていた演奏者達が集まって来る。

 そして驚いた事にピアノの左右に位置取って演奏しだしたのだ。

 太鼓や金管のような打楽器。合うかどうかは不明のドラのようなもの。だが流石日頃広場で奏でている演奏者達。茜達が奏でる曲に合わせてくる。それはやはりヴァイオリンを走らせて、背を優しく押すように。

 茜とルココが周りを見渡すと大勢の演奏者達に囲まれていた。

 恥ずかしがり屋の弟は大丈夫だろうかと、茜が見る。

 だがその心配は杞憂に終わったようだ。見ればいつもの無表情が溶け、笑顔になっていた。無心にヴァイオリンを弾く弓の動きもキレにキレている。頭も振り乱し、乗りに乗っているようだ。

 

「それにしても異様な盛り上がりね」

 

 南国の陽気は観光客、現地人関係なく、双方の心を開放的にする。

 囲んでいるのは演奏者達だけではない。観光客や現地人が分厚い層を作って茜達を取り囲んでいる。

 だがこの盛り上がりはそれだけでは説明できない何かがある。ビーチに近い事もあり、水着姿の男女も辺りを囲んでしまっている。更には広場を取り囲むカフェや土産屋の店員も飛び出し囲んでいたのだ。


「これは……共鳴心動だ」

「共鳴心動……」


 共鳴心動とはレゾナンスの言葉や歌、奏でる楽器が人の心を動かす現象だ。

 レゾナンスであってもそうそう起こるものではない現象で個人差がある。

 茜やルココもレゾナンスだがその現象を起こしたことが無かった。

 だとすれば共鳴心動を起こしているのは弟のヴァイオリンという事になる。


「あの子が?」

「ああ、レゾナンスなんだろ」


 共鳴心動は共鳴力を持っているレゾナンスにはあまり効果がない。

 だが一般人には直に耳へ入って来てしまう。

 盛り上がる曲ではこのように聞いた者達の心を賑わせる事ができるのだ。

 そして曲の終わり。それを締めるのはもちろんヴァイオリンである弟。

 静かに弓を弦から放し終幕。


「はぁはぁ……」


 頬を上気させ肩を揺らす弟。

 それを合図に怒号のような歓声と拍手。


「ブラボー!」

「素晴らしい!」

「最高だ!」


 と次々と降り注ぐ称賛の言葉。

 それと同時にピアノの前の空き缶に振って来るのは紙幣の嵐。百ウルド紙幣が溢れんばかりに空き缶に突っ込まれて行く。

 

「なんだ!?」

「この騒ぎは一体!?」

 

 だがそんな騒ぎが起これば何事かと、警官達が駆けつけてくるのは時間の問題だった。

 そしてここで働いてはいけないと言われているギカ族。


「ここで楽器を弾いたもの全員動くな!」


 一人の警官が分厚い人だかりに突っ込みながらそう叫ぶ。

 ルココが用意した屁理屈ももう通用しないだろう。何故なら姉の腕には溢れんばかりのお金が入った空き缶が抱えられているから。


「逃げるわよ! ルーク!」

「う……うん」

「ルココ、私達も逃げるぞ!」

「そうね」


 ルークとは弟の名前だろう。

 姉はルークの手を取るがそこは逃げ場がない海側。


「お嬢ちゃん達こっちだ!」


 そう叫ぶのは楽器を持ち寄って来たディアン族の演奏者達だ。

 皆白いひげを生やした老人達。

 下を見れば水路のような穴が空いている。そこから逃げろと言うのだろう。


「いいの? ギカ族を助けても」


 ギカ族とディアン族は中が悪かった筈だ。もしかしたら塞がれた水路を教えて袋のネズミにしようとしてるのかもしれない。

 茜が警戒してそう聞くとディアン族の老人達は笑いながら答える。


「音楽に民族なんて関係ないさ、なぁ?」

「ああそうさ、それに仲が悪いのは王族だけだよ」

「いやぁ、久々にいい演奏だった。ありがとうなお嬢ちゃん達」


 そう言って茜の手を握って来る。

 

「おまけにあんたは美人だしなぁ」

「それはどうも」


 それには茜も笑顔で返しお礼を言う。


「この下に扉がある。そこを走れば……ていうかその子達に聞けばいい」


 こういうことが良くあるのだろう。その時に利用する通路のようだ。

 

「お姉さん達! こっちに!」


 姉はルークの手を取ってせり出たステージから飛び降りる。

 高さはあるが下は砂浜、着地に失敗しても痛くはない。

 ルーク達に続いて茜とルココも飛び降りた。二人共型は違うが白いワンピース。

 飛び降りるとなぜかルークが赤い顔をしていた。どちらかのスカートがめくれショーツが見えてしまったのかもしれない。


「行くわよルーク! ボサっとしない!」

「うん……」


 そんなルークを姉が一喝する。

 そして二人は水路に入り、暗闇に消えていく。


「私も入らなきゃダメかしら?」


 水は枯れてはいるがジメジメして汚そうな通路だ。


「なんか楽しそうだから行ってみようぜ、ルココ」

「……分かったわよ」


 そうして四人は穴に入っていくのだった。

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