陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年5月28日(金) 20:00
文字数:4,498

五時十二分。聡一郎と光が、朝栄神社にやってきた。彼らと、涎の跡がついたままの昭治、涎をしっかり拭き取ったけれどめやにが若干残っている遥とが、黒装束の少女を囲み、改めて、聴取する。名前、年齢、所属する組織について……。少女はやはり、頑なに唇を開こうとしなかった。

「お前、死にたくない、と言ったらしいな。口を開かないのも、情報を漏らしたことで、命を狙われると思っているからだろう。敗北して自害する連中だからな、たしかに生き残りのお前の命を狙ってくるかもしれん。だが、お前が死にたくないと言うのなら、俺たちは、お前を守りたい。そのためには、お前のこと、組織のことを、知っている必要がある。話してくれないか」

わずかな間の後、少女は恐る恐る、目を上げた。

「……本当に、守ってくれるの? やつらから匿ってくれると、約束する……?」

 聡一郎と昭治は、固く、うなずいた。少女は少し考えて、やがて、ぽつりぽつりと答え始めた。

 彼女は、名前をセツカといった。十四歳だが、学校には通っていない。数年前に鬼人になり、両親に捨てられたところを、「神宮団」という組織に拾われた。能力は、『毒』。自らの体液を毒に変えることができるという。

「神宮団」は、この世に鬼と鬼人を生んだ鬼神を復活させ、果てには、鬼神の理想とする世界の滅亡を実現させることを目的とした組織である。セツカは、鬼神の復活の妨げとなる陰陽師、陰陽武士を殲滅するため、陰陽道系神社の襲撃部隊に所属していた。神宮団は、その存在を世に明かさぬ、影の組織である。そのため、任務に失敗したら、自害をするよう命じられていた。

 ここまで話して、セツカは怯えるように、肩を震わせた。

「本当に、命の危険があったんだね。話してくれて、本当にありがとう」

 昭治が静かに、心に言葉を置くように、言った。聡一郎は、ふうと重たい息を吐いた。

「光……大丈夫か。この子の捕縛と封印、解いてやれるか」

 遥がそっと光を見ると、光は、眉間に深いしわを寄せて、怒りを―涙を押し殺しているような顔をしていた。こぶしは、真っ赤になっていた。

それでも光は、静かにセツカの捕縛と封印を解いた。

自由になった彼女の右手首に、聡一郎が、紫色に輝く紙を飛ばした。細い腕輪のように巻きついたそれは、彼女の鬼人としての力を封じ込め、見えない糸で捕えておくものだった。

「鬼人や鬼は独特の気配を発すると聞く。鬼人の力を封じておけば、鬼も、やつらも、襲ってこないだろう。万一連れ去られても、居場所が分かりゃ、助けに行けるしな。まあ、生活が制限されるようなもんでもない。しばらくはつけていてくれ」

そう言いながら、聡一郎は、セツカを完全には信じていなかった。セツカに、組織の任務を遂行する意思があるのではないかと踏んでいたのである。

 


 影宮家が男所帯のため、セツカは朝栄家に匿われることになった。

「僕も一応、男の子なんだけど……」

 頬を両手に包んで、悩ましげにする昭治。自覚がないようだが、彼は時々乙女化する。だから、全く問題ない。

 聡一郎と光が帰って、三人は食卓を囲んだ。ごはん、外で飼う鶏たちの朝どれ卵―以上。

「何よこれ。貧相ね」

 セツカが、忌々しげに顔をひきつらせた。昭治と遥はきょとんとした。

「ほんと? うちはいつもこんな感じだよ。時々影宮家の人たちとか、お父さんのお仕事先の人とか、ご近所さんとかからお裾分けをもらって食べる日もあるよ!」

「卵は偉大だよ。栄養の宝箱! 卵を産んでくれる鶏さんたち、ありがとう!」

「あんたたちの日常なんか知らないわよ。私は一応客人よ。それなりのもてなしをするべきじゃないの?」

「これから一緒に住むんだから、お客さんじゃなくて、もう家族だよ」

「あっ! でも、セッちゃん、これ食べて! うーちゃんの卵! あの子全然産まないから、貴重なんだよ。歓迎の気持ち!」

 真ん中に置かれた卵の籠にたったひとつ黒光りする、烏骨鶏の小さな卵。遥はそれを両手で掬い、隣のセツカに差し出した。だが、セツカは汚いものを見るように、細い目で鋭く見下ろすばかりだ。

「私、生卵って嫌いなのよね」

「そっかぁ……。じゃ、お父さん、じゃんけん!」

「今日は負けないよ! 三回勝負! じゃーんけーん、ぽいっ!」

メラメラと燃えながら、仁義なき烏骨鶏じゃんけんを始める父娘。セツカは呆れ果てながら、卵を三つ持って、「借りるわよ」と言葉を残し、台所の方へ消えた。

ピーちゃんの卵をご飯に割り入れ、しょうゆを垂らしながら、遥はぼんやり、光の顔を思い浮かべていた。一月、二月ごろも、同じような表情をしていた時があったな……。でも、あの時よりもっと、辛そうだった。どうしたんだろう、大丈夫かな……。

「光くんのこと?」

 うーちゃんの卵をごはんと混ぜながら、昭治が言った。ドキッとして肩を跳ねさせ、咄嗟に「違う!」と目を上げる。

「そっか。お父さんが光くんのこと考えてたから、そう思っちゃったのかな。あの子は本当に、強くて、優しい子だね……」

 遥の胸は、何とも言えない痛みを覚えた。キリキリしたり、ジュクジュクしたり……。

唇をぎゅっとはんでいると、台所からセツカが白いお皿を一枚持って帰ってきた。自分のごはんの右脇にコトンと置く。遥は「わぁ!」と瞳を輝かせて身を乗り出した。胸の痛みは、感動のキラキラで綺麗さっぱり治ってしまった。昭治も「おぉっ!」と首をキリンにする。

白いお皿には、真っ黄色でぷるぷるの、卵焼きが揺れていた。

「すっごーい! セッちゃんがつくったの? すごい、すごい! 美味しそう! ぷるぷるでかわいいー! 一個ちょうだい!」

「お父さんも食べたーい!」

「いやよ。あんたたちには、生卵それがあるでしょ? これは私のなんだから、手出さないで」

「とかなんとか言ってぇ! ちゃーんと切ってあるじゃん! わーい、いただきまーす!」

 あっという間に、遥の箸が素早く、端っこを奪う。それに乗じて昭治の箸も、目にもとまらぬ速さで一切れ奪う。ぱくっと口に入れた瞬間、二人は「ほわぁー!」と声を揃えた。

「美味しいー! あつあつでほわほわ、ふわふわー! 何これ、セッちゃんすごーい!」

「はぁ、涙出てきた……! 甘い卵焼き、僕、大好き! ぷるぷるで、本当に美味しい! ああ、セッちゃん! もうずっとここにいて!」

セツカはお皿を卓の右端に下げ、「冗談じゃないわよ」と吐き捨てた。



仕度を済ませると、彼らはトラックに乗り込んだ。セツカの衣服を買いに、アパレル街に行くのである。日曜日ということもあって、江戸市第一地区のアパレル街はド派手な若者でひしめきあっていた。同じ江戸市でも、田舎の方に住んでいる朝栄父娘は、こんな都会に足を伸ばしたことはない。遥は昭治とセツカの腕をがっちり抱きしめ、いざ、若者の波に足を踏み入れた。

靴屋さん、クレープ屋さん、ハンバーガー屋さん……。強烈な色の看板だらけ。いろんな匂いと音でいっぱい。

あ、あの雑貨屋さんに並ぶのは、クラスのさっちゃんが好きだと言っていたキャラクター。

あ、あの服屋のフリルたっぷりの服は、この前クラスのみーちゃんが着ていたのに似ている。

あ、何あの雑貨、可愛い! 

次から次へと目を奪われるけれど、両脇の人波が反対方向に進行していくものだから、入るに入れない。

そう思っていたところで、セツカがぐっと、右の波に割り入った。遥は押し潰されそうになりながら、昭治を引きずり、セツカに引きずられた。

セツカがはじめに入ったのは、下着屋だった。「大人」の二文字が、遥の頭にずぎゃんと刺さる。昭治は顔を両手で覆い、背を向けた。

「お父さんが入ったら犯罪になっちゃう! はるちゃん、セッちゃんと行ってきて!」

セツカがさーっと選んで買う脇で、遥はなんだか恥ずかしくって、むずむず、顔も上げられなかった……。

次に入ったのは、少女服の店であった。お上品そうな服が、ずらりと並んでいる。奥から薄い前髪をカールした店員がやってきて、「あら?」と珍しそうにセツカを眺めた。

「お久しぶりね、セツカちゃん。ご家族とくるなんて、珍しいじゃない。しかも、何? カラス族に転身しちゃったの?」

 セツカは、朝栄父娘に接するより、いくらかやわらかく鼻で笑った。

「家族じゃないわ。友達と、そのお父さん。この子がお洒落したことないっていうから、連れてきたの。私も、カラス族になってみようと思ったけど、やっぱしダメ。この店のがいいわ。新作ある?」

「そうね、色々あるけどセツカちゃんに似合うのは……」

 色々まさぐりだした店員の目を盗み、セツカは父娘に、自分は好きに選んでくるから、適当に見ているよう耳打ちをした。

遥は困った。着る服はいつも、ご近所さんからお古でもらったものだったので、こういうお洒落に足を踏み入れたことなどなかったのだ。一体何を、どう見ればいいというのだろう。

遥はちら、と赤い服をつまんだ。……すごい。こんなところでいつも服を買っているなんて、本当に大人だなぁ……。

その時、カーテンがシャッと開く音がした。目を上げると、膝上丈のワンピースを着たセツカが、試着室に立っていた。紺地に青、紫、白の縦縞。肩にかかった修道服のような白い襟。胸の真ん中にはカメオみたいなブローチが光っている。細身な手足が、すらりと伸びて、とっても素敵だった。

「うわあ、いいなあ……! あたしも着たい……!」

「あんたには似合わないわよ。まず、丈が合わないわ」

「そう? こっちの色違いの方ならいいんじゃない? 丈も長くなるけど、引きずるほどじゃないわよ、きっと。着てみる?」

「いいの! お父さん、いいっ?」

 昭治がにっこりうなずいたので、遥は「やったー!」と試着室に飛び込んでいった。

「えーん! なんでー! なんか、ちがーう!」

 じゃっと開いたカーテンから、ワンピースに着られた遥が現れた。袖も丈もずるりと長く、ちんくしゃにみえる。ボーイッシュな髪型や幼い顔だちのせいだろうか。秋らしく渋い色合いや、白くてフリフリの襟も全くもって似合っていない。

「きっとはるちゃんが十四歳になったら似合うようになるさ。三年後が楽しみだなぁ」

「えぇ、遠いよぉ……。あたしも、なんか服欲しーい!」

「うるさいわね。そこのシャツでも着てなさいよ」

 ワイン色のタイトワンピースを着たセツカが、ピッと指さしたシャツを見て、遥は、瞳を輝かせた。白布に、赤くて細い縦ストライプが入った生地。首元から胸元にかけ、巨峰のような三つのボタンが並んでいる。袖だけは真っ赤な布でできており、肩はパッドで膨らんで、今どき流行りの形をしている。襟と袖口はボタンと同じ、黒色なので、さほど甘すぎもしない。いざ着てみると、その長丈のシャツは、背丈の低い遥にぴったりであった。快活な少女には、ミニ丈がよく似合う。

遥はとても気に入って、セツカの腕に飛びついた。

「セッちゃん、すごい! また連れてきて! またあたしの選んでー!」

「いやよ。離して」

 セツカは相変わらず忌々しそうに、遥を睨むのであった。

昭治は二人を微笑ましく眺めてから、提示された合計金額を目にし、一瞬、気を失った。

 財布に入っているお札ではとっても足りなくて、慌てて銀行に飛んでいった……。

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