「それじゃ、そう言う事、でっ!?」
と、踵を返して帰ろうとする茜は何かに足を掴まれずっこける。
「待って下さい茜様!」
それは申し出を断られたジャスティンが茜の足にみっともなく抱き着いたから。
しかも両足にタックルするように抱き着いたものだから茜はたまったものではない。倒れないよう踏ん張ろうにもその足がロックされているのだ。ずっこけるのも無理はない。
「ぐはっ」
茜は全身を強打し、肺を圧迫され口から息が漏れる。
「スカウトした方々は皆そう言います! 不安ですよね!? その気持ち、痛いほどに分かります!」
「分かる分けないだろ! お前なんかに私の気持ちが!」
全身を地面で強打した茜は鬼の形相でジャスティンを睨みつける。
それは元が男だからこその拒否の返答。それをジャスティンが分かるわけがないのだ。
「社長!? 何をなさっているのですか!? みっともないですよ!」
「スリアナ! 君は黙っていろ! この珠玉の人材は他にはいない!」
茜の事を珠玉の人材と言い放つジャスティン。だがその珠玉の扱いが雑過ぎる。
「お前はその珠玉の人材を今地面に叩きつけたわけだが!? 馬鹿なのか!? 阿保なのか!? いいから放せ!」
「はっ、これは失礼をっ」
そのもっともな茜の言い分にジャスティンは思わず手を放す。
そこですかさず地面を這ってジャスティンの捕縛から抜け出し、逃げようとする茜。
「あ、お待ちください! 茜様!」
だが狩猟本能からか、またしてもジャスティンは茜の足首に飛びついた。
当然の如く、茜はまた倒れ、全身を強打するのだった。
「げふぅ」
「あ! 申し訳ありません! 茜様!」
謝るジャスティン。
茜の制服も男のスーツも砂埃にまみれ、汚れに汚れてしまう。
弾丸でも破れない制服と二―ソックスで身を固めている茜は怪我は無い。だが地面に叩きつけられ、服を汚され、茜はお怒りのようだった。
茜はジャスティンを睨みつけながら自由となった脚で蹴りを見舞う。
「この! この!」
「茜様!」
「こぬ! こぬぅ!」
「どうか!」
「死ね! 死ねええ!」
「お考え直しを!」
だがジャスティンは勧誘を諦めず、更に茜の華麗な足技をひらりひらりと避け、一発も当たることはない。
そんな地面で寝そべりながら繰り広げられる二人の醜態に自然に人の視線が集まって来る。
流石にまずいと感じた銀髪の女性、スリアナが止めに入った。
「社長! 落ち着いて下さい!」
スリアナは華麗な足技を決める茜の足を掴み、もう片方の手でジャスティンを引き起こす。
「あ、茜!? どうする!? どうすればいい!?」
雪花はどうしたらよいか分からずあたふたするだけ。
「警察! 警察呼んで!」
茜は警察を御所望のようだった。
そんな中であってもジャスティンは茜の勧誘を止めはしない。
「お願いです! あなたは一万年に一人の逸材! 首を縦に振るまで私はあきらめませんよ!?」
ジャスティンはつとめて笑顔で茜を説得する。
「じゃあもう一万年待て! 一万年! 一万年後に天下を取れ!」
茜はたまったものではないとジャスティンを睨みつける。
ついに二人は互いに互いの腕を掴んでの取っ組み合いになってしまった。
「そんな時間はありません! 茜様! あなたは選ばれし者なのです!」
「だからやらないって!」
茜は肩で息をし、ジャスティンは息一つ乱していない。
だが二人共汚れに汚れている。
「おい」
その時、ジャスティンの腕を握る大きくごつい手。
「その手を放せっ」
そしてジャスティンを睨みつける一人の青年。
「剣!」
それは剣だった。もうセレナとの面談が終わったらしい。
「剣?」
ジャスティンは茜から手を放し剣を見据える。
剣は茜の腕を掴んで自分の背後、雪花に投げるように避難させた。
そして剣はジャスティンの前に立ちはだかり、睨みつける。
剣の背は高い方だがジャスティンはそれ以上ある。
二人とも胸を張り、睨み合う。
「……君は? 茜様の何なのかな? 無関係なのであればでしゃばらないで欲しい」
