陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

十五

公開日時: 2021年6月4日(金) 20:00
文字数:2,186

幸輝と光が、聡一郎にめっためたに叱られたのは、言うまでもない。二人の頭に、同時にこぶしがずん! である。幸輝は怪我をしているというのに、二発も拳骨を食らわされて、ぷうと頬を膨らませた。

医者を呼んで、怪我を手当てしてもらってから、聡一郎は、「で! どういうわけだ!」と自分の膝をびしゃりと叩いた。

二人はおずおずと、聡一郎にセツカの腕輪を取ってもらうため、セツカを信用してもらうため、神宮団のアジトへの道を調べ、写真を撮ってこようとしたのだとを話した。そして、神宮団の幹部や火鬼と戦ったこと、昭治がセツカの封印を解いたこと、神宮団や火鬼が昭治の力を前に撤退していったことを順に話した。聡一郎の表情が陰る。

「撤退? 敗北したら、自害するきまりなんじゃないのか。幹部なら尚更だ。自分たちの姿をさらしたまま、逃げ帰ったってのか? それを見たお前らの記憶も操作しないで……。いつもと手口が違い過ぎる。何より、陰陽武士のお前たちが引きずられた先に火鬼がいたなんざ、待ち構えられていたとしか思えん……」

「お父さん。もしかして、まだセッちゃんを疑ってるの? どうして? どうしてお父さんはそうやって、いっつも、ずっと、セッちゃんを疑うんだよ!」

 聡一郎が、険しく幸輝を見据える。だが、幸輝は屈しない。父をまっすぐ、睨みつける。

脇から光が、申し訳なさそうに「師匠……」と呼んだ。

「俺、セツカの過去を見ちまったんです。あいつはたしかに、人間とかこの世界に、強ぇ恨みもってました。俺は、あいつの黒い気持ち、全部じゃねぇけど、よく分かった……。でもあいつ、俺たちのこと、仲間って、言ってたんです。俺を、助けてくれたんです。深ぇ傷負いながら、俺と一緒に、神宮団と戦ってくれたんです。だから……思うんです! あいつにはもう、黒い心はねぇ! あいつはもう、神宮団じゃねぇ! きっぱり、足洗ってる! 俺は、あいつを信じます!」

 聡一郎は、しばらくむんと唇を結んでいた。やがて、ハァ、と息をこぼした。

「……そうか。俺の、杞憂だったのかもな。いや……別に、セツカを全く信じていないわけじゃない。ただ、俺は、朝栄を守りたい気持ちの方が強くてな。もう、陰陽道系神社は、うちと朝栄しかない。俺たちが潰えたら、この世の平和は守れない。まあ、そもそも、あいつとは長い付き合いというところもあるがな……。いずれにせよ、朝栄を失いたくはない、その一心だったんだ。朝栄は、強い。面とぶつかっても、神宮団の鬼人どもが、敵う相手じゃない。もし、やつを崩そうとするなら、四鬼ほどの強い力のやつをぶつけてみるか、内部に忍び込んで、油断させて、暗殺する。そういうやり方をとってくるんじゃないかと思ってな。だが、そんな風に警戒してばっかで、セツカのことをよく知ってもやらないで……なさけねぇ。……ああ、分かった。俺も、セツカをもう疑わない。あいつはもう大丈夫だ。あのバカ親切な朝栄の父娘んとこに、一年半もいたんだ。毒気が抜けねぇわけがねぇ」

「師匠! じゃ、昭治さんとの絶交の話は……!」

「ああ。これからもきっちり提携していかねぇとだからな。ゆるしてやるって、伝えとけ」

「うっす! あ、でも今すっげぇ眠いんで、明日でいいっすか?」

「はぁ? もうおねむってか? まだ九時にもなってないぞ、この赤ん坊め!」

 聡一郎が光をおちょくり、こちょばし、わちゃわちゃ笑う。いつもの、平和な日常風景。

 幸輝は、ぽかんとしっぱなしだった。だって、驚いだのた。父が折れたのを、生まれてこの方、はじめて見たから。そして同時に、父が目上の人ではなく、自分と同等の、一人間に見えたから。だからこそ、聡一郎の考えが、すっきり心に入ってくるようで、幸輝は芯から、そうなのか、と納得できた。その考えが心の奥に染み込んで、よく分かっていくごとに、父の、平和を想い、大切な人を守りたいと思う心の強さ、深さを痛感していく。


やっぱし、お父さんはすごいや……。

ほっとして唇に笑みを浮かべ、幸輝は、とろんと瞼を閉じた。

 

暗闇に落ちていく。二人の笑い声が遠のき、だんだん、頭の中が静かになっていく……。

 

――その時。

突如。本当に、突然に。

幸輝の心に、一抹の不安がパチッと弾けた。

「待ち構えていた」――聡一郎のこの言葉が、引っかかる。

真っ赤な森の奥深くにて、あの時、火鬼はこう言った。「待っていたぞ、陰陽武士たちめ」と。

恐怖と緊張でいっぱいいっぱいで何も考えられなかったが、今、冷静になってみると、たしかにおかしい。

待っていた? 何故。自分たちが見つかったのは、たまたまなはずだ。

それとも、どこかから、幹部につけられていた? いいや、だとしたら、アジトを空にするか、アダザクラの『幻想』の力で道に迷わせるだろう。やつらは世間から隠れて生きているのだから。それなのに、わざわざ戦闘を仕掛けてきた。自分たちを、殺そうとしてきた。

最終的には聡一郎の言うとおり、殺さず、記憶も操作せず、野放しにした。何故?


もしかして……。


嫌な予感が胸にうずく。

いや、そんな……。そんなこと、考えてはならない。疑ってはならない。

でも――もしかすると、これは全て……。

 

がばっと起き上がる。氷のように冷え切った指で、鞘を掴む。

蒼白の唇が小刻みに震える幸輝を目にし、光と聡一郎は、ハッと息を詰まらせた。


行かなければ。今行かないと、取り返しのつかないことになる……!

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