茜達は中庭を通って城の入口へ向かう。
だがそこにフランツやエドガー、フロイ王子の姿はない。
それはフランツの懸念によって。
「すまないが、私は一旦本島に戻る」
財宝を目の前にどういうことなのかと聴けば、十年前にバンカー王国に甚大な被害をもたらした戦艦・スターゲイザーが姿を現した事についてだった。バンカー島にいるギカ族やディアン族、そして観光に来ている人々は皆怯えている事だろうと。
だからバンカー王国の国民を安心させる為、フランツは戻ると言い出したのだ。
それを聞いて次期国王候補のフロイも宝探しに興じている場合ではないだろう。財宝は茜達に任せ、フランツと共に戻ると言い出したのだ。
「では茜様。我々はここで」
フロイは茜と握手を交わす。
「皆で財宝を見つけた方が盛り上がるんだけどなぁ」
「財宝は逃げませんよ。それに茜様とツクモ教授による功績がとても大きい。今更我々が出しゃばって騒ぐのも何だか違う気がします」
「なんだか王族とは思えないですね」
元々王族だったのだからもう少し傲慢でもいいような気もするがフロイはとても謙虚だ。ギカ族に匿われていた事もあるのだろう。匿われているのに横柄な態度等すればギカ族に突き出されるかもしれない。
「そうかな?」
「いっそ、全ての財宝を我が物にする! とか言い出したら王族だと実感もしますが」
茜は微笑みながら意外そうに言うと、フロイに苦笑いを返される。
そんなフロイを横で微笑み、笑う幼馴染のマリー。
「茜ちゃん。フロイは元々そういう人だから気にしないで」
そしてマリーもフロイと一緒に戻るようだ。差し出された手を取り握手を交わす茜。
「マリーさんは財宝見なくていいんですか?」
「見たいけど……でも今はフロイと一緒に居たいから」
「確かに、死んだと思った恋人との十年ぶりの再会ですからね」
マリーは照れるように笑う。そして「おませさんなんだからぁ」と茜に抱き着いてぶんぶんと振り回した。きっと照れ隠しだろう。
十年もの間、死んだと思っていた恋人に会えたのだから一緒に居たいという気持ちは分かる。
「ツクモ教授、あともう少しですね」
「ああ、君達の幸せを願うよ」
マリーは茜を片手で抱きしめて弄びながら、もう片方の手でツクモと握手を交わす。
唯一の大人の女性であるマリーが居なくなるからかツクモは何処か寂しそうだ。
「なら俺達も一緒に戻るか」
そこへエドガーもそう提案する。
ギカ族と紛争を起こし、未だに防衛線を築くなどして対立していた。だがバンカー王国を乗っ取ったアヴェル達はもういない。
フランツ達が単独で乗り込むよりもプルアカ村の村長代理を務めるエドガー達と共に向かう方が話が早いだろう。
「お嬢と坊ちゃんは財宝を頼みます」
「了解です!」
「うん」
「では茜様、お嬢達を頼みました」
茜は最後にエドガーと握手して別れた。
それを見送りながら雪花が小声で茜に一言。
「十年ぶりの再会であんなに喜んでるのに十六年ぶりの再会で仏頂面なのはどうなの?」
とは茜の父、葵大吾の事だろう。
せっかくの父との再会に茜は塩対応してしまっている。涙を流し抱擁を求める父をも無視してしまった。
「うるさいなぁ……恋人と親は別だろ」
「そうよね~、恋人はもう――」
と、そこで雪花は口を閉ざし、更に手で覆う。これは失言だったと。
今の話題は茜の父である葵大吾だったのだが、雪花はつい口走ってしまったのだ。
大吾の恋人であり茜の実の母、葵瑠衣菜は不可抗力ではあるが茜が殺してしまった人物。茜はその事でずっと悩んでいた。今は気にしていないふうを装ってはいるが母の死を知って涙した父の様子に口ごもるくらいには気にしているだろう。
「おーいルココ~、お宝発見しに行くぞ~」
だが茜は聞こえないふりをして、気を失っているルココの頬をぺちぺちと軽く叩く。
するとルココは直ぐに目を覚ました。
「うぅ…… 茜?」
更に茜はフォンも起こし改めて城に向かう。
ルココが気を失っていた間になにがあったのかを話しながら。
「ええ!? また発症してたの!?」
ルココはフォンがいない状態でフランツと戦い、狂化薄心症を発症した。
「あとなんかレイピアがビリビリしてた」
「ビリビリ……」
更にレイピアに電気を帯電させていた明鏡共鳴と思われる現象を話すとルココは何か心当たりがありそうだった。
「パパの家系に雷の資質を持っている人が居たと聞いたことがあるわ。きっとそれね」
「ふーん。雷なんてカッコイイな」
「そ、そうかしら」
茜に褒められ、ルココは少し嬉しそうに笑う。
そんな事を話しているとついに城門へ。十メートルはあろうかという立派な城門は青い石でアーチ状に象られている。
城門は開け放たれており、剣が先頭を歩いて入っていく。すると何やら見えない壁に阻まれた。
「ん? 何かあるぞ」
