「それどうするの?」
回ったコインを弾いて片手でキャッチした茜に雪花が問いかける。
「ここに星が五つあるだろ?」
「うん」
「これをこうして潰していく」
茜は膨らんだコイン上の星を親指で一つ一つ潰していく。
金属製にもかかわらず、非力な茜でも星を潰す事が出来る。外圧で勝手にへこまぬようガラスケースに入っていたのだろう。
「星の数は何か関係があるの?」
「星の数が多いほど重要度の高い作戦へ移行したという事。更には状況が悪化した証拠だな」
ファウンドラ社はバンカー王国が裏切り、戦艦を持ち出して来ることも予想の範疇だ。作戦によって星の数は決まっている。だから茜は該当の作戦に付随する星の数だけそれを潰していく。
「まあ確かに」
現状、最高戦力の剣は防御に回るしかない。打って出るにしてもバンカー王国の戦艦、スカイゲイザーは空に浮かんでしまっている。スカイゲイザーが茜達の真上から砲撃を開始すればそこで茜達の命運は尽きるのだ。
「で、全部潰し終わったら遮蔽物の無い場所へ投げ落とす」
茜は中庭に向かってコインを弾いて地面に落とした。するとコインが赤く点滅し始め、数秒すると青に点灯した。
「あれが青くなると受理された事になる。そしてバンカー王国近海にある船から武器が排出されてここまで飛んでくるんだ」
「さっき言ってた対戦艦ライフルってやつ?」
「そう、ライトキャノンだ」
「ライト……なんか弱そうじゃない? そんなので戦艦撃ち落とせるのっ?」
雪花はその弱そうな名称に戦艦を撃ち落とせるほどの威力があるのか懐疑的だった。
雪花が指さす宙に浮きあがる戦艦、スカイゲイザー。まだまだ高度を上げている。
茜達がその方向を見上げるのとほぼ同時だった。スカイゲイザーの船底から黒光りする長い筒がせり出してくる。
「ええ!? 何か出てきたけど!? これって狙い撃ちされるんじゃないの!? ヤバいんじゃないの!?」
「……もうすぐ来るから多分、大丈夫じゃないかな」
「多分じゃ駄目でしょ! 私達粉々にされちゃうじゃない!」
危機感の無い茜に雪花は焦る。いくら対戦艦ライフルを呼び出しても戦艦の砲撃に間に合わなければ意味がない。
だからか、雪花は茜の肩を抱いて引き寄せ耳打ちした。
「あんたの力で吹き飛ばせば済むんじゃないの!? 一発で吹き飛ばせるでしょ!?」
雪花が言っているのは茜色の奇跡の事だろう。
「でもなぁ」
茜は周りを見渡した。
今は人の目が多すぎる。更には剣の目もある。
「こんな状況なんだしバレてもしょうがないわよ! 命の方が大事でしょ!?」
それは雪花の言う通りだ。
だが茜は首を縦には振らない。
「剣に隠すとかそう言う事じゃないんだよ」
「じゃあどういうことなの!?」
「色々あるが……あれを撃つとさ、疲れて寝ちゃうんだよな」
「いいわよ! あれが無くなれば万事上手く行くんだから!」
「そうだけど……ここには親父がいる」
「ああ、あんたのお父さん?」
「ここで何をしているのか聞き出さないとな」
「え? じゃあさっき一緒について行けばよかったじゃない!」
「それは……男の意地だ!」
「あんたは今女なのよ! そしてそんな意地どうでもいい! 本当にどうでもいい!」
「まあまあ、雪花。今からファウンドラ社最強の武器がデリバリーされるから待ってろって」
その時、空に轟音を響かせる飛翔体が。ミサイルのように灰煙の尾を引いて。
「え? ミサイル――」
「――型のウェポンデリバリーさんだ」
その飛翔体は真っ直ぐに茜達に向かって飛んでくる。天高く位置どった直方体のそれは茜達の真上に来ると急に向きを変えて垂直落下してくる。茜が弾いて落としたコイン目掛けて。
「え? ちょっと、こわっ」
そう言って中庭の中央までやって来ていた雪花は茜を担いで離れていく。
「な、なんだ!?」
そしてツクモはその後に続いて慌てて逃げ出した。
46センチの砲撃程とまではいかないが地面を揺るがす衝撃と共に砂煙に覆われる。それに皆がなんだなんだと集まって来た。
「茜とやら、これは?」
そこへフランツが慌てて駆け寄って来る。
「あの戦艦を撃ち落とす大砲です」
「た、大砲? 相手はあの戦艦だが? 本当にあれを? 撃ち落とす事が出来るのか!?」
真剣そのものの表情で茜に迫るフランツ。それに茜は不敵な笑みで返す。
「そうです」
茜はフランツの問いに答えながら落下した直方体に駆け寄っていく。