「俺はこの子のボディガードだ」
「ボディガード?」
現在、剣の任務は茜の護衛、ボディガードとなっている。嘘は言っていない。
だが剣は制服で茜も制服。その二人の関係が護衛と護衛対象という関係性は無理があるし鼻で笑われそうな単語だ。
現にジャスティンは鼻を鳴らして幾度か笑う。
だが睨む剣にジャスティンは何か感じ取ったらしい。
「そうか。私はクラバスコーポレーションの社長、ジャスティン=クラバスだ」
と、茜を守る剣を認めたのか、改めて剣に自己紹介する。
「そうか。彼女に手を出すな。嫌がってる」
「私はね。欲しいものは必ず手に入れる」
流石は芸能事務所の社長と言った所か。人材への執着は半端がない。
「お前に、茜は渡さない!」
「な!?」
そんなジャスティンの執着を跳ねのける程の剣の威圧感。
更に剣の勘違いされかねない言葉に茜は目を細める。
「なあ雪花、あれって告白かなぁ? もうゴールしてもいいかなぁ?」
「うーん、微妙」
雪花のゴール判定は厳しかったのだった。
だが誰しも雪花のような厳しいゴール判定を持っているわけではない。
「君は……まさか茜様のこいび――」
「社長!」
ジャスティンが剣の発言に勘違いする寸前にスリアナが呼びかける。
「人目が多くなってきました。一旦引き上げましょう」
ジャスティンが周囲を見ると自分達を中心に人だかりができている。
それも当然だろう。大の大人と女子高生が取っ組み合いの喧嘩をしていたのだから。
「わかった……茜様、私は君を諦めないよ」
そう言って未練がましいジャスティンに、茜は舌を出して挨拶をする。
「剣君……だったかな。くれぐれも茜様には傷をつけないでくれよ?」
「当然だ」
「社長いきましょう」
「ああ」
そしてジャスティンは剣の横を通り過ぎながらその場から立ち去る。
その去り際だった。
ジャスティンは剣の横を通り過ぎざまに小さく、そして背筋が凍り付く程の冷たい声調で言い放つ。
「君は彼女を必ず持て余す」
「っ!?」
ぞくりとするようなそんな声に剣はぱっと振り返るとジャスティンはでれでれの笑顔で茜に手を振り、茜は笑顔で中指を立てていた。
「何者なんだ……あいつは」
ジャスティンは只者ではないと、剣は確信した。
剣は今まで言葉だけで自分をびくつかせるような人物と相対したことが無かった。
「まさか……ブラッドオーシャン?」
剣もセレナとの面談で男女の二人組には気を付けろと言われていた。既に日和の国を離れたとセレナは予想していたようだが念の為、警戒しろと。
セレナを退けたブラッドオーシャンのクリスタルを操る二人組。分かっているのは白銀の瞳、という事だけ。
そんな事を思案していると茜が剣の元へ歩み寄って来る。
「なあ剣」
「あ、ああ、茜。大丈夫だったか?」
「ああ、ありがとう。それで一つ聞きたい事が」
「ん?」
茜は雪花の判定に納得いっていなかった。
「お前に渡さないって――」
だから無理やりゴールしようとやって来たのだった。
「どういうこと?」
と、体をくねくねさせて照れるように上目遣いで剣を見上げてくる。
剣はジャスティンに言われたぞくりとする一言以上にびくついて後退る。
「あ、あれってさぁ……お前は私の事を――」
茜は更に攻めてくる。体にしなりを作り、もじもじと震わせて。
「あ、あれは別に! 何でもない! お前が連れて行かれそうだったからああ言っただけだ! 深い意味はない!」
「深い意味って何? それはつまりどんな意味で誰が好きなんだ!?」
もうなりふり構わなくなった茜。
体をずいっと前面に押し出して剣に迫る。
「な、何を言っているんだお前は!? 訳が分からん! じゃあな!」
そう言って剣は華麗に百八十度ターンを決めて歩いて行ってしまった。
「ちっ、あいつ……逃げやがった」
「はい、ノーゴールでーす」
雪花の判定は厳しかったのだった。
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