「何が?」
茜が剣の横を通り、手を前に出す。
「気を付けろ。見えない何かが」
「なんだそれ?」
茜が恐る恐る手を前に出すと確かに何か壁のような物に突き当たった。確かに目の前には何もないはずなのに。
その奥にはだだっ広い空間が見える。細やかな装飾が施された柱が左右対称に並んで。
そこは不思議な事に絵画のような雰囲気。それは絵画のタッチという様子ではなく全てが絵画のように動きがなく止まっているような雰囲気だった。
風で揺らいだりする物は無いのだが、何故かただの画像を見せられているかのような不思議。そして外から光がさしているにもかかわらず中は薄暗い。
「お、確かに何か手に――」
茜が剣の言う透明の壁に触れたとたん、城の中に光が差し込み明るくなった。ステンドグラスだろうカラフルなガラスを通して色鮮やかな光が広場を照らし出す。
「あれ? 壁が消えたような」
茜はそのまま進むと先程あった壁は消え去り、中に入ることが出来た。
「お、入れる?」
「本当? ビリビリとかしない?」
雪花の警戒の言葉に茜は「成程、その手が……」とドッキリポイントを逃したと悔しがっている。
「余計な事はしなくていいからっ」
そんな茜を横に睨みながら雪花達は中に入っていく。
外からの光で浮かび上がった装飾の施された柱は城の外観と同じように青みがかっている。所々に金の装飾、それをステンドグラスの色鮮やかな光の筋が照らし、どこか荘厳な雰囲を感じさせる。
「お待ちしておりました」
すると突如そんな言葉を投げかけられた。
その先に視線を送ると横の柱に隠れて階段があり、そこから一人の男が茜達を見下ろしている。
すぐに茜と男の視線の間に剣が立ちはだかる。ここまで来て敵ではないだろうが剣は茜の護衛も兼任している。警戒しているようだ。
「ようこそミロワール城へ」
男は階段を降りて日の当たる茜達の前へ。
「お待ちしておりました」
見れば背丈は雪花より少し高いくらいの若い男。そして恭しく首を垂れる。
「あ、私達と同じ?」
そうキリカが呟いた。何故なら男は褐色の肌に黒い髪のギカ族だったからだ。
更にその後ろからもう一人の老人。白髪だが肌は黒いのでこの老人もまたギカ族だろう。しかしキリカやルークのTシャツとは違い、二人は白い布で体を巻いただけの簡素な服装。
「その通りです。それで……」
男は誰かを探すように視線を泳がせ、やがて茜に視線を止めた。
「この封印を解かれたのはあなた様ですね」
何故分かったのかは分からないが男は前に立ちはだかる剣を避け茜の前にゆっくりと歩いてくる。
敵意はない、と剣はあっさりと男を通す。そして男は茜の前で騎士のように膝を床に突き、胸に手を当てた。
「どのような御用向きでしょうか? 何なりとお申し付け下さい」
「ええと……あなたは?」
と、茜が返すと男は少し意外そうな顔。
「……申し遅れました。私はこのミロワール城兼、宝物庫を任されましたポルトと申します」
ポルトの言う宝物庫。それを聞いて茜達は自然に口が開いてしまう。それはここに宝があると確信出来たからに他ならない。
「ここにはどれくらいの財宝がありますか?」
「それはもう……置き場に困る程」
茜の問いに笑みを浮かべて答えるポルト。
その「置き場に困る程」という返答は以前ツクモが言っていた言葉だ。
立派な城を構え案内人までいるのだからそうでなくては困るだろう。
「じゃあその財宝を全て引き出して分け与えたい、と言ったら?」
最終目標はその財宝を全て引き出しディアン族、ギカ族、そしてツクモに分け与える事。
それを案内人であるポルトが快く受け入れてくれるか。それとも茜達を強欲で財宝目当ての盗人と判断し、渡すまいと襲ってくるか。
茜は少し心配だったがそれは杞憂に終わる。
「仰せのままに」
ポルトは茜の希望に快く答えてくれるようだ。
そして皆顔を見合わせて一様に笑顔。
「じゃあ、全ての財宝を……」
「開放しろ!」と、声が響きそうなこの広間で茜はポルトに命令するものだと思われた。
雪花やキリカは嬉しさのあまり小さく飛び跳ねている。ルークは目を輝かせてぽかんと口を開き、茜に羨望の眼差し。
ツクモは笑って生暖かく茜を見つめていた。まるで自分の娘を見守るかのように。
ルココといえばあまり興味がないのか腕組みをして静かにその光景を眺めている。
だが茜の口からその言葉が出てくることはなかった。
「ん? どうしたの茜」
雪花が聞いてキリカ達は不思議そうに首を傾げる。
茜達の最終目標は財宝の取得。だが茜はここでやりたい事がもう一つあった。
茜は雪花達に振り返り、済まなさそうに眉尻を下げて言った。
「ちょっとだけ我儘言ってもいいかな?」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!