その後、茜はポルト達に連れられて地上へ。
地上で待っていた雪花達はビリビリに破れた服を着た茜の姿を見て目を丸くする。
「茜さん!? 何があったんですか!?」
「ちょっと茜!? 何よその姿は!? 怪我は!?」
ルココは茜に駆け寄って肩や腕を掴み、怪我がないかを心配そうに確認している。キリカは茜のワンピースをめくって中にまで顔を突っ込んでいる。
ツクモとルークは見えそうで見えない茜の服装に釘付けではあったがルココに睨まれて背を向けておいたのだった。
「いやぁ、光君とちょっともみ合ってさぁ」
「光君ってさっきの男の子?」
「そうそう」
「さっきの人がそんな酷い人だったなんて! 許せないです! 茜さんにこんな事するなんて」
「いやぁ……そんな悪い人でもないというかぁ、あはは……」
そんな中、一人だけ口を開かず、死んだ魚のような眼で茜を見つめる人物。それは剣の折れた足を治してやっている雪花だった。
全てを光のせいだと説明する茜。だが光のせいだと言えばいう程、無感情な視線を向けてくる雪花。茜は気まずそうに顔を逸らす。
その時、茜の股からまたしても青い物体がずり落ちてきた。
それはルココから借りていた青色のパンツ。茜はそれを拾い上げ、少し考えた後おもむろにルココに差し出した。
「ルココ。これ、早いけど返すわ」
「……あなたどういう教育されてきたの? 親に洗って返せって言われなかったの?」
「え? 洗って返したら許してくれるの?」
茜は剣の風呂場でしたように、青い伸びきったパンツを指に引っかけて振り回す。
「許すとか許さないとかの域をもう超えてるのよ。こんな伸びきったパンツ返されても……」
そこでルココは腕を組み何故だか少し顔を逸らす。
「ま、まあ今回は、光って子がやった事なんだし不問にしてあげるわ。だから……だから今度一緒に買いに行きましょう」
「おお、一人で入るにはなかなか勇気がいるしな、助かったよ」
茜は元男。女性用の下着売り場に一人で乗り込むのは抵抗がある。そこにルココの希望で一緒に行きたいと言ってくれるのであれば願ったりかなったりだ。
「ありがたく思いなさい」
「おう、サンキュー」
「よしっ」
ルココは小さくガッツボーズをした直後、収納石を取り付けたスーツケースを取り出した。そして手を突っ込んで何やら探している。恐らくビリビリのワンピースに変わる服を探しているのだろう。キリカもルココの横から覗き込む。
「後は服よね~……うーん……サイズ会うかなぁ。全部私用のオーダーメイドなのよねぇ」
「いいなぁ~、収納石のスーツケース。あ、これ可愛いですね!」
「ああ、花柄のワンピースね。これなら似合うかも」
キリカに言われてルココが取り出したのは白を基調とした花柄のワンピース。クチナシの花の絵が散りばめられている。
茜は着替える場所がない為、階段の陰でこそこそ着替える事にした。
「クチナシの花言葉は縁起が良かった気がするわ」
「覚えてないのかよ」
「デザイナーが言ってただけだからうろ覚えなのよ。サイズはどう? 少し大きくない?」
ルココは茜よりも少し背が高い。だがワンピースであれば多少の身長差なら着る事は出来るだろう。しかしここで問題になるのはある部位だ。そこだけはルココよりも茜の方が大きい。
「うーん、ちょっと……きついな」
「え? きつい? まあ、私はスレンダーだから――」
「胸辺りが、なんかっ」
「ぐっ……」
「茜さん、おっぱいの上側がはみ出ちゃってますよ」
「少し苦しいけど、まあいいか」
「がはっ……」
どうにかワンピースを下に引っ張って着ることが出来た茜は階段の陰から外に出る。すると胸に手を当ててしゃがみ込んでいるルココがいた。
「なんとか着れた、って、どうしたルココ?」
「別に……」
そのルココの気持ちを察してか、キリカがポンと肩を叩く。
「ルココさん、また生えてきますよ」
「取れたわけじゃないわよ! トカゲの尻尾みたいに言わないでくれる!?」
「あはは……ごめんなさい。それで茜さんのパンツはどうします!?」
「パンツ? この長さなら別に履かなくても」