茜が近寄ると直方体にあるディスプレイに茜の顔が映し出された。
『茅穂月茜。認証しました』
その機械音声の後、金属製の直方体が開き、中から一メートル程の筒が姿を現した。
「これを取り出してっと……お、おもっ」
その筒を取り出そうとしてよろけてしまう茜を雪花が手伝ってやる。
「サンキュー雪花。あと中に弾がある」
「え? これ?」
直方体の金属の中には直径十センチ、長さ十五センチ程度の円柱の金属。
「フレキサイト弾だ。さっきツクモ教授が使っていたシャベルと同じ金属でできてる」
「共鳴力で伸びるという事か?」
「はい。でも今は加工されていて変化はしません……がっ」
駆け寄って来たツクモ教授に応えてやると茜がまたしてもバランスを崩す。それはフレキサイト弾の重さによって。だからそれをツクモとフランツが助けてやる。
「あんたねぇ……自分でデリバリーしておいてその体たらくは何よ!」
「仕方ないだろ! 非力なんだよ! か弱いんだよ!」
そこへツクモが助け舟を出す。
「茜、私も手伝おう」
「ありがとうございます。では」
ツクモはフレキサイト弾を軽々と持ち上げ先程雪花が取り出した筒を縦に開いてはめ込んでいく。
「そこでそのボタンを押してロックを解除して」
茜の指示に従い、ツクモがそれを解除していく。
するとトリガー、グリップ、スコープが飛び出してきた。
「後はこのボタンを押してっと」
『現在チャージ中です。完了までおよそ一分』
そのような機械音声が響くと後ろから慌てた感じで駆け寄って来る二人の影。壁門からスカイゲイザーを見張っていたフロイとマリーだ。
「フランツ! そろそろあの戦艦の射角に入ってしまう! 狙いは私だ! だから私は一旦ここを離れて――」
「で、このボタンでシステムを起動してっと」
茜とツクモの作業を見守るフランツはフロイに「少々お待ちを」と自己犠牲の囮に待ったをかける。
「それは?」
「ライトキャノンという対戦艦ライフルのようです」
「ライト? 対戦艦ライフル? そんなものであれを?」
「ええと……」
一通りの準備が終わったのだろう、茜がフロイの疑問に笑顔で答えてやる。
「可能です。それも一撃で」
「一撃でっ!? そんな事が可能なのですか!?」
そこで茜は目を輝かせる。
「よくぞ聞いてくれました! このライトキャノンには何と超希少鉱石であるグラヴィタイトが内包されています!」
「グラヴィタイトだと!? あの!?」
グラヴィタイトはグラム数億ウルドする鉱石だ。共鳴力を流す事で重力を自在に操作できる。
重力制御装置はそれを真似て開発され、茜達の装備や飛空艇アシェット、ランチャーホーク等に使用されているのだ。
「それを打ち砕くことにより、瞬間的に爆発的な斥力を一方向に発生させ無反動で弾丸を発射する事が出来るのです! その速度は実に時速五万キロ! 隕石の落下速度に匹敵すると言われています! そこからちなんでつけられた正式名称はメテオライトキャノン!」
「ライトキャノンのライトってメテオライトだったの!?」
メテオライトとは隕石の事。軽い意味のライトではその性能に天と地ほどの差がある。
まるでテレビショッピングのようにメテオライトキャノンの凄さを流暢に語る茜。そんな茜の表情は笑顔に更に笑顔を貼り付けたような、とろけた表情になる。そこから出てきた言葉は茜の本音だった。
「いやぁ~、一度撃ってみたかったんだよねぇ~」
「こいつ……こんな時に何考えてんのよ!」
桜之上市の機動隊である中島がレゾナンスキラーを見せた時もそうだった。茜は目を輝かせ詰め寄っていたことから目新しい技術が好きなのだろう。
その茜の説明に皆一様に驚き、フロイ達は目をぱちぱち、キリカとルークは羨望の眼差しで手をぱちぱちさせている。
「更に筒の内面に施した、螺旋状の重力制御装置。それによって砲口から五百メートルの真空路を作って空気抵抗をゼロに! 加えて撃ち出されたフレキサイト弾は回転し、着弾と同時に広がって迎撃対象をねじりながら隕石の速さで全てを押しつぶしていきます!」
「え、それって……」
「そうこれは」
そこで溜めを作らなければ嘘だと、茜は不敵な笑みを一つ。そして口を開く。
「冷酷で無慈悲な破壊兵器です」
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