久々の学校の見学に雪花がどこを見て回りたいかと尋ねると茜は先程春子達が言っていた、
「戦闘技術が見たい」
との事だった。
茜は雪花と共に戦闘技術の訓練が行われている第四体育館へ向かう。
その道中、男子生徒の視線が茜に集中する。だが他の生徒の目や雪花がいる為か、強行して告白する勇気のある男子生徒はとりあえずいないようだった。
だから茜はその道すがら昨日あった話の続きを雪花に話してやっていた。
「え? そんな大変な事になっていたの?」
「ああ、その内ニュースで出ると思うけど」
「うわぁ……なんか複雑。確かに怖い人だったけど……まさかあのジュリナがセブンアイズに殺されるとはねぇ」
と、自分が標的にされるかもしれなかったというのにジュリナに同情する雪花。
ジュリナはまだ子供だった。もしかしたら更生できるかもしれない、と思う所もあるのだろう。
「まあな。でも同情は身内だけにしておけよ? 今この時にも世界中で何人も死んでるんだ。そいつらにいちいち同情していたら涙が枯れてドライアイになるぞ」
と、茜はジュリナの死にドライだ。
職業柄、茜は多くの人々の死を目の当たりにしてきている筈だ。だからジュリナの死にもあまり感情を動かされないのだろう。
「成程……そう言えばあんたも人を殺した事あるの?」
「ああ、民間人を躊躇なく殺すクソ野郎達だけどな。でも出来るだけ殺さず足とか腕とか切って戦闘不能にしてる。捕虜に丁度いいしな」
「そう……まあいいわ」
と、死ぬよりも酷い仕打ちに雪花は眉間に皺を寄せる。
だがそこは切替の早い雪花。次の瞬間には重い話などなかったかのように口を開く。
「そもそもあんたもう一般人になったんだからそんなことできないんじゃないの?」
「セレナさんはこんな依頼がある、って見せてきただけ」
「それじゃあ受けなきゃいいじゃん」
「そうだけど自分の故郷ってなると無視もできないだろ? 唯も被害者だったし。セレナさんはそこに付け込んでんだよ」
「したたかね」
「だろ? でも今回は警察を扇動して獄道組を潰させるだけだから楽なもんだ」
と、茜は笑う。
「あんたの楽の定義が良く分からないわ……」
と、雪花は肩をすくめてあきれた顔。
今回茜が行った事と言えば作戦の立案と指示、そして森島達の説得と赤鬼をつつき、玄達と追いかけっこしていただけだ。誘拐途中も眠っていた。バドルとの対戦に比べたら楽なものなのだろう。
「あ、ほらあそこが第四体育館よ」
と、雪花が指さす先には大きな建物。
大型輸送船に載せられたコンテナでも運び込むのかと思われるくらいに大きな入口。
茜達が入口の前まで行ってみると高さ一メートルほどのステージが見えるだけで八つはある程の広さだった。
ボクシング等で使用するリングよりも少し広い。根本的に違う所と言えば落ちない為のロープが張られていないところだろうか。いつでも場外に逃げれるようになっている。
「ここが戦闘技術の訓練をしているところね」
「ふーん」
それぞれステージ上では棒で作られた武器を持って対決している。
不思議なのは防具と言えば手に付けたグローブくらいで何も付けていない。
「誰もプロテクターとかつけてないけど?」
「ああ、実践戦闘だからじゃない? いつでも戦闘できるようにしてるとか? 骨折くらいならすぐ直っちゃうし」
「ふーん」
茜も経験はある。
紛争地帯で武装していない時に突然戦闘となる事もある。その時に冷静に戦えるかで生存率はぐっと上がる。
プロテクターで守られた環境で対決するスポーツとは一線を画すものなのだろう。
「ここで好成績を残せば軍に引き抜かれてエリートコースよ。あとは開拓者とか」
「開拓者、ね」
先程春子達が言っていた単語。
開拓者とは未だ未開の地、ドアナ大陸という場所に派遣される者達の事だ。
茜がまだ小さい頃、父親は開拓者としてドアナ大陸に派遣された。しかし帰ってくることはなかった。そのせいで茜の母親は大変な思いをしていたのだ。その為、茜は父親の事をあまり良く思っていない。
「ん?」
「どうしたの?」
茜はそこである人物を発見した。
数ある中のステージの一つ。そこに多対一で戦闘しているグループがあった。
その一人は一本の棒を持ち、迫りくる五人の男子生徒の攻撃をいなして突いて叩いて場外へ落とし、戦闘不能に陥れていた。
「何だか見たことあるような」
そして最後の男子生徒の武器を叩き落とし持っている棒の先端を眼前に突き付けて勝負がついた。
驚くことに男子生徒五人を叩きのめしたのは一人の女子生徒だった。
雪花はその華麗な技を見て茜に視線を向ける。
「レベルはどう? ファウンドラ社裏組織のトップエージェントさん」
と、冗談めかして雪花が言うと茜は残念そうに肩をすくめる。
「駄目だな」
その時、棒を突き付けた女子生徒が茜の方を振り向いた。
かなり距離があるので駄目だなと言った茜の言葉が聞こえているわけではないだろう。だがその女子生徒は茜を見て制止している。
そこで茜はその女子生徒が何者か分かった。金髪を二つのリボンで括ってツインテールにまとめた容姿。五人の男子生徒を叩きのめしたその女子生徒は以前、D棟屋上で出会ったエクレール社の一人娘、ルココ=エクレールだった。
「駄目って、何が?」
「レベルが低すぎる。あんなお遊びごっこじゃすぐ死ぬだろうな」
茜は聞こえていない事をいいことにルココに向かってそんな辛辣な言葉。
聞こえていたらと思うと笑うに笑えないので雪花は苦笑いだ。父親を開拓者として派遣した元である戦闘技術への八つ当たりが含まれているのだろう。
「そりゃ、あんたからしたらそうかもしれないけど。でもあの子、全国の総合戦闘技術大会で優勝してる子よ?」
「よく知ってるな」
「有名だからね。顔は知ってる。確か名前はルココだったような」
雪花でも知っているという事は相当有名なのだろう。
であれば先程の多対一の戦いはレベルの低い男子生徒達だったに違いない。
「ならその大会のレベルもたかが知れてるな」
いつまでも辛辣な茜。
よほど父親の属した活動が気に食わないのだろう。その戦闘技術訓練に参加している者達に罪はないのだが彼らを見る視線も心なしか冷たい。
その時、女子生徒が棒の先を地面に打ち付けてわざと音を鳴らした。茜の方を見て。
それに気づいた雪花が茜の口をふさぐ。
「聞こえるわよっ」
茜が口を塞がれた手を煩わしそうに押しのける。
「聞こえるわけないだろ、この距離で」
確かに二人の間には相当な距離がある。そして声もさほど大きくない。周りにも人はいないし気をもむこともないだろう。
茜はそう思っていた。
「ねぇ、あの子こっち睨んでない?」
茜が改めてみるとルココは真っ直ぐに茜を睨みつけている。
「あ、本当だ。なんか気に障ることでもあったのかな?」
「あるのはあるのよ。全部あんただけど」
「でも聞こえては――」
するとルココは棒の先を茜達に向けたかと思うと大声を張り上げた。
「そこのアンタ!」
それは明らかに茜達を指している。
雪花は茜を見て茜は雪花をみる。
すると茜はゆっくりと雪花の後ろに隠れた。
「ちょっと!? なに隠れてるのよ!?」
「呼ばれてるぞ雪花」
「なんでよ!? 多分あんたよ! ちょっと隠れないで出てきなさいよ!」
背中に張り付く茜をどうにか剥がそうと雪花はもがく。
そのやり取りを見てルココがさらに忌々しそうに声を張り上げる。
「あんたよ! 青髪!」
「青髪? 雪花は白だし……」
「あんたよ! 髪は青じゃない!」
「これは空色であって青じゃない!」
と、苦しい言い訳を見せる茜。
そんな二人にルココの次の声は怒声となって茜の耳に届いてくる。
「茅穂月茜!」
と、茜はフルネームを呼ばれてしまった。
茜は雪花の陰からひょっこりと顔を出し、何故名前を知っているのかとルココを見る。
エクレール社のお嬢様であり理事の親戚でもある。調べようと思えば分からない生徒の名前はないだろう。
「私のレベルがたかが知れてるって!? 上等じゃない! 上がってきなさい!」
先程の会話は全てルココに筒抜けだったようだ。
「読唇術か」
茜はルココに顔を向け、小さく呟くと、ルココは「正解」と口だけ動かして笑う。
「ちょっと全部伝わっちゃってるんじゃない!? 逃げる? 逃げる!?」
「ふん、丁度いい」
茜は雪花の背後から出てくる。
丁度いいというのは男子生徒達に追い掛け回された茜の対応策に強さを見せつける案があったから。雪花でも知っている強者に茜が勝利すれば無理に告白してくるものもいないはずだと。
そして万力グローブをポケットから取り出し手にはめながらルココの待つステージに歩き出した。
「え? まさか行くの!?」
「ちょっと遊んでくる」
「ええ!? 正気!?」
「こんな子供の部活動レベルで鼻高々に伸ばしてるならへし折ってやるよ」
「でも相手は全国優勝してるのよ!? それにあんたが何者かバレるかもよ!?」
それに茜は振り返り言う。
「今はただの女子高生だからさっ」
そう抜かしてウィンクを一つ。
可愛らしい茜をより魅力的にするそれを雪花は息を吐く。そしてすたすた歩いていく茜の後ろを雪花が仕方なく追いかける。行く手を阻む戦闘技術にいそしむ生徒達の視線をかき分けて。
それはどんな実力があるのかの関心と、この学校で噂の美少女転校生を一目見たいという好奇の目。
茜がステージに到着するとルココがステージの上から声を掛けてくる。
「武器を選んで上がってきなさい。遊んであげる」
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