陰陽醒戦ブライトネス!

-戦鬼伝×陰陽道外伝-
鈴奈
鈴奈

公開日時: 2021年5月28日(金) 20:00
文字数:1,370

 光だけでなく、父や母、学校の友人、先生などに「ありがとう」を言い続け、幸輝はたくさんのことに気が付いた。

 やはり自分は今まで、「ありがとう」を全然伝えてこなかったのだということ。アンテナを張っていれば、「ありがとう」を言う機会は、星の数ほどあるということ。「ありがとう」を言うのは、誰かが自分に優しさをくれた時だということ。自分はたくさん、人に優しくされているということ。そして、「ありがとう」を伝えると、相手は笑顔になるということー―。


三日後。稽古を終え、武道場で昭治と二人向かい合う幸輝は、カウンターを手渡した。胸を張って、「一四八」と表示されたカウンターを手渡す。昭治は眼鏡の奥で、にっこり笑った。

「何か、気付いたことはある?」

「はい。いろいろ分かりました! でも一番は、『ありがとう』って言葉は、相手を笑顔にするんだなってことです。おれ、これからたくさん『ありがとう』って言うようにしたいと思います!」

「そう」とにっこりうなずいてから、昭治は、いつも持ち歩いている巾着袋に手を突っ込んだ。三つのカウンターが、幸輝の前に並ぶ。幸輝に向かって一番左が、一昨日の「ありがとうカウンター」、真ん中が昨日の、一番右が今日のだという。幸輝はぎょっとして、目ん玉が飛び出そうになった! 一昨日は、「三二七八」、昨日は「三一〇九」、今日は「二八九一」。三日間分足すと、一体幸輝の何倍になるのだろう。足し算するのも面倒なくらいだ。もう、とにかく、桁が違う……。

 昭治は「あっはっは」と大口を開けた。

「いや、このくらいいくよ? だって、朝起きて、生きてることを神様に感謝するでしょ? 気持ちのいい朝日をくれる太陽にありがとうって思うでしょ? 心地いい鳴き声で心を穏やかにしてくれるチュンチュンさんにありがとうって言うでしょ? 襖を開けて、青空だったら美しい世界にありがとうって思うでしょ? 雨だったら恵みをくださりありがとうって思うでしょ?」

 それから、声をかけるとすんなり起きてくれる遥に、遥が今日も生きてくれていることに、遥を生んでくれた今は亡き自分の妻に、卵をくれる鶏たちに、食卓に並ぶおかずの具材ひとつひとつに、お米の一粒一粒に、食器たちに、卓に、畳に、座布団に、テレビに、脱いだパジャマに、袖を通す綺麗な作務衣に、庭師として世話する花の一輪一輪に――とめどなく、昭治の心には、小さく厚い「ありがとう」が生まれ出る。

 ー―ずるい! 幸輝は、頬を膨らませた。昭治は、ふふ、と微笑んだ。

「僕はね。『ありがとう』を伝えるべき相手は、人や鬼人だけじゃないと思ってる。この世に在る全て、自分を生かし、支えてくれる全ての物、事柄だって、『ありがとう』を伝えるべき相手だ。笑顔かどうかは見えないけれど、でも、『ありがとう』は絶対に、相手の心をやわらかくする。心を笑顔にしてあげられる。こうちゃんは、僕の弟子だからね。僕を継いで、たくさんの物事の心を笑顔にしていってほしい。そうしたらこうちゃんはきっと、この世界の全てが愛しくなって、この世界を守りたいと、救いたいと、強い心を持っていくことができると思うから……」

 幸輝はぽかん、と唇を開けていた。分かったことと分からなかったことが、半分半分……といった顔だった。

まあ、そのうち分かる時がくるだろう。そう信じ、昭治はにっこりうなずいた。

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