ルココに貰ったワンピースはルココに合わせて作られている。だから茜の膝下まで丈があり、そう簡単に中は見えないようになっている。だから茜は良いかと思ったのだが思わぬキリカの抵抗。
「駄目です!」
「え」
「ルークに悪影響です!」
「ご、ごもっとも……」
「弟想いね、スーツケースにあるから好きなの選びなさい」
ルココに言われ、キリカはルココのスーツケース内のパンツを探す。
「パンツはやっぱり純白ですかね?」
「でも漏らしたら染みがなぁ。黒がいいな」
「漏らさなきゃいいでしょ」
そんな様子に溜息をつく雪花。
ようやく剣の足の治療が終わり、雪花は患部から手を放した。
「剣、これでどう?」
剣は足を何度か曲げて伸ばしを繰り返し、違和感の有無を確かめる。
「ああ、大分よくなった」
「大分? もう少しかな? ん?」
その時、雪花は背後に誰かの気配を感じ取る。
「雪花」
「茜? あら、随分可愛らしい姿になったじゃない。胸がちょっとはみ出てるけど」
振り返るとクチナシのワンピースを着た茜がいた。生地が薄いのか、茜の華奢な体のラインが浮き出ている。
「剣の足の治癒、お疲れ」
「いいわよ、それくらい」
「お礼と言ってはなんですがこれどうぞ」
茜は丸めた青い物体をお礼と言って差し出してきている。剣の足を折ったのは光だ。それを直してくれたことへのお礼だろう。
雪花は何気なくそれを手に取った。
「なにこれ?」
「粗品」
「えーなによぉ……うわっ、パンツだっ」
茜が雪花に手渡したものは今まで履いていた青いパンツを丸めたもの。
何を手渡してくれたんだと、雪花はそれを怒りに任せて地面に投げつけたのだった。
「なんだよ。せっかくの粗品を」
「いっらないわよ! おしっこ漏れたパンツなんて!」
「漏れてなんかない! 拾い上げて、嗅いでみろ! 手袋よりはマシな臭いしてるぞー!」
「嗅ぐ訳ないでしょ! あと手袋の事は関係ないじゃない! 卑怯よ! こんな常夏の島でずっと嵌めてた手袋の臭いを引き合いに出すなんて!」
何をやっているのかと、剣は溜息を一つ。そして雪花が投げつけたパンツを目で追う。投げた衝撃で丸みが解除されたパンツは広がってその全容を露わにした。少し艶のある伸びきったパンツだった。
あまり見つめると茜に悪いと思ったのか剣はすぐに目を逸らす。すると偶然、外した視線の先に何やら目を見開いている兵士達が。そのただ事ではない兵士達の視線の先には先程、雪花が投げ捨てたおっぴろげな青いパンツ。
「やれやれ……」
剣は溜息をついてその青いパンツを拾い上げる。それは言うまでもなく兵士達の目の毒になるから。
見たところ兵士達の中に女性の姿はない。男だらけの生活では女性の下着だろうと自然と目が行ってしまうのだろう。それが美少女である茜のものであれば尚更だ。
剣はパンツを拾い上げる。そして非難がましい兵士達の視線に目を瞑って顔を上げた。するとそれを茜と雪花にじっと見つめられていた事に気づく。
その視線は落とし物を拾ってくれてありがとう、という視線とは正反対の性質のもの。
「ん?」
剣が首を傾げると二人の視線は剣の手に集まった。
「……あ、これは――」
雪花は言わずもがな、軽蔑した目。茜でさえも眉をしかめ、少し引いたような視線を向けてくる。
「剣……おまえ、そんなに欲しかったのか?」
そしてそんな言葉が茜の口から出てきた。
「い、いやいや! あいつらに拾われるかもしれなかったから――」
「自分が先に拾おうと?」
「俺は別に欲しくなんか――」
「まあ……いいよ剣なら」
「え」
ここに来て茜は性懲りもなく、また剣を特別視してるぞという言葉。
「剣が欲しいのであれば……や、やるよ」
だがわざとそんな言葉を吐く茜でさえも剣の行動は目にあまったようで、まるで汚らしい物を見る視線を向けてすぐ外した。
「そんな目で見るなよ! いや、こっちを見てくれ! それじゃあ俺が変態みたいだろうが!」
「そうだよ、お前は変態だよ?」
「剣きも……」
「ちがっ……これはあいつらが変な事をしないように――」
茜だけでなく、雪花までも剣を軽蔑した目で見つめて一言。
