いま世界で何かが起きている。
終末の悪魔と刻まれた二つの古代の遺物が同時に盗まれた事。
片方からは実際に悪魔が召喚された。その背後には都市伝説として謳われたブラッドオーシャンの影。それらから導き出される答えは何か。
茜の頭に世界の終わりという荒唐無稽な言葉が一瞬浮かんで消えた。
『とりあえず、現場にいたあなたの見解を聞かせてもらえますか?』
茜は少し思案し、一連の出来事を整理する。
まずバドルは悪魔に取り憑かれ暴走し、茜盾を除き周囲の仲間全ての頭を吹き飛ばした。
だが茜にはそれが意図的なものとは到底思えなかったのだ。
「何故あの時、バドルは仲間を殺したのか……あの化け物は……終末の悪魔はもしかしたら誰でも取り憑かせることができないのかもしれないですね」
セレナはバドルが仲間を殺した事と茜のいう事が結びつかず『というと?』と先を促した。
「あの場にはブラッドオーシャンの息のかかったバドル傭兵団が大勢いました。誰でもいいのであればそこら辺にいる傭兵でいい。副団長のダニアでもよかった。なのに、わざわざ警戒されているバドルを海底六千メートルまで連れて来た意味は?」
『バドルがブラッドオーシャンの重要人物であった可能性もあります』
ブラッドオーシャンは今まであまり表に出る事がなかった。
だからバドル傭兵団との接点は極力少なくしたい。だからバドルだけに悪魔の力を与えたのかもしれない。というのがセレナの意見だろう。
「その可能性もあります。しかし……それを考慮してもバドルは沈没前のアシェットにいた人物で私達に素性もバレています。更にハウンドに追われていてマークされていた。ここまで慎重で都市伝説でしかなかったブラッドオーシャンが、そんなリスクを犯してまで、なりふり構わずバドルを連れてくるでしょうか? しかも今現在最重要人物であろうフードの女も同行して」
違和感しかない。茜はそう感じていた。
バドルが駄目であれば誰かほかに代役を立てればいい。ブラッドオーシャンであれば他の人員を確保できないわけがない。
であればそこにはバドルでなければいけない理由が必要なのだ。
悪魔がバドルに憑いた直後の一時的な暴走とバドルでなければいけない理由。それは限られている。
『終末の悪魔を体に宿し……かつコントロールできるから?』
「重要人物、忠誠心云々ではないのであれば、ですが」
あくまで推測の域を出ないが、もし普通の人間が悪魔に取りつかれたら自我を保てず破壊の限りを尽くすかもしれない。
だからセレナの言うように悪魔をコントロール出来るようになるにはバドルが持っているであろう特殊な条件が必要なのかもしれないのだ。
『考え過ぎではないでしょうか』
推測の上に推測を重ねればただの暴論になってしまう。
茜の推測が暴論になる前にセレナが止めてやる。
だから茜も一旦その暴論を頭から排除する。そして新たな視点から見てみる事にした。
「ふと思ったんですが、バドルは元キルミアの軍人ですよね?」
『はい』
「他に軍人で、事件を起こした人はいますか?」
『バドル程の大仰な事件は無いかと』
「そうですか……」
バドルと同じように仲間を殺して軍を離脱した人物がいれば、共通する点を繋いで、そこから何か分かると思ったのだが当てが外れた。
だが茜は諦めない。
「バドルはレゾナンスでした。バドルは先天的に発現していて早くから鍛えていた事を自慢してましたよ」
『キルミアには多数のレゾナンスが軍人として所属しています。バドル傭兵団にも複数在籍していました』
茜は自分が知っている情報をつらつらと並べ立てる。
これらはもちろんセレナも承知の筈。だが茜が知っている事とセレナが知っていることが必ずしもすべて一致しているわけではない。これは茜とセレナが持つ情報の差分を見つけることを目的としている。
『そして先天的に共鳴力が発現している人はたくさんいます。むしろ後天的に共鳴力が開花した人達の方が少数派でしょう。あなたを含め』
「後天的に共鳴力が開花……キルミアで共鳴力を使えなくても潜在的に力を所有しているか分かる機器が初めて発明されたんでしたっけ?」
『キルミアで話題になり、測定しに国民が殺到したとか。その際にレゾナンスだと発覚して後天的レゾナンスになった人もいるようですね。ただ後天的レゾナンスは力がうまく使えず劣化レゾナンスなどと揶揄されていたようですが』
先天的なレゾナンスだとバドルが協調していたのはこのためだろう。劣化レゾナンスと思われたくなかったか、差別していたからか。
そしてここまで話しても何も引っかかりがない。バドルでなければ悪魔をコントロール出来ない理由はもう分からないだろう。
「これはもうおてあ――」
そう思われた時だった。茜の諦めの言葉を遮ってセレナが口を開く。
『しかし……一つ訂正が』
「訂正?」
ここでセレナは少しの沈黙。恐らく資料をディスプレイに映しているのだろう。それを黙読し詳細を確認しているのだ。
茜がしばらく待つとセレナが言葉を紡ぎ出す。
『これは共鳴力を測定する機器ではありませんね。正確には共鳴識層のようです』
「共鳴識層?」
『どんなに共鳴力をその場で高めても開放しても、その数値は変わらないようです。例えば共鳴力の強さがペンのインクの量だとすれば、共鳴識層はその色ですね』
「ということはそのレゾナンスがどういった共鳴力の色を持っているかがわかる?」
『そうです。正確には色ではなく数値で。キルミア政府はその機器を使用し、キルミア国民全員に検査を義務付けていました。そしてその数値にどんな意味があるのか、キルミアの見解は不明との事ですが……』
そこまで言えば何故バドルでなければならなかったのか。その理由がわかるというもの。
セレナも自分で喋っていて気付いただろう。その数値と今回の件の関係性を。
「バドルのような終末の悪魔を受け入れ可能な体質……悪魔触媒体質の人間がその機器で特定できる?」
茜がまとめるとセレナは疲れたようにため息を吐く。
『……どうやらキルミアは何か隠しているようですね』
「またはキルミアは何も知らずそそのかされたのかも」
『レゾナンスを発見できる機器を開発したから使ってみないかと?』
「そして見返りにそのデータをよこせ、と」
レゾナンスは希少だ。それを発見、発掘できる機器はどの国も喉から手が出る程欲しいだろう。
現にその機器は様々な国で利用されている。
「後はその情報の流れを辿ればブラッドオーシャンがいる……調べますか?」
とはその情報がどこへ流れているかはもちろん、キルミアでその機器がどのような経緯で誰によって広められたのか。
茜が自ら乗り込んで調べるぞというやる気の表明だろう。
『調査させます。あなたは学校へ』
「えー面白そうなのにな~……」
だがセレナに丁重に断られる茜。
茜はもう一般人なのだ。ファウンドラ社のエージェントではない。
残念そうにうなだれる茜。であればフェリーに乗り込ませるなと茜は言いたいだろうが言う事はない。
「しかし、きな臭くなってきましたね。バドルと同じ共鳴識層を持っている人が行方不明になっていれば、この推測はドンピシャですよ」
流れを辿らずとも同じ数値のレゾナンスが行方不明になっていたとしたらブラッドオーシャンに拉致されたとみていいだろう。
「因みにその機器っていつから測定開始されてたんですか?」
『約三十年前から』
「三十年前……バドルの年齢は五十五でしたよね。軍人になれる年齢は十八だから、その機器が導入される前にバドルは入隊したことになりますね」
測定する機器が導入されたのはバドルが二十五歳になった時という事になる。
バドルは既にレゾナンスだと分かっている為わざわざ測定しなかっただろうと、茜は話す。
「だから悪魔を制御出来る体質と知れたのが遅れてこんな年齢になったのかもしれないですね」
『それは当たりかもしれません」
「あたり?」
『バドルが共鳴識層を測定したのは十年前です』
十年前という年月に茜は心当たりがある。
それはバドルのアイデンティティにもなっている重大事件が起きた年。
クリスがバドル傭兵団に潜入捜査していた理由でもある。
「それって……」
『バドルが部下を殺し、姿を消したのも十年前です』
「あはは、決まりじゃないですか」
ここまで来たらもうう笑うしかない。
茜の笑い声でだろうか、微かにセレナの笑う声がイヤーセットを通して聞こえた気がした。
なぜ十年も期間が空いているかは謎だが古代の遺物がどこにあるか不明である可能性と、他にもそのような体質を持つ者がいて、順番待ちでもしていたのかもしれない。
とりあえずセレナは色々と調査する事がある為と、その準備に取り掛かる為通信を切ろうとした時だった。
『あ、それと』
「はい?」
『次の作戦コードが届いていますので端末をご確認ください。ナインコードです』
それを聞いて茜はまた笑ってしまう。
ファウンドラ社には作戦コードがある。表に出来ないような依頼の作戦コードはナインコードとされるのだ。
「もう私は一般人の筈では?」
『はい。ですので依頼ではなく確認するだけで結構です』
やらなくていいとの事だが内容を茜に見せるあたりやって欲しいのだろう。
一般人だから依頼はできないが見せる事はできる。そしてそれをやるかやらないかは茜次第。
「それって情報漏洩ですよ?」
『くれぐれも内密に』
セレナは抜け抜けとそう呟いた。
更にやるとしても茜の周りには雪花や剣もいる。
要請を出せばファウンドラ社のエージェント達が手伝ってくれることだろう。
ファウンドラ社は平和を語り、茜もそれに迎合している。それにセレナはつけ込んでいるのだ。
随分都合のいい依頼だなと、茜は溜息をつく。
「面倒ならやりませんからね? それに剣や雪花にやらせればいいのでは。サポートならしますよ」
『今回の依頼は少しデリケートな問題なので剣君や雪花さんには不向きです』
「デリケート?」
『これはあなたも馴染み深い作戦なので目を通しておいて損はありませんよ』
随分と消極的な依頼だなと茜は笑う。
「通すだけ通しておきます」
『では』
報告を終え、茜が布団に倒れ込み、再びトラウマになりそうな天井の木目を眺める。
歪んだ木目が歪んだ顔となって夢に出てきそうだ。
「これが夢だったら楽なのにな……」
そう呟くと、誰かの足音が茜に近づいてくる。
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