遥は、いつの間にか玄関で眠りこけていた。幸い怪我はなかったが、何故か、戦った相手の姿や戦いの様子を、ぼんやりとしか思い出せなかった。
最も重症だったのは、光だった。切り傷であれば丸一日でふさがってしまう鬼人の肉体にしても、完治に一週間を要した。毎日毎日、門弟たちが大量のお菓子とコーラを持って見舞いにきてくれたが、ろくに食べることさえできなかった。それでありながら、聡一郎が様子を見にくると、
「ちげーっすよ? 別に、そういうんじゃねぇっすよ? ほんっと、違いますからね?」
などと繰り返すので謎だった。
幸輝も、動けないほどではなかったが、深い傷を負っていたため、学校を三日休んだ。
一人で天井を見つめながら、幸輝は三日間、ずっと、シズクサマのことを考えていた。
あの時自分は、シズクサマを神宮団から抜けさせることが、シズクサマの救いになると信じていた。でも――それは、間違っていたのかもしれない。
幸輝とシズクサマの間に割って入った水鬼。水鬼は、聡一郎の強力な術さえ引きちぎって、駆けつけた。水鬼の右手は、皮が剥がれて、薄い皮膚に真っ赤な血がにじんでいた。彼が自分を睨んだ目、そして、シズクサマを包み込んだ時の顔。それは、聡一郎が幸輝の危機を察し、水鬼を威嚇した時と同じ目だった。聡一郎が幸輝を心配して覗き込んだ時と同じ顔だった。
シズクサマは、あの水鬼に、愛されているんだ――。
彼のやっていることは間違っている。それは確かだ。でも、シズクサマからあの愛を、あの居場所を奪うことは、彼のためになるのだろうか。かえって、彼の幸せを奪うことになるのではないだろうか……。
彼の幸せを願うなら、彼を神宮団から引き抜くなんて、できない。
でも、そうやって神宮団を野放しにすることは、陰陽道を、この世界を、危険にさらすことになる。セツカの幸せも叶えてあげられないことになる。
でも――。
一体、どうしたらいいのだろう……。
もしかしたら、全ての人が幸せになる方法があるのかもしれない。だけど、まだ分からない。
今、自分にできることは――。
襲いくる神宮団から、影宮神社を、朝栄神社を、後継者である自分たちの身を守ること。
そして、シズクサマを引き抜くとは違う方法で、自分たちなりのやり方で、セツカを幸せにしていくこと。
まだ、その方法は分からない。
けれど、きっと、光と遥と一緒なら。
みんなとなら、できると思う。
幸輝は、静かに瞼を閉じた。
光、遥、セツカ、父、母、昭治先生。
大切な人たちと、心からの笑顔を交わし合う日を夢見て――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!