だから剣は兵士達を指さして弁明しようと口を開くが、それを兵士達の抗議が黙殺した。
「剣とやら! 我々は紳士! 断じてそのような事はしない!」
「そうだそうだ! それに変な事とはなんぞや! 全く分からん!」
「変な事を考えたお主が変態なのではないか!?」
「我々はお主のように変態ではないぞ!」
「恥を知れ!」
「半裸!」
「足折れ!」
「海パン!」
「その手に持っている物を今すぐ手放せ!」
「こいつらっ……」
剣は拾い上げたパンツを持って足早に茜の元へ。
「これはお前が持ってろっ」
「ああ、分かったよ。剣。一つ聞きたいんだけど」
「なんだよ」
「変な事って……なに?」
茜は俯きがちに言って分厚い艶のあるまつ毛で目を隠し、頬を染める。
「私のパンツでお前は一体何を思いえがいて……」
そして茜は口を閉ざして「いや、やっぱりいい」と、恥ずかしそうに剣から顔を背けた。その表情は雪花には丸見えで雪花が顔をしかめてしまう表情だった事は言うまでもない。
「まてまて! 茜!」
慌てる剣を再度見上げる茜。剣を少しだけ睨み付けるような、恥ずかしがるような表情。茜の演技が光る。
「なに?」
「俺は別に具体的な事は考えてなくてだなっ……そのぅ……」
と、剣が言い淀んでいると横から雪花が「変態」と助け船を出しこの不毛な流れを終わらせる。
剣はついにうなだれ膝を折ってしまった。これは雪花でも治せないだろう。
茜は少し距離を取りニヤニヤ笑いながら青いパンツをポケットに入れる。
「うぁっ?」
その直後、そのにたりと笑う茜は雪花に手を掴まれて壁際へ強引に拉致された。そして壁に押し付けて、逃がさぬように茜の顔を挟むように両手を突いて。
茜は雪花が言いたい事は分かっている。だから剣と同じように頬を染め目を細め、俯きがちに言った。
「なんだよ雪花……愛の告白なら――」
「な、なに言ってんのよ! 違うわよ! あんたさぁ、どうしてまた女の姿に戻ってんの!? 馬鹿なの!?」
雪花は茜が少女の姿になってからずっと茜に視線を送っていた。
ぬか喜びなのは茜だけではない。雪花もまた茜が光の姿に戻って喜んでいたのだ。それをさらりと少女の姿になって戻って来るのだから怒りもするだろう。また男の光を女の茜として扱わなければならない事に。
だが壁をついている雪花の両手を掴んで茜も抵抗する。
「言うようになったな雪花っ、私だって戻りたくて戻ったわけじゃない! 地震で鏡が倒れて割れたら元に戻っちゃったんだよ!」
「ほんっとうに馬鹿なんだから! 何で倒れないようにしておかなかったのよ! 割れたら効果が無くなるってくらい予想付くでしょうが!」
「それは結果論だろ! 鏡が割れたら元に戻るなんて……分かるわけないだろ!」
「いつも冷静に状況判断するあんたがそんな予想出来ない訳ないわよね! 大方私達を驚かせてやろうってスケベ笑いして意気揚々と帰って来たんでしょ!」
「……チガウヨ」
「しかも全部光のせいにして! 馬鹿なの!? 元に戻ったらあんたの立場が悪くなるだけなのに!」
「弁明の余地がなかったんだよ! しかたなかったんだよっ! 兵士の命を救うにはなっ!」
「はぁ!? 兵士の命? なに言って――」
その時、ドンという音と地響きと共に城が揺れ、地面が揺れる。
「なになに!? また地震!?」
「いや、この揺れは砲撃みたいな?」
幸いにも揺れは一瞬で収まった。茜が言うように地震というよりは砲撃に違い衝撃だった。
「え? まだ戦艦が残ってたり?」
「いや、資料ではあれだけだった……まさか」
この島に茜達以外で残っている者と言えば茜の父親である葵大吾。更に父親が付き従う「氷結」や「魔術師」と呼ばれていた男に他ならない。
雪花と茜が目を合わせる。
「あんたのお父さん?」
「と、親父を連れている男くらいか」
ざわつく城内。そこへ更に連続で先程の城を揺るがす程の衝撃が茜達を襲う。
「これはっ」
そこへ何かに気づいたポルトが口を開く。
「この方向は天空の監獄からですねっ